例えば、いつもと同じように博麗神社に来た途端、普段は見慣れない幼児がいれば、思わず見てしまうのは不可抗力ではないだろうか。

「なに、あんた? ジロジロ見て。殺されたいの?」

 いや、そんな。誤解です。

「え、えーと。こんにちは」
「あいさつはいいわ。あんた、誰」
「つ、土樹良也」
「名前なんて聞いていないわ。人間。何の用でここに来て、何で私に不躾な視線を送るのかを聞いているの」

 子供の偉そうな物言いに、ムッとしないわけでもないのだが、僕の第六感が猛烈なアラームを出しながら告げている。
 曰く『逆らうな』。

「その、ここに来たのは、外の世界から来たら丁度ここに出るからで、君を見てたのは、普段見慣れない子だったから」
「ふん。そう。あんたが例の外から来た人間、ね」

 あ、名前は知らなくても、そんな奴がいる程度には知っているのか。
 ていうか、どこのお嬢さんだ、この子。

 そう、お嬢様だ。

 薄い紅色の洋服を着込み、同じ色あいの日傘を差している。それだけでも、もうお嬢様ッ、て感じなのだけど、この態度のデカさは、もう思い切り高貴な生まれっぽい。
 いや、僕の勝手な妄想なんだけどね。

 でもなー、顔だけは見たことあるような、ないような。

「お嬢様。やはり霊夢は留守のようです」
「なによ。折角私の方から遊びにきてやったのに。……つまらないわね」

 あ、霊夢留守なんだー。折角、奴ご所望の水羊羹を持ってきてやったのに。
 でも今は、それより目の前のメイドさんに挨拶することが肝心だ。

「咲夜さん、こんにちは」
「……良也さん? ああ、こんにちは」

 咲夜さんは相変わらず優雅な仕草で一礼する。

「咲夜。そんな人間に挨拶なんかしていないで、帰るわよ。まったく、とんだ無駄足だったわ」
「ああ、お嬢様。お待ちになってください」

 やはり、彼女はお嬢様だったのか。
 しかも咲夜さんの主。

 ……っていうか、この子ってもしかして。

「なぁ、君。レミリアだろ。前、霊夢と弾幕ごっこして負けてた」

 そうそう。確か魔理沙から聞いたことがある。
 割と前のことなんで、すっかり忘れてい……た?

「な、なにかな?」

 気がつくと、僕の首筋に、鋭利に尖った爪が押し当てられていた。

「私が、負けた? 冗談も休み休み言いなさい。いい加減にしないと、永遠に黙らせるわよ」

 怖っ。

 で、でも負けてたじゃん。明らかに。んなムキにならんでも。
 とか思っていると、見かねたらしい咲夜さんがフォローを入れてくれた。

「お嬢様。あまりその人をいじめない方がよろしいかと。彼は冥界の連中や、巫女のお気に入りなので」

 前者はともかく、後者は主にお菓子の運び係および家事手伝いにくらいしか思ってないと思うぞー。

「なに? 咲夜。そいつらを怒らせるのが怖いの?」
「怖くはありませんが、無用に喧嘩を売る必要もないかと思います」

 ふん、と幼女――レミリアは嘆息した。

「まあ、いいわ。聞けばあんた。外の世界の珍しいお菓子を売り歩いているそうじゃない? それでチャラにしてあげる」
「……あ、はいはい。別に構わないけど、どんなのがいい?」

 と、とりあえず、さっきまでの殺気はなくなったようで一安心。
 折りよく、丁度多めに買ってきたリュックの中身を彼女に見せた。

「……なにこれ」
「だから、お菓子」
「派手な包装ねぇ。血液っぽいのはないの?」

 け、血液?

「きゅ、吸血鬼か、君は」
「そうよ。知っているんじゃない」

 ……へ、へー。あのアンデッドの王様かぁ、この子。でも、これだけ小さいと威厳がないこと甚だしいな。
 いや、でも待てよ。確か、某魔法先生にこんな吸血鬼もいたなぁ。

 よくよくみれば、態度がデカいところとか、ちっちゃいところとか、そっくりじゃね?

