「ああ、良也さん。私がやりますから」
「いや、妖夢は今日はお客さんだからな。お茶くらい、僕が淹れるって」

 台所に来た僕を追いかけてきた妖夢がそんなことを言うが、無視して作業を進める。
 ここは神社。そして、神社に来た限り、妖夢もお客様なのだ。

 茶葉を急須に入れ、お湯を沸かす。お湯が良い具合の温度になったところでおもむろに注ぐ。

 ここまでの作業に淀みはない。茶にうるさい霊夢に鍛えられた結果だ。

「いや、あの。良也さんも、神社の人間じゃないという意味では同じでは?」
「ん? ………………はっ!?」

 確かにそうだ。
 僕は、あくまで部外者。ここの住人といえるのは霊夢だけで、本来ならば茶を入れるのも奴の役割のはず。

 くっ……最近、八割方家事を押し付けられているせいですっかり忘れていたっ!

「だから私が……」
「それは駄目」

 妖夢に淹れさせるくらいなら僕が淹れる。
 以前、白玉楼に厄介になっていた時期は、家事の一切を任せていたのだ。僕だって、やればできるというところを見せ付けなくてはいけない。

「というか、もう終わったし。ほらほら、行くぞ」
「は、はい」

 九月に入り、そろそろ夏の暑さも和らいできた(ら、いいなぁ、と皆さんは思っているだろう)ある日。

 僕や妖夢他、何名かが、森近霖之助さんの誘いで、博麗神社に集っていた。














「それで、なんなのよ。霖之助さん。改まって」

 霊夢が神社の階段のところに腰掛け、足をぷらぷらさせる。

「……今日、集まってもらったのは他でもない」

 そんな声に答える事もなく、森近さんは集った面々を見渡した。

 集まったのは、霊夢、魔理沙、妖夢、幽々子、アリス、レミリアに咲夜さん。

 とりあえず、暇そうな連中に声をかけたのか?
 連中は、面白そうなことには目がないらしく、全員、目が生き生きしているた。

「僕はこの三週間あまり、良也くんの協力を得て外の世界の文化を研究していた」

 まあ、そうかな。
 森近さんに請われるまま、外の世界のことを話した。歴史とか経済とか、最近流行っている歌とか。
 オタク趣味については、ついでのついでだ。

「特にその中の『萌え』について、僕は理解を深めようとしたんだ」

 んなこと、堂々と言わないで欲しい。僕まで変態扱いされるから。でも、ついでのはずなのに、どうしてそれだけピックアップするんだ。

「しかし、残念ながら、僕にその概念を理解するのは無理だった。……やはり、彼のような訓練された人間でないと駄目らしい」
「べ、別に訓練とかしたわけじゃあないんですけど」

