アランとアリスちゃんの来訪から一週間ほどが過ぎた。
あの時、闘技場で稼いだ金は、その後に『祝勝会』と称して入った居酒屋でのルナの暴走の弁償により、すっ飛んだり。
……まあ、ああいうあぶく銭を持っていたらだらけてしまいそうだから、まあそれはそれでいい。……うん、それでいいんだ、きっと。
そして、今日は花火大会である。
いつものメンバー……ルナ、アレン、クリスに加えて、明日帰るというアランとアリスちゃんも参戦。
さて、今日と言う日が無事に終わる事を願って…………………………無理かな?
第68話「夏休み 花火大会編」
会場であるフィンドリア国立公園入り口に集合。
現時刻PM6:20。集合は六時だったから、すでに二十分が過ぎている。
にもかかわらず、まだアレンが来ていなかった。
「あンの馬鹿。なにしてんのよ……」
そろそろヤバげな気配になってきたルナが悪態をつく。ルナはこれでも、規律とかにはうるさい。時間に遅れるなど、もってのほかだ。
あ〜、アレン。なるべく自然な感じでフェードインして来ないと、死ぬよ。
そんな状態を危惧したのか、クリスが口を開いた。
「みんな。僕がここで待ってるから、先に見て回っててよ。あとから合流しよう」
あ、逃げた。
そう確信できる。
多分、クリスはこのまま、僕たちと合流する気はないだろう。少なくとも、花火が始まるまでは。
「じゃあ、僕も残るよ」
「あ、あ。俺もな。ルナとアリスは、二人で回ってきたらどうだ? 女の子同士のほうが気兼ねしなくていいだろ? 花火が始まるくらいにどっかで合流しよう」
僕とアランもクリスに続いた。
ルナは少し考えると、「うん」と頷いた。
「そういうことなら、悪いけど。あ、そうだ。アレンが来たら、一発殴っといてやって」
物騒な事を言い残し、ルナは歩いていく。
「あ、ルナさん、待ってください。じゃあ、ライルさん、クリスさん。失礼します」
「……実の兄には何の言葉もなしか、妹」
アリスちゃんは、こちらに向けてお辞儀をして、てててとルナを追いかけていく。
やがて、残された男三人。
なんとはなしに、緊張感というか妙な空気が流れる。僕の関係ないところで――っていうか、クリスとアランの間で。
「……男女」
ボソッ、とアランが呟く。
「……そっちが勝手に勘違いしたんだろ?」
こめかみのあたりをピクピクさせながらクリスが反論する。
――アランがうちを訪れた翌日、二人は顔を合わせた。んで、服屋でクリスに見惚れていたアランは、そっくりさん(てゆーか本人)なクリスに、姉か妹はいないかとか聞いて、真相が発覚。……以来、なんか二人は仲が悪い。
「あんな格好してれば誰だって女だと思うだろうが!」
「それは、ただ単に君の注意力不足だよ」
……いやクリス。君の女装を見破れるような猛者はそうそういないから。
かく言う僕も、初めて会ったときは完璧勘違いしていたし。……あの頃は、僕も純粋だったなぁ。ついでに、もう少し目立ってた。……どこで道を踏み外したんだろ。
などと、過去を懐かしんでいると、クリスとアラン間の空気がさらに険悪なものになっていた。取っ組み合いをするわけではないのだが、ギスギスとした会話が続いている。
「大体なんだよ、そのなまっちょろい身体は? 本当に俺と同い年か?」
「精神年齢が小学生と大差ない君に言われたくないね。本当、妹さんは苦労してるんだろうね。ヘタレだし」
「んだとぉ?」
「なにさ」
もう既に、殴り合いの一歩手前になっているような気がする。ちなみにアラン、素手の争いなら、多分君が負けるからね?
