輝夜と妹紅の殺し合いは留まるところを知らない。 お互い、血で濡れながらも、笑みなんぞを浮かべて弾幕を撃ち合っている。 「やめろっ! マジで洒落にならないってっ!」 飛び出したくなるのをこらえる。 そんなことをしても犬死するだけだってくらい、残念ながらわかってしまう。 「熱心だねえ。無駄なのに」 「やかましいっ!」 いつの間にか隣に立っていたてゐの言葉に、怒鳴って返す。 喧嘩とか、嫌いなんだよ僕は。 そりゃあ、妖怪に襲われたら身を守る位するし、ほとんどスポーツ感覚の弾幕ごっこまで止める気はないけど。 でも、これは明らかにいきすぎだろう。 「放っておきなさい。あの二人は、別に死んだりしないわ」 「だからっ、死んだり……って、スキマ!?」 掛けられた言葉に反射的に反論してから、その言葉の主に気がついた。 隙間妖怪こと八雲紫。霊夢も一緒だ。 いつの間にか現れて、二人揃って宴会の料理や酒を食い散らかしている。 「貴方たちを招待した覚えはないんだけど」 「あんなのを押し付けておいて、ご飯も出ないわけ?」 永琳さんの抗議に、霊夢は妹紅を指し示して反論した。 ……あんなの? もしかして、ちょっと前のでかい火柱は…… 「ちょっと焦げちゃったじゃない」 「そうね。私も、お気に入りの日傘が煤けちゃったわ」 霊夢はスカートの端を、スキマは日傘をそれぞれこれ見よがしに見せる。 それに、永琳さんは大きなため息をついて、お好きにどうぞ、と言った。 「……おい、さっきまで妹紅とやりあってたのって、お前らなのか?」 「そうよ。ったく。なんで私があんなのとやりあわなきゃならないのよ。面倒くさいったらありゃしないわ」 このくらいの報酬は当然よね、と霊夢は酒を傾ける。 ……好き放題だな。いや、それより。 「どうも、妹紅が怒っているのはお前らのせいらしい。止める気は?」 「ないわよ。あれは、あいつが喧嘩したいだけでしょ」 「霊夢の言う通り。大体、あんなのは喧嘩とも弾幕ごっことも呼べないわ。もっと幼稚で、楽しいお遊びよ」 どうにも、僕とそれ以外の連中との温度差が激しすぎる。 僕の眼には、今にも死にそうな二人が写っているが、みんなにはあれが『きゃっきゃ、うふふ』みたいな場面に見えるんだろうか。 「まあ、どうしても止めたいんだったら、貴方一人で頑張りなさい」 「……わかったよ。やってやる」 スキマのからかうような声に、僕は頷く。 紅魔館で伊達に修行していたわけじゃない。少しは連中を大人しくさせるための方策がある。 庭に出て、上空で激しく争っている二人に声をかける。 「輝夜っ! 妹紅! いい加減、やめないと、実力行使するぞっ!?」 予想通り、無視された。 いいだろう……僕とて、あまり乱暴な真似はしたくないが、これ以上やって本当に取り返しのつかないことになったら大変だ。 「水符」 スペルカードを取り出す。 こいつで、少し頭を冷やすがいい。 「『アクアウンディネ』!」 水弾を作り出す。 大を二個。 一抱えもありそうな水の弾。威力は期待できないが、頭を冷やすにはうってつけだ。 「いけっ!」 それを飛ばす。 二つの水弾は、狙い違わず輝夜と妹紅に向かい、 「あ」 じゅっ、と妹紅に向かった方が一瞬で蒸発した。 特別守りがなかった輝夜のほうは、びしょ濡れ。 ……睨んでる。輝夜が睨んできてるよオイ。 「ひ、人の言うことを聞かないお前が悪いんだぞ!?」 「…………」 無言は逆に怖い。それに血濡れで怖さは倍率ドン。 でも、最初期待したように頭が冷えて冷静になる、ということはなかった。 きっと、輝夜だけにかかったからいけなかったんだ。両方に当てれば、お互い冷静になるだろう。 「土符『ノームロック』」 なら、次は土符だ。 多少威力もある弾だけど、この際仕方がない。 地面の土を固め、岩弾とする。 これまた一抱えもありそうな岩。まともに当たったときの威力は、水符とは比べ物にならない。 スピードがないのが欠点だが、二人とも弾幕を躱すつもりはないみたいだし大丈夫だろう。あれだけ弾幕を喰らって平気な人間が、僕の弾が当たったからってどうにかなるとも思えないし。 「いけっ!」 岩を飛ばす。 今度こそ――! 「あ」 輝夜は、二度目で懲りたのか、ひょいと躱した。 妹紅に向かった方は、近付いた途端融解して、マグマ状になった岩が妹紅にかかった。 「あっち!?」 「だ、大丈夫か!? 火傷したか!?」 心配するが、元々炎を纏っていた妹紅には大したことはないらしく、顔に真っ赤になった液状の岩をべったりつけて、こちらを睨んできた。 それと同時、二人の弾幕が止む。 ……いや、その。二人とも、なんか喧嘩を中断してくれたのは嬉しいんだけど、なぜにこちらを睨んでいる? 「なぁ、輝夜。ちと休憩して、あっちのおせっかいにお礼でもしないか?」 「そうね。ここまで心配してくれるなんて感激。是非にお礼をしないとね」 声が平坦だよっ、二人とも!? 庭に下りてきた二人は、僕が逃げないよう視界の端に捉えながら、わざとらしい会話を始めた。 