朝日が差し込む。自然と目が覚めた友希は、ゆっくりと体を起こした。

「ふぁ……」

 大きく欠伸をして、体を伸ばす。
 今日も体調は良好。『束ね』と契約してから今まで、病気などには縁がないが、それでもサルドバルトにいた頃よりも元気になっている。
 美味い食事と、豊富なマナ。それが要因だろう。枯れた土地であるサルドバルトとは比較にならない環境だ。

「っと、早く着替えないと」

 朝の空気を楽しむ暇はない。友希はつい先日支給された戦闘服(やはり学生服型だった)の入ったタンスを明け、寝間着から着替える。
 ドタドタと廊下を走る音に気付き、慌ててベルトを締めた。

「おっはよー! トモキさまー!」
「おはようー」

 バンッ! とノックもせずに飛び込んできた青い二人に、友希はほっと溜息を付いた。下手したら、うら若き少女に下着姿を披露するところだった。

「おはよう、ネリー、シアー。いつも言ってるけど、ノックしてから入ってきてくれ」
「ちぇー、今日も負けちゃった」

 勝ち負けの問題なのかなあ、と友希は疑問に思う。

 この第二宿舎で生活を初めてすぐの頃、こちらの生活ペースに慣れていなかった友希は数度寝坊した。
 朝食を食いっぱぐれるほど遅かったわけではないが、その時にネリーとシアーがセリアに言われて友希を起こしに来たのだ。
 以来、友希が普通に起きれるようになってからも、なぜかこの二人は朝っぱらから飛び込んでくる。そして、いつの間にか当初の目的を見失ってしまったようだった。代わりに、ネリーシアーの寝坊がなくなったので、セリアから密かに感謝されていたりする。

「はいはい、もうすぐ朝ごはんだろ。行くぞ」
「はーい」
「はいー」

 三人は並んで部屋を出る。
 トコトコと友希の背中をついてくる二人の気配に『束ね』がなにか戦慄したように呟いた。

『どうも妙なことになっている気がします。年下の女の子が朝起こしに来てくれるとか、ソレナンテエロゲ?』
『……なあ、お前本当は永遠神剣なんかじゃなくて、どっかのオタクだろ』
『なにを異な事を。ネットスラングに造詣が深い神剣がいてはいけないとでも?』
『いや、駄目だろ。色々と台無し過ぎる』

 本来、こういう超常存在が持っているべき神秘性というのが完全に消し飛んでいるのがこの『束ね』だった。ラキオスに来てから気が抜けたのか、ますますこの手の言動が加速している。友希がネタ剣と名付けたのも、決して間違いではなかった。

『大体、ネリーとシアーにとっちゃ、あれだろ。高嶺の代わりだろ、僕なんて』
『それはいささか穿ち過ぎというものでは?』
『でも、オルファリルが羨ましいとか言っていたし。絶対高嶺の方に懐いているって』

 しかし、その悠人は第一宿舎に住んでいて、あまり接点がない。
 なので、手近な自分に付いて来ているんじゃないかと、友希は予想していた。

「そういや、今日の朝ご飯の当番は誰だっけ?」
「ヒミカだよ」
「パンを焼いてた〜」

 どうりで香ばしい匂いがするはずだった。
 火の扱いのプロであるレッドスピリットのヒミカは、こういう焼き加減が大切な料理は大の得意なのだ。

「そっか。そりゃ楽しみだ」
「うんうん。ところでさ、トモキさま。ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん? どうした、ネリー」

 ネリーが頼みごととは。珍しい――わけではない。割と事あるごとに、掃除当番なんかを手伝ってくれと言われている。その度にセリアに説教されるのは、もはや様式美だ。

「うん、今日お休みでしょ? だから、一緒に遊ぼうよ」
「あ〜」

 驚くべきことに、ラキオスにはスピリットにも定期的に休日がある。しかも、屋敷の敷地外への外出も許可されていた。
 サルドバルトでは定期的な休みなどというものはなく、訓練が休止になるのは決まって訓練士の都合だった。それ以外に休めるのは、余程の負傷の時くらいだ。無論、休みの日は基本的に館から出るのは禁止である。

