アレンちの人たちには感謝しても仕切れない。一晩ご厄介になっただけではなく、朝食まで頂いてしまった。おかげで、身体も大分回復している。

さて、いつまでも厄介になるわけにもいかず、僕は自室に帰還した。

さすがに、もう中から声は聞こえない。――まあ、アレンが昨日、帰ってこなかった事を見ても、この中で酔いつぶれていることは想像に難くない。

さあ、勇気を出していこう。

なぜか震える手を押さえつけ、僕は部屋に入っていった。

 

第66話「夏休み 補習編」

 

……で、茫然自失。

「なに、これ」

呟く声にも力がない。

……僕の部屋(だったもの)は、無間地獄の様相を示していた。

まず、家具類が悉く倒壊している。本棚、食器棚、タンス、テーブルとかそういったあれこれだ。それらは修復不可能なまでに叩き壊され、残骸が空しく床に散らばっていた。

それだけでなく、壁や床にはところどころ穴やら焦げた痕やらが出来ている。

買ってきたものらしい弁当や惣菜のカスと、ワインの瓶がそれらの惨状を彩っており――そんな中で、事の元凶たちは、グースカと眠っていた。

床に散らばっている瓶を数えてみると、実に三十本。この面子がそれだけのワインを空けたのなら、この状況も頷ける……頷けるが、納得いくかぁ!!

「ルナ、シルフィ、アレン、クリス! さっさと起きて! 片付けるよ!!」

乱暴に肩を揺すりながら、全員を起こしにかかる。

『む〜?』などと、暢気な声を出しながらではあるが、なんとか全員起こすことに成功した。

「あ〜〜。マスター、目ぇ覚めたの? そりゃよかった。よかったからもう少し寝かせて……」

「シルフィ! お前、年長だろう。こんなことになる前に止めれなかったのか!」

「ライル〜。大声出さないで。頭に響く」

「ルナも! 未成年なのに、酒なんて飲んじゃ駄目だろ」

とりあえず、目に見えるゴミ類を袋に入れながら、注意をする。まだ全員、寝惚けているようで、目の焦点が合ってない。

「それにクリスだろ、これ持ち込んだの。こういう事になるってわかってるんだから、やめてよね」

「いや、ごめん、ライル」

「アレン……って、二度寝しない!」

僕がいないと、歯止めが利かないんで、どこまでも暴走するってことがよくわかった。沸々と湧き上がる怒りを堪えつつ、この反省を心に刻み付ける僕だった。

 

 

 

 

 

 

結局、片付けは一日がかりだった。

もはや修復不可能だった家具類は、クリスが弁償してくれたし、穴のあいた壁は板で誤魔化しておいた。とりあえず、普通に生活する分には大丈夫だろう。……そのうち、ちゃんと修復しとかないと。借りてる部屋だし。

でまあ、次の日は補習なわけだ。

ヴァルハラ学園の補習っていうのは、なかなか特殊で、補習を受ける人がそれぞれ自習すると言う形をとっている。担任の先生が監督して、特に悪かった教科などがあれば、プリントをやらされることもあるが、それ以外は各人の自由に勉強してよい。教えあうのも自由だ。

もちろん、勉強以外の事をすると、怒られるのだが……

「こら、そこ! 補習中にお菓子を食うな!」

キース先生の怒りの声が飛ぶ。ビクッ、となるのは言うまでもなくアレン。

「いや、だって先生。糖分は頭の回転に必要なんだ。そーゆーわけで、菓子の一つくらい……腹減ったし」

「聞こえなかったのか? 俺は、食うなと言ったんだ」

暑さで苛立っているのか、それとも夏休み中に駆り出された怒りか、キース先生の声は異様な迫力を帯びていた。あのアレンをして、「りょ、了解」としか言えないほど。

「それと、ルナ! お前も、学校の勉強をしろ、学校の勉強を!」

「えー。これも勉強ですよ?」

「んな、古代語魔法、学校では使わん!」

ルナはルナで、自分の研究に没頭している。……真面目にやっているのは、僕とクレアさんだけだった。

補習を受けているのはこの四人のみ。他のクラスにも何人かはいるそうだが、その人たちも一緒にやればいいんじゃないかなぁ、と学校の非効率なシステムに提言してみる。

「あ、ライルくん。ここ、教えて」

「……いや、クレアさん? 教えるのはいいんだけど、さっきから問題の半分くらい僕がやってない?」

僕とクレアさんは、ともに夏休みの宿題に手をかけている。本来なら、補習でするのはあんまりいいことではないが、僕は本来の学力なら補習になど引っかからないし、クレアさんも魔法学以外は平均以上だ。それ以上の問題児が二人もいるので、キース先生も黙認している。

「えーと……『具現するは、炎の騎士。汝が刃にて、悪鬼どもを切り裂け』……?」

ルナが本を片手に詠唱をすると、炎の剣とでも言うべきものがルナの右手に出現する。……学んだ魔法を、すぐさま形に出来るのがルナのすごいところだ。

「あ、できた。ライルー、ちょっと威力試してみたいから、受け止めてみて」

そして、すぐ人体実験をしたがるのがルナの悪いところだ。

「って、ちょっと待った! いきなり――」

「いくよー『フレイムクレイモア』」

唱えると同時、ルナの持つ炎の剣が伸びて天井を貫き『うおわあ!?』と言う声が上の階から聞こえた。そしてルナがその剣を振り下ろすと、僕は死を覚悟しながら両手で顔の前に持っていった。

はしっ、とその剣を両手で挟みこむ。魔力で手のひらをコーティングしてあるが、それでも嫌な匂いと共に両手から煙が立ち昇った。

「うわちゃぁあああ!?」

「うーん。ちゃんとした剣士でもないと、いまいち使いこなせないわね。威力は並みの魔剣位か……」

「冷静に分析してないで、早く消してくれえええええええええ!!」

心からの叫びがなんとか通じたのか、ルナが炎の剣を消す。

僕は慌てて回復魔法で両手を癒しにかかった。

「ルナああああああ! 教室内で魔法を使うんじゃない!」

「えー、キース先生。それを言うなら、ライルだって今魔法