「まあ、たいしたものじゃないけど、宴を用意したわ。存分に楽しんでいって」

 と、輝夜は宴会場と思しき部屋に案内してくれた。

「おぉう」

 ……なんとまぁ。
 この前の紅魔館のもすごかったがここのこれもすごい。
 あっちは洋風であったに対し、こっちは純和風といった感じだ。

 幻想郷は海に接していないから流石に海の魚は無いが、それ以外の日本の料理はほとんど揃っているような気がする。
 酒もなんか、金色の一升瓶に入れられていて、なんか高級そう。

「さ、どうぞ」

 永琳さんに勧められるままに、用意された席に座る。
 あ、なんか兎が盃を持ってきた。

 ……兎?

「こ、ここのペット?」
「ええ。うちで飼ってる妖怪兎。世話はてゐに任せているけど」

 てゐ、という言葉を聴いて、しげしげと盃を見る。
 ……なんだ、この底にうっすら積もってる白い粉は。

 ぺロリ、と舐めてみると塩だった。
 こいつに酒を入れたら、さぞ塩辛かったに違いない。

「おーい」
「ああ、ごめんごめん。うちの兎は悪戯好きでね」

 まったく悪びれもせずてゐが謝ってくるが、絶対わざとだろ。
 悪戯者というか……子供っぽい。しかし、なにか子供っぽさを装っているような胡散臭さを感じる。

 きっと、こうやって小さな悪戯で油断させておいて、あとでがぶっと来るつもりだ。
 盃の中の塩を捨てつつ、僕はてゐを睨んだ。

「ま、一献どうぞ」
「ん? おお、これはありがとう」

 輝夜が手ずから酌をしてくれた。
 うーん、なんというか、それだけで安酒でも高級酒に変わりそうな、そんな気品があるな。

 しかも、今回は酒もいいものっぽいので、美味しさは二乗だろう。乾杯が待ち遠しい。

「さて」

 あ、当主の挨拶らしい。

「以前の永夜の術を仕掛けたときは、巫女と隙間の妖怪にまんまとやられてしまったけど、ここの良也のおかげで再起のチャンスは残されたわ。良也へのお礼と、ついでに今後の永遠亭の権益拡大への壮行会もやろうってことで、今日は思う存分騒いで頂戴」
「待てっ!」

 権益拡大とか、なんか妙にきな臭い台詞が出たぞ。
 そして、そんなことで感謝されても嬉しくない。

「ほんの冗談よ」
「本当か? 実は幻想郷支配とか考えていないだろうな?」
「まさか。あの巫女に逆らう気はないわ。今のところ」

 なんでこう、ここの連中は最後の最後でいちいち本音を漏らすんだろう。ツッコミ待ちか、ツッコミ待ちなのか。
 それとも、強者の余裕なのか?

「輝夜は要するに『これからは幻想郷の皆さんとも仲良くやってきましょう』と言いたいのね」
「流石永琳。その通りよ」
「すごい意訳な気がするんだけど」

 『権益拡大』=『仲良くやろう』かぁ……いやいやいや、≒でもねぇよ。

「まあとにかく、今日は存分、ここの良也を『ちやほや』してあげてっ」
「……身も蓋もないな、また」
「じゃあ乾杯っ」

 かんぱーい、と僕はやる気のない声で、盃を掲げたのだった。














 そして、始まってみると、輝夜は当主の癖に、ゲストをもてなすことも無く騒いでいた。『ちやほや』とかいう話はどこにいった。
 ……なんとなーく、そのテンションについていけず、すごすごと席を変える僕。

「……なに?」
「いやあ、あっちはちょい騒がしすぎたので」

 そして、同じく周りとは一歩引いた位置――宴会場の外、縁側に腰掛けて、ちびちびやっていた鈴仙のところへ来た。
 なんていうかねぇ。ここの住人は胡散臭いのが多すぎて、鈴仙の傍が一番落ち着くというか。

 どっかりと、縁側に腰を下ろした。……うーん、ここの庭も白玉楼ほどではないが、広いし、手入れをちゃんとしているなぁ。

「ほれ、どうぞ」
「私、そんなにお酒は強くないんだけど」

 二本ほど失敬してきたお銚子の一本を向けると、渋々鈴仙はぐい飲みを差し出してきた。
 そいつに、なみなみと酒を注いでやる。

「それじゃ、私も」
「なんつーか、儀式だよな。こういうの」

 苦笑しながら、僕も鈴仙の酌を受ける。
 まあ、宴会の度、こういうことをしているが、きっとこういうのがお約束だろう。外の世界でも、幻想郷でも。

「今日も月が綺麗ね」
「あ? ああ、そうだな。こっちは星もよく見えらぁ」

 上を見ると、見事な満月に星々。空気の汚れた外の世界とは比べ物にならないほど空が近い。
 それこそ、腕を伸ばせば月を掴めそうだ。

 なんか、酒が入ったこともあって、ワクワクしてくる。

「……ん? どうした」
「別に」

 別に、という顔じゃない。
 鈴仙は、なんだかこんな楽しい宴会の最中だというのに、泣きそうになっていた。

 も、もしかして、僕が隣に座ったからか? そんなに嫌われていたか!?