 そして、今日は友希がラキオスに来てから初めての休日。出来ることなら、この小さな仲間に付き合ってやりたいと思うが、

「ごめん、今日は駄目だ。ほら、今日は第一宿舎の方に用事があってさ」
「ええっと、あれ? なんだっけ……カオルさまだっけ」
「ネリー、カオリさま、だよ」
「そうそう。高嶺の妹の佳織ちゃんな。お城から解放されるのが今日らしくて。僕もよく知ってるし、会いに行くんだよ」

 少し遅れたが、佳織は今日解放される。一年、顔を合わせていない幼馴染との再会だ。何をおいても優先するつもりだった。

「そっかー、じゃあ仕方ないね。シアー、ニムでも誘おうか」
「でも、来るかな? ファーレーンと一緒にいたがると思うの」
「大丈夫大丈夫!」

 こういうとき、ネリーは駄々を捏ねない。いつもこうならいいのに、と友希は思う。きっとそれ以上にセリアは願っているだろう。

「とうちゃーっく。トモキさま起こしてきたよー」
「ご苦労様。ネリー、シアー、もう準備はできているから早く座りなさい。トモキ様もどうぞ」

 パンを運んでいるヒミカに促されて、三人は席につく。

 食堂にはいつものメンバーが既に席についていた。

「貴方、自分で早起きできないの?」
「はは……面目ない」

 セリアのしかめっ面に、友希は苦笑で答える。
 どうにもこちらに来てからベッドの感触が心地よく、寝坊がなくなってもなかなか起きられないのだった。地球にいた頃の怠け癖が、また面を上げ始めたらしい。

 このままじゃ駄目だと考えてはいるし、ゼフィのことも忘れたわけではないのだが、人間、そう常時緊張感を保てるわけではない。戦争が終わり弛緩した空気が流れているのもあって、友希は肩の力が抜けていた。

「はいは〜い。ご飯の前に喧嘩は駄目ですよぉ〜」
「そうそう、ハリオンの言うとおり」

 サラダを運んできたハリオンののんびりした声に、友希は追従する。

「お説教なら、朝ごはんが終わってからにしてください」
「えっ!?」

 そして、後ならいいというまさかの裏切りに顔を引き攣らせた。

「それもそうね」
「いや、あのセリアさん? お願いだから、お説教は勘弁してください。明日から、明日から気をつけるから」
「冗談よ。休みの日まで寝起きの時間でどうこうは言わないわ」

 しれっと言うセリア。彼女の冗談はいつもわかりづらい。

「……朝食はまだ食べてはいけないのでしょうか」

 ナナルゥがぼそっと呟く。
 相変わらずの無表情、無感動な態度だが、なんかちょっと怒っているように聞こえた。

「それもそうね。トモキ様の早起きは今後の課題、ということで」
「ヒミカまで。勘弁してくれって」
「はい」

 悪戯っぽく笑うヒミカが手を合わせる。

「では、いただきます」

 『いただきまーす』と声が唱和する。
 なんでも、悠人がこれを広めたらしい。食事当番が掛け声をかけての『いただきます』がいつの間にやら、第二宿舎では定着していた。

 朝食を食べる賑やかな音が響く。
 第二宿舎の朝は、おおむねこのようにして始まっていた。





















 そわそわ、そわそわ。

「あの、ユートさま? そんなに焦らなくとも、今日の昼前には到着するという話ではありませんか」
「そ、そうか? 俺ってそんなに焦れてるように見える?」
「ええ、それはもう」

 第一宿舎のリビング。
 先の戦争の英雄として名高いエトランジェ・ユートは、見る方まで落ち着かなくなりそうな様子で、妹の到着を待っていた。
 貧乏揺すりを繰り返し、座っては立ち上がり、意味もなく部屋をうろつくその様子からは、歴戦の戦士であることは窺い知れない。

