夏休み、夏休み、夏休み。
こう並べてみると、素敵に胸が躍る。
補習に引っかかる、という思わぬハプニングはあったものの、それだってつい先日終了した。まだ、八月に入ったばかり。一ヶ月近く休みはある。補習中に宿題の八割は終わらせたことだし、これからは色々遊べる……
と言っても、僕自身、あまり趣味と言うものがない。強いて言うなら読書……つまり、無趣味ということだ。
まあ、それも仕方がない。趣味と言うのは、空いた時間を利用してするものだ。
……そして、僕には、空いた時間と言うのはほとんど存在しない。夏休みと言えど、それは例外ではなかった。
第67話「夏休み 来訪編」
「よう」
「……なんでここにいるの?」
昼下がり。うだるような暑さの中、本の世界に集中していた僕を訪ねてきたのは、隣国シンフォニアに住んでいるはずの、アランだった。
覚えていない人は38話〜48話までを参照してもらいたい。
「いやさ。叔父さんがさ、こっちの国に用事があるっつーんで、旅行がてら付いて来た。ちょうど暇だったしな」
「叔父さん……?」
「おう。宮廷魔術師やってる人でさ。いろいろよくしてもらっている」
そういえば、前そんなことを聞いた様な気もする。
留学中の事を懐かしんでいると、アランはどかどかと僕の部屋に上がってきた。
「おー。一人暮らしの割りに、なかなか綺麗に片付けてるじゃないか」
「ちょ……勝手に入らないでって」
「しっかし、あちぃなぁ。麦茶ねえ? 麦茶」
服に手をかけ、手で扇ぎまくるアラン。仕方がないので、冷たいお茶をくれてやる。
「しかし、久しぶりだね。どうやって僕の部屋知ったの?」
「ここの学生ってことはわかってたから、学園の事務室で聞いてきた。ジュディとかゆー人が親切に教えてくれたぞ」
「……あの人は、学園長の癖にそんなことまでやってるのか」
てゆーか、プライバシーとかそーゆー問題はどうなってんだろう。……プライバシー。ジュディさんの前ではむなしい言葉か。
「そういえば、アリスちゃんはどうしたのさ。一緒じゃないの?」
「あいつは、ルナんとこに行った。そーゆーお前こそ、シルフィとか言う精霊どこにいるんだ? 実は、この部屋にいるのか?」
きょろきょろとアランが部屋の中を見回す。僕の目には、アランの連れているフィオはちゃんと見えるのだが、アランは隠れているシルフィを見つけることは出来ないらしい。
「シルフィ。そろそろ出てきたら?」
「はいはい。アランー、久しぶりねー」
「のわっ!?」
いきなり自分の頭の上に出現したシルフィに、アランは思いっきり仰け反った。その様子を見て、シルフィはカラカラと笑っている。
シルフィは、ついさっきまでアランの後ろで変な顔をしたり、アランの頭に指で角を生やしてみたりと遊んでいた。……シルフィ、お前本当に精霊の王様なのか?
シルフィが姿を現すと、アランの精霊であるフィオも、慌てて出現した。
「シルフィリアさま、お久しぶりです!」
「はいはい、フィオも元気そうね」
……まあ、精霊は精霊同士、仲良くやっているようだ。
「そうそう。ライル。お前を訪ねたのは他でもない。頼みたいことがあるんだ」
「ん? なに?」
「セントルイスの観光案内。この街初めてだからな。色々見て回りたい」
「でも、ここには観光名所らしきものってあんまりなかったと思うんだけど」
王都ではあるが、観光に向いているのって言えばお城くらいのものだ。そりゃあ、小さな史跡の一つや二つあるだろうけど……
「ああ、そうじゃない。ほら、シンフォニアってあんまり発展してないだろ。こういう都会で遊び倒したいっていうのが、アリスの希望らしい」
「あー、なるほど」
シンフォニア王国は精霊信仰が盛ん……つまり、自然崇拝って言うか、自然との共生がモットーで、首都ですらそれほど発展していなかった。
そーゆーわけで、遊び盛りの学生にとっては、あまり面白い国ではないそうだ。
「お兄ちゃん〜。ルナさん、案内してくれるってー」
とか話し込んでいたら、アリスちゃんが部屋に押しかけてきた。後ろには、苦笑しているルナもいる。
……ま、たまにはこういうのもいいか。
で、喫茶店トワイライトでケーキを食いまくった後、劇場にて今流行りのラブストーリーを観劇。
んで、今は服屋で夏物を物色しているのだった。
「なぁ、ライル。俺たち、すっげぇ場違いじゃないか?」
「言わなくてもわかってるから。そーゆー事実は口にしないで、さり気なく意識の外に追いやっておくのがプロだよ」
