戦争が終わったとは言え、スピリット隊の仕事がなくなるわけではない。
 国境警備、治安維持、他国の調査に要人警護。そしてなにより、"次"の戦いに向けての訓練は欠かせない。

 食事やマナの濃さ、味方のスピリットが人格を持っている、等々、ラキオスに来てからカルチャーショックばかり受けている友希だが、こと訓練においてもそれは変わらなかった。
 なにせ、密度が違う。サルドバルト時代のどこか義務感の漂う訓練と違い、こちらの訓練は時間はほぼ同じでもその内容の濃さと来たら二倍や三倍では収まらない。
 一緒に訓練するメンバーのレベルの高さもあり、今は一日の訓練が終わると疲労困憊になってしまう。この辺りは、実戦以外は『求め』の力を満足に引き出せない悠人も事情は同じで、訓練の最中は、大の男が二人揃って足手まといにならないのが精一杯という情けない有様であった。

 しかし、確かに強くなっている実感がある。
 サルドバルトでは考えられない量のエーテルを与えられ、『束ね』も友希も僅かな期間で実力を伸ばしていた。その実感があるから、実のところ疲労についてはそれほど辛いとは思わない。

 今日の訓練のため、訓練場に向かう足取りが重くないことからも、それは間違いなかった。

 と、そこで、隣を歩いていたネリーが友希の手を取って話しかけてきた。

「ト〜モキさまー。今日はネリーと一緒に模擬戦しよーう!」
「……ネリー、お前、それは暗に僕をボコりたいと言っていないか?」
「えー、違うよー。だってセリアなんかだと、ネリーがコテンパンにされちゃうもん」

 違うと主張するネリーだが、言っていることは大差なかった。

 実際のところ、実戦ならば友希はネリーに十中八九勝てる。しかしそれはあくまで神剣の地力の違いのおかげであり、純粋な剣技となると年下のネリーにすら友希は遠く及ばない。
 そして、こんな所も友希と悠人は同じだった。現在二人は、ラキオススピリット隊剣技ランキングにおいて、熾烈な最下位争いを繰り広げている。
 ちなみに、体格の差でやや悠人優勢だった。五十歩百歩であるのは間違いない。

「僕は高嶺とやる予定なんだけど……」

 そんなわけで、実力の近しい二人を競わせたほうが伸びるのも早いだろう、と訓練士の判断で、最近の模擬戦は大抵悠人と組む。ラキオスのそれは、木剣を用いたマナを使用しないものと、神剣を使う実戦向けのものがあるが、今は前者の割合が多い。後者ならば、ネリーとやってもいいのだが、マナなしの戦闘となると手も足も出ない。流石に膂力で負けているとは思いたくないが、まずネリーの剣を追うこともできないのだ。

「えーー、この前もユートさまとやってたのに」
「まあ、ずっと高嶺と一緒、ってわけじゃないから。組み合わせを変えるとき一緒にやるか」
「約束だよ」

 これもまた悠人辺りから教えられたのか、ネリーは友希の手を取って、小指同士を絡め合わせる。ユービキリゲンマーン、と微妙に変わったアクセントで、元気いっぱいに約束をする。

「あの……」
「ああ、シアーともな」
「うん」

 何かを言いたそうにしているシアーの頭に、ぽん、と手を置いて笑いかける。

 なんだかんだで、人見知りをしないネリーと、基本ネリーにくっついてくるシアーは、第二宿舎の中でも最も仲良くなりつつあった。

「お、高嶺たちだ」
「ホントだ。おーい! ユートさまー! オルファー!」

 途中、同じく訓練に向かっている第一宿舎の面々と出くわした。手を勢い良く振っているネリーとシアーは、一直線に悠人の方に走っていく。。
 友希は苦笑して、少し前を歩いていた悠人たちに合流する。

「おはよう、御剣。そっちは、今日はネリーとシアー、そんでナナルゥか」
「ああ、おはよう。高嶺のところは、今日はオルファだけか?」
「今日は、アセリアとエスペリアはコンビで街の周りの哨戒をしてる」
「そっか。うちのみんなは、今日は街の警邏とか休息日だったりだな」