 エスペリアが注意するのもこれで三回目だ。流石に、この心優しいスピリットも呆れの色を濃くしている。

「今、お茶を淹れて参ります。それを飲んで少しは落ち着いて下さいませ」
「うん……うん、そうだな。よろし――」

 と、その時、悠人の耳に玄関の扉が開けられる微かな音が届いた。ガタッ、と椅子を蹴り悠人は立ち上がる。

「きゃっ」
「佳織っ!」

 びっくりしているエスペリアを避けて走り出す。ダダダ、と短い廊下を全力疾走。
 途中、丁度廊下を歩いていたオルファリルとすれ違い『パパ、廊下は走っちゃ駄目〜』などと小学生のように注意されてもまるで気付かない。脇目も振らず玄関に辿り着き、

「こんにちはー」
「うおっ!?」

 玄関口に立っている人影に気付いて、思わず蹴っ躓いた。
 大柄な男の体がごろんごろんと廊下を転げ、来訪者の目の前でやっと停止する。

 やって来た男――友希は、目を丸くして、思わず尋ねた。

「……高嶺、お前、なにやってんの」
「てて……いや、佳織が来たのかと思って」

 差し出された手を取って立ち上がり、悠人はそう答える。友希は思わず顔を引き攣らせて、

「いや、待ち遠しいのはわかるけど、ぶっちゃけ怖かったぞ」
「面目ない……」
「佳織ちゃんも不安がっているんだから、兄貴のお前はどっしり構えとけって」

 友希は、リビングに戻ろうとする悠人の背中を、激励の意味を込めてポンと叩く。

「ああ、わかっちゃいるんだけどな」

 すごすごとリビングに戻った悠人を、怒りの炎を背景に背負うエスペリアが迎えた。

「ユートさま。何度言っても聞いてくれないんですね」
「あ、いや、その……ごめん」
「いいから、座っててください。お茶は今淹れてきますっ。……あ、トモキさまもどうぞ、おかけになってください」

 怒っていますよ、と悠人の方にアピールしてから、一転して柔らかい物腰で友希に椅子を進める。
 台所へと向かうエスペリアの背中を見送って、友希ははあ、と感心したようにため息を付く。

「なんていうか……"おっかさん"?」
「あ〜〜〜、否定できない」
「? オッカサンってなに?」

 傍で聞いていたオルファリルが、突然出てきた日本語の響きを不思議そうに繰り返す。

「ええと、オルファが言ってる"パパ"の女の人版だよ。おっかさんとか、お母さんとか、ママとか言う」
「へー、へー。エスペリアお姉ちゃんはママなんだ」
「ええと……ちょっと語弊があるかな。まあいいか」

 困った様子の悠人。しかし、本当にオルファリルが二人の子供でも違和感がない。
 まじまじと二人を見比べて、友希はそう思った。オルファリルは実年齢以上に幼く見えるし、悠人は様々な経験を経て大人の貫禄を身につけつつある。
 なにより、悠人とエスペリアの間には、傍から見ていてもただならぬものがあるように見えたりして、

「な、なんだよ」
「いや。高嶺ってもしかして本当にエスペリアと付き合っていたりするのか?」
「ぶっ」

 悠人は吹き出した。『なにを言うんだっ』と抗議の声を上げる悠人は、この態度が『まさか本当に?』という疑いを抱かれていることなど気付きもしない。

「そ、そりゃあエスペリアは大切な人さ。でも、そういう関係じゃないよ。大切な仲間で、友人で、家族……かな」

 照れ臭そうに悠人はそんなことを言った。

『……臆面も無く、よくもまあ。こういう面は主も見習ったほうがいいのでは?』
『こういう面ってどういう所だよ……』

 呆れと関心半分半分の『束ね』に、友希はがっくりと項垂れる。

「ねえねえパパ。それじゃオルファは〜?」
「オルファも同じだぞ。俺にとってはとても大事な子だ」

 無邪気に尋ねるオルファリルの頭を悠人は撫でてやる。心底嬉しそうに笑うオルファリル。

「……なあ、高嶺。余計なお世話かもしれないけど、本当に碧に毒されたわけじゃないんだよな?」
「どういう意味だよ!」
「いや、だって。オルファリルに対する態度を見たら、誰だってそう思うぞ」

