『……じ! 主!」

 自分の心の中から響く声に、友希の意識は浮上する。

『主! 早く起きなさいっ』
『……うっせ、『束ね』』

 心の中で大声を張り上げる『束ね』の声は、響く。文句を言って『束ね』を黙らせてから、友希はズキズキと痛む後頭部を抑えながら体を起こした。

『あれから、何分経った? 僕はどんくらい気絶してたんだ』
『十分少々といったところです。あったことと言えば、階下で悠人さんが侵入してきたスピリット数体と交戦してたくらいです』
『ウルカと!?』
『いえ、部下か何かでしょう。アレとやりあっていれば、いくら悠人さんとは言え死んでいます』

 ウルカと悠人の戦いっぷりはそれぞれ見たことのある友希は、『束ね』の言葉に安堵する。いくら悠人が、エトランジェとしてスピリットを凌駕する力を持っていても、達人の域にある剣術を身に付けたウルカには勝てない。剣を振り上げた瞬間、首を刎ね飛ばされるのがオチだ。いや、ウルカは相手を殺せないそうだから、腕か足くらいか。どちらにしても、勝てないことに変わりはないが。

『ひとまず、私の方からスピリットの狙いが佳織さんだということは話しておきました。一応、主の安全に問題はなさそうだったので』
『今ウルカと悠人たちはどこにいる?』
『ウルカは今第一宿舎を探っています。悠人さんは……今そちらに向かっている最中です』

 ぐ、とふらつく足に活をいれて、友希は立ち上がる。

「ぐあ……くそ、あのスピリットめ。よくもやってくれたな」

 後頭部に一発くれてくれたスピリットに悪態をつく。常人なら、頭がスイカのように割られている一撃だった。まだ頭の芯に衝撃が残っており、平衡感覚がだいぶ怪しい。
 のんびりしている暇はないとマナによる身体強化で誤魔化して友希は走り出した。

 既に、城内は静まり返っている。静寂の廊下を、友希は走った。
 そこかしこに人の気配は感じるから、部屋の中で縮こまって震えているのだろう。ウルカたちは、本当に邪魔をする相手だけを殺したらしく、死体の数は来る時と変わっていない。兵士のものだけだ。

 それらを意識しないように走り一階に降りると、見たことのある影が佇んでいるのを見つけた。

「セリアっ! ヘリオン!
「トモキ様! 無事だったの?」
「ああ、ちょっと強めにぶん殴られて気絶してただけだ。ウルカの部下にやられてな」
「? それでどうして殺されなかったんですか。うまく逃げたんですか?」

 ヘリオンが不思議そうに聞く。確かに、普通、気絶させられるような状況になれば、死んでいないほうがおかしい。しかし、素直に話していいものか悩む。敵の首魁と通じ合っていると勘違いされても面倒だ。

「いや、ちょっとあって。あとで話すよ。それより、他の皆は? 敵はどうなった?」
「エーテル変換施設に向かった人たちの追撃に出ています。私とセリアさんはお留守番で」
「もう城からは撤退したみたいで、気配は感じないから大丈夫だと思うんだけどね。ここを空けるわけにもいかないから」

 意識を集中して、索敵範囲を広域に広げると、確かにラキオスの心臓部、エーテル変換施設へと向かういくつかのスピリットと、それを追う見知った気配が見つかった。
 最初からエーテル変換施設を狙っていれば、容易にラキオスを陥落させられただろうに、この不可思議な動きは瞬の趣味だろうか? 佳織のことしか目に入っておらず、他のことを適当に考えているだけかもしれないが。

「――そうだ、佳織ちゃん! セリア、連中の本当の狙いは佳織ちゃんなんだ! 早く助けに行かないと」
「それについては、貴方の神剣から報告を受けて、ユート様が第一宿舎に向かったわ。あちらには、あのウルカが向かっているということで、エスペリアとアセリアと共に。……正直、心許ないけど、現状これ以上戦力は割けないのよ」

 ウルカ本人の口から、目的が佳織だということは聞いているし、背後にいるのがあの瞬ならば、ラキオスのエーテル変換施設など屁とも思っていないのは間違いない。
 しかし、ブラフだろうとなんだろうと、エーテル変換施設に敵が向かっているなら、こちらはそちらを重点的に守らざるを得ない。まさか佳織がいるのにイースペリアのようにマナ消失を発動させる訳がないが、その理由で納得できるのは友希と同じく地球からやって来た人間だけだ。