「さて。水も滴る良い女、とは言うけど、この季節だと少し寒いわね。暖めてくれる? 妹紅」 「いいよ。丁度、燃やしやすいのがいるしな」 「あら、素敵。人の脂って燃えるのかしら?」 「試してみるか?」 ぽっ、と妹紅の指先に火が灯る。 え、えーと。……僕は焼いても美味しくないぞっ!? というか、本当は仲良いだろお前ら!? 「ああ゛〜〜〜〜!!」 そして、永遠亭に僕の情けない悲鳴が轟いたんだってさ。 「やれやれ、お人良しなのか、阿呆なのか」 「愚問ね。阿呆なお人好しなのよ」 余計なお世話だ。胡散臭いコンビめ。 「ほれ、妹紅。ぐいっといけ」 結局、僕が少し髪の毛を焦がした程度で、その場は納まった。 永琳さん曰く、どちらも死なずに輝夜と妹紅の争いが収まったのは奇跡らしい。 ……んな奇跡いらねぇ。僕の髪の毛を犠牲にするような奇跡は。あとで散髪に行かないと。 「あ、ああ。しかし、なんで私まで参加しているんだ?」 「仕方がないじゃない。主賓が言うんだもの」 妹紅の疑問の声に、憮然とした輝夜が答える。 ああ、そういえば、僕って主賓だったっけ? そんな扱いされてなかったから、すっかり忘れていたよ。 「いいだろ。どうせ、これだけあったら余るんだし」 「ふん。まあ、今日だけはこの屋敷の敷居を跨ぐのを許しておいて上げる」 「お前はまた、そんな喧嘩腰に……」 どうどう、と隣の輝夜を諌める。 やるっていうなら相手になる、と言わんばかりに眼を細める、逆隣の妹紅も抑えた。 ……いやまあ、なんというのか。 この二人、まさしく水と油らしく、近付いたらすぐ喧嘩を始めるらしい。 なので、緩衝地帯として僕を真ん中に据える、というのが永琳さんの意見なのだが……ごめん。はっきり言って、止められるとは思えない。 「ほ、ほれ。乾杯」 「……乾杯」 わざとらしいなー、と自分でも思いつつ、妹紅と乾杯する。 「ほれ、輝夜も」 「そいつと間接的にでも乾杯だなんて、御免被るわ」 と、輝夜のほうは自分の盃をさっさと空けてしまい、手酌した。 ……っとーに、仲悪いんだな。一体なにがあったんだ、この二人に。 「モテモテね、良也さん」 勝手に宴会に参加して、我が物顔で振舞う霊夢がからかってくる。 「……霊夢。そこでやきもちでも焼いてくれたら、僕も少しは救われるんだが」 「残念。私の心のお餅は、今ストックがないの」 「つーか、お前は作ったこともないだろう?」 「まぁね」 こいつに、色恋沙汰が今までにあったとも思えない。 「私の出番かしら」 「いや、あんたはいいから」 名乗り出たスキマを抑える。 この人が出張って、物事が良い方向――というより、僕にとって都合の良い方向に行くとは到底思えない。 「ほれ、良也」 「あ、ありがと。妹紅は意外と気が利くな」 いつの間にか、盃が空になっていた。 そこですかさず妹紅が注いでくれる。 なかなかのタイミングだった。言うなればグッド・タイミング・モコー。 「…………」 「ん? どうした、輝夜」 「別に、とっとと空けなさい」 な、なんだ? やけに急かすな。 慌てて酒を呑み干すと、すかさず輝夜が酌をしてきた。 「ふふん。殿方に気分良く呑ませるのも、女の器量よ。どうやら、気が利くのは私のほうね」 そして、妹紅になにやら意味ありげな笑みを送り…… 「クッ」 妹紅が引きつった笑いを漏らす。 あ、あれ? これ、やばくね? 「おい、良也。次は私が注いでやる。さあ、呑め」 「いや待て、流石にこんだけ一気はキツ……」 「なにか? お前も、私が輝夜より劣っていると言うつもりか?」 いや、言ってないし思ってもいないっ! 僕は単に、僕をダシにして張り合うな、と言いたいだけであって……! 「つまり、熱燗が好みなんだな?」 「わかったよっ! 呑むから、火ぃ出すな!」 これ以上燃やされたら、僕ハゲになっちゃいますよっ! 「ほら。私が入れたほうが美味しいでしょう」 「いや、まて輝夜。これ以上はマズ……」 「不味いって言うつもり?」 僕、なんかしたか? 「なかなか珍しい光景ね」 そこ、永琳さん。んなどうでもいい感想を持つくらいなら、僕を助けてくれ。 「ふっ、輝夜の注いだ酒なんぞ、一気でもしないと呑めたもんじゃないだろう? ほれ」 「おっと、手が滑った」 わざとらしく、輝夜がお銚子を放り投げ、妹紅に中身をぶっ掛ける。 「お、お前ら……食べ物を粗末にするんじゃ……」 「やる気か?」 「喧嘩を売ってきたのはそっちでしょう」 だから、間に挟まれる僕のことも……うっ、ヤバ。また喧嘩になりそうだ。 ――こうなったら。 「…………吐く」 口元を押さえて、そんな風に言ってやると、両者引きに引きまくった。 ふん。少しは仲良く呑めってんだ。 ……あ、ヤバイ。一気させられたせいか、本気で気持ち悪くなってきた。まずい、吐…… | ||
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