それは、博麗神社で霊夢とお茶を飲んでいるときの話だった。 「あ〜。お茶が旨い」 「爺臭いわねぇ。やめてくれる? こっちまで老けた気分になってくるわ」 「失敬な。霊夢の方がお茶好きだろう。人のこと言えたもんか」 暇あらば……いや、暇が無くてもお茶を飲んでいるこいつに言う資格などない。 霊夢の日常は、神社の掃除をするか寝るかお茶を飲むか。異変でもない限り、こいつは引退後の老人みたいな生活をしているのだ。 「余計なお世話よ。……それにしても、暇ねぇ」 「人里にでも行ってきたらどうだ? ほれ、神社の宣伝にでも」 「嫌よ。面倒くさい」 「……お前、なにもしないで『神社にたくさん人が来てくれないかなぁ』って、それは都合良すぎないか?」 「私は、都合よく行って欲しいの」 こいつ人生舐めている。いや、わかっていたことだけど。 「ああ、とか言っているうちに、暇つぶしの種が来たぞ。あれとでも遊んでたら?」 西の空に、小さな点が見える。 この神社に空を飛んで訪れるという時点で、十中八九魔理沙だ。残りの二、一は、まあ色々。 魔理沙が来たのなら、霊夢の退屈もこれまでだろう。 と、思っていたのだが……今日のは、残りの二、一だったらしい。 「……あれ?」 「なによ。兎じゃない」 そう。霊夢の言うとおり。 やって来たのは普通の魔法使いではなく、頭にウサミミを生やした、いつだかの永遠亭の少女だった。 「いる?」 「貴方はこれがいないように見えるのかしら」 「言ってみただけ。……うん、二人ともちゃんといるね」 ……二人とも? 僕もカウントされてる? 「そっちの巫女。ちょっと」 「なによぅ」 ウサミミ少女――鈴仙は、なにやら霊夢を呼んで耳打ちする。 内容は完全には聞こえないが、 『肝試しぃ?』 『そう。お願いできるかしら?』 なんて声が漏れ聞こえる。 ……この幻想郷で肝を試すとな? だとするなら、僕がショック死するほどの恐怖に違いない。 「さて、そっちの貴方」 「な、なんだよ」 以前会ったときは、彼女は僕に露骨な敵意を向けていた。そこの霊夢とグルだと思われていたせいだが……そのときのしこりはまだ残っているらしく、鈴仙の視線は厳しい。 「……うちの姫様とお師匠がお呼びよ」 「は?」 姫様。師匠。 その呼称に該当する人物については、一応面識はある。 以前会った、すげぇ和風美人と、赤青の衣装を着た、これまた美人。 前者とは少し話しただけだし、後者は単に顔を見ただけだ。……一体、僕に何の用があるというのだろう? 「え、えーっと。……それは、前回の仕返し、とかじゃないよね?」 仕返しされるのは霊夢とスキマのはずだが、組し易い僕で憂さ晴らしに出たとか? 「なにを言っているのかよくわからないけど……。お礼よ。以前の」 「はい?」 ますますわからない単語が飛び出してきたぞ。 お礼? それはお礼参りという意味か? 「だから。以前、あの境界の妖怪に対してうちの弁護をしてくれたお礼。……それに、永遠亭の初めてのお客を、ちゃんと歓待していなかったから、って姫様は言っていたわ」 「そ、それは……」 うーん、胡散臭い。 いや、鈴仙がどうとかいう話ではなく、僕にこんな好意的な話が来ることがまずもって胡散臭い。 ……我ながら、人を信用できない人格に育ったなぁ。ここに来てから。 「うん。了解。準備するからちょっと待ってて」 しかし、鈴仙はあまり友好的には見えないが、嘘を言うような子ではない。 ちょっとの付き合いしかないが、その程度はわかる。 ……まあ、たまには人を信じて、付いて行ってみるかね。 さて、はるばるやってきたのは迷いの竹林。 多分、僕一人だったらその名の通り迷っていただろうが、鈴仙の案内により無事永遠亭に辿り着いた。 「……なぁ」 「なに?」 「扉を開けたら、いきなり弾幕が襲ってくるってことはないよな?」 「ないわよ。お礼だって言ったでしょう?」 疑心暗鬼な僕に、鈴仙は呆れたように言う。 ……そうだよなぁ。それが普通だ。最近普通じゃないのばかりに会ってきたからって、ちょっと僕、失礼だぞ。 なんて思いながら扉を開ける、と。 「どーーーーんっ!」 「むぎゅっ!?」 視界一杯に広がったのは……なんだろう、靴底? それに顔面を押されて、僕は倒れた。 ……蹴り? 「いらっしゃい。良也、だっけ? 歓迎するよ」 果たしてこれが、歓迎してる者の行動なのだろうか? 「てゐ!」 「あ、鈴仙。お使いご苦労様」 「そうじゃなくて。なにいきなり蹴っているのよ」 「えー? なんとなく?」 ひでぇ話である。 やはり、ここの住人も所詮幻想郷か……。わけがわからない評価だが、きっと誰しも同意してくれるに違いない。 「いらっしゃいー。姫もお師匠さまも待ってたよ」 「……要するに、てゐは別に待ってなかったってことだよな」 この出迎えの仕方を見るに、そうとしか思えないんだが。 「誤解だよ。私も首を長くして待ってたさ」 「嘘臭い」 「ひっどいなぁ」 ひどいのはどっちだよ。お客にいきなり蹴りを食らわせてからに。 「……二人とも、なにを玄関で騒いでいるのかしら」 そしてやって来たのは赤青の女性。 確か八意永琳さんだ。……うーん、話したことないからなんとも言えないけど、なんつーか学者っぽい雰囲気の人。 