まいった。
 あのスキマめ。いらんことばっかり言って、しかもなんのフォローもなく去っていってしまった。
 もはや、さん付けなどする気はない。奴の名は一生スキマに大決定。

 ……それはいいとして。
 僕を、完全に敵を見る目で見てくるこのウサミミ少女をどうするべきかね?

「と、とりあえず、怪我はないか? あのスキマ妖怪、乱暴にして……」

 手を差し伸べようとしたら、思い切り払われた。
 ……悲しい。

「くっ……行かないと。このままじゃ、術が……」
「術?」

 はて。そういえばさっきの二人も、術の核はこっちだとかなんとか。
 忘れそうになっていたが、今回、僕がこんなところまで来る羽目になったのは、なにやら月に異変が起きたせいだった。

 無論、そんな異変があっても僕が出動する義理はないし、出動したことそのものについて言いたいことはあるのだが、そもそもの発端はそれだ。

 その異変を解決に師に来た霊夢とスキマが、いつまでもこの屋敷に留まり、あまつさえ僕を利用してまで『術の核』であるこちらにまできた。

 もしかして、と思うのだが、

「なぁ、鈴仙。もしかして、満月に異変を起こしたのって、君たちなのか?」
「……そうよ」

 意外に、鈴仙はあっさり白状した。

「満月を欠けさせたのは、私の師匠のとっておきの術。そう『地上を巨大な密室にする』術よ」
「……密室?」

 密室というのは、外からも内からも出入りできない部屋。『地上』なんて広大な範囲を表現するのに、到底適切な表現ではない。

「月と地上はね、満月で繋がっている。月の民は満月の夜だけ、この地上に降りることができる。……でも、その満月を欠けさせたら? それが、私の師匠の術よ」

 なんで満月なんだ、とか反論はある。満月だろうとなんだろうと、地球と月の距離は変わるはずがない。
 それに、どうやったら月を欠けさせるなんてことが可能なんだ、とか。月の民なんてマジでいるのか、とか。

 でも、それを言った鈴仙の目はこの上なく真剣で。
 とても、与太話だと笑い飛ばせる雰囲気じゃなかった。

「とにかく、輝夜さまのところへ……」
「ああ、もう。わかったよ」

 力が入らない様子の鈴仙を抱え上げる。
 僕はそれほど力持ちじゃないけど、こんな軽い女の子一人くらいならなんともない。

 ……あ、いや、割とギリギリかも。

「な、なに!? 降ろして!」
「自力で飛べないくせに、何を言ってんだ。いいから、さっきの輝夜とかいうのはどこだ?」

 仕方ないので運んでやる。
 僕にしては珍しく、下心などは本当になかった。

 ――本当だってっ!

「くっ、離せ。自分で飛べるっ!」

 鈴仙は僕を無理矢理振り払い、言葉通り自ら飛んだ。
 ……ちっ。

「輝夜さまはこっちだ。……言っておくけど、あの人間と妖怪に加勢するようなら、まずお前を落とすからな」
「怖いなぁ。心配しなくても、そんなことしないよ」

 面倒くさいし、第一僕が戦力になるはずもない。

 『どうだかな』と鈴仙は言って、僕の前を飛行し始めた。














「……近付けねぇ」

 輝夜に霊夢にスキマ発見。あ、ついでにスキマの式神の藍さんもいる。

 しかし、まったく近づけない。
 もはや弾幕ごっこなどというレベルではない。本物の『戦場』クラスの死地が目の前に広がってきた。

 やつらの弾幕の背景にあるのは、今まで見たことないほどの輝きを見せる月。……でかい。

「鈴仙、これは無理なんじゃあ?」
「くっ、輝夜さま!」

 今にも駆け出そうとする鈴仙の肩を掴んで押しとどめた。

「離して!」
「駄目。僕程度を振り払えない体調の癖に、あんなところに突っ込んだら本当に死ぬぞー?」

 どうどう、と鈴仙を抑える。

 実際、けっこうな距離があるというに、ここにいても衝撃波が襲ってくる。
 いつぞやの霊夢と萃香の最終決戦。あれ以上の衝撃だ。

 鈴仙が強いのかどうか、僕にはわからないが、それでもあんなところに割って入って無事なはずはないだろう。

「でも、輝夜さまは私のためにあんなことをしているのに……」
「初耳だけど」
「……私は月の兎。月の民は、私を連れ戻すためにくるのよ」

 つ、月の兎?
 あの、餅をつく兎か?

