それは、あの月の異変が解決して数日後。僕は博麗神社の境内を掃除していた。

 ……ちなみに、スキマとの交渉の結果、彼女への呼称はスキマで良いこととなった。
 理由がまたよくわからないのだが、

『私のことを畏れない人間も、一人くらいはいないとね』

 ということらしい。
 霊夢とかはどうなんだ、と思ったが、あの辺は人間じゃないということなんだろう。

 お仕置き、はされたが……

「ええいっ! 忘れろ、僕っ! 全力全開でっ!」

 思い出すと震えが来る。
 だから忘れろって。思い出させるな。

 うん。

 とにかく、あの月の異変を経て、僕の八雲紫に対する呼称がスキマになり、タメ口オーケーになったということだけ押さえておけばいいんだ。余計なことは考えずに。

「はーーーいっ! こんにちはーー!」
「は?」

 いきなり、お客さんが降ってきた。

 なにやら黒い羽根が生えている少女。履いている靴は……やたら歯が高い下駄?

「どもども、はじめまして。私、『文々。新聞』を発行しています。烏天狗の射命丸文と申します。以後お見知りおきを」
「はぁ、ご丁寧にどうも」

 新聞記者? パパラッチ?
 つーか、『文々。新聞』って、頼んでもないのによく投函されるあれか? 霊夢、読む前に火種にしちゃうけど。

「巫女に用事なら、奴は今昼寝中だぞ」
「いえいえ。本日は博麗の巫女に用事じゃあありません。貴方、土樹良也さんを取材しようかと」
「取材?」

 はて、僕がそんな記事になるような面白い人間とも思わないが。
 よほどネタに困っているんだろうか。

「ええ。外の人間、しかも美味しいお菓子を人里に提供してくれる人として、貴方は有名ですからね。ついでに、割と力を持った人妖たちとも交流がある。これは、そろそろ取材しないと、ということで」
「はぁ、別に構わないけど……。あ、カメラまであるんだ」
「はい。まぁ、外の世界に住んでいる貴方からすれば珍しいものではないかもしれませんが。この幻想郷で現像の技術を持っているのは、私たち天狗だけなのです」

 なるほど。
 幻想郷が隔離されたという明治といえば、写真機自体は存在しただろうが、まだまだ一般に普及はしていなかったはず。

 それでも、ちゃんと稼動するカメラと、それを現像する技術を持っているんだから、天狗というのはすごいんだろうなぁ。
 新聞を発行してるってことは、印刷もできるのかね?

「それじゃあ、取材をさせていただきますね。まず、貴方のプロフィールを教えてください」
「土樹良也。二十歳。外の世界じゃ大学生兼塾講師。幻想郷じゃあ、知っての通りお菓子売り……兼、巫女の使いっ走り」

 最後のは理性が抵抗したが、僕の立場を語るにどうしても外せない。……外せなくなってしまった。

「なるほどなるほど。……なぜお菓子売りを?」
「なんでと言われてもなぁ。こっちのお金が欲しかったのと、稼ぐ手段を考えたら、外の世界のものを売るのが一番手っ取り早かったから、かな」
「ふむふむ……。ところで、どんなのを売っているのか見せてもらっても?」

 まあ構わないけど。
 丁度、売りに行く前だったし。

 博麗神社の母屋に戻り、僕のリュックを持ってくる。

「えーと、飴だろ、ガムだろ、グミにチョコレート……あとはポテトチップとか」
「……珍しいものばかりですね」
「そうじゃないと売れないだろ。……あ、これなんか試食してみるか? うまい棒」
「いいんですか?」
「こんなかで一番安い奴だから気にしないでいい」