 至極正論を吐く友希に、悠人はぐぅ、と唸る。自分が客観的にどう見えるかくらいは悠人もわかっていた。その上で、ここは異世界なんだから、だとかなんとかぶつぶつと言い訳を呟く。

「…………」
「ん? どうした、オルファリル」

 自分をじーっと見つめるオルファリルに、友希は尋ねる。聞くと、オルファリルはちょっと怒ったような仕草を見せて、

「トモキさま、わたしは"オルファ"って呼ぶの。みんなそう呼んでくれるんだから。トモキさまだけだよ、オルファのこと"オルファリル"って呼ぶの」
「ん……そうか。ごめんごめん。わかったよ、オルファ」

 なにかしらこだわりがあるのか強く主張するオルファリルに、友希は頷いた。
 第一宿舎の面々とは、あまり接点がないため今ひとつ性格がわかっていなかったが、どうもオルファリルはネリー辺りと同じような対応で良さそうだった。

「お待たせいたしました。お茶をお持ちしました」

 そうこう言っているうちに、エスペリアが人数分のティーカップをお盆に乗せて戻ってきた。
 一流のメイドさながらに優雅な物腰で配っていく。

「ん、いい匂いだな」
「ありがとうございます、トモキさま。これは、庭で育てているハーブのお茶なんですよ」

 カップを口元に持っていった友希の言葉に、エスペリアはちょっと自慢気に微笑んだ。
 年上っぽく見えるのに、妙に可愛い人だった。照れ臭くなって思わず視線を逸らす。

 同時に、サルドバルト時代、ゼフィがたまに菜園の葉で淹れてくれたハーブティーの味を思い出して、慌てて頭から追い出す。まだ友希の涙腺は弱い。こんなところで涙を流して、何事かと驚かれるわけにはいかなかった。

「あっっつ!」
「ああ、もう。ユートさまったら」

 やはり佳織のことが頭にちらついているのか、慌てて飲もうとしてお茶を零した悠人に対して、エスペリアはハンカチを取り出して服に染み込んだお茶を拭きとる。
 そっと寄り添うその様子は、なんだか先ほどの冗談を肯定するようで、

 ――と、そこで、どんどんどん、と玄関を叩く大きな音がした。

「!? 佳織!」
「きゃっ」
「おわっと!」

 悠人が反射的に立ち上がろうとして、態勢を崩したエスペリアをギリギリで支える。

「……高嶺。だからお前慌て過ぎだって」
「そうです。わたしがお迎えいたしますから、ユートさまはどうぞここでお待ちください」
「い、いや、でも」
「トモキさま、お願いいたしますね」

 怯んだ様子の悠人を置いて、エスペリアがさっさと玄関の方に向かう。
 友希がやれやれ、と思っていると、今度は廊下を走る音が響いた。

『お兄ちゃん、お兄ちゃん!』

 なんとも似た兄妹だった。

「佳織!」
「お兄ちゃんー!」

 リビングに飛び込んできた佳織は、そのまま悠人に胸に飛び込む。
 それをしっかりと抱きとめて、二人は再会を喜び合った。



















「……ところで、そろそろいいか、高嶺、佳織ちゃん」

 放っておいたらいつまでも抱き合ったままでいそうな悠人と佳織に友希が声をかける。エスペリアはニコニコ笑って待っていたが、オルファリルやいつの間にかリビングに現れていたアセリアが、微妙にうんざりしている気配を感じたためだ。
 友希からしても佳織との再会はそれなりに感動的な場面だったのだが、まるっきり蚊帳の外に置かれていたため、そんな気分は吹き飛んでいた。