「うぉおう!?」

 流れ弾幕が僕たちを襲う。
 ……月の兎がどうこうと、考えている場合じゃなかった。

「それにしたって、もう無理だって!」

 油断すれば僕の手をすぐにでも振り払ってしまいそうな鈴仙を必死で止める。

 なにが無理って、すでに輝夜は落ちる寸前だ。
 見ただけでわかる。そもそも霊夢、スキマ、藍さんの三人を相手にあれだけ持っているのが不思議なくらいなのだ。

「……リンチだな、ありゃあ」

 別に輝夜の力が連中に劣っているとは思わないが(というか僕にそんなのはわからない)、どう見ても多勢に無勢だ。……あ、落ちた。

「か、輝夜さまっ!」

 鈴仙が慌てて輝夜のところに向かう。
 もはや弾幕勝負は終わった。別に僕が止める理由もない。

 やれやれ、とやたら肩に来る疲弊感と共に、僕もそちらに向かう。

「おーい、お疲れ」
「あら、良也さん。お疲れ」

 労をねぎらう、というのもなんか違う気もしたが、特にかける言葉も見つからないので適当に言ってやった。

「今日は良也さん、大金星ね。貴方のおかげで異変解決よ」
「……や、本人の預かり知らぬところでキーパーソンにされてもまったく嬉しくない」

 霊夢の賞賛の言葉も嫌味にしか聞こえないんだが。
 大体、僕が世にも珍しいウサミミ少女と仲良くなれなかったのは誰のせいだと思っているっ!?

「さて、それで紫? こいつらどうしようかしら」
「そぉねぇ」

 ちらり、と問われたスキマは輝夜と、それに寄り添う鈴仙を冷えた目で睨む。
 いつか……何回か見た、八雲紫の本気の目だ。

「いくらなんでも、今回の異変は洒落にならないわね。消えてもらおうかしら?」
「よ、よくはわからないけど、そこまですることないだろ」

 恐る恐る口を挟む。このまま放っておいたら、恐ろしげな方向に話が行きそうだった。

「わからないのなら黙っていなさい」
「う……霊夢もっ!」
「んー。私としては、異変を起こした連中は懲らしめるのが仕事だけど、紫がやりすぎるのを見過ごすのもね」

 あっ、霊夢は味方っぽい!

「霊夢。貴方も今回の重要さがわかっていないのね。少しは勉強なさい」
「面倒くさいから嫌よ」
「全く……とにかく、ここの住人は、私が預かるわ」
「そうなの? あんたがそこまでするんだ」

 ヤバイ。霊夢は中立だ。このままの流れだと、ここの住人、全員隙間に落とされる。

 な、なにかないか。
 スキマを説得するのは論外。あとは、普段一緒に暮らしている霊夢を介してなんとかするしかないが、だけどこいつを動かすカードなんて……

 ……あ。

「れ、霊夢!」
「なに?」
「スキマを止めてくれっ! 賽銭、もう入れないぞ!」

 変化は劇的だった。
 まるで早送りをしたかのように伸びた霊夢の右腕が、スキマの肩をがっちり掴む。

「……何の真似かしら?」
「良く考えたら、紫みたいな妖怪に処遇を任せるのはよくないわね」
「あ、貴方ねぇ」

 ジロリ、とスキマは霊夢と……それをそそのかした僕を睨む。

 しばらくその状態で硬直状態が続くが、やがてスキマのほうが折れた。

「全く……まあいいわ。さっきの、一番力を持ってそうな女を出してもらえるかしら? アイツと交渉をするわ」
「私のことかしら?」

 すっ、といつの間にか、輝夜に寄り添うように二色の衣装に身を包んだ女性が現れた。

 赤と、青。これが、永琳……さん? か。

「とりあえず、この『地上を密室にする』術を解いてもらえる? 話はそれからよ」
「……断る余地はなさそうね」

 永琳さんが、すっ、と手を振ると、ついさっきまであった輝く月は消え、いつもどおりの月が顔を見せた。

「さて、お話しましょうか?」
「構わないわよ。……ウドンゲ。姫をよろしく」

 それだけ告げて、二人はそろってどこかに消えた。……と、思ったらスキマだけ顔だけ戻ってきた。

「それと良也? 私のこと、スキマって呼ぶの、どういうつもりかしら?」
「え、えーと」

 なんというんでしょう。さん付けはやめようと思ったけど、紫って呼ぶ捨ても嫌だったもんだから、なんとなく?

「後で貴方も『お話』しましょうね?」
「い、嫌だと言ったら?」
「残念ね」

 な、何が残念なんだッ!?



 ――なんて。
 僕の未来に、一抹の不安だけを残し、この異変は解決したんだってさ。



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