 外の世界のお金で精々十円。それをケチるほど、僕も狭量じゃない。
 新聞で宣伝してもらえれば、売り上げが伸びるかもしれないし。

「ふむふむ……こーんぽたーじゅ味? 味わったことがない食べ物ですが、美味しいですね」
「それはなにより」

 やはり、食い物で釣るのが一番だ。
 人間でも人間じゃなくても、美味いものの誘惑はどうやったって抗えるものじゃない。

「ご馳走様でした。さて、取材の続きといきたいんですが、よろしいでしょうか」
「ああ、いいよ」

 ま、掃除は別にいつでもいいし。というか、僕がする仕事でもないし。

 休憩がてら、このパパラッチの取材を受けようか。





















「よう、良也」
「あれ? 魔理沙」

 射命丸の質問に答えていると、魔理沙が境内にやって来た。

「ん? 射命丸じゃないか」
「こんにちは、相変わらず元気そうですね」
「お前もな。なんだ、今日は良也の取材なのか」
「ええ。彼は興味深い対象ですから」

 んなこと言われても、そんなに興味深いかね。

「あ、そうそう。貴方に以前頼んでいた件了承してもらえます?」
「頼んでいた件? なんだっけかな」
「もう。私の新聞に『魔理沙の魔法教室』を定期連載してもらう件ですよ」

 ま、魔理沙の魔法教室、だぁ?
 なんだ、その胡散臭い上に如何わしさ満点の連載は。

「ああ、それな。パスだ。……って、前も思いっきり断らなかったか?」
「しかし、特に人間の方に『やってほしい』っていう声が大きいのですよ。皆さん、魔法というのを使ってみたいそうです」
「つってもなぁ、中途半端に覚えると逆に怪我の元だぜ。覚えたいんだったら、ちゃんとした師匠に付かなきゃな」

 以下、射命丸と魔理沙の『やってくれ』『やらない』合戦の応酬。

 ふむ……しかし、魔法ねえ。

「なぁ、魔理沙」
「なんだい」
「僕も魔法っての使えるかな?」

 それはふとした思い付きだった。
 霊夢の訓練はもうこりごり……とは言っても、ある程度力は付けたい。

 魔法、というからにはどちらかというと勉強とかが多いんだろう。前は勉強なんて……と思っていたが、むしろ身体が傷つかないならそっちのほうがいい。

「あー、使えるか使えないかで言えば、まあ使えるようになるかもしれないが」
「なら教えてくれないか?」
「ん、良也には美味いもの分けてもらってるから、頼みは聞いてやりたいんだが……」

 でもなぁ、と魔理沙は頬をかいた。

「自慢じゃないが、私は人にものを教えるのは苦手なんだ」
「……まあそれはよくわかる」

 そっかー、そうだよなー。いいアイデアだと思ったんだが……
 それに魔法というと格好いい。今のわけのわからない能力よりも、ファンタジー世界の十八番『魔法』のほうが役に立つ。きっと。

「あ、でもあいつなら」
「あいつ? どいつ?」
「私の知り合いの魔法使いがいるんだけどな。そいつは、いつも図書館に引き篭もってるし暇なはずだ。ついでに、あの図書館なら初心者用の教本も揃ってるだろうしな」

 魔法使いねえ……というか、幻想郷に図書館なんてあったんだ。
 魔理沙の友達、というところに一抹の不安を感じないでもないが、しかし類は友を呼ぶ、がどこでも適用されるとは限らない。

 むしろ心配なのは、

「でも、教えてくれるかなぁ」
「なぁに、いざとなったら本だけ借りればいい。私はいつも借りているんだが、いつも快く貸してくれるぜ」
「あ、そうなんだ? なら、いいかな」

 知り合いでもない人の図書館から本を拝借するのもどうかと思うが、いざとなったら魔理沙に借りてきてもらえばいいし。

「よし、じゃあ善は急げだ。行くか」
「ああ、よし。じゃあ、射命丸。記事できたら見せてな」
「ええ、それはもうバッチリ」

 射命丸は親指を立てる。

 僕と魔理沙は空を飛んだ。

「どっちの方角?」
「こっちだ。付いて来い」

 魔理沙の先導に従い、僕は飛んだ。
 魔法、という言葉の魅力に、内心ニヤニヤしながら。



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