 話しながら歩く。
 少し前の方では、オルファリル、ネリー、シアーの子供三人がくるくると鬼ごっこのようなことをしながら走っていた。これから厳しい訓練をするというのに元気なものである。これで、終わった後にヘバッているのは友希と悠人なのだから、まだまだスピリットたちとの差は大きい。
 それとも、子供というのはこんなもんだったかなあ、と友希は自分の幼少時代を思い出そうとする。
 友希は、どちらかというとゲームや屋内で遊ぶ玩具を使うインドアな趣味で、この三人のような元気の塊ではなかったことは確かだった。

「そういえば聞いたか、御剣。今日は新しい訓練士の人が来るんだってさ」
「新しい訓練士? へえ、そりゃ初耳だ」

 そういう情報は、隊長である悠人のほうが早く耳にするらしい。

「なんでも凄腕らしいぞ。エスペリアがなんかそんなこと言ってた」
「エスペリアの知り合い? なら、イースペリアかサルドバルトの人かな。あっちの人が、ラキオスに流れてきているんだろう?」
「まあ、な。難民同然の人もいるから、どうしても治安は悪くなっちゃうけど」

 街の警邏をしている二人は、その辺りのこともよく知っていた。
 この世界の戦争はスピリット同士の争いであり、人はその手を汚さない……などとは言っても、戦時に生活用エーテルが搾り取られたり、スピリットに家屋を破壊されたりして、一般人の被害が皆無というわけではない。特に、今回の戦争では、イースペリア首都がマナ消失により大きな被害を受け、多くの難民が発生していた。
 そういった人たちが、今や一つの国となったラキオスの王都を目指すのは、ごく自然な流れだ。豊かであればあるほど、おこぼれに預かれる可能性も高い。

 彼らの境遇は同情に値するが、現実問題として、そういう人たちのせいで治安が悪化しているのは確かだった。
 レスティーナ王女の政策で公共事業による雇用の拡大や炊き出し等が行われているが、完全な歯止めにはなっていない。しかし、今の苦しい時期を乗り越えて、彼らが働き手として成長すれば、ラキオスは国として大きく体力を上げることになるだろう。ここが踏ん張りどころでもあった。

「まあ、そのへんは僕達が気を揉んでも仕方ないだろ。最初の頃よりは随分マシになったし、そのうち落ち着くさ」
「ああそうだな。それより俺たちは帝国とかに隙を突かれないように訓練を欠かさないことが大事だ」
「そういうこと」

 そうこう話しているうちに、訓練場に辿り着く。

「訓練士の人はまだ来てないみたいだな。オルファ、ネリー、シアー! いつまでも遊んでないで、柔軟でもしとくぞっ」
「はーいっ」

 悠人が呼びかけると、いつの間にか広い訓練場で縦横無尽に駆け回っていた子供三人は我先にと走ってくる。あれはあれで準備運動になっていたような気がしなくもない。
 一番足の早いネリーが悠人の胸に飛び込むのを見て、友希は溜息を一つ付き、ここまで一言も喋っていないナナルゥに目を向けた。あまりにも喋らないので、いつの間にかいなくなってしまったのかとも思ったが、案の定、無表情に一歩離れて立っている。

「ナナルゥ、柔軟の相手、頼めるか」
「はい」

 体格だけはあちらの子供たちより恵まれているが、至極事務的な柔軟運動になりそうだった。

 そんなこんなで、悠人とネリー、オルファリルとシアー、そして友希とナナルゥの組み合わせで柔軟運動をし始めて十分ほど。ようやく、訓練場に訓練士と思しき人間がやってきた。
 彼は友希たちを見つけ、軽く手を上げて声をかける。

「遅れてすまない。少し事務処理に手間取ってな」

 そう言いながら歩いてくる人の顔を認め、友希は目を見張った。
 その訓練士は、サルドバルトで散々世話になったイスガルドだったのだ。

「トモキ、久し振りだな。一応聞いてはいたが、生きていてなによりだ」
「い、イスガルドさん? なんでラキオスに……」
「おいおい、そんなおかしいことでもないだろ。北方五国の人材の生き残りは、殆どがラキオスに吸収された。ま、国の要であるスピリットの訓練士に、私のような元他国の人間を使うのはどうかと思うがね」

 肩をすくめるイスガルド。この登用は、一つの国となったからには、能力のあるものは元敵国の人間でも使う、というレスティーナの方針と、ラキオスの訓練士たちからの推薦であった。