 どんな兵士を思い浮かべているんだ、この人は。

「そこで、君たちに、僕が『萌え』を理解するために作った資料を渡したいと思う」

 言いながら、森近さんが取り出したのは……あ、あれ? ふぃ、フィギュア?
 アリス、なんか目を背けているし。

「な、なんなんだ、それ」

 魔理沙が顔をひくひくさせる。気持ちはわかる。
 あまりに意味不明なのだ。なぜあのフィギュアは魔理沙を模しているのだろう。

「まだまだあるぞ」

 取り出したのは……ここに居るメンバーの、フィギュアの数々。
 ……あ。あの咲夜さんはちょっと欲しいな。

「これは、彼に教えて貰った『萌え』という概念……その一つの形だ」
「訳がわからないんですけど」

 妖夢が困惑した顔でその人形を見る。自分がモデルになったそれを。

「僕にもわからなかった。だから、モデルになった君にこの人形を進呈しようというんだ。この、『1/8妖夢たん人形』を」

 たんっ!?
 ど、どこの誰だ、あの人にあんな言葉を教えたのは……

「って、ここの僕かぁっ!?」

 頭を抱える僕をちらりとも見ず、森近さんは話を進めた。

「僕が持っていても良いんだが、こういう人型はしかるべき手順を踏めば本人とリンクする。術か何かに使えるかな、と思ってね。譲るよ」

 言っていることは真面目っぽいんだが、その実、渡そうとしているのは本人がモデルの美少女フィギュア。
 嫌がらせか何かにしか思えない。

「おっと」

 ふわり、と悪戯な風が吹いた。
 それは、普通の布らしい人形の衣服を捲くり上げ、

「―――――!?!!」

 あ、森近さん、鞘でぶっ叩かれた。
 まあ、当然か。あんなの作られて、気分が良いわけないだろう。集まった面々も微妙な表情になっているし。

 あーあ、フィギュア、散らばっちゃって……あ、何人かのが、スカート捲れてらぁ。

「りょう、や、さん?」
「は、はい?」

 そして、なぜか僕に向けられる険悪な瞳の数々。

 ……あれぇ? 僕、なんの責任もないよねー?

「待て、みんな。話を聞い……ぐはぁっ!?」

 集まった人たちの、数々の弾が僕を襲った。

 んで、気絶。
 ……んもぉ、みんな過激なんだか、らぁ。



















「本当に、信じられないわね。本人に断りもなく、こんなん作るなんて」
「いや、霊夢。なんで僕が責められるのかがわからない」

 自分のフィギュアを弄りながら、霊夢がぐちぐち文句を言う。

「なに言っているの。教えたのは良也さんでしょう?」
「いや、だからね? そういうものがあるということは言ったけど、実在の人物をモデルにするなんて……」

 大体、これを作った森近さんの理由が理由だ。
 架空の人物より、実在の人物を人形にした方が、より理解しやすいとかなんとか。

 んー、空想のキャラと、本物の人間を一緒くたにするのは、危険だと思うんだけどなぁ。

「それに、それ実際に作ったのはアリスだし」
「心配しなくても、そっちはそっちで仕置きしているわ」

 ……あ、やっぱりあれ、そうなんだ。

 いや、ね? なんか隅っこの方でぷすぷす煙を上げているアリスが、気になってはいたんだ。

「んでも、なんで宴会になっているんだ、これ」

 そう。
 目が覚めると、なぜか集まった連中は、宴会に興じていた。いつの間にやら現れた鬼も一緒になって、やんややんやと騒ぎ立てている。

「せっかく集まったんだし」
「……それだけ?」
「それだけよ」

 準備もしてなかったくせに。

 でも、ま。こういうのが、らしいっちゃあ、らしいのかもしれない。

「良也さんも呑む?」
「いただくよ」

 渡された盃をぐいっ、と煽る。

「いい呑みっぷりね」
「もう一杯」
「はいはい」

 注がれた酒をもう一度一気。

「ぷはぁ」
「私にも頂戴」

 と、一升瓶が渡された。
 注いでやると、霊夢も一気飲みをする。

「……いつも気になっているんだが、霊夢は本当、何歳なんだ?」
「そこそこよ、そこそこ」
「もしかして、自分でも数えていないのか」
「そこそこ、って言っているじゃない。なんでそんなに気にするのよ」

 そりゃあ、色々と気にはなるさ。酒は二十歳からだし、
 僕の見立てでは、おそらく十三〜十六のどれかだと思うんだが。

「女性の年齢を、あまり詮索するものじゃないわ」
「……出たな、隙間妖怪」

 酔っているせいか、普段心の中だけで思っている呼称が勝手に口から飛び出た。
 というか、本当、どこからでも現れるんだな、この人。

「それにしても、フィギュアねぇ。あまり妙なものを幻想郷に持ち込まないで欲しいのだけれど」
「持ち込んでいないって。作ったのはアリスだし」
「そういうものがあるって事を教えたのは貴方でしょう」

 そうなんだけどね。

「幻想郷も、少しずつ変わっている。それは避けられないことではあるけど……こういう方向性はないでしょう?」
「ないなぁ」

 まぁ、隙間さんの言うことももっともではある。
 でも、やっぱり僕の責任じゃない、はず。

「それより、お酒だ。つまみも」

 ふらふらと起き上がり、食べ物と酒を求めて宴会の中心に向かう。
 ……ああ、結構強い酒だったんだな、あれ。二杯でも、けっこう酔っている。

 酔っ払いながら、もう夜なのにやけに明るいことに気がつく。
 空を見上げると……今日の月は、やけに明るいようだった。



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