「へえ。けっこう、力入れてんなぁ」

 カラフルに彩られた校門。
 普段の灰色の校舎も、今日ばかりはさまざまな飾り付けが施され、校庭では様々な出し物が行われている。

「……さて、まずは二年、かな」

 本日は、僕が塾で担当しているクラスの連中のほとんどが属するこの学校の文化祭。
 貰ったタダ券の数々を使用するため、僕は休日にわざわざ学校まで来たわけだ。

「っと、その前にご飯でも」

 昼前に起きて、そのままここに来たので腹が減っている。
 さっきから、ソースの香ばしい香りで、僕の腹は鳴りっぱなしだ。

「つーわけで、焼きそば一つ……くだ、さい」
「あ〜、はいはい。ちょいと待ってねー」

 な、なんだこのやる気のない店員は。
 ああー! キャベツをそんな風に切ったら火ぃ通らないだろっ。あと、肉っ! 少ないのは良いにしても、それ色が変じゃね!?

「すぐ焼けますからねー」
「あ、ああ。……って、ダンボール、そんなところに置いておいていいのか?」

 火を使ってるところのすぐそばに、キャベツがいくつも入ったダンボールがある。

「大丈夫ッスよー」
「……まあいいけど」

 大丈夫の根拠がさっぱりわからない。火ぃ使うんだったら、もうちょい気を配れよ。
 いくら学生の屋台とはいえ、これって教師の責任問題だよなぁ?

「ほい。一つ三百円です」
「あ、あー。はい」

 ちょっと心配な気持ちになりながら焼きそばを受け取る。
 適当に備え付けられてるベンチで、そいつをかきこんだ。

「……マズ」

 祭り補正を入れても、この焼きそばはマズイと断ずるしかない。
 しょっぱなからケチがついちゃったなぁ、と重い気分になりながら、校舎の中に入る。

 塾の僕のクラスの連中の出し物は、ほとんど屋内だ。
 タダ券があるんだし、使わない手はないので、めぐりまくる気だ。

「えっと、和風喫茶、お化け屋敷、それにこれは……ボーリングゲーム? どんなショボいの手作りしたんだ」

 渡された券を改めて見つめ、うむうむと頷く。
 ま、少しは楽しめるだろ。














 ……いやはや、びっくらこいた。
 割とレベルが高いでやんの。

 外の焼きそば屋は、どうも例外中の例外らしい。まあ、ここの学校は偏差値そこそこ高いしな。

 特にボーリングゲームには参った。
 ピンに見立てた生徒に対して、運動会の大玉転がしで使う玉を……いやいや、あれは言葉でスゴさを言い表せるもんじゃない。

「んで、最後はここ、か」

 コスプレ喫茶『フォーチュン』。
 喫茶店は文化祭の定番中の定番で、珍しくもないが、頭に『コスプレ』がついているところがちょっと他とは違う。……いや、最近はむしろポピュラーなのか?

 表に出ている看板を見ると、飲み物を注文すると着飾った生徒がお客に五分間付くそうな。
 お話し相手、簡単なゲームなど、ご主人様のご要望にはできる限り応えます(はぁと)、か。

 煽り文、これ変えたほうがいいぞ。

「ういーっす」
「あ、先生、いらっしゃい」
「頑張ってるなー」

 出迎えてくれたのは、ウェイトレスをしている女子。僕が受け持っている生徒の一人で、英語が苦手。
 成績は微妙だが、いつも明るく、友人も多い娘だ。

 そんな女の子が、猫耳と鈴のついた首輪をして、媚び媚びの笑顔を向けてくる。

 ちょいとクラッときた。無論、見てらんねぇ、という意味で。

「お前……色々言いたいことがあるが、ありすぎて逆になにも言えん」
「やだなぁ、もう。そんなに褒めないでよセンセー」

 どうも、奥のほうで監督していた担任らしき人が、僕を訝しむような目で見るが、まあ先生と呼ばれるような人間には見えないからな、僕は。
 適当に会釈して、席に着く。

「注文、なんにします?」
「紅茶。ミルク、ホットで」
「はいはーい。じゃ、付く娘は誰にしますかー?」

 そして、広げられたのはアルバムみたいなやつ。
 そこには、顔写真とプロフィール、あと趣味とか、す、スリーサイズ!?