 間違いなく、本命は第一宿舎の方なのに、と友希は歯噛みする。

「わかった、じゃあ僕が第一宿舎の方に応援に行く。それでいいか?」
「わかったわ。ここは任せて」
「ゆ、ユートさまのことよろしくおねがいしますっ」

 戦力的に、できれば残って欲しいだろうに送り出してくれたセリアと、勢い良く頭を下げるヘリオンに礼を言いながら、友希は全速力で第一宿舎に向かうのだった
























「!?」

 小さく見える第一宿舎の屋根に炎が上がる。
 屋根の上に、ウルカの手勢と思われるスピリットが現れ、すぐに消えた。

「くっ」

 ふらついていた頭は、ここにきてようやく回復した。しっかりと大地を踏みしめ、さらに加速――

「トモキ様!」
「うお、エスペリア!?」

 横からかけられた声に、友希は大慌てでブレーキをかける。
 ここは一応王城の敷地内。庭師などが使う道具が収められたちょっとした倉庫があり、その影から第一宿舎のグリーンスピリットが顔を見せていた。
 急がなければならないが、無視して行くわけにもいかない。なにか有益な情報がもらえるかも知れない。

「どうした――って、アセリア!? おい、どうしたんだ、その怪我っ」
「……っ、平、気」

 エスペリアの影になって一瞬見えなかったが、彼女の後ろにはアセリアが倒れていた。
 見ると、左腕が切り落とされかけている。腕を抑え、マナの霧となって昇華する血を少しでも抑えようとしていた。命に関わるような傷ではないが、相当の重症だ。少なくとも、戦えるような状態ではない。一番酷いのは腕の傷だが、全身が傷ついている。

 ラキオスでも一番の使い手であるアセリアがこうまでボロボロになる。原因は一人しか思いつかなかった。そして、案の定その名前が出てくる。

「サーギオスのウルカと交戦になったんです。アセリアは、わたしを庇って……」
「だ……から、大丈夫、だって言ってる」

 普段は冷静なアセリアも、流石に声に苦痛の色を隠せない。エスペリアの癒しの魔法がなければ、とっくに気絶でもしているところだ。
 と、そこで友希は重要なことに気がつく。セリアは、こちらに向かったのは悠人、アセリア、エスペリアの三人だと言っていた。ここにそのうちの二人がいる。つまり、

「って、それじゃあ悠人はもしかして今一人か!?」
「……はい。一人でウルカを追っていきました。止めようにも、わたしも負傷を」

 と、エスペリアは悔しそうに自分の足に視線を落とす。アセリアよりは浅いが、足首が斬られており、こちらもすぐに動けそうにない。

「〜〜、あの馬鹿!」

 一人でウルカを止めようなど、どう考えても無謀だ。そもそも、アセリアとエスペリアを含め三人がかりで返り討ちに遭ったのに、味方もいないでどうしようというのだ。
 それに、友希は瞬から温情を与えられた形になったが、まさかあの男が悠人に手心を加えるはずがない。見つけ次第殺せと命令していてもなんらおかしくはなかった。

「トモキ様、どうかユート様を止めてあげてください。ユート様はカオリ様を奪われると聞いて激昂しておりました。その、特にシュンという名前を聞いてからは我を忘れるほどに。今のユート様は感情に流されてしまっています」
「あ〜〜、くそっ、異世界に来てまでなに暴走してんだっ。学校にいる時のノリでやっていいことじゃないぞ!」

 確かに地球にいた頃、あの二人は犬猿の仲だったが、まさかここに至ってまで引き摺っているとは思わなかった。
 ガシガシと頭をかいて苦悩する。

『……悠人さんに伝えたのは失敗でしたか。せめて、瞬という名前は伏せるべきでした。学校の二人を、少しとは言え見ていたのに。私としたことが』
『いや、いくらなんでも、今回はお前のせいじゃないって。わかるかよ、こんなもん』

 気落ちする気配を漏らす『束ね』にそう伝えて、友希は顔を上げる。

「〜〜、状況はわかった。僕はあっちに向かって、なんとかしてみせる。悠人の暴走は止めるし、佳織ちゃんも攫わせない」
「お願いします。お願い……します」

 懇願するエスペリアに安心させるように頷いて、友希は再び走りだす。

 炎上を続ける第一宿舎は、いつ崩れ落ちてもおかしくない。まさか佳織を焼き殺そうなどとは思っていないだろうが、一抹の不安がよぎる。
 その不安を振り払うように走ることに集中し、ようやく炎上する第一宿舎の熱が感じられるところまで来た。

『!? 主っ』

 そこで、とてつもないマナの奔流が、向かっている方向に集まるのを感じた。並大抵の量じゃない。イースペリアのマナ消失、あれの小規模版と言っても過言ではないほどの凄まじい力だ。
 そして、その中心にあると思われる神剣の波動は覚えのあるものだった。

