「はい、お茶」 どん、と。ぞんざいに湯飲みが置かれる。 「え、えーと」 「冷めるから早く飲めば?」 心底どうでも良さそうに鈴仙が勧める。 仕方なく、お茶を口に運び、 「熱っっつ!」 「なにをやってるの」 あまりの熱さに悲鳴を上げるも、相変わらず鈴仙は冷たい。 主から僕の相手を頼まれたから、嫌々ながらも付き合っているというのが、態度から透けて見える。 ……んー、今冷静になって考えると、やっぱり人の名前で笑ったのは失敗だったな。反省、反省。 「反省しているから。もう笑ったりしないから。機嫌を直してくれ」 「なんのことかしら? 別にそのことは怒っていないわ」 「嘘だっ! 眼が笑っていないぞっ!」 「元々、人間相手に笑いかけたりしないもの」 ほ、本当につれない。 ツンツンしている。 「……デレ期はいつかな〜」 「なに?」 「なんでもない。……あ、冷ますと美味しいな、このお茶」 薫り高いというか。 いつも博麗神社で飲んでいる出涸らし(十回は淹れる)とは比べようもなく美味い。 外の世界で、そんな高いお茶を飲んだことあるわけでもないけど。それでもこのクラスのお茶を買おうとしたら相応の値段がするだろう、くらい予想が付く。 「当然よ。本来は輝夜さま用のお茶葉だもの」 「あのお姫さんか」 うーん、確かに彼女は、綺麗なだけでなく、高貴な生まれみたいな気がした。 なんというか、上品というか。いちいち物腰が。 そりゃあ、普段いいものを飲んでいても不思議じゃないんだけど…… 「これ、どこで仕入れてるんだ? 人里……じゃないよな。君たち見かけたことないし」 あるいは『永琳』という、まだ見ぬ住人が買っているのかもしれないが。 「この茶葉は、師匠が丹精込めて作ったものよ」 「師匠?」 「八意永琳師匠。私の、薬師としての師匠」 く、薬師? なんだ、この茶葉も実は身体に良い作用とかあるのか? 「薬作れるんだったら、なおさら人里で見かけないのはおかしいな。あそこは、医者とか少ないから、薬師なんていれば有名になるはずなのに」 確か、お医者さんは一人。しかも兼業の人しかいなかったはずだ。 基本的に幻想郷の人たちは病気とはあまり縁がないから、それほど必要ないというのもあるが、まったく必要がないわけでもない。 医療を担える人は、どこでも重宝されるはず。 「私たちはここに隠れ住んでいるから」 「隠れ?」 はて。 この狭い幻想郷で隠れ切れるとも思えな……いやでも。博麗神社とか白玉楼とか紅魔館、妖怪の山とか。一応、人外っぽいのが定住している場所があれば大抵僕の耳にも届いているのに、この永遠亭とやらは聞いたことがない。 迷いの竹林のことを聞いたときも、チラリとも話に出ていなかった。 ……もしや本当に、この屋敷のことは幻想郷で知られていない? 「またなんで。なにか悪いことでもしたのか?」 「……まあそんなところ」 鈴仙が複雑そうな顔になって、ぷいっとそっぽを向く。 むう、しかし鈴仙が悪いことをするようにも見えない。 今は見えないてゐは……すっごい悪戯者っぽかったが、大それたことはしそうにないし、輝夜はお嬢様だからきっと屋敷の外に出たりしない(偏見)。 すると……もしや、ヤゴコロとかいう薬師の師匠が悪いことを!? ど、毒とか。 「だ、大丈夫。きっと、人里の人は温かく迎えてくれるさ」 「よくわからないけど、別に私たちが逃げているのは人間からじゃないのよ」 「へえ?」 少し悩むそぶりを見せて、鈴仙は言った。 「私たちが逃げているのは、月の民から」 「…………」 ……さて。 鈴仙の額に、手をつける。 うーん、平熱? 僕より体温低いなぁ。 「何の真似かしら?」 「いや、熱でもあるのかと思って。あ、もしかして寝ぼけてた?」 無言で座薬弾をぶっ放された。 しかし、僕とて二度も三度も受けるわけには行かない。華麗に躱す。 「貴方。よっぽど私が嫌いなのかしら?」 「まさか」 むしろ、好きですよ? 可愛いし、真面目そうな性格だし。 「月の民、ってなんの隠語だ」 「隠語じゃないわ。そのまま。