「さて、良也さん」
「ん? なに」

 妖夢の手作り料理を食し、幽々子を含めた三人で食後のお茶を飲んでいると、妖夢が話しかけてきた。

「食後の運動と参りませんか」
「……運動?」

 僕の嫌いな単語の一つだぞ、それは。

「なにをするつもりだ? マラソンとか嫌だぞ」
「そんなわけはありません。久々に、稽古をつけて差し上げようかと」
「えーと、それって、もしかしなくても」

 今は昔。
 もはや十年くらい昔に思える、遠い過去。生霊だった時代に、妖夢に弾幕ごっこを教えてもらっていたことがある。

 当時は当然のようにフルボッコにされたのだが、今だって余裕でボコボコにされる自信があるぞ。

「聞けば、良也さんは魔法使いになったとのこと。腕試しと思って、やりませんか」
「やりません」

 私、あまり争いごとは好きじゃないんです。とか言って逃げの体勢に。

「まあまあ、妖夢。貴方もたまには面白いことを思いつくのね」
「え? あ、はあ」
「いいわ。私が許可します。良也に、ちょっとお灸をすえてあげなさい」
「そんな悪いことをした覚えはないんだけどなぁ」

 まさか、幽々子のやつめ。まださっきの話を引きずっているのか。

「あらあら。忘れたのかしら?」
「なにを」
「貴方。以前私を年増呼ばわりしたことがあるじゃない?」

 え、ええーと。
 それはもしや、生霊から生き返るときのお別れ会のときのことを言っているのかな?

「あ、思い出したらまた」
「また!? また、なんなんだっ!?」

 見える。幽々子の背後に、炎が立ち昇っているのが。
 でも、今更すぎやしねぇか!?

「と、いうわけで、妖夢。遠慮はいらないわ。やってしまいなさい」
「はあ。それでは、良也さん。外へ」
「拒否権は……ないだろうな」

 やれやれ。死んだりしないよう、とりあえず頑張ろうか。



















「いきますっ」
「来なくていい!」

 妖夢が剣を一振りすると、その軌道に沿って霊弾が飛んでくる。
 直線的な分、躱すのはまだ楽ではあるが、二撃、三撃となると、とたんに逃げ場がなくなっていく。

「くっ」
「甘い!」

 苦し紛れに放ったこちらの弾幕は、当然のように避けられる。
 お返しとばかりに、先ほどに倍する弾幕が僕に殺到。

「あらあら、決まったかしら」

 ええい、下で見物しているやつが煩いなっ!

「な、めるな――!」

 身体を傾かせ、紙一重のところで妖夢の弾幕を避ける。最小限の動きで躱すことで、続く弾幕もある程度余裕を持って避けられた。
 ふっ、これぞチョン避け!

「あら」
「腕を上げましたね、良也さん」

 二人のちょっとした驚きに、得意げな気分になる。

「はははっ! 見たか」

 僕だって、なにもただ遊んでいただけじゃ……いただけじゃ……だけじゃ、ないかもしれない。遊びの中にこそ真の教育があるとも言うしなっ。

「では、少しだけレベルを上げましょう」
「……はい?」

 聞き返すのと同時に、妖夢から今までの比ではない弾幕の嵐。

「どええええええ!!?」

 これは少しというレベルではないよっ! 例えるなら旧○クとシャ○ザクくらい違うよっ!

 ぐっ、この弾幕では、僕など数分で粉微塵。……仕方がない。

「火符!」

 危ういところで躱しながら、スペルカードを取り出す。

「魔法ですか?」
「その通り! 喰らえ妖夢っ!」

 もっとも攻撃性が強い火の属性。威力は僕の通常弾幕の三倍はある。実は一・三倍くらいだけど、そのくらい強く感じるのさ。

「『サラマンデルフレア』!」

 霊力が火に変化する。
 僕の燃え盛る魂を表すかのような火の弾は、妖夢に光を追い抜かんばかりのスピードで迫り、

「続けて行きますよっ!」
「やっぱり無理だったーっ!!」

 あっさり躱され、反撃を食らった。

「誇張表現したんだから、ちょっとは空気読め妖夢っ!」
「なにをわけのわからないことを言っているんですか」

 くっ、初めて見せた必殺技は甘んじて受けるのが少年漫画の王道なんだぜ。

 しかし、不味い。
 サラマンデルフレアは、威力は高いものの数やスピードは普通の弾幕より下。つまり、より当てにくい。
 ……選択ミスった?