しかし……何だ、世の中、相性の悪い人間っているもんだな。この二人がそうだとは思ってなかったけど。
「ふぁ、ふぁいるふぁひひゃはいは」
そして、二人が一歩踏み出したところで、なんか妙な声が聞こえた。
「……アレン?」
「ふぉう」
「……口の中のもの、全部食べてから喋って」
集合時間から送れること三十分。やっと登場したアレンは、なんかすでに出店の攻略を開始していたらしく、左手の指にはわたあめとイカ焼きとリンゴ飴、右手に割り箸を持ち、左腕と体の間でバランスをとっているたこ焼き焼きそばから揚げを順次口に運んでいる。
しかも、全部大盛り。
頭に巻いているねじり鉢巻が、妙に似合っていた。
「んぐ……っと。よう、ライル。お前も祭り着てたのか」
「ねえ、アレン……もしかしてとは思うけど、待ち合わせ忘れてたね? てゆーか、今現在も忘れてるね?」
「待ち合わせ?」
頭に『?』が飛び交うアレン。考え事をしている間も、食べまくっている。
やがて、今もっている分を全て食べ終えて、やっと思い出したように、ぽんと手を叩いた。
「ああ、そういえば」
「そういえば、じゃないって。ルナ、カンカンだったよ?」
「そぉか。そりゃ怖いな」
からからと笑うアレン。なんつーか、アレンは危機感に欠けると思う。
「アレンちゃん、ちょっと待って待って」
そのアレンの後ろに、なにやら見たことあるような影がとてとてと走ってきていた。
「なんだ、フィレア先輩と一緒だったの?」
「一緒つーかな。ここに来る途中に捕まった」
ぽりぽりと頬をかきながら、アレンが苦笑する。新学期からこっち、この二人は着々と兄妹のような関係を築き上げているらしい。
しかし、フィレア先輩と会ったから、忘れていたのか。……まあ、基本的にアレンは体育会系だ。時間前行動が染み付いているアレンが、そうそう待ち合わせに遅れるとも思っていなかったが。
「で」
と、アレンがなんとなく居心地の悪そうになっているクリスたちを指差す。多分、周りの事を全然考えてなかった自分に、やっと気が付いたってトコだろうか。せっかくの祭りに険悪なムードを振りまいていた二人は、それなりに白い目で見られていたりしていたのだ。
「あの二人、なにやってんだ?」
二人は、目を合わせるばかりだった。
「ええ!? お姉さん……なんですか?」
「うん、そうだよー」
アランは、フィレア先輩がクリスの姉だと知って、驚きを隠せない様子。……まあ、その気持ちはわかるけど、あんまり迂闊な発言はしないほうが……
「嘘だ! こんなに小さいのぐはぁ!?」
フィレア先輩の疾風の肘鉄がアランのわき腹を抉る。フィレア先輩的に『かわいい』はOKだが、『小さい』はNGらしい。ヴァルハラ学園の生徒は、それをすでにわかっているので、そんな事を言うやつはいないんだけど。
「あ、そこのユーフラ貰おうか」
「アレンちゃん、私も一つ頂戴」
悶絶してるアランも気にかけず、フィレア先輩を伴って屋台に走るアレン。似たような名前のやつなんだから、もう少し気にかけてやれば? と思わないでもない。
ちなみに、ユーフラとは、パンっぽい生地を果物に巻いて蒸したお菓子である。
まあ、そんな豆知識は置いといて、
「クリス。あんまり楽しんでないみたいだけど」
一人、暗い顔をしているクリスに向かう。
「あ〜、うん。ちょっと自己嫌悪中」
「……またなんで」
「うん、アランのことでね。別に、あいつ嫌いじゃないんだけどさ。まあ、売り言葉に買い言葉と言うか、せっかく旅行に来てんのに、嫌な思いさせて悪いな〜って」
苦笑しながら、述懐するクリス。
ちらり、とアランのほうを見る。やっと起きたところで、さらにフィレア先輩に何か言って、悶絶リピート。
「まあ、そこまで気にすることないと思うよ。アランはへっぽこだけど、それだけに打たれ強いって言うか、精神的にタフなところあるから」
とりあえず、そんな事を言っておく。
なにげにひどい物言いのようだが、きっぱりと事実だ。
「そう?」
「そう。ヘタレだけど」
「はは、まあ、確かにアランはヘタレっぽい」
とりあえず、アランはヘタレということで結論付けられた。……ん? 違うか。
「ま、そーゆーことなら任せといて」
「え? ライル?」
クリスから離れ、出店が立ち並ぶ通りの隅で蹲っているアランを助け起こしにかかった。
ぐう、とわき腹を押さえ、今にも吐きそうな表情のアラン。まあ、フィレア先輩を怒らせて、このくらいで済んでよかったと見るべきだろう。
「大丈夫? アラン」
「おう、へ、平気だ。あんな小さな子の攻撃の一つや二つ、俺にはきかん」