「なに?」
「いや、なんでもない。血液っぽいの……トマトジュースとか? ないけど。んー、鉄分の多いチョコレートとかどう?」
「チョコレート? 確かに珍しいわね」

 だろうなぁ。幻想郷って、割と『話には聞いたことあるけど』みたいなところが多いし。チョコ以外にも、グミとかも、名前だけは割とみんな知ってる。

「じゃ、食べてみ。幻想郷のお菓子とは一味違うから」
「ふーん。これがねぇ」

 とりあえず、この怖いお嬢様はチョコレートを気に入ってくれたようだった。
 よかった。

 ……もしそうじゃなければ、殺されていた気もする。
















「……はて、なぜ僕は甲斐甲斐しくお茶まで用意しているんだろう」

 急須にお湯を注いだ辺りで唐突に気付いた。
 本来、あのお嬢様を迎えるべきは、この家の主である霊夢のはずであって、なぜに同じ客のはずの僕がお茶を淹れているのか。

 A:普段からここで家事をしているから。

「……ま、いいか」

 淹れてしまった後の祭りだ。

「ほい。お茶淹れてきたぞ」
「遅いわね。十秒以内に持ってきなさい」
「そんなことが人間に出来るか」
「咲夜はやってみせるわよ」

 そりゃ、あの人の能力にかかっちゃなあ……。時間を操れるんだから、そりゃ楽勝だろう。

「ところで、時間を操れる人間を、人間に分類しても良いのか?」

 むしろ種族:メイドとかに改名するべきじゃないのか?

「良也さん。それはどういう意味でしょう?」

 あ、咲夜さんが頬をピクピクさせている。
 いや、別に深い意味はないんだよ? 単に、むしろ妖怪っぽいかなぁ、って。

 ……そのまんまか。

「あら、そういうあんたも、妙な能力を持っているそうじゃない。今、咲夜から聞いたわよ」
「咲夜さんの化け物じみた力に比べれば、全然チンケな能力なんだけど……」
「そうかしら。咲夜の時間の中で動ける人間の言う台詞とも思えないけど」

 む、なにやら、レミリアは僕に興味を持っていらっしゃる?
 ……のはいいけど、その獲物を見る鷹のような目で見ないでほしいなぁ。

「ふん……運命を覗けない人間は、久しぶりに見たわね」
「運命?」

 なにを訳のわからないことを。

「お嬢様の能力は『運命を操る程度』の能力なのです」
「うわ。なにその反則っぽい能力」

 どんなことができるのか想像も出来ないが、なんか無敵臭い。

「あんたには効かないわよ。その『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力があればね」
「……そこらへん、ご教授願えるか?」

 正直、未だに僕は自分の能力で何が出来るのかを把握し切れていない。

 今出来ることは、壁を作る、空間を曲げる、温度を上げ下げする、の三つだけだ。
 あ、あと咲夜さんの時間を操る力と、萃香の萃める力が効かなかったっけ。

「まあいいけど。……じゃああんた、運命ってなにかわかるかしら?」
「めぐりあわせ、っつーか、運というか。そういうもんだろ」
「違うわね。運命っていうのは、世界が『こうあるべき』と定めたレールのことよ。人間みたいに意志を持つ生物は複雑に分岐しているけれど、それでもそのレールからは逃れられない」

 でも、とレミリアはお茶を一口飲んで続きを話した。

「あんたの場合、そのレールから完全に外れてしまっている。……ううん、違うわね。自分で自分のレールを作ってるの? その、自分の世界の中で」
「作ってないよー」

 僕に線路作りのノウハウなんぞあるわけがない。そういうことを言っているんじゃないってことはわかっているが。

「自覚のあるなしに関わらず、そういう者なの、あんたは。そのおかげで、関わった者の運命のレールを否応なく乱す。当然ね。あんたは本来の『運命の系』に存在しないんだもの」
「それじゃあ僕が悪者みたいじゃないか。納得いかないぞ、そんなん」
「乱れるのが悪いとは限らない。ただ、あんたが究極の『不確定要素』っていうだけのことよ」

 吸血鬼的な良い方向と、一般人的な良い方向って、必ずしも一致しないと思うんだが。

「さて、私にわかるのはこれでおしまい。……久しぶりに喋って喉が渇いたわ」

 言って、レミリアは咲夜さんに目を向けた。
 そして、僕に意味ありげな視線を送る。

 ……背筋が、ゾクッとしたんだが。

「お、お茶のおかわりを淹れてくる」
「結構よ。吸血鬼の渇きが、なにで癒えるか、わかっているんでしょう?」
「な、なんのことやら……って、咲夜さン!? なんの真似ですか!?」

 な〜んか、ちょっと油断した隙に、左腕をロックされてしまった。

「大丈夫。お嬢様は首筋に噛むなどという無作法は致しません。手首から少量の血を頂くだけです」
「手首っ!? なんでよりによって手首!? 指先でいいじゃんっ」

 咲夜さんに極められているせいで、二の腕に伝わるなんかやわらかい感触を楽しむ暇もなく、暴れる暴れる。
 ……でも、咲夜さんはやはり腕力も化け物並なのか、ビクともしなかった。

「それじゃあ、手首から数滴いただきますね」
「指先指先っ!」
「さてはて、私は化け物らしいので、人間の言葉はわかりません」

 根に持ってるぅ!? 仕返しにしても洒落にならんてそんなんーーーっ!











 ……うん、そんなに出血はしなかったし、治療もしてくれたけど、今後咲夜さんはからかわないでおこう。

 そして、なぜかレミリアは僕の血は結構好みだったらしい。『B型ね』って味でわかるもんなんだ。



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