「これ……『求め』か!?」
『凄まじい力です。今の悠人さんに出せる限界を超えています!』

 ビリビリと、まだ威力を発揮していないのに、物理的な圧力さえ伴うほどの強烈なオーラフォトンが溢れる。解放されれば、おそらくは周囲一帯が大きなクレーターと化すほどの力だ。
 『求め』は確かに、あの黒い剣士を除けば、友希が今まで会った中で最強の永遠神剣だった。しかし、ここまで出鱈目だとは思ってもいなかった。

 背中に冷や汗を流しながら、ようやくその現場に辿り着いた友希が見たものは、

「御剣先輩!」
「トモキ殿!?」

 佳織を抱えて空を飛ぶウルカと、

「ぉぉおおおおおっ!!」

 鬼もかくやという形相で叫びながら、圧倒的な大きさと緻密さを持つ魔法陣を展開する悠人であった。






























(佳織、佳織! くそ、瞬! 『誓い』めっ! 殺す、殺す!)

 悠人の思考が殺意一色に染め上げられていく。
 慌てて第一宿舎に駆け付けた彼が見たものは、スピリットに攫われそうになっている妹の姿。元々、瞬の名前を『束ね』から聞かされた時から冷静さを失っていた悠人だが、その姿を見て、更に瞬からの伝言とやらをウルカから聞かされ、遂に怒りが心の許容量を上回った。
 怒りが溢れ、自然と雄叫びが上がった。

「ぉぉおおおおおっ!!」
『そうだ、殺せ。『誓い』の傀儡、生かして帰すな』

 普段は煩わしい『求め』の声が、するりと心の中に入ってくる。
 そうだ、あいつは――名前はなんだったか忘れたが――あの、黒いスピリットはここで必ず殺す。瞬の持つ永遠神剣『誓い』の手勢、それもかなりの手練。ここで潰しておけば、後々楽になる。なにより、奴の手下が視界に入っていること自体が許せない。
 全力で『求め』の意思に同意する。そうすると、握りしめた『求め』の柄から、歓喜と憎悪の入り混じった感情と共に莫大な力が流れこんでくる。圧倒的な全能感。軽く腕を振るうだけで並のスピリットなら数十と薙ぎ払えるだけの力が今自分のものになっている。

 いつの間にか、悠人の視線は佳織からウルカへと移っている。悠人は、それに気付かない。
 衝動のままに咆哮を上げ、『求め』から寄越された情報を地面に展開。脳髄が焼けそうな感触と共に、二十メートルにも及ぶ巨大な、そしてひどく攻撃的な魔法陣が浮かび上がった。

「なっ――!?」

 その様子に、宙に浮かんだスピリットが狼狽する。悠人は暴力的な笑みを浮かべ、掌に超圧縮されたマナの塊を生み出す。
 展開された魔法陣に、このエネルギーを走らせることで魔法は完成する。その後に起きる現象を本能的に察知し、悠人は目標を見据えた。

「これは……シュン殿と同じ」
「お兄ちゃん!? 駄目ェ!」

 佳織の制止の声も、悠人の心には届かない。しかし、彼女の泣き叫ぶ声は、悠人の心を益々揺さぶり、猛らせる。その意思が向かうのはウルカ、そしてその背後にいる瞬と『誓い』だ。
 その感情を、『求め』が強烈に後押しする。

『そうだ、『誓い』を砕け! 『誓い』を滅ぼせ! 使い手ごと、この世から消滅させろ!』

 『求め』の声が全身を塗りつぶす。どこからが自分で、どこからが『求め』の意思なのかが曖昧となり、その代わりに力は極限に達した。
 手から溢れる光を魔法陣に叩きつけようと腕を振り上げ、

「瞬の……『誓い』の手先っ! 消滅しろォおォォーー!!」
「止めろ、悠人ぉぉおおーーーっ!」

 魔法を放つ直前、横合いから迫ってくる人間のタックルに吹き飛ばされた。

「がっ!?」

 前しか見えていないところに、いきなりの衝撃。ダメージは殆どないが、抵抗できず吹き飛ばされた。
 お陰で、完成直前まで来ていた『求め』の魔法も解除される。放たれようとしていた威力の残滓が、空間を震わせ、地面を抉った。それだけで、熟練のレッドスピリットの魔法並の威力がある。余波で炎上していた第一宿舎の一部が崩れ落ちた。