「あ、ごめんなさい。……御剣先輩も、無事でよかったです」
「ああ、うん。佳織ちゃんこそ。捕まっていたって聞いたけど、元気そうでよかった」
「はいっ、王女様も良くしてくれましたから」

 悠人との再会で涙目になってはいるが、特に怪我をした様子も憔悴した様子も見られない佳織に安堵する。
 直接話したことはないが、レスティーナ王女が噂通り清廉潔白な人物であると感じて、友希は感心した。

「カオリさまは今後はこの屋敷で暮らしていただくことになります。つきましては、ここに住んでいる者を紹介したいのですが、よろしいでしょうか」
「あ、はい。よろしくお願いします」

 エスペリアの言葉に、佳織は頭を下げた。

「では、まずはわたし。ここの家事全般を努めておりますエスペリア・グリーンスピリットと申します。なにかありましたら、何でも申し付け下さいませ」
「はい、王女様やオルファに聞いています。わたしも出来ることは手伝いますから、よろしくお願いします」
「わかりました」

 続けてエスペリアが促し、アセリアが自己紹介する。

「ん……アセリアだ」

 自分の名前を告げるだけのごく簡潔な自己紹介。過去、悠人がされたのと同じ対応に、エスペリアが注意しようとしたところでアセリアが言葉を続けた。

「うん……カオリ、よろしく」

 たったそれだけだが、確かな歓迎の意思を感じて、特に悠人が驚く。
 出会った頃は人形か何かのように思えたアセリアだが、だんだんと変わっている。その好ましい変化に、悠人は思わず笑みが零れた。

「オルファはご存じですね。この三名に、ユートさまを加えた四人が、この屋敷で生活しています」
「え? 御剣先輩は?」
「僕は第二宿舎の方で暮らしてるんだ。エトランジェ二人を同じ所に置きたくないらしくて」

 こうして自由に行き来できるのだから、あまり意味のない施策ではあるのだが。

「そうなんですか……」

 寂しそうにする佳織。知っている顔が少ないこの世界では、やはり知り合いには近くにいて欲しいのだろう。

「ちょっと待ってー。オルファ、オルファの自己紹介がまだー!」
「え?」
「オルファ、あなたはカオリさまのお話相手も務めていたでしょう」
「でも、エスペリアお姉ちゃんとアセリアお姉ちゃんだけず〜る〜い〜」

 なにがずるいのか、よくわからないままにオルファリルは自己紹介をする。その中で『好きなものはパパ!』と高らかに宣言し、友希は更に疑いを深めることになった。

「さて、積もる話もあるでしょう。わたしたちは席を外しますから、どうぞごゆっくりお話をしてください。
 アセリア、オルファ、行きましょう」
「ん」
「ええー、オルファもお話ししたいのにー」

 文句を言うオルファリルの背中を押して、エスペリアたちはリビングから出ていく。
 姿が見えなくなる直前、エスペリアは振り向いて、

「あ、今日はカオリさまの歓迎会ということで、腕によりをかけてお食事を作ります。第二宿舎のスピリットも呼んで、盛大にお祝いしましょう。彼女たちにも、カオリさまのことを紹介しておいた方が良いですし」
「お、そりゃ楽しみだ」

 噂によると、エスペリアはスピリット隊一の料理上手。第二宿舎で暮らしていて、食べる機会のなかった友希は嬉しそうに声を上げる。

「ふふ、ご期待に添えられるよう頑張ります」

 ぐっ、と力こぶを作る仕草を見せてエスペリアが去っていった。



























 あとに残された地球組三人は、この世界、ファンタズマゴリアに来てから今までの話を交換し合う。

「そっか、それじゃあ、レスティーナには本当に世話になってたのか」

 エスペリアたちの話を聞いて、比較的味方に近いと知ってはいても、佳織から直に王女の話を聞いてやっと悠人は王女を全面的に信頼することにした。

「うん。いろんな本とかを読ませてもらったり、たまにお城の中庭を散歩させてもらったり。なにより、オルファを話し相手に連れてきてくれたんだ」

 悠人は友希に負けず劣らず厳しい状況だったが、佳織は軟禁されていたことを除けば、そう悪い状況ではなかったようだった。
 友希は密かに安堵する。男女差別と言われるかもしれないが、佳織は年下で女の子だ。口にするのも憚れるような酷い目に遭っていないか、実際に合うまで心配だったのだが、杞憂でなによりだった。

