「誰かー? いませんかー?」

 妹紅に案内されてきた屋敷の玄関をノックする。
 ……霊夢たちが突破したおかげで、でっかい穴が開いているけどな。

「誰も住んでないのか?」

 あまりに反応がないので、そう勘ぐる。中に入ったはずの霊夢たちの騒ぎも聞こえないし。
 いや、でもなぁ。それにしちゃあ、屋敷に人のいる気配がする。庭もそれなりに手入れされているし……

「はい、誰かな?」
「っと?」

 なんて、庭を観察していると、いつの間にか下から声がかけられた。

「えーと、君、ここの人?」
「そうだよ。まあ、人じゃなくて兎だけどね」

 う、うさぎ?
 確かに、僕の腰程度の身長の少女の頭にくっついているのは、真っ白い兎の耳だ。

 ……う、ウサミミ少女? リアルの?
 や、やっぱり幻想郷、侮れねぇ。

 惜しむらくは、彼女が僕の守備範囲から下に大きくずれていることだろうか。もし女子高生――せめて中学生以上に見えるウサミミ少女がいれば、僕は狂乱していたかもしれない。

 だからそこ。ロリっていうな。

「ここにお客様が来るのは初めてよ。何の用かな?」
「いや、ちょっと道に迷ってね。しかも夜道は物騒だし。朝までちょいと軒先を貸してくれないかな、と」

 聞くと、ウサミミ少女はケタケタ笑った。

「なんだ。そんなこと? わざわざこんなところにまで来ておいてまぁ」
「聞かないでくれ、成り行きなんだ」

 ……本当。どうして僕は、こんな竹林のど真ん中で、彷徨っているのでしょう?
 うふふ、どうしてかなぁ?

「私はいいけど、うちの姫様に聞いてみないとなんとも言えないね。付いて来て」
「上がっていいの?」
「屋敷の主に直接聞いてよ。私はしがない使いっ走りなんだから」

 にしてはふてぶてしいけどな。

「そういや、君の名前は?」

 いつまでも、脳内でウサミミ少女というのもアレすぎる。

「私は因幡てゐ。そういう貴方は?」
「土樹良也。よろしく、てゐ」

 僕が自己紹介すると、よろしくー、と手を差し出された。
 がっちり握手。

「そういえば、さっき初めての客、って言ってたけど、先にうちの連れが来たと思ったんだけど」

 道すがら、ふと思いついたことをてゐに尋ねる。
 しっかし、この屋敷も広いな、おい。

「あのねえ。貴方は、強盗みたいに家に押し入った上、その家の住人を弾幕ごっこで容赦なく落とすような人間を、客っていうの?」
「……言わないな」
「私もひどい目に遭ったよ。まあ、適当なところで負けといたから怪我はないけど……鈴仙は大丈夫かなぁ」

 鈴仙? 誰だ?

 この家の住人……とすると。霊夢、あまり無茶はやらかしてくれる、な、……ょ……

「あ、鈴仙。大丈夫?」

 ててて、とてゐがその少女に近付く。

 ……少女は怪我をしているようだった。
 隣になんか魔理沙が一緒に倒れている気がするが、まあどうでもいい。

 問題は、その少女の頭に、てゐとはまたちょっと違った造詣のウサ耳が付いていること……で……

「あ、あーあーあー。落ち着けー僕ー」

 ビィクールだ。Be Cool!(無駄に良い発音で!)

 え? なに? ウサミミ少女? しかも、僕の直球ど真ん中?
 ブレザー? え、え? マジっすか。

 鈴仙? 彼女が鈴仙? う、ウサミミウサミミウサミミウサミミウサミミウサミミウサミミレーセ……

「……はっ!?」

 か、軽くトリップしてしまったっ!

 本当、自重しろ、僕。
 彼女は別に二次元のキャラクターではない、現実の人間なのだから。
 そう、そんな穢れきった目で見ては……見てはいけないんだけどなぁ。

「い、いや。やめとこう」

 必死で自分を取り戻す。僕は既に咲夜さんにも慣れてしまっている。あの娘にもそのうち慣れるに違いない。それまでの我慢だ。

「だ、大丈夫かー?」

 思わずニヤけそうになる顔を必死で取り繕いながら、てゐと鈴仙という少女の元に行く。
 途中、通り過ぎた魔理沙は無視る。きっと霊夢との弾幕ごっこに負けた後なんだろうし。気持ち良さそうに寝ているし。

「また人間? くっ……師匠のところには行かせない」

 キッ、と鈴仙が僕を赤い眼で睨んでくるが、正直草食動物が威嚇しているようにしか見えない。
 ……あ、兎は草食動物だよな。

「いやよくわからないけど……。怪我しているじゃないか」

 膝から血が出てしまっている。
 あーあー。綺麗な肌なのに。

 ……やばい。うっかりするとジロジロ見てしまいそうだ。

「ほら。絆創膏。傷口洗って付けときなさい」
「え?」
「あ、あーほら。うちの連れが迷惑かけちまったみたいだし」

 彼女が落ちたのは十中八九霊夢たちにやられたせいだろう。
 ったく。相手を見て弾幕ごっこを吹っかけろというのだ。こーんなか弱そうな……いやでも、ここの住人は見た目じゃ判断できないしなぁ。

「な、なんで効かない!?」
「なにが」
「なにが、って……」

 はて?