「御剣、知り合いか?」
「あ、うん。サルドバルトの時に世話になった人だよ」
「初めまして、『求め』のユート殿。元サルドバルトの訓練士、イスガルドだ。しばらくは私がメインで君たちの訓練を見ることになる」
「え? 他の人達は……」
「私のサポートに回ってくれることになった」

 龍の魂同盟時代の合同訓練などを通じて、ラキオスの訓練士の間ではイスガルドの評価は非常に高い。エーテル事情がラキオスより数段悪かったあの国で、ゼフィというスピリットを育て上げた手腕は、北方五国の中でも最上位に位置する。
 今まで悠人らの訓練を担当していた訓練士たちは、どんどん強くなっている彼らを鍛えるにはもはや自分たちでは力不足だと、自らイスガルドの裏方に徹することにしたのだった。この辺り、スピリット隊周りにはレスティーナの薫陶が行き届いている。

「さて、と。トモキ、話はまた後でな。
 でだ。あいにくと私は、君たちの力を報告書でしか知らない。だから初回の今日は、まずは君たちの現時点での実力を把握させてもらいたいと思う」

 ちら、と手元の書類に目を落として、イスガルドは僅かに考えこむ。

「では、体は十分ほぐれているようだから、早速模擬戦と行こう。トモキ、ナナルゥ、ネリーが小隊を組め。リーダーはトモキ。ユート、オルファリル、シアーは、こちらはユートがリーダーだ。
 二、三回やりあったら、メンバーを変更して続けるぞ」

 素振りや基礎訓練をすっ飛ばして、いきなり実戦。
 中々に、ヘビーな訓練になりそうだった。



























 二時間後、友希と悠人の二人は、訓練場の隅で倒れこんでいた。
 荒く息をつき、指一本動かすのすら億劫だとでも言いたそうに顔を伏せている。

「はあ、はあ、はあ」
「ふぅううーー、はあ、はあ」

 丸二時間の模擬戦。しかも、三対三でメンバーを入れ替えるのみならず、四対二など人数に偏りをもたせたり、二人のチームを三組作っての三つ巴戦、一対五でどれだけ長く生き残れるか、など、様々に条件を変えて戦わせられた。その中で、参加した全てのメンバーの強みと弱みを、イスガルドは分析したのだ。
 流石に二人以外のスピリット組も疲労の色を隠せずに座っている。

「キ……っつ。サルドバルトじゃ、いつもこんなことしてたのか……?」
「い、いや。ここまでハードな訓練は……なかった、は……ず」

 悠人の言葉に、友希は首を振った。

「マナ不足の状態で、過度な訓練は毒にしかならないからな。こちらはマナも豊富だし、エーテルも十分与えられる。このくらいの訓練は出来ると踏んだわけだ。特に今回は、初回だからな」

 この訓練を強いた張本人が、笑いながらやって来た。
 模擬戦の最中、鬼のような形相で何度も罵声に近い指示を飛ばしていたのと同一人物とは思えないような笑顔だ。

「な、なんかさっきまでとは雰囲気違いますね」
「そりゃ仕事は真面目にやるさ。鍛える立場としては厳しくしないとな。でも、休憩中まであんなだと、気も休まらないだろ」

 それはそうと、とイスガルドは訓練場の入り口の方へくい、と顎をしゃくる。

「妹さんが来ているぞ。なんでも差し入れらしい」
「佳織!」

 イスガルドが指し示す先に佳織の姿を認めて、先程までの疲労が嘘のように悠人は飛び上がった。小走りに駆けていく悠人の背中を呆れたように見送って、友希もよっこらせ、と立ち上がる。
 その頃には、ナナルゥ以外のスピリット三人娘も、佳織の方へ駆け寄っていた。なんとも元気なものである。

 走れるほどには回復していない友希はゆっくりと歩いて向かう。イスガルドが自然と隣に入って一緒に歩く。

「トモキ、お前、強くなったな」
「そうですかね」
「そうさ。お前が初めて剣を振った頃から見てる私が言うんだ。間違いない。最後に見た時から比べても、格段に進歩している」