「ギ……ぐァっっ!?」

 かつてないほど力の充溢していた悠人本人には、それも全身が軽く痺れる程度のものだったが、闖入者にとってはかなりのダメージだったらしい。
 膝をつき、苦痛に引き攣ったその顔を見て、ようやく悠人の頭に、僅かに理性が戻った。視界の焦点が合い、名前が浮かんでくる。

「あ――御剣? お前、なんで……」
「……友希、って呼ぶんだろ。この、馬鹿。佳織ちゃんまで巻き込むつもりだったのか」

 力のない声での指摘だったが、悠人にとっては頭を金槌で殴られたような衝撃だった。慌てて振り向き、ウルカと、その腕の中にいる佳織を見る。誰よりも大切な妹は、恐怖と悲しみのないまぜとなった目でこちらを見ていた。
 もし魔法が発動していたら。生み出された無数のオーラフォトンの矢が、ウルカごと佳織を貫き、消滅させていた。

 正気に戻った悠人は、さあ、と顔を青ざめさせ、全身を恐怖で震わせながら、恐る恐る自分の掌を見る。

「俺……俺、は? なにを……佳織がいたのに。なんで」

 一時の感情に流され、『求め』に乗っ取られかけたのだ。今まで何度も退けてきた『求め』の干渉に抗えなかった。いや、抗おうという考えが湧いてこなかった。

「とりあえず、後悔は後回しだ。ウルカを止めるぞ」

 友希は立ち上がる。悠人の放とうとした魔法のお陰で全身が痛いが、幸いにも動けなくなるような傷はない。
 悠人がショックを受けるのもわかるが、それもこれも佳織を取り戻してからだ。

「トモキ殿。助かりました。あのまま攻撃されては、手前はともかくとして、カオリ殿に怪我を負わせてしまったやもしれませぬ」
「別に、助けたわけじゃないし……いや、待て。さっきの魔法、耐えられたっていうのか?」
「いくら強くとも、怒りに囚われた力では手前には及びませぬ」

 当然のようにそう口にするウルカに、嘘は見つけられなかった。どうやら、一撃で城くらい粉砕しかねない魔法も、彼女にとっては防げる範囲のものらしい。
 彼我の実力の差に、改めて絶望を覚えながらも、友希は『束ね』をゆっくりと掲げる。

「来ますか」
「悠人、構えろ! 佳織ちゃんを取り戻すぞっ」
「く、俺、は。俺は――! 佳織! 待ってろ!」

 友希の声かけに反応し、悠人は混乱しながらも立ち上がろうとする。しかし、分不相応な魔法を使おうとしたことで、悠人は激しく消耗していた。立ち上がることは出来ても『求め』を構えることすらできない。

「ぐ……なんでだよ、このバカ剣! 力を振り絞りやがれ!」

 『求め』からの返事はない。どうやら、神剣の方も消耗しているようだった。

『主一人でやるしかありませんね』
「……ええい、仕方ない! 悠人、とりあえずここは任せろ!」
「友希……ごめん、ごめん!」

 謝る悠人の声を受け、友希は構える。

 本来なら、万に一つも友希に勝ち目はない。が、今この状態なら勝算がないわけでもなかった。
 なぜなら、ウルカは佳織を抱えている。あの瞬のことだから、佳織には毛程の傷も付けないよう厳命していることは想像がつく。そうすると、ウルカの得意な神速の抜刀術も碌に振るえないはずだ。いや、普通の女の子の範疇をでない佳織では、スピリットが戦闘機動するだけで怪我をしかねない。
 勿論、こちらも佳織に剣を当ないよう動きを制限されるが、ウルカよりは大幅にマシだ。

「トモキ殿がお相手ですか」
「そうだ。……佳織ちゃん、ごめん。ちょっと、いやかなり怖い目に合わせることになるかもしれない」
「だ、大丈夫です、御剣先輩。先輩のこと、信じていますから」

 無垢な信頼を向けられ、友希は覚悟を決める。

 一、二度深呼吸し、マナを整え、

「行くぞ!」

 足元にオーラフォトンを爆発させ、宙に浮くウルカへと飛んだ。
 途中、マナを固めた足場を作り、もう一度ジャンプ。翼のあるウルカと違い、どうしてもその動きは直線的になるが、佳織を抱えたウルカに躱せるわけがない。

「ふっ、未熟! その程度では手前には届きませぬぞ」
「って、なに!?」

 そう確信した攻撃はしかし、予想外の方法で防がれる。ウルカがその場で一回転し、ウイングハイロゥを翻して友希の突撃を容易く弾き飛ばしたのだ。
 ブルーやブラックのウイングハイロゥは、主に攻撃や移動の加速、後は飛行に使うもの。友希はそう思っていたし、事実、大陸のスピリットの中でもこうも器用にハイロゥを使うスピリットは稀だった。

