「なにを壁の花になっているの? 主役なのに」 永琳さんによってずるずると鈴仙が引きずられていってしばらくして、ほのかに顔を紅く染めた輝夜が話しかけてきた。 「いや、あんな兎が一杯のところじゃあな。騒がしいし」 普通の兎もいるが、てゐみたいに人型を取っている妖怪兎もそれなりにいる。 話したこともないので、あまり輪の中に入っていきにくい。 「折角貴方のために開いたのに」 「……本当に僕のためか?」 「疑うなんて酷いわね。ま、ゲストがお望みならこちらで呑みましょうか」 別に輝夜に来てもらいたい、と望んでいたわけでもないのだが、隣に来てくれるなら大歓迎だ。 さっきの鈴仙の時と同じように、縁側に腰掛けて二人で月を見る。 「お気に入りが行っちゃって寂しいんじゃない?」 「あのなぁ。鈴仙とは今日で会って二回目だぞ。お気に入りとか、そういうんじゃない」 お前らが付き合いにくそうなだけ、だとは流石の僕にも言えない。 「それにしては、この私よりあっちの方が好みみたいだけど?」 「……単に気後れしているだけだって。お前は美人だよ。認める」 「あら、昔の男は、情熱的に迫ってきたというのに、臆病なこと」 昔、って。輝夜はどう見ても僕より下。一体、この女の子はいつからこんな魔性じみた美貌を誇っていたんだか。 それとも、やっぱり見た目の年齢はアテにならないのか? 「そういえば、鈴仙から聞いているかしら? 私も、元は月の住人だってこと」 「……そうなの?」 鈴仙自身がそうだとは聞いたが、輝夜がそうだとは初めて…… 「って、ちょっと待てっ」 「なにかしら?」 いくら僕でも、あの日本昔話は知っている。 竹から出てきた可愛い女の子が求婚されて月に帰ったという…… 「なあ。まさかそれはないと思うんだが、月の住人でカグヤ、っていうと」 「竹取物語くらいは知っているみたいね」 ……なぁ? マジ? あれって平安くらいに出来た話じゃなかったっけ。 「ほ、本人? 名前を貰ったとかじゃなくて?」 「あのお話は、私に求婚してきた貴族の誰かが書いたものでしょうね。細部は違うけど、おおよそ事実よ」 顔が引きつった。 なんだ、じゃあこのお姫様は実は千歳以上なのか。……というか、人間か? 「月の住人って、長生きなんだな」 「ええ。健康に気を使っていたら、いつの間にか」 「ごめん。嘘臭い」 失礼ねえ、と輝夜は憮然としつつ、酒を傾ける。 相変わらず、そんな普通の動作までもがいちいち艶っぽい。……昔、貴族たちがこぞって求婚したというのもわかる気がする。 「今宵はいい月ね」 「満月だしな。そういえば、かぐや姫は満月の夜に月に帰ったんじゃなかったっけ」 実は残っていたのよ、と輝夜はしれっと言って、竹林に目を向ける。 「……さて。肝試しはうまくいっているかしら」 肝、だめし? ああ、確かに鈴仙が霊夢に言い含めていたけど……なんだ、本当に肝試ししているのか? いい加減季節外れなうえに、連中を脅かすことが出来る幽霊がいるとも思えないが。 なんて、思った直後の話である。 ドォォーーーンッ! と、遠くで遠雷のような轟音と共に火柱が巻き起こった。 「な、なんだなんだなんだっ!?」 一瞬で酔いが醒める。相当遠くっぽいのに、ここからでも見えるほどの高さの火柱……およそ尋常な事態ではない。 「あら、始まったみたいね」 「なにがっ!?」 「ちょっとした焼き鳥退治よ」 焼き鳥!? 退治!? わけがわからん! 焼き鳥ってもう調理されているはずなのにっ! 「さて、死んでくれるかなぁ」 「物騒だなオイ!?」 「まあ死にはしないだろうけどね」 え、えーと。 ……うん。よくわからない現実から逃げられる、神が与えたもうた液体が目の前に。 ぐい、と、僕は酒を煽って、ひとまずそれを忘れることにした。 ……で、すぐに事態がわかった。 「輝夜ぁ! いるかっ!?」 「あらあら。しぶとい焼き鳥ね。まだ生きていたか」 鬼のような形相で庭の上空にやってきた影。 