 お世辞ではないようだった。友希自身も、強くなったとは思っている。スケジュール通りの訓練に加えて、実のところ暇さえあれば剣を振っているのだ。周りを見れば、一人二人は暇をしているスピリットがいるので、付き合ってもらったりしながら。
 一つも成長していないと言われたら逆に凹む。

「だが、少し無茶をし過ぎだな。前のお前は、もう少し臆病――よく言えば慎重だったのに、今は逆にやや前に突っ込みすぎるきらいがある」
「……前似たようなこと言われて、直したと思ったんですけどね」

 セリアに忠告されたあの時以来、なるべく無茶をしないよう気をつけているつもりだった。

「なにがあったか想像はつく。確かに後先考えず突っ込む、という感じではないがな。お前はもう少し引いたところで戦ったほうが持ち味を生かせると思うぞ」
「わかりました。直すように頑張ります。……ところで、高嶺のやつは僕よりもっと前のめりな感じなんですけど、あっちはどうなんですか?」

 悠人の戦い方は、力でねじ伏せるやり方だ。剣は防御には使わず、堅牢なオーラフォトンのガードに任せて突っ込み一撃を見舞う。無茶が過ぎる戦い方で、実際悠人の傷は友希より多い。

「あれはあれでいい。攻撃をもう少し流れに乗せられればいいが、報告書にあった『求め』の力がそのままなら、あの戦い方も悪くない」
「そうですか。まあ、わかります。イースペリアでやりあった時の高嶺は、もう凄まじかったですから」

 剣を無造作に振り回すだけで、スピリットが紙のように斬り飛ばされる。あの風景は中々忘れられない。
 本当に強い存在には、小手先の技術や小賢しい駆け引きなど必要ないといういい実例である。

「そこまでか」
「素でゼフィの一撃に匹敵しかねませんよ」

 一瞬だけ、空気が止まる。
 探るような目付きで友希を見たイスガルドは、慎重に言葉を選んで話しかけた。

「本当は、訓練が終わった後に話すつもりだったが。ゼフィのことは……」
「まあ、散々ケツを引っぱたかれまして」

 セリアに詰られ諭されて。また、あの館の庭にゼフィの墓を作ってけじめをつけて。その名前を出しても、涙が滲まない程度には落ち着いていた。
 色々と思うところはある。しかし、今は、来たるべき時のため力を蓄えることに全力を傾けるつもりだった。

「そうか」
「はい」

 イスガルドはそれ以上は突っ込んでは聞いてこなかった。代わりに、

「今夜、空いてるか? いいアカスクが手に入ってな。この国は、いい意味でルーズだ。宿舎、こっそり抜けられるだろ?」

 アカスクが蒸留酒の一種であるということくらいは、友希も知っていた。

「……是非」

 微笑んで頷きを返す。
 今晩は、良い酒になりそうだった。

























 休憩が終わったあとは、定型通りの訓練メニューが始まった。

「お兄ちゃーん、頑張って」

 佳織は差し入れをした後、帰らずにそのまま見学をするつもりのようだ。イスガルドも別に気にせず、そのまま訓練を続ける。

「カオリー! オルファもいるよー!」
「うん、オルファも頑張って!」
「ネリーもー」
「シアーもー」
「ネリー、シアー、頑張れー」

 求められるままに声を張り上げる佳織。というか、もう第二宿舎の面々とも仲良くなっているらしい。年が同じくらいだから波長が合うのだろうか。

「あ、御剣先輩もー!」

 ついでのように言われて、友希は少々落ち込む。
 が、はしゃぎ過ぎないで正解だったようだ。佳織に見られそわそわしていた悠人に、騒いでいたオルファリル、ネリー、シアーは、イスガルドに棒で小突かれる。

「元気なのはいいが、今から瞑想だ。気を落ち着けろ」
「す、すみません、わたしが邪魔しちゃって」
「ああ、いや。カオリさんが気にすることはない。このくらいで心を乱されるこいつらが未熟なんだ。……おい、トモキ。お前も関係ないという顔をしていないで、瞑想に入れ。ナナルゥを見習え、お前ら」

 姦しい騒ぎなど我関せずと、とっとと神剣を膝においてトランス状態に入っているナナルゥを差してイスガルドが言う。
 神剣に半分位自我を呑まれている彼女は、この手の訓練は非常に得意だった。