「突っ込んでいいか」
「どこに? ナニを? 先生、エッチだなぁ」
「お前は本当に学生なのか。実はどっかのオッサンじゃないのか」

 もともと性別を感じさせない女だったが、ここまでだったとは。
 ……あ、東風谷の写真まである。

 健全な男子として、身体をあらわす三つの数字に目が行き、

「あ、ちなみに、スリーサイズは全部出鱈目ッスよ。残念でしたー」
「なにぃっ!?」

 こっそり耳打ちされて、思わず叫んでしまった。

「あったりまえでしょ。こんなスタイル、現実に早々いるわけないじゃん」
「いや、まぁ」

 ウエスト五十二とか、女のスリーサイズなんてギャルゲかなんかの設定でしか知らんが、ほっそいな、と思う。つーか、サバ読みすぎだろ。

「つーか、一応聞いておくけど、ここってあくまで喫茶店だよな? システムがなんか如何わしすぎるんだが」

 というか、よく学校側が許可したもんだ。

「ええー? 先生、エッチだなぁ。お客さんに付く生徒は、あくまでメイド喫茶のノリよ。そんないやらしいこと考えないでよねー」

 いや、誰だって思うだろ? とか考えていたら、その女生徒(チーフと書かれた腕章をつけている)に、別の生徒が話しかけてきた。
 こっちは、スク水にセーラー服か。大いにありだが……もはや風俗一歩手前ですよね。あ、言っちゃった。

「チーフー。東風谷さんの指名、もういっぱいいっぱいですよー。チーフが巫女服なんか着せるから、変なのがたくさん……」

 指名? しかも、巫女服だと?

 こほん、とチーフが咳払いをする。

「休憩がてら、こっちの先生のお相手させてあげて」
「? 先生?」

 塾の塾の、とチーフが補足し、そそくさと逃げていく。

 マジでこの店ヤバいって。

 注文のミルクティーを持ってきたのは、別の生徒だった。これは、メイド服。なかなか本格的な作りだが、ミニスカートなのが惜しい。やはりメイドはロングだよな……。

 咲夜さん? 咲夜さんは特別だよコノヤロウ。

 なんて評価を下しつつミルクティーを飲んでいると東風谷がやってきた。

 ……うっわ、マジで巫女服だよ。
 いい加減、見慣れているが、こういう場所で見るとなんかすげぇ新鮮だ。

「先生。いらっしゃいませ」
「あー、いや。お邪魔させてもらってる。大変だな、東風谷」
「ええ、まあ」

 苦笑で返す東風谷。相当困っているらしい。

 どうでもいいが、ここに集っている僕と同じオーラを持つ人間の嫉妬の視線が痛い痛い痛い。

 そりゃあ、東風谷はこの中でも頭一つ抜きん出て可愛い子だけど、怒るとすげぇ怖いんだぞ?
 特に、神社のことに触れると、火傷じゃ済まない。

「どうですか? 文化祭は」
「ああ、高校ん時思い出して懐かしい感じだよ。まだ三年も経ってないんだけどな」
「先生のところの文化祭はどんな感じなんですか?」

 そうだなぁ……

「ここよりずっと田舎だから、こんなに派手じゃなかったよ。フツーに、郷土史とか調べて展示したり……」

 クラスの展示はクソつまんなかったな。

「でも、そういう方が文化って感じじゃないですか」
「いやぁ、でもこういうバカ騒ぎのほうが楽しいけど。部活のほうじゃ、相当はっちゃけて楽しかったし」
「部活? 何部ですか?」
「漫け……いや、どこでもいいだろ」

 一応、僕にだって見栄を張りたいときくらいある。
 漫研に所属してたなんて、ちょいと東風谷には言い辛い。出し物も、当時は楽しかったが、今見ると身悶えしたくなる出来の合同誌だったし……