 佳織は、男二人の話も聞きたがった。
 二人は顔を見合わせて、どうしたものかとアイコンタクトし合う。

 いや、

『……どこまで話す?』
『佳織も、俺達が戦争をしていたってことは知っているはずだ。詳しいことは言わないほうがいいと思うけど、隠したりはできないだろうな』
『そうか。出来れば、佳織ちゃんには知ってほしくなかったけど』
『そんなの、俺も一緒だよ』

 神剣の共鳴を利用すればごく短距離なら心で会話ができる。トランシーバーのように使えるそれを駆使して、二人は意見を統一させた。

 そこでとりあえずは、極力血生臭い話は避けて、事実だけを佳織に伝える。
 ……ゼフィのことは悩んだが、触りだけ話しておいた。案の定、佳織は泣きそうになっていた。

「佳織を助けるっていう当面の目標が達成されたんだから、後は地球へ帰るだけだな」

 そして、今までの話が終わると、当然のように次はこれからの話だ。
 口火を切った悠人に、二人は頷く。

「そうだな……帰る方法、考えないとな」

 友希は、まだこの世界ですることが残っている。だから、帰るが見つかった所ですぐ地球に戻るか……それはわからない。しかし、高嶺兄妹のためにも、早めに帰還の算段は立てないといけないと思っていた。

「それで、どうしたら良いと思う?」

 と、悠人は友希に尋ねた。

「いきなり丸投げか……そうだな、実は、一応ある程度目処はついてる」
「本当か!?」
「……うちの神剣が色々教えてくれてさ。説明すると」

 一人ではどうしようもないので今までは話だけ聞いても実行できなかったが、悠人と協力できるなら話は別かもしれない。以前、『束ね』に聞いた内容を伝える。

 曰く世界と世界を繋ぐ『門』という存在。周期的に世界のどこかに出現するそれを、強大な力でもってこじ開けて別世界へと転移する。
 門を開ける力、そして世界と世界の移動に必要な『道』を維持するための力。『束ね』だけでは逆さに振っても必要とする力に足りず、そもそも彼女は門を察知することができない。そういうものがあることしか知らないのだった。

「そうか……じゃあ、当面はその『門』ってやつを探す必要があるんだな」
「そうだけど、それだけじゃ駄目だ。なんか、ファンタズマゴリアと地球以外にも世界ってのはたくさんあるらしくてさ。うまく地球行きの門を当てないと、余計に次元の迷子になっちゃうそうなんだよ」
「な、なんだそれ」

 悠人は途方に暮れる。門という掴み所のないものを探すだけでも大変なのに、それが地球へと繋がっているかどうか見極めないといけない。しかも、門はすぐになくなってしまう。

「そういえば、レスティーナ王女様に聞きました。この世界には、神剣を持つことはできないけど別世界からの来訪者はたまに訪れるんだって。でも、みんなバラバラの世界から来たみたいで……」
「そうなのか……。ところで佳織ちゃん、それって、元の世界に帰った例って聞いた?」
「すみません……王女様の話では、いないらしいです」

 しん、と場が静まり返る。いよいよもって、帰還は絶望的になりつつあった。
 と、そんな時に、『束ね』が友希に語りかけてくる。

『そうそう、言い忘れていましたが、主』
『なんだよ』
『恐らくですが、我々をこの世界に呼び出したのは悠人さんが持っている『求め』です。彼に話を聞いてみては? 世界を跨ぐ力を彼は持っているのかもしれません』
『え? な、なんでそんなことがわかるんだよ』
『そりゃ、あの時門を通じて感じた力と、『求め』の力が同質だからです。まあ、聞くだけ聞いてみては』