月に住んでいる者たちのこと」 月って……月だよなぁ? あの、星の。 「月に人間が住めるわけないだろ。空気もないし、水もない」 「月といっても、月面にそのまま住んでいるわけじゃない。月の『裏』よ」 「……確かアポロが月に行った時も月面人と会ったことはないはずだけど」 「ああ、あのここは自分の領土だとばかりに旗を突き立てていった連中のこと?」 ……んな見てきたみたいに。 「まあ、信じなくてもいいわ。私もどうかしていた。人間に話すなんて、気紛れもいいところ」 ふん、と鈴仙が息を吐いて、それきり会話が途切れる。 ……ええい。なにか、なにか武器はないのか。 会話の糸口的な意味でっ! 「あ、お茶のお礼ってわけでもないけど。飴でもどうぞ」 「……飴?」 お菓子で子供を釣るのと同じやり方だ。 自分でもどうかと思ったが、まあいいだろ。興味を持ったみたいだし。 ……あ、耳がピクピク動いてる。 「なんの飴?」 「ミルクキャンディだ。僕の好きなやつ」 ほい、と渡す。 「外の世界のもの、よね? この包装」 「僕が買ってきた。まあ、召し上がれ。ああゴミは僕がもらうぞ」 恐る恐る、といった感じに鈴仙は包装を破り、中の白い塊を口に含む。 すぐに、驚きに眼が見開いた。 「甘い」 「そうだろう。そうだろう」 ここの甘味の類は餡か果物、もしくは精製の粗い砂糖だ。 そんなお菓子しか食べたことのない人間にとって、外の世界の飴はけっこうなカルチャーショックらしい。味覚のショックだからテイストショックか? 「……月にいた頃以来、かな」 「は?」 「こんな洗練されたお菓子を食べるのは」 鈴仙は、やっぱり少し複雑そうな顔を見せるものの、やっとこさ笑ってくれた。 よし。ここからなんとか仲良くなるように頑張…… さて。僕はすっかり忘れていたんた。 僕に、フラグの立つイベントなぞ、起こるわけないってことをね。 「はぁい。良也。なにかよろしくやってるようじゃない?」 「……どこから沸いて出た、スキマ」 どこから、という問いも無意味だ。 こやつは、僕と鈴仙が差し向かいに座っているちゃぶ台の、その真ん中からまるで冗談のように上半身を見せているのだから。 あ、思い切り口調がタメだったな。呼び方もスキマだし。……もういいや。 「ま、ご挨拶ね。敵地に一人置いていかれた貴方を心配していたって言うのに」 「嘘付け」 「よくわかったわね」 人を騙すつもりなら、もう少し話に真実味を持たせろというのだ。 「霊夢、出てきなさい。どうやら、貴方の言っていたことが正解だったみたい」 よっこらしょ、とスキマはちゃぶ台に手をかけ、身体を引っ張り出す。 続けて霊夢も同じく、ちゃぶ台にできた亀裂から現れた。 「……どうやら間違いないみたいね。こちらは霊気の濃度が段違いだわ。術の核はこちらね」 「良也さん。どうもありがとう。貴方がこの閉じられた区画にいたおかげで、ここに気付けたわ」 ……えー。そんな、スパイみたいな言いがかりを付けられてもすげぇ困るんですけどー。 「味方の霊力を辿って――? くっ、ここから先には行かせな……」 「はいはい。貴方はどいていなさい」 スキマは、一撃で鈴仙にしりもちをつかせる。 ……強ぇ。 「さて、行きましょうか霊夢。本当の黒幕のところに」 「そうね」 ぐぐぐ、と鈴仙は起き上がり、二人を睨む。 「貴方の手品はもう効かないわよ。能力のキレも落ちているし」 「くっ……。し、師匠はどうした!?」 「ああ、あの赤青? 私たちが倒しました」 ……赤青ってなんだ。 「じゃあね」 「ま、待て!」 鈴仙は呼びかけるも、あの自分勝手の代名詞の二人がそんなことを聞くはずもない。 とっとと飛び去っていってしまった。 ずーん、と落ち込む鈴仙。 「まぁ、その、なんだ。犬にかまれたとでも思って……」 「黙れ間諜!」 「誤解ですよっ!?」 ああもう。 折角、少し仲良くなれるかなぁ、って思ってたのにっ! | ||
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