「だあああぁぁぁぁっ!!」

 もはや恥も外聞もなく(いつもないとか言わない)、僕は逃げ回る。

 せ、せめてもう少し火符のスピードが早ければ……いや、一瞬でも妖夢の動きを止められたら。

「よ、よしっ」
「次はなんですか?」

 火弾を操る意識を適当にして、二枚目を取り出す。

 丁度練習中だったところだ。いい機会だ。

「水符『アクアウンディネ!』」
「二枚目、ですか?」

 妖夢が訝しげな顔になる。

 まあ、当然の反応だ。
 いくらスペルカードを二枚にしても、制御できる力には限界がある。二枚に力を分散するより、一枚に集中するほうが効率がいい。

 ただし、これは我が師匠パチュリーの奥義『属性の重ね掛け』には必要不可欠なスキルなのだ。
 今はあくまで二つ同時に使っているだけだが、これを発展させることで二つ以上の属性を融合させることができるようになる……らしい。

 これだって、右手で四角、左手で三角を延々と書くくらい難しいんだけど、これでも初歩らしい。
 つーか、二枚目発動した時点で、一気に制御が甘くなったし……

「で、これでどうする気です?」

 妖夢は呆れているようだ。僕の弾幕は好きに暴れまわって、妖夢に向かう気配すらない。
 ただでさえ少ないキャパをこんな風に分散させては、格上相手には一発当てることも困難だということだ。

 だけど、悪い妖夢。僕、卑怯な手が大好きなんだ。

「ほい」
「え?」

 一瞬だけでいいなら、制御もできなくはない。ともすればすぐに暴れそうになる火弾と水弾を、妖夢の近くで衝突させる。
 水弾は、一気にお湯に変化。

 んで、妖夢の付近でそいつを破裂させてやれば……

「あ、あちち!?」
「ふっ、流石にこれだけの水滴を躱すことはできまい」

 セコいとか言わない。
 ……あ、でも、身悶えする妖夢が、ちょっと色っぽいかもー。

「このぉ……」
「あれ? 妖夢サン?」

 今まで峰を返していた楼観剣の刃を、妖夢はこちらに向けてきた。
 んで取りい出したるは今更確認するまでもなくスペルカード。

「幽鬼剣『妖童餓鬼の断食』」
「待った待った待ったぁ!」

 落ちた。

 ……痛い。


















「すみません。頭に血が上ってしまって」
「ああ、いやいや、大丈夫。このくらいなら」

 見事妖夢に撃墜されて、僕は白玉楼の庭に落っこちた。
 途中、木の枝がクッションになったおかげで、地面に激突は避けられた。

 ま、代償として体中擦り傷だらけになったけど、こんくらいならすぐに治るだろう。

「しかし、良也さん、本当に腕を上げましたね。まさか、私に一撃当てるとは思いませんでした」
「あれって一撃なのかしら?」

 苦笑する幽々子がツッコミを入れる。
 まあ、確かに、我ながらあれを『一撃』を称するにはちょっと躊躇するが。

「はい、幽々子様。多少変則的では有りましたが、私を怯ませたのは間違いありません」
「自由な発想の勝利だろ」
「ええ。ああいう攻撃に出るとは予想外でした」

 以前の小悪魔さんとの試験や、輝夜や妹紅へ誤って当てちまった弾をヒントに、僕が編み出した新必殺技『ホットウォータースプレッド(今命名)』だ。

 ……やめとこう。僕に、名前のセンスはないらしい。

「さあ、良也さん。手当てを」
「必要ないわよ」

 妖夢の申し出を、幽々子がやんわり遮る。

「彼もいまや不老不死。すぐに全快、というわけにはいかないでしょうけど、治りは今までよりずっと早いわ」
「そういうものなんだ」
「ええ」

 ああ、そういえば確かに、某三つ目妖怪に魂を食われて不死身になったウーも、やたら治りが早かったっけ。
 そういえば、結構な傷だというのに、あまり痛いとは思わないな。痛覚も鈍っているのやも知れぬ。

「便利だなぁ」
「軽いわねぇ。ま、今はその調子でいいんじゃない?」





 ……ちなみに、その晩。
 風呂に入って、思い切り傷が沁みて僕は悶絶する羽目になった。

 ……大して変わってないじゃん。



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