 瞑想は、神剣使いにとってごく基本的な鍛錬の一つだ。地球で言う結跏趺坐の体勢で神剣を持ち、剣と深い所で対話しながら力を練り上げる。
 興奮しすぎず、また心を殺しすぎず、一定のテンションで力を引き出す――と、口にするだけなら簡単だが、実際やろうと思うとこれが実に難しい。そして、少しでも心を乱すと、イスガルドから棒で肩を叩かれる。まるきり禅の修行だった。

『とは言っても、別に悟りを開く必要はありません。寧ろ、もう少し俗っぽい自我の方が私好みではあります』

 友希が集中に入ると、即座に『束ね』が話しかけてくる。普段は友希にあまり口出ししたりしない『束ね』だが、この訓練の時は鬱憤をはらすように饒舌になるのだった。

『お前の好みはどうでもいい』
『どうでもよくはありませんよ。永遠神剣と主の相性は、要はフィーリングが合うかどうかが大きいので』
『フィーリングって、そんな適当でいいのか……』
『いいに決まっています』

 まあ、そもそもからして、『束ね』の呼びかけを聞き届けただけで契約に至ったのだ。この神剣が、適当に主を決めているのは明々白々であった。

『しかし、イスガルド殿がここに来るとは少々意外でした』
『それはそうだなあ。スピリット部隊って国防の要だろ。その育成担当に、仮にも元敵国の人間を宛がうとか。この辺りはレスティーナ王女の管轄だって話だけど』
『革新的と言うか、無謀と言うか。噂を聞くに、両方でしょうかね』
『まあ、僕みたいなのを話もせずに部隊に組み込むくらいだからな……』

 この世界で、そういう考えをする人がいるとはあまり想像できていなかった。出来れば話してみたくもあるが、いくらエトランジェとは言え、王族と腹を割って話す機会など得られない。

「ユート!」
「って!?」

 ばしっ、と鋭い音がする。
 薄目を開けて見てみると、案の定、悠人が集中を乱してイスガルドに叩かれているところだった。

「始めて三分も経たないうちにマナが乱れてるぞ。しっかりしろっ」
「う……すみません」

 情けない声を出して、悠人が再び瞑想に入る。
 悠人の持つ『求め』から、微かに青白いオーラが立ち上り、悠人と対話していることが見て取れる。

 そして、数十秒もしないうちに、悠人はぴくぴくと顔を引き攣らせ、怒声を上げた。

「こんの、バカ剣――っで!?」
「…………」

 次は無言で叩かれる。それを数回繰り返すと、『求め』の方が呆れたのか、マナを引っ込めた。『求め』の意思は眠り、純粋に悠人は自分の力だけで神剣の力を引き出し始める。

『あれは、性格的に合っていないってことなのか?』
『あー、どうでしょうねえ。あれはあれでうまくやっているように見えなくもないですが』
『でも、いざってとき、『求め』の協力が得られないと、高嶺はあのくらいの力しか出せないんだろ?』

 瞑想中の悠人から感じられる力は、高く見積もっても友希の八掛けほど。『求め』自身の意思の助力がないと、第四位の永遠神剣とは言え、このくらいの力に落ちてしまう。

『まあ、そうですね。今の悠人さんが神剣の意思を無視して引き出せる力はあれが限界です。『求め』の意思を捩じ伏せるほどの精神力を悠人さんが持てば話は別ですが、流石に第四位の意識を凌駕する人間なんていませんし』
『戦争は終わったから大丈夫だとは思うけど……』

 それでも、サーギオス帝国は未だ不気味な動きを続けている。隊長である悠人の力が不安定なことは、少々不安要素であった。

 まあ、考えていても仕方がない。いざとなったら、自分が踏ん張ればいい、と友希が思っていると、

「ネリー」
「あいたぁ!?」
「あ、ネリー!」
「シアーも、お前はさっきまでは良かったのに、いきなり集中を乱すんじゃないっ」
「ご、ごめんなさい」

 悠人に続いて、ネリーとシアーが叩かれる。元々落ち着きのないネリーは、この手のじっとしている鍛錬は基本的に苦手だ。シアーはネリーよりはマシだが、ネリーにすぐ影響されるため、よく一緒に窘められる。
 それでも、悠人より叩かれるのは遅かったのは、恐らくこれは年季の差だろう。この三人の差は、それほどない。