 そういうことならば、と友希は頷く。そもそも、この手のことに関して『束ね』以外に頼れる者もいない。

「高嶺」
「ん? どうした」
「なんか『束ね』が、高嶺の神剣が僕達をこっちに連れてきた、みたいなこと言っているんだけど……なら、そいつなら帰り方もわかるんじゃないかと思って」
「あ、そうか!」

 今気付いたという様子で、悠人は傍らに置いてある『求め』を手に取る。
 そして、数秒のやり取りのあと、いきなり頭を抱えて苦しみ始めた。

「がああぁぁぁぁあ!」
「お、お兄ちゃん!」
「おい高嶺!?」

 『求め』から蒼い光が立ち上り、悠人を侵食せんとしている。それを、悠人は気合で抑えこみ、『求め』が送ってくる頭痛を無理矢理押し返した。
 心だけで言う余裕もないのか、悠人は口を開いて『求め』に怒鳴る。

「くぅ、この、バカ剣め。なにが、契約だ。だったら俺だけでいいだろ。この二人だけでも帰せよ!」

 それに対する返事は、さらなる苦痛だった。『求め』を手にしてから幾度と無く行われてきた干渉。悠人も慣れはしたものの、抵抗するにはとてつもない気力が必要だった。
 『求め』を離そうにも、柄を掴んでいる手が張り付いたように動かない。指一本一本を全力で引き剥がし、なんとか『求め』を手放した。

「っっ、っはあ、はあ」
「お、おい高嶺。大丈夫か?」
「わ、悪い。このバカ剣、全然言うことを聞かなくて。帰る方法も吐かなかった」

 まるでフルマラソンを完走したかのように疲弊している悠人は、心底申し訳なさそうに項垂れた。
 そんな悠人を責めるわけにもいかず、途方に暮れる友希。佳織は悠人の背中をさすって心配そうにしていた。

『……ふむ、契約ですか』
『なんだ、『束ね』。なんか納得したみたいに』
『いえ、我々にとって、使い手との契約は絶対ですので。それなら、『求め』が答えないのも当然と言うか。勝手に我が主までその範囲に含めているのは業腹ですが』

 と、そこで『束ね』がニヤリと笑う気配がした。

『しかし、甘い。甘いですね、『求め』。そういう態度は、私のいないところでやってもらいましょう』

 そう言って、『束ね』は友希にあることを伝える。戸惑いつつも、友希はそれに首肯した。

「なあ、高嶺。ちょっと『求め』をそこのテーブルに置いてくれ」
「え? あ、ああ」

 もう干渉する気はないのか、特に問題なく『求め』はテーブルの上に置かれた。

「じゃあ、高嶺。ちょっと『求め』から離れててくれ。もしかしたら『求め』が変に干渉してくるかもだけど、抵抗よろしく」
「それはいいけど……なにをするつもりなんだ?」
「ちょっと」

 そう言って友希は、自分の中にあった『束ね』を顕現させた。

「さて……と。『求め』。聞いているか? うちの神剣からの提案だ。大人しく、地球へ帰るのに協力するならよし。そうでないなら、ここでマナの塵に還れ」

 と、そう宣言して『束ね』を大上段に振りかぶる。
 『束ね』が伝えた方策とは、つまりこれだ。ザ・脅迫である。

 流石に慌てたのか、キィィーーーン、と甲高い音を立てて『求め』が友希に抵抗しようとした。

「ぐっ……」

 しかし、契約もしていない友希へ干渉するのはいくら『求め』でも難しい。悠人も頭を抑えているが、直に触れ合っていない状態なら抵抗するのは難しくはない。
 唯一、無抵抗の佳織は『束ね』のオーラフォトンで守っていた。