 ちなみに、一部のメンバーが悪ノリして、十八禁バージョンを売って教師に滅茶苦茶怒られたのもいい思い出だ。

「?」
「聞くな。頼むから」
「はあ」

 くっ、こんなことなら、幽霊部員でもいいから柔道部あたりに入っとくんだった。柔道なら、一応初段持ってるし……

「そ、そういえば、最近神社のほうに言ってないけど、お客さんは増え……た?」
「……さっぱり増えていませんが、なにか」

 ヤバッ、話題変えようとして地雷踏んだッ。

「いや、ほらあの。僕の知り合いの神社にも、僕以外人間はほとんど来ていないし」
「……全国的に、参拝客は少なくなっていますからね」
「そ、そうそうー」

 幻想郷にはモノホンの神様が実体を持って闊歩してたりするけど、そういうことなんだよきっと。こっちで消えてるから、あっちで増えてるんだ。

「まあ、僕もまた賽銭を入れにいくから、気を落とさないで……」
「誰がいつ賽銭の話をしましたか!?」
「……あれ? 違うの?」

 霊夢なら賽銭を入れると言えば飛び上がって喜ぶのに。

「確かに、僕はそんなたくさんは入れられないけど……」
「だから金額の問題ではないんです」
「???」

 うーむ。わからん。
 生活が苦しいわけじゃあないのか?

「いいですか」

 こほん、と東風谷は咳払いをして語り始めた。

「本来、日本人は神様とともに歩んできました。八百万の神、というように、自然全てに神が居られ、時に恵みを、時に罰を与えながら人間を発展させてきたのです。
 しかし、今の日本人は、神様を敬い畏れる気持ちをなくしてしまいました。物質的には豊かになりましたが、精神的な豊かさは過去のそれと比べるまでもありません。だから私は、少しでも神様を敬う気持ちを、皆さんに取り戻して欲しいんです」

 …………

「ちょっと、語ってしまいましたね。って、先生どうしました?」
「すげぇ感動した」
「は?」

 ええいっ、目から鱗が落ちたぞ。
 そうだよ、そうだ。巫女って、本来普通の人と神様を繋ぐ職業じゃないか。東風谷みたいなのがきっと本来の巫女なんだよ。

 それに比べて、あの博麗の巫女は、朝起きてから寝るまでずっとお茶を飲むばっかり。巫女らしい仕事っていうと妖怪退治だけだ。
 うーむ。それに比べて、なんて東風谷はいい巫女なんだろう。
 少しは見習えと、今度会ったら言っておこう。

「よし、その目的のため、こいつを少しでも役立ててくれっ」

 いいお話を聞かせてもらった礼も兼ねて、チップを渡す。

「へ? も、もらえませんよ。こんなの」
「なぁに、このくらい安い安い」

 百円だし。

「おっとぉ。お客さん? 女の子をお金で買うのは、ウチじゃあお断りしてますぜ?」
「えー」

 チーフが割って入ってきた。
 しかし、確かに言うことはわかる。一応、健全(?)な文化祭の出し物だし。
 むう……東風谷の立場を悪くするわけにも行かないか。

「んじゃ、またこいつは次に神社に行ったとき入れさせてもらうわ」
「あ、はい。お待ちしています」

 代金を払い、店を出る。

 最近、守矢のほうの神社に行ってなかったけど、そろそろ行かなきゃな。お守りでも買いに。





















「……ん?」

 さて、そろそろ帰るか、と玄関に向かっていると、なにやら表が騒がしい。

 なんだなんだ、と思い外に出てみると、

「げっ!?」

 火事だ。
 いや、まだ小火って感じだが、マズイ。

 屋台の出しモノがそこら中にあるから可燃物には事欠かない。万一、ガスボンベなんかに引火したら洒落にならない。

「おいっ、消火器!」
「早く取って来い!」
「それより水水!」「いや、まず避難だろっ!?」

 火の近くは混乱しきってる。
 あわてて何人かが消火器を取りに走るが、その間にも火は燃え広がっている。

「くっそっ!」

 ええい、水符は、水符は……!

「これじゃねぇ!」

 ポケットから出てきた土符を投げ捨てて、さらにポケットを漁る。
 ああもうっ! 慌ててうまく取り出せない!

「あったっ! 水符『アクア……」

 スペルカードを発動させようとした、その瞬間、

「うおっっぷ!?」

 風が吹いた。
 それも、ただの風じゃない。台風を思わせるような、強烈な突風。

 目を開けていられず、思わず瞼を閉じる。

 数秒ほどか。呆れるほど強烈にもかかわらず、どこか優しい感じを受けるその風が吹き抜けた後、

「……消えてる」

 目を開けたら、火事の現場は、完全に鎮火していた。











 あとでちょいと現場を覗いてみると、小火騒ぎを起こした生徒はこっ酷く叱られているようだった。当然の処置だろう。
 まあ奇跡的に、急な突風で被害が広がらず、なによりだった。


 ちなみに。
 この時の風の意味を僕が知るのは、次の秋まで待つことになる……



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