「オルファリルっ」

 そして、当然、ネリーと精神年齢がほぼ同じのオルファリルも同様だった。
 ここまでで、叩かれていないのは友希とナナルゥのみ。少しだけ友希がいい気になっていると、薄目に開けていた視線とイスガルドの視線がぶつかった。

「それとトモキ。いつまでも誤魔化せるつもりだったか?」
「は、はは……」
「真面目にやれ」
「はい……」

 強めに小突かれて、友希は改めて『束ね』との対話に入った。
























「っっぷはぁ〜〜」
「ああ、高嶺、俺にもくれ」
「おう」

 訓練後、佳織の差し入れ出会ったハーブ水を飲む。爽やかな香りと味が、訓練で疲れきった体に浸透していった。微かに塩が混ぜてあるらしく、汗をかいた体には実にありがたい。

「佳織ちゃん、気が利くな。こっちのハーブはどうやって手に入れたんだろ」
「ああ、それはエスペリアだと思う。エスペリア、お茶とか料理に使える葉を育てててさ、佳織も割と自由に使わせてもらってるみたいだ」
「へえ」

 そういう家庭菜園を聞くと、どうしてもサルドバルトのあそこを思いだしてしまう。少し記憶に蓋をして、他のみんなにも水を配っている佳織の後ろ姿を見た。

「……しかし高嶺。後半から妙に動きが悪くなったのは、やっぱ佳織ちゃんを意識していたからか?」
「う……」

 ふと思っていたことを指摘すると、悠人は唸って顔を伏せた。

 瞑想の訓練はある意味いつも通りではあったが、その後の木剣を使った剣術訓練や魔法訓練でも、悠人の動きは悪かった。
 原因は明らかで、普段より力みすぎていた事と、見学している佳織のことをちらちら気にかけていた事だ。

「ああ、そうだよ。折角見に来てくれたんだから、いいところ見せようと思ったんだけど、空回ってさ。瞑想のとき格好悪いところ見せたから、挽回しようとしたんだけどなあ」
「っと、悪いな」

 友希は、剣の模擬戦で全勝していた。何気に勝敗を記録しており、勝率が徐々に徐々に悠人に傾いていたので、悠人の調子が悪くても手加減はしなかったのだ。

「ああ、いや。訓練で手抜きしろなんて言えないし、それはいいんだけどさ」
「でも、佳織ちゃんはそんなこと気にしないと思うぞ?」
「わかってるよ。こんなの、俺の勝手な見栄だってことくらい」

 その佳織は、今はオルファリルと談笑している。オルファリルも佳織の視線を意識して普段より張り切っていたが、彼女の場合、むしろいつもより良い成果を上げていた。

「でもさ、色々考えちゃうんだよ。あの国王も言ってただろ? 成果が上げれないならすぐに佳織を連れ戻すって。こんなザマで、本当に佳織を守れるのか、不安になる」
「そうか……そうだよな」

 悠人の愚痴めいた言葉に、友希は頷く。
 そういう不安は、わかる。自分の力が足りないせいで、大切な人を守れない。普通に高校生をやっていた頃の友希では共感出来なかっただろうが、今ならば痛いほどの理解できる。高嶺の家は、未成年の兄妹二人。きっと、友希が知らないだけで、悠人は地球にいた頃から同じような不安を抱えていたのだろう。

「なあ、高嶺」
「なんだ?」
「一人で抱え込むことないだろ。佳織ちゃんのことは、第二宿舎のみんなだって気にかけているし、そっちの宿舎も一緒だろ? それに、僕だって佳織ちゃんのことは守ってあげたいと思ってる。だから、少しは周りに頼ろうぜ」
「ん……さんきゅ」

 悠人は、照れたように頷いた。
 言ってから、友希はなんだか気恥ずかしくなって、ぷいっと視線を背ける。

「パパー! こっち来てぇー!」
「お兄ちゃーん、御剣先輩ー」

 男だけで膝を突き合わせていた二人に声がかかる。
 友希と悠人は、なんとなく視線を絡ませて、こつん、と拳を打ち交わし、声の元へ歩き始めた。




 そして向かう途中、

『……ホモ臭い』
『お前は台無しになるようなこと言うなよ!?』

 『束ね』と、そんなやり取りがあったとか。




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