アランは『なんのプロだよ……』とげんなりしていたが、その台詞は修行が足りない証拠だ。半年近くたっているのに、相変わらずのへっぽこである。
まあ、アランの言い分もわからなくはない。
このフロアにおいてあるのは女性モノばかり。つい、とちょっと顔を横に向ければ、女性用の下着が鎮座ましましている。そんなところに男二人がぬぼーっと突っ立っていたら、懐疑的な視線を送られて当然だ。
僕たちをこんなところに連れてきた元凶に目をやる。
「えー、ルナさんはこっちのほうが似合うと思いますよ?」
「ちょっ、やめてよ。そんな可愛らしいの、私に合わないって」
うむ。こういう場所では、さすがのルナもそれなりに女の子している。恥ずかしそうにしながらも、それなりに興味がある様子。普段、服飾に気を使うような子ではないので、アリスちゃんの存在はとてもありがたい。
……その。これを機会に、もう少し女の子らしくなってくれればなーとか思うのだが。アリスちゃん、頑張ってくれー。
まあ、そんな風にエールを送る僕。……しかし、周りの人たちの反応が痛いのであまり派手なアクションは起こせない。
アレだ。店員さんや他のお客さんたちは『なに、アンタたち。こんなとこになんの用なワケ?』とでも言いたいのだろう。悪ければ、女装癖があるとでも思われているのかもしれない。
――ああ、女装と言えば、さっきからちらちらとこちらを見てくる女の人(?)に見覚えが……
「なぁ、ライル。さっきから、あそこにいる美少女が俺たちに熱い視線を送ってきてるんだが。もしかして俺、惚れられちゃったかな?」
「アラン。あとでその言葉、後悔することになるからね。ついでに、なんかすごくへっぽこっぽいよ」
「……なにそれ。つーか誰がへっぽこだよ!」
そんなアランの絶叫を無視して、アラン曰く美少女(偽)にアイコンタクトを送る。
(気にしないでくれると嬉しい)
(……まあいいけど。あんまり長居はしないほうがいいと思うな、僕は)
心情的にはこんなカンジ。“彼”とはすでに一年半の付き合い。中身の濃い一年半だったので、これくらいの意思疎通は容易い。
「ああ、行っちまった。名前くらい聞いとくんだった」
まだ言っているへっぽこは置いておいて。さて、ルナたちはまだ悩んでいるのか……。
「あ、お兄ちゃん……は頼りないから、ライルさん。ちょっとお願いします」
と、アリスちゃんに呼ばれた。
「なに?」
「これこれ。ルナさんに似合うと思いますよね?」
見せられたのは、なんとも落ち着いた感じの白いワンピース。このまま日傘と帽子、あと犬を繋いだ散歩紐でも持たせれば立派なお嬢様の完成だ。
ただ、これがルナに似合うかどうか? と聞かれると、
「う……ん。に、似合うんじゃないかな?」
「アンタ。そんな苦虫を噛み潰したような顔でよくそんなことほざけるわね」
乗り気でないようなルナの声。あまりこういう動きにくい服は、ルナの趣味ではないのだろう。
実際問題、ルナに着せたら似合うとは思う。絶対口には出せないが、ルナはそれなりに整った顔立ちをしている。大抵の服は無難に着こなせるとは思うが……なにせ、こういった服は、限りなくイメージから離れている。具体的に言うと一万光年くらい。
「やめとけって、アリス。こいつにお嬢様のコスプレでもさせる気か?」
率直に言ってしまえばそう言う事だ。ただ、それを率直に言ってしまうような愚は、僕は犯さない。
「お兄ちゃんには聞いてないの!」
「えー、でもさ。いくらなんでも、ルナにはこういうの似合わないだろ。アレだ。迷彩服とか、鎧とか、あと怪しげなローブとか、そーゆーのがぴったりだと思うぞ」
……迂闊な。
たかだか半年ばかり会わなかっただけでルナの恐怖を忘れたと言うのか、こいつは。
僕の隣に立っているアランからさりげなく距離をとり、アリスちゃんと一緒に傍観者に徹することにする。
「まったく。アリスもわかってないな」
わかってないのはアランである。
ルナとて、こういう服は苦手ではあるが嫌いではないはずだ。さっきまでの反応からして『着てみたいけど、私には似合わないし』と顔が語っていた。
……そこで、きっぱりと似合わないと言い切ったアラン。その罪、万死に値するだろう。
「ふっ」
流れるような歩法でアランに接近したルナは、すれ違いざまショートアッパー。
「ぐえっ!?」
おおっ! アランの身体が数十cm飛び上がった!?