「鈴仙。こいつに能力は効かないみたい」
「くっ、ならこうだ!」

 鈴仙はそう言って、指先を僕に突きつけ、

「へ?」

 なんか弾をぶっ放した。座薬みたいな形の。

 至近距離でぶっ放された僕は、それを避けられなくて、

「ぶへっ!?」

 顎を打ち抜かれたとさ。

 ……ああ、意識が、意識がーーー。



「え、えええーーー!? 私の眼が効かないのに、こんなあっさり!?」
「あーあ。鈴仙ったら、初めてのお客様にーー」

 てゐ。何気に君が鈴仙にアドバイスしていたような気がするのは、僕の気のせいかな?
















「――はっ!? し、知らない天井だっ!」

 とりあえず、第一声はそれ。
 ここのところ、知っている天井ばかりだったからちょっと嬉しい。

「……で、どこ、ここ?」
「あら、おはよう」

 きょろきょろ見渡していると、後方から挨拶が。

「あ、ああ。おはよう?」
「なぜ疑問系なのかしら」

 いやだって。またしても見知らぬ少女が登場していれば、誰しもそうなる。

 今日はたくさん初めての人に会う日だなぁ。あの蟲小僧に焼き鳥少女に焼き鳥屋少女、そしてこの屋敷に来てからはモノホンのウサミミ少女二名に最後のこの娘は……

「あ、あ〜」
「なぜ眼を瞑るのかしら?」

 しかし、なぜこうにも、美少女率が高いのか。
 しかも今回のは、ちょっと洒落にならないレベル。

 なにも、ついさっき会った鈴仙みたく、特殊なギミックが付いているわけではない。
 しかし、ヤバイ。何がヤバイって、一瞬眼を合わせただけで僕が速攻で落ちそうになったくらいヤバい。

 純和風、とでも言おうか。腰より下まで伸ばした長い黒髪は、日本人ならそれだけでくらりと来るに違いない。
 眼、鼻、口、顔の全ての部品がまるで物語の中の人物のように隙がない。

 年はおそらく、僕より下だろうが、阿呆みたいに魅力溢れる『女性』だった。
 ……きっと、こういうのが、傾国の美女とか言われるんだ。

「輝夜さま。人間が起きたんですか?」
「ああ、イナバ。ええ、ついさっきね」

 部屋に入ってきたのは、なにやらシーツを抱えた鈴仙。
 ……僕のために、かな?

「無駄になっちゃいましたね」
「それよりイナバ。永琳の方はどう?」
「苦戦していますね。あの人間と妖怪、相当強いみたいです」

 人間と妖怪。
 ……霊夢と紫さんのことか。

 永琳というのが誰かはわからないが、おそらくここの住人かなにかだろう。

「そ、仕方ないわね……。イナバ、貴方がこの人の相手をしていなさい」
「え?」
「貴方も、申し訳ないわね。本来なら、この永遠亭にまで来たお客様は存分に歓待するのだけど……うちのイナバたちが迷惑をかけた侘びも兼ねてね。
 でも、今はちょっと取り込み中。またの機会に」

 と、言って『輝夜さま』は去っていった。
 ……そして残されたのは僕と、ウサミミ少女鈴仙。

「……と、とりあえず、自己紹介?」
「てゐから聞いているわ。良也、だったわね」
「そ、そう。君は?」
「私?」

 名は鈴仙だということは知ってはいるがフルネームは知らない。
 それに、自己紹介は、互いを知る第一歩。この儀式を経らなければ、仲良くなれるものも仲良くなれない。

「私は鈴仙・優曇華院・イナバ。好きに呼んでくれて構わないわ」
「う、ウドンゲイン?」
「……なによ?」

 なんだ、そのどこぞのロボットっぽい名前は。
 あ、いかん。ツボに、入っ……

「……ぶほっ!?」

 噴き出してしまった。

「ぶははははっ!? う、うどんげ、うどんげいん!?」
「な、なにがおかしいのよ!?」
「だ、だって、うどんげいんって……。お前はどこの国の人だっ……くくく、ぷほぉ!?」

 またまた噴き出す。
 本当にツボに入ってしまっ、しまっ……うはははははははははっ!?

「笑うなぁっ!」
「い、いやだって……ちょ、無理無理……くくくく」


 いや、初対面のウサミミ美少女に大変失礼だとは思うが……笑いは全てを越えたり越えなかったりするのだよ。



前へ 戻る? 次へ