 だが、やはり剣での攻撃に比べると威力はお粗末だ。すぐに次の攻撃と、体勢を立て直し、再び空中に足場を作って飛んだ。
 しかし、その頃には危なげなくウルカは剣を抜いていた。佳織の抱え方も変え、一太刀撃つのに問題ない姿勢になっている。

 それは同時に、友希から見ても好都合。全力で振っても、佳織に攻撃は届かない。不安定な体勢のウルカと、慣れない空中とは言えまともに振りきれる友希。

「ハァァッ!」
「フッ!」

 両者の中間で、神剣同士がぶつかり合う。
 ぎり、と一瞬拮抗するが、ウルカがハイロゥを羽ばたかせると、一気に友希が押し負ける。

「ぐぅぅぅーー!?」

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる直前に見を捻って足から着地する。衝撃に痺れが走るが、無視。なんとか地面に着地した友希は上を見上げ――その時には既にウルカは翼を広げ上空に上がっていた。
 あそこまで離れては、どう足掻いても届く前に簡単に躱される。

「トモキ殿、強くなられた。が、まだゼフィ殿には届きませぬな」
「〜〜〜!?」

 そんなことは知っていた。しかし、面と向かって言われると、怒りが湧く。ウルカではなく、寧ろ自分自身に。
 ――ゼフィに及ばないということは、そのゼフィが勝てなかったあの黒い剣士にも届かないということだ。

「少々辛辣に言わせていただきましたが、トモキ殿はまだまだ強くなります。どうか精進されるよう。
 では、手前はここで失礼します。カオリ殿はいただいていきます。……それでは、トモキ殿、シュン殿のご伝言、しかとお考えください」
「待てっ!」

 制止の声は当然のように聞き入れられず、ウルカは背を向けて去り始めた。

「御剣先輩! お兄ちゃんっ!」
「どうか、声は上げないように。揺れるので、舌を噛みます」

 ウルカがそっと佳織の口を閉じる。

 友希はそれを追って走り始める。いくら翼を持つブラックスピリットと言えど、ずっと飛び続けられるわけではない。しかも、人一人抱えているのだ。
 こうなったら、国境を越えてでも追跡する、と決意する友希の前に、ウルカの部下と思しきスピリットが現れた。三人。そして、先頭に立つのは先程も会ったブルースピリット。

「! またお前か!」
「全力で叩いたのに、起きるの早いですね」

 半ば本気で感心している様子のスピリットに、舐めるなとばかりに友希は斬りかかる。

「はっ、このくらい!」
「くっ」

 最初の一撃はあっさりと弾かれ、攻め立てられる。脇から残り二人のスピリットもやって来て、防戦一方となった。
 このまま友希を殺すことは簡単だろうに、三人は決して攻撃を当てようとしない。瞬の命令を守っているのだ。あからさまなまでに手加減されていた。

(くそっ)

 戦いを好んでいなくても、こうまでされて悔しさを感じないわけがない。
 それになにより、自分の力不足で誰かを助けられない。そのことに、嫌な記憶が蘇る。

 死にたいほど後悔した痛みの記憶。あれから血の滲むような訓練で鍛えた力も、少しも宿敵に届いていない。屈辱と怒りで、頭に血が上る。
 強い感情は、神剣からより大きな力を引き出し、

「どけよ、お前らぁぁぁあーーっ!」

 後先考えず、オーラフォトンを爆発させ『束ね』を振り抜いた。敵の三人を射程に収め、薙ぎ払った。――いや、一人、踏みとどまった者がいる。神剣を盾に、防御を抜かれながらも反撃してきた。

「――どきません! 隊長が離れられるまで、ここは死守させてもらいます」

 そこからはもう、反撃も出来なかった。先ほどの一撃で、ほぼ全ての力を出しきってしまった。
 必死で吹き飛ばした二人も生き残っている。死力を振り絞って出した攻撃も、結局はこの程度だった。

「ぐっ、くそ、くそっ!」

 涙が滲む。情けなさに、喚き出したい気持ちが溢れる。
 がむしゃらに剣を振っていると、いつの間にか、敵の三人は間合いを取っていた。

「頃合いですね。……では、失礼します。次に会う時はサーギオスかもしれませんね」

 三人が撤収する。

 佳織と、それを抱えるウルカの姿は、もはや小さな点にしか見えないほど遠ざかっており、

「チクショウ……チクショウ、佳織、佳織ィィィィ!!」
「くっっそぉおおおお!!」

 男二人の慟哭が、炎上する第一宿舎を震わせた。




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