「や、妖夢」
「あ、良也さん。いらっしゃい」

 さて、僕は久々に白玉楼に足を運んでいた。

 冥界にある白玉楼は、生者がホイホイと来ていい場所ではない。
 つっても、割と当たり前に幽霊とか生きている人間が、冥界と幻想郷を行き来している現状では、そんな理屈も余り意味はない。

 今日だって、しばらく来ていないからちょいと遊びに来ただけなんだけど、妖夢は普通に歓迎してくれた。

「幽々子様。良也さんがいらっしゃいましたよ」

 妖夢が、庭先に立っている幽々子に話しかけ、

「よっ、久しぶり……?」

 僕も声をかけるが、なぜか幽々子はまったく反応しない。

 はて。
 ……昼寝か?

「幽々子。お前、立ったまま寝るなんて……」
「失礼ね。私は、紫ほど器用じゃあないわ」

 ああ、スキマは出来るんだ。でも、それが納得できるキャラはそろそろ改めたほうがいいと忠告しておくぞ、スキマ。

「なんだよ、じゃあ挨拶くらい」
「悪いわね、良也。今日は帰ってもらえるかしら」

 ん?
 虫の居所が悪いのか?

 腹が減っているとか。もしくは……うーん、他の理由は思いつかない。

「幽々子様?」
「妖夢。彼を送ってあげて」
「は、はあ。わかりました。……すみません、良也さん、そういうわけですので」
「ああ、いいよ」

 誰だって、機嫌の悪いときくらいある。
 幽々子ほど能天気な亡霊にだって独りになりたいときがあるのだろう。

 また改めて訪れればいい。

 あ、でも。

「一応、土産に大福なんて持ってきてたんだけど……ま、霊夢と食う、か?」

 はて。

 なにやら、飛び立とうとした僕の肩を掴む手が。

「……オイ」
「妖夢。お茶を淹れてきてくれるかしら」
「は、はい」
「悪いわね、良也。貴方を厭うわけではないのだけれど、まだどう接するのか決めかねていて」

 意味がわからないが、とりあえず大福の袋を持つ手を離せ。
 一人占めする気か、この食いしん坊姫が。

「ま、そこらへんは、大福でも食べながらゆっくり話しましょうか。……あ、妖夢、この前紫からもらった玉露よ、玉露。良也には私と貴方の後に淹れた出涸らしで良いわ」
「なにぉう!?」
「ちょ、幽々子様。良也さんは、仮にもお客様で……」

 ったく、なんて態度だ、幽々子め。

「幽々子っ! お前、一回淹れたくらいで出涸らしって言うなっ! 最低三回は淹れてから言えっ」

 あの微妙に薄くなったのがまた美味いのにっ!

 言い訳しておくと、貧乏性というわけではないぞ、念のため。ただ食べ物を大切にするタチなだけだ。

「……な、なんだよ」

 二人して微妙な視線を向けてくる。
 いたたまれなくなってきた。コレが霊夢あたりなら、即決で同意してくれるものをっ!

「……妖夢。彼には、生ゴミで捨てる予定だった昨日の茶葉でいいわ」
「あ、あの、幽々子様? せめて外出先では美味しいお茶を用意してあげましょう」
「あら、妖夢は優しいのね」