「わ、悪い。僕はすぐ他所へ行くから、一人の月見を楽しんでくれ」
「……なにを勘違いしているのかは知らないけど、別に行く必要は無いわよ」

 そ、そうか? ならいいんだが。

「で、僕が近くにいるのが嫌なんじゃなかったら、一体なんでそんな泣きそうになってんだ? 泣き上戸?」
「馬鹿。故郷を思って涙が出そうになるのがそんなにいけないのかしら」

 故郷――って、ああ。

「月?」
「そう、月の仲間たちは今頃なにをしているのかな、って。外の世界の侵略者に、攻め滅ぼされていないか、とか」

 ……あれぇ? ちょっと酒が入りすぎたかな。
 今、なんつった?

「あー、鈴仙」
「なにかしら?」
「百歩譲って、月に住人がいたとしてだ」
「疑り深いわね。私は間違いなく月の兎だし、月の都は実在するわよ」

 いやだから、その前提で聞きたいんだが、

「……僕の知る限り、人類が月に行ったのは、ほんっと数えるほどなんだけど」

 アポロ何号だかの、アームストロングと……あとは知らない。
 大体、月に立つだけでホント苦労するのに、なにをどうやったら人間が発見も出来てない月の都に攻め込めるんだ。

「ふん。そういえば、貴方は外の人間だったわね」
「言っとくが、宇宙開発の責任を僕に求められても困るぞ」

 いや、一大学生が、そんな人類代表みたいに睨まれてもね。そーゆーのはプレジデントとかに言ってください。

 ……しかし、睨んでくる赤い眼が綺麗だ。確かレミリアも赤だったけど、あっちのは血の紅で、こっちのよりずっと怖い。

「やっぱり効かないか」
「なにが?」
「なんでもない。……そうね、貴方を狂わせても仕方がない。そのくらいわかっているわ」

 なんだろう、狂わせるって?
 よくはわからないが、もしかして僕は結構ピンチだったんじゃなかろうか。

「さっきの質問に答えようかしら。別に、外の人間が月の都に直接乗り込んできたわけじゃないわよ」
「そりゃそうだ」
「都は、月の『裏側』にある。表に直接干渉はできないけど、表と裏はそれぞれ影響しあっている」

 へー。
 いや、だから月の裏ってさぁ、単に地球側から見えないだけで、観測されているんだけど。

「表が人間によって穢されると、裏の都にも穢れが広がる。……そうなったら月の都はおしまいよ」
「今、論理の飛躍があった気がするけど、どうなんだろう」

 穢れる? 多少汚れたからって、なんでおしまいになるんだ?

「地上の穢れた民にはわからないわよ」
「ひどい言い草。まあ確かに、僕の部屋の汚れ具合はすごいけど」

 うん。女性はとても入れられない。
 散らかってるのもあるけど……その、マイコレクションは、そんな濃いのはないけど、やっぱり引く人は引くし。

「そういう意味じゃないけど……まあいいわ。どうせ、たいした違いはないもの」
「へいへい。ほれ、もう一杯いけ」

 聞き流すのも飽きて、鈴仙に酒を勧める。

「……弱いって言ったんだけど」

 それでも、ぐい呑みを差し出してくるじゃないか。
 もしかして断れないタイプか、こいつ。

「ふへっ」
「な、なにその邪悪な笑い」
「なんでもない」

 ……酔い潰してみよう。妖怪らしいから大丈夫だよな?

「まあまあ、この酒美味しいな。こういう旨い酒はあんまり呑めないんだから、もう一杯くらい呑んでおいたほうがいいぞ」
「ちょ、まだ呑みかけよ」
「なんだ、遅いな」

 旨い酒なのは事実なので、僕も手酌で一杯呑む。
 ……鈴仙は意外に負けず嫌いだったのか、僕の呑みっぷりを見て自分も同じくらいの勢いで空けた。

「酌。してくれるんでしょう?」
「……勧めておいてなんだけど、自分のペースで呑んだ方が」

 量は呑ませるつもりだったけど、ペースが速すぎるとマジやばいって。

「早く」

 ヤバイ。眼が据わってる。
 あ、鈴仙と眼が合った庭の兎が、なんか真っ直ぐ歩けなくなってる。

 狂わせる……って、まさかコレ?

「良也。酒」
「も、もう酔ってるのか?」

 あまり怒らせるのもなんなので、注いでやる。

 ……あ、また一気しやがった。

「おーい」
「次」
「少し休憩を挟んだ方が」
「つ・ぎ」

 諦めた。ぐい呑みいっぱいにしてやる。

「まったく……お酒だけじゃ駄目ね。つまみ持ってきてくれる?」
「構わないけどな」

 一応、焼き鳥も持ってきてたんだけどな。
 ……食っちまってるし。兎は草食じゃないのか?

「早くっ」
「あ〜、はいは……」

 全部言えなかった。

 いつの間にか現れた永琳さんが、鈴仙の背後に立ち。

「ふっ」
「きゃんっ!」

 首筋に手刀を食らわせ、失神させてしまったからだ。

 というか、首に手刀って、本当に気絶すんだ。

「すみません。うちの弟子が粗相を」
「や、別にいいですけど。無理に呑ませた僕も悪かったし……」
「いえ、ちゃんとウドンゲには後で然るべきお仕置きをしておくので」

 マジか。

「あ、いや、本当に……」
「なにか?」

 ……悪い鈴仙。庇ってやりたいけど、八意の永琳さんってすっごく怖いんだ。

 ずるずると引きずられていく鈴仙。
 それを見送りながら、

 僕は、鈴仙の仲間がいるという月に向けて盃を向けた。そして、報告。

「……まあ、元気でやってるみたいだぞ」

 別に声が届くわけもないのだが、まあ気分である。



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