そういえば、鈴仙が薬師とか言ってたっけ? 「え、えーと」 「あら。いらっしゃいませ。私、八意永琳と申します。以前は、当家のものが大変お世話になって」 「あ、いや。別になにをしたってわけでも……」 やたら丁寧な永琳さんに動揺する。 ……うーん、今までいなかったタイプだ。 こう、『女性』って感じ。 「それでは、姫様がお待ちですのでこちらへ。……ウドンゲ、てゐ。お客様に失礼な真似をしたことについては、また後ほどね」 『私はしていませんー!』という鈴仙の当然の訴えも、永琳さんには届かなかった。 ……後で弁護しておいてやるか。どうやら彼女、僕や美鈴と同じく、いじめられる体質らしいし。 「えっと、八意さん」 「永琳でいいわ。苗字は呼ばれ慣れてないから」 「じゃあ、永琳さん。結局、あのスキマとの話し合いはどうなったんです?」 尋ねると、ぷっ、と永琳さんは噴き出した。 「……なにか?」 「ぷっ……。ごめんなさい。まさかあの妖怪をスキマ呼ばわりして生きている人間がいるとは思わなくて」 いやまあ。 我ながら、なんで生きているんだろう、と思うときはあるが。 スキマとのことだけじゃなくて、この前の紅魔館然り、さらにその前の永夜の異変然り……遡っては思い切り事故って植物状態で一ヶ月(その間生霊状態)。 改めて思い返してみると、我ながら悪運が強すぎる。つーか、この辺でそろそろツケが来るんじゃないかしらん? 「ああ、そうそう。八雲紫との話し合いだったわね。ええ――極めて平和裏に収まったわ」 「……ああ、そうですか」 胡散臭い笑顔だ。あのスキマに勝るとも劣らぬやも知れぬ。 しかし、藪をつついて蛇を出す訳にもいかない。なんというか、この人は逆らっちゃいけない雰囲気がある。 ……そういえば薬師だって言ってたな。医者ほど敵に回してはいけない職種もないし。 「私たちもこれからは積極的に幻想郷の者たちと交流していくつもりよ。先達として色々と教えていただければ助かるわ」 「いやぁ、なにを教えるってほどのことでも」 「あら、謙遜を。外の世界の人間で、貴方ほど早くに馴染んだ者はいないって聞いたわよ?」 「それは、最初の状況が状況だったから……」 なにせ、いきなり僕幽霊になっていたのである。しかも目が覚めたときにいたのは冥界。 その状況に比べれば、多少昔風の町並みがあったからって動じるもんじゃない。 無論、人里のみの話である。幻想郷に住まう魑魅魍魎に悪鬼悪霊に妖怪変化に巫女については、僕はもうどえらく仰天していた。 「ま、まあ、人里では医療不足がけっこう深刻だから、薬でも売ればきっとすぐ馴染めるかと」 「あら、それはいいことを聞いたわね。そのうち開業はするつもりだったけど、早めようかしら」 ねえ、ウドンゲ、と永琳さんは後ろの鈴仙に話しかける。 ……っていうか、やっぱ変だぞ、ウドンゲインは。 「はぁ」 「気のない返事ね。置き薬は貴方が届けに行くのよ?」 「ええ!?」 置き薬ってあれか。 家に薬箱を置いて、使った分だけ薬を補充して代金を受け取るという……薬屋の出張販売。 うちの実家なんかは置いてあったなぁ。 「わ、私がですか?」 「貴方、まだ人見知りするでしょう? 地上で暮らすのだから、それではいけないわ」 ……地上? って、ああ。 鈴仙は月の兎とか言ってたっけ? ……もしかして、マジ話? 「姫様。土樹良也様をお連れしました」 そんなこんなで、主人のいる場所に着いたらしい。 襖を開けると、 「ぅぉう」 半ば覚悟は完了していたはずだったんだけど、思わずくらりときた。 「いらっしゃいませ、土樹様。当家の当主、蓬莱山輝夜と申します」 中にいたのは、以前会った『輝夜さま』。 相変わらずの美人っぷり。この幻想郷であった連中は、中身はどうあれ顔は可愛い者ばかりだったが、この人はランクが一つ二つ違う。 その上、今日は本気で着飾っているらしい。十二単(だっけ?)みたいな重ね着に、キラキラと輝いた、しかし上品さを損なわない髪飾り。 部屋の中には、ほのかに甘い香りが焚いてあって、強烈に惹きつけられる。 以前、傾国の美女とはこういうのを言うんだろうなあ、なんて思ったが、間違いないな、こりゃ。 「あ、あ〜。こんばんは」 「あら、つまらない挨拶ね。折角私がここまで本気になってあげたのに」 口調ががらりと変わる。こっちが地か。 「いや、もうなんつーか……」 確かに綺麗だし、思わず跪きたくなるほどの色香なんだが……なんて言うのかなー。 イマイチ、心の琴線にピンと来ないというか。 いや? 美人なのは間違いないんだよ? ただなんというのか、僕はオタクであるからして、こういう超絶美人よりも、パーツが特化した可愛い系に弱いのだよ。 ……そっちの鈴仙とかー。 ちらりと、僕の斜め後ろに控えている鈴仙に視線をやる。 「イナバ」 「は、はい?」 「後でちょっとお話しましょうか?」 ん? なにやら輝夜が鈴仙に話しかけた。 ……鈴仙を見ていたため、内容はよく聞こえなかったが。 と、思っていると、ポン、と背中が叩かれた。 「てゐ? なんだ」 「グッジョブ!」 わけがわからん。 | ||
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