 おーい。可哀想なものを見る目で見るなー。
 そして無視して屋敷に入るんじゃない。

 え? あれ? 三回くらい普通……だよな? 連中がブルジョワなだけ、だよな?
 なに、この敗北感。























「ほぅ」

 僕の持ってきた大福、計十個のうち八個をその胃に収めて、ようやく幽々子は落ち着いた。『ほぅ』なんて満足げにため息つきやがって。

「……食いすぎ」
「なかなか美味しかったわ」

 僕と妖夢は一個ずつしか食えなかったと言うのに、見て見てこの笑顔。

「さて、と。どこから話しましょうかねぇ」

 確か、大福を『食べながら』話すんじゃなかったっけ。

「そもそもなにを話す気なんだ、お前は」
「ん? 貴方が飲んだ薬について、かしら」

 薬? っていうか、急に真面目な顔になるな。切り替えに困る。

「……なんのことだ?」
「つい一週間前のことくらい覚えておきなさい。蓬莱の薬よ」
「蓬莱ぃ?」

 ああ、あの不老不死の薬か?
 本物かどうか、正直半信半疑どころか二信七疑というところだぞ。残りの一がどこにいったのかは秘密だ。

「もしかして、貴方まだあの薬の効能を疑っているのかしら?」
「だってさぁ。不老不死だぞ、不老不死。んなの、信じられるかってーの」
「……そ。じゃあ妖夢、ちょっと良也の首を刎ねてあげなさい」
「はい。……って、はあ!?」

 いや、妖夢。反射的にとはいえ、一回でも頷かないで欲しい。

「ちょちょっ、ちょっと待て!」
「あら。本当に不死になったのか確かめるには、一回死んでみるのが一番じゃない?」
「もし本当に死んだらどうするんだ!?」
「大丈夫。そのときはここで世話をしてあげるわ」

 アフターケアも万全ね、とかとんでもねーことを言い始める幽々子。

「ゆ、幽々子様。私の剣は、人間を殺めるためのものではありません」
「わかってるわ。ちょっとした冗談よ」

 ……心臓に悪い冗談はやめろ。

「でも、貴方が不死になったのは嘘じゃないわ。全く、月の連中にうまく言い包められちゃって」
「はぁ」
「私は亡霊だけど、友人の死を望むほど落ちちゃいないわよ? でもね、不老不死になるってどういうことか、貴方にはまるでわかっていない」

 そりゃわかってないよ。だって、あの薬を飲んだ後って、ちょっと調子が良くなった程度で他は特になんの変わりもないんだし。

「わかっていないって顔ね」
「はい。わかってません」

 ほらほら、妖夢だってよくわかっていない顔しているぞ。

「死は悲しいことではあるけど、立派な自然のサイクルの一つ。そこから逃れるってことは自然からの逸脱よ。そんな存在は、いるだけで自然を歪めてしまう」
「難しいことを言っていることはわかった」
「……もう」

 微妙な顔になって、幽々子はお茶を啜った。
 全て飲み干すと、先ほどまでの珍しい真剣さを持った幽々子はあっさりいなくなり、いつもの能天気な幽々子に戻る。

「まあ、もともと貴方は、この上なく自然から逸脱したイレギュラーだったけどね」
「おまっっ! ここまで引っ張ってそれかっ!?」

 真面目に聞いた僕が馬鹿みたいじゃないか!
 なに? 真面目な態度には見えなかった? 心の目で見ろ。

「怒らないでよ。一言文句を言っておきたかっただけなんだから」
「なんだかなぁ。妖夢、そろそろこの主、見限ったほうがいいんじゃないのか?」
「は、はあ」

 苦笑いをして曖昧に答える妖夢に、幽々子が噛み付いた。

「ちょっと妖夢。どうしてそこで返答に詰まるのよ」
「そりゃ、言わぬが華だろ?」
「蓬莱人は黙っていなさい」

 痛い。幽霊を飛ばすな。可哀想だろ、幽霊。

「ところで妖夢。中途半端に腹に物を入れたから、余計に腹が減ってきた。飯プリーズ」
「あ、え、ええ。了解です」
「こら、妖夢。まだ話は終わっていないわよ」
「僕は肉じゃがを所望する。あ、糸こんにゃくを忘れず入れてくれよ」

 肉じゃが、という単語に、幽々子はぴくっと反応した。

「そ、それでは拵えてきます」

 微妙に僕に感謝の視線を送りながら妖夢はそそくさと台所に退散する。

「良也」
「なんだ?」
「私、肉じゃがに糸こんにゃくは邪道だと思うの」
「なにぃ!?」

 聞き捨てならんっ。




 その後、幽々子とは肉じゃがに糸こんは有りか無しかの論議に始まり、酢豚に入れるパイナップルの是非、固焼きそばと柔らかいそばはどっちがいいか、なんて話題で大いに盛り上がった。



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