「ふん!」
アランの足が着地する瞬間、小さく足払いをかまし、倒れたアランの腹をルナは踏みつけた。
「言いたい放題言ってくれたわねぇ、アランくん?」
「ま、待てルナ。言いたいことはわかる。お前の怒りももっともだ。……俺は本当のことしか言ってないけど」
「死ね」
踏みつけている足に力を入れるルナ。『ぐぇぉ』と既知の生物では出せないような声で悶えるアラン。なんてゆーか、こいつはチャレンジャーだと思う。
あれ? ルナ、あの格好だと……
「ぐぅ……待って……くれ。あと一つだけ言わせてくれないか」
「……なによ?」
「この角度からだと、お前のパンツが見え「記憶を失え!」
皆まで言う前に、ルナのサッカーのシュート張りのキックがアランの何も詰まってなさそうな頭を蹴り抜いた。そのままアランは陳列してある下着の棚に突っ込んで、ぴくぴくと痙攣している。女性用下着に囲まれてそこはかとなく嬉しそうに見えるのは僕の目の錯覚だろうか。
「ねえ、アリスちゃん……」
「なにも言わないで下さい。不出来な兄で恥ずかしいです……」
ある意味、アランが被害者なのに、肉親からですら同情のカケラもないのはなんでなんだろう。
そんなことがあっても、数十分後には回復するのだから、アランもなかなか才能(?)がある。
「あれ? いつの間に服屋から出たんだ?」
まあ、ルナに蹴られる前後の記憶が飛んだことくらいはよしとしよう。ルナにとっては好都合だし。……もしかしたら「記憶を失え!」というルナの命令に脳が忠実に従った結果かもしれない。
それはいい。もう過ぎたことだ。
……で、今僕たちが立っているのはどこなんだろう。
「ねえ、ルナ。ここは正直どうかと思うんだけど」
所謂、闘技場。
ここでは日々、戦士たちが賞金を得るため戦っている。剣は刃を落としてあるし、魔法の威力を弱める結界内での試合だが、基本的に真剣勝負だ。
「セントルイスを案内するってのなら、ここは外せないじゃない?」
「外せないじゃないって……念のために聞いておくけど観戦しに来たんだよね?」
「私とルナさんはそうですよー。なんたって、女の子ですし。お兄ちゃんは……まあ、あの通りへっぽこですから、ちょっと……」
ルナとアリスちゃんが不参加と言うのはどうにも納得いかない。今の世の中は男女平等のはずだ。大体、ルナは言うまでもなく、アリスちゃんもそこらへんの戦士なんか、片手で“戦死”にしてしまえるほどの猛者だ。実際に手合わせをした僕が言うんだから間違いない。
あの馬鹿力を以ってすれば、この闘技場にいるような有象無象どもなど物の数は出ないと思うのだが。
「なにブツクサ言ってんのよ。ここの闘技場は、賭けもしてるんだからね。全財産アンタに賭けるから、負けたら承知しないわよ」
ああ! また僕の預かり知らぬところで余計なことを背負わせられてる!
「なにか文句でもあんの?」
「……ないよ」
ギロリというルナの視線に抗し切れず、僕は泣く泣く受付に向かっていくのだった。
結局、そのとき僕のオッズは見た目からして当たり前と言えば当たり前の8.5。
にもかかわらず、相手の剣士をあっさり倒してしまい(多分、相手の調子が悪かったんだろう)、賞金+ルナの賭け金の三割を受け取った。
計らずもかなりの利益を得てしまって、おおこれは! と思ったが、闘技場は十八歳未満立ち入り禁止だったりして、慌てて逃げ帰ったり。
……まあ、このお金もそのあとに全部消えてしまうのだが……それはまた今度。