「……『束ね』が言った通りだな。いくら高位の神剣でも、使い手がいないなら砕ける」

 永遠神剣の真価は、その持ち主と一体となってこそ発揮される。まともにぶつかり合えば『束ね』が『求め』に勝てる道理はないが、使い手の手を離れているなら話は別だった。その使い手も『求め』の敵となっているのだから、実質は三対一である。
 今の『求め』から感じられる力は、悠人が握っていた時のような鬼神じみたものではない。

『待て……』

 初めて『求め』が友希に語りかけてきた。壮年の男性を思わせる声。『束ね』より遙かに強大な意思を感じて、思わず友希は怯む。

『待ちません。貴方を砕いて、その力を吸収すれば私も門を感じる能力を得られるかもしれない。契約をしている貴方が力を貸してくれるのを待つより、余程可能性は高いと思いませんか?
 戦争も終わったことですし、貴方はいなくても大丈夫なのですよ』

 しかし、『束ね』の方は寧ろおかしげに、その声に反論した。圧倒的優位に立っているものの態度だ。こいつ、神経太いな、と友希は場違いな感想を抱く。

『……今の我に、世界を越える力はない』
『おやおや〜、おかしいですね。なら、なぜ私たちはここにいるんでしょう』
『我の力は、エターナルに大半が奪われた。嘘ならば、契約を破棄しても良い』
『は? エターナルって……ちょっ!?』

 慌てる『束ね』に、『求め』は沈黙して答えない。抵抗のために発していた力も、いつの間にか霧散していた。

 事の経緯を見守っていた佳織が、恐る恐る尋ねる。

「あの……一体、どうなったんですか、御剣先輩」
「なんか、『求め』には、もう力がないとか言われた。エターナル? に奪われたとかなんとか。高嶺、知っているか?」
「いや、聞いたこと……いや、名前だけはいつだったか『求め』から聞いたかな? なんのことかは知らない」

 と、なると、やはり『束ね』に聞くしかないのだが、

『マジですか?』

 などと呆然としていて、答える気配がない。しばらくして、ようやく気付いたのか『束ね』は謝ってきた。

『っと、失礼しました、主』
『いや、いいけど……エターナルってなんなんだ?』
『私も詳しくはありません。『紡ぎ』から受け継いだ知識も劣化していますし。しかし、第三位以上の神剣を持つものがそう呼ばれる、らしいです』

 第三位。第四位の神剣である『求め』でも戦争において一騎当千の実力を持つ。それ以上の神剣と言うと、ほぼ想像の埒外だ。
 いや、一人だけ。『求め』を持った悠人をも圧倒した存在がいた。

 一気に腹の中にドス黒いものが生まれる。

『……おい、まさか、あの黒い剣士』
『可能性は……否定できません。しかし、エターナルなんて、滅多にいないはずなんですが』

 『束ね』も判断しかねているようだった。
 だが、どうでもいい。第三位だろうがエターナルだろうが、友希はあの剣士を――

「御剣先輩……どうしました?」
「あ……いや、なんでもないよ、佳織ちゃん」

 と、そこまで考えて、心配そうに話しかけてきた佳織に毒気が抜かれる。悠人や瞬ほどではないが、友希もこの娘の前ではどうにも弱かった。

 とりあえず気を取り直し、エターナルについて二人に話す。

「……よくわからないな」
「まあ、そういうことなんだけどな」

 話を聞いた悠人の呟きに、友希は同意した。

「わかったのは、今すぐ地球に帰るのは難しい、ってことだけか」
「……だな」

 そう結論づけざるを得ない。門については、それらしいものを感じ次第、観察しに行くというところで落ち着いた。

「ところで、今日ちゃんと碧先輩は大丈夫なんでしょうか? 二人とも、同じ場所にいたんだし、一緒にこっちに来ているかも……」
「それもあったな……」
「どうしようか」

 次から次へと問題は山積みになっている。
 それでも、同郷の三人が集まることで、有意義な話し合いとなったのだった。




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