アランがそうこぼした途端、きゅぴーんとフィレア先輩の目が光った。……地獄耳だな。
おお、アランもかなりビビっている。
「無理しないほうがいいよ。クリスのお姉さん、かなり強いんだから」
さり気なく、アランとフィレア先輩を結ぶ線の間に割り込む。なんとか、怒りは納めてくれたようで、後ろにある殺気が薄れていく。
「……それが未だ信じられんのだが」
すっくと立ち上がるアラン。なんてゆーか、意地だけで、達人の攻撃を効かないと言い切れるのもなかなかすごいと思う。
「い、いや。あんな可愛らしい人が、クリスのやつのお姉さまだって言うことが、な! けして、あの子が小さいとか言っているわけでは……」
「そんな慌てて弁解しなくても。それに、クリスとフィレア先輩は似ていると思うけど」
クリスを女装させて、五歳ほど若返らせれば、フィレア先輩になる。……うむ、実に似ている姉弟だと思う。外見年齢は反対だけど。
「ふん」
「まだ根に持ってるの? クリスも言ってたけど、アランが勝手に勘違いしただけじゃないか。怒るのは筋違いだと思うけど」
「い〜や。思春期の少年の心は傷つきやすいのだ。あいつは、俺の心に塞ぎ様のない傷を作った。許せん」
「思春期の少年、ねえ」
「そうだ。ああ、かわいそうな俺」
「ぷっ」
「笑うなぁ!」
いやまあ。なんて言うか、本気で怒ってないって事だけはよくわかった。
「それで? このままいがみ合ったまま別れるのも後味が悪いと思うんだけど。自分が悪かったって事はわかってるんでしょ」
「うっ」
「まあ、きっかけはアランだけど、その後はどっちもどっちって言うか。喧嘩両成敗って事で、いいかなクリス」
「まあ、別にかまわないけど」
アランの後ろに立っていたクリスが、視線を外しながら言う。
「うおっ、お前いつの間に!?」
「さっきからいたって。やっぱり気付いてなかったか」
やれやれ、とクリスは大げさに肩をすくめて見せる。
「お前……」
「っと、そんなにいきりたたない」
「……まあ、俺は大人だからな。今までのことも許してやる」
「ぷっ」
「笑ったな!? お前、今笑ったろう」
と、仲睦まじく歩いていくクリスとアラン。……まあ、なんだ。意外といいコンビなのかもしれない。クリスがああも遠慮なしに言える相手ってのは珍しい。
人ごみに紛れていく二人を見送って、はたと気付いた。慌てて二人を追うが、既にいない。人が多いので、見つけるのは無理っぽいかも。
「さて……これは、もしかして、迷子とかいうやつなのかな」
……ねえ、なんで祭りで、僕は一人なんですか?
結局、花火が始まる時間までみんなと会うことは出来なかった。
予め決めておいた集合場所にみんな集まる。アレンにも一応初めに伝えておいたので、ちゃんと来たようだ。
「綺麗ね……」
ルナが呟く。ああいうのを見て、綺麗と言える感性をルナが持っていたとは驚きだ。
「ちなみに、僕は何も考えてないから」
僕の考えを読んだのか、こちらに振り向き口を開こうとしたルナに先んじて言う。
「……少しは成長してきたじゃない」
「どうも」
まあ、まったくもって嬉しくない成長ではあるのだが。こんなことばっかりうまくなって、僕の将来は大丈夫だろうか?
「アレンちゃん、よく見えない」
「あ〜そっか。お前ちっさいもんな」
「私、小さくないよ!
向こうでは、アレンとフィレア先輩が、なにやらじゃれている。フィレア先輩のパンチを、笑いながら受け止めるアレンに、あっちもいらんところがぐんぐん成長しているなあ、とか思う。
「この花火、うちの叔父さんも手伝ってるんだよ。つーか、これの応援のためにこっちに来たと言っても過言ではないくらいで」
アランがふとそんな事を言った。
「そうだったんだ」
「宮廷魔術師って暇なんですか? って聞いたら、なにも言ってくれませんでした」
「……アリスちゃん、大人には触れられたくないことがあると思うから、今後そういうことは聞かない方がいいよ」
「? はーい」
なんとか納得してくれた様子。
……ん?
「ルナ、どうしたの?」
「ちょっとね」
なにやら、ルナが魔力を高めている。いつものような不穏な空気がないから、そんな物騒なことじゃないと思うんだけど……
「私も花火を上げるわ!」
「……なんでさ」
「ああいうのを見てると、やりたくなった」
それだけ、ですか。確かに、ここの花火は魔法でやっているんだけど、いいのか?
「つーわけで、それ!」
なんとも安直な展開で上げられた花火は、その日最大の規模だった。綺麗な青色が天に花を咲かせる。
……ちなみに、祭り会場の真上に上げられた花火の火が、出店に悉く移ってボヤ騒ぎになったとか何とか。