なにやら、背中に炎の翼を広げ、僕の隣の輝夜を睨みつけるそれは…… 「え? 妹紅?」 以前、この屋敷に案内してくれた少女だった。 ……つーか、炎の鳥? 近付くものを全部こんがり焼き上げる、鳥……焼き鳥? 「そういう意味かっ!?」 くだらねぇ! しかし、すごい力を持ってたんだな、妹紅。まあこの迷いの竹林で生活しているというからには、それなりの力があって当然なのだが。 しかも、めっちゃ輝夜敵視してるし。 「おかげで一回死んじゃったわよ」 「あら、一回で済んだんだ」 「生憎、巫女とあの妖怪も、無駄だということはわかったみたいでね」 死をこのような少女たちが当たり前に語るのも変な感じだけど、渦巻く霊力は洒落じゃない。 「一回と言わず何十回でもやられていればよかったのに」 「生憎とお前のおかげで妙に頑丈に出来ていてね。それよりどうだ。最近殺していないからなまっているんじゃないか? たまには運動不足解消に付き合ってやるよ」 ごう、と妹紅から立ち上る炎が勢いを増し、ここまで熱が伝わってくる……ていうか熱い熱い熱い! 「心配してくれなくても、私のスタイルに変化はないわ。それより、貴方こそその不細工な顔、いっぺん消してから作り直したら?」 「言ってくれるな……。やれるかな? この引き篭もりが」 ほう。輝夜は引き篭もりだったのか。なんか親近感感じちゃうなあ。 「なんてこと言ってる場合じゃないな」 見ると、輝夜のほうも立ち上がり、なんか宝石のついた木の枝を構えている。 ……こっちの霊力も、僕の何倍かある。 僕はこそっと立ち上がり、宴会場の方に避難。 「あらあら。今日はまた、一段と激昂しているわねぇ、彼女。輝夜が巫女をけしかけたのが不味かったかしら」 「……永琳さん。止めなくていいんですか?」 「止める? 必要ないわよ。いつものじゃれあい」 じゃれあい? どう見ても殺し合い一歩手前の会話だぞ。 流石に、僕や兎たちを巻き込むことはないのか、輝夜は妹紅と同じく上空に飛翔する。 「お前と殺りあうのも、これで何回目かな?」 「数えていないわ。まあ、私のほうが勝ち数が多いのは確かだけど」 「死んだ数ならお前の方が上だろっ!」 というか、普通、死んだらそれまでです。 「ほ、本当に止めなくていいんですか? あいつら本当に殺しあう気みたいですが」 「じゃあ、貴方が止めてみる? 十中八九、巻き添えを食って死ぬけど?」 「無理っス」 っていうか、始めやがった。 その弾幕の密度、威力共に、僕が十秒と持ちそうにない代物。 それを両者、半ば喰らいながらも不敵な笑みで攻撃を止めない。 「む、無茶苦茶だ……」 僕が今までみた弾幕ごっこは、どちらかというと『守り』を重視していた。 特に、躱すことにおいて、霊夢辺りはもう神業としか言えないほどの動きを見せる。それは耐久力に限界のある人間として極当たり前の戦法だと思うんだが…… あの二人、全く自分に対するダメージを気にしていない。 当然、服で済むはずもなく、どんどんと傷を負っていき、血が…… 「って、止めろ止めろ! お前らなに考えてんだっ!?」 間に入ったら死ぬの確定なので、声を張り上げて止める。 しかし、二人の耳には入っていない。言っている間にも、怪我はどんどん増えている。 「やるじゃない。そろそろ準備運動は終わりにしましょうか」 「そうだな。私も丁度そう思っていたところだ」 二人とも、スペルカードを取り出す。 「だから止めろ、ってばっ!!」 「神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』」 「時効『月のいはかさの呪い』!」 僕の制止の声は、二人のスペルカードの発動の音に遮られる。 ……っていうか仲良くしろよぉ。弾幕ごっこならまだしも、ガチの喧嘩なんかすんなよぉ。 あ、ちょっと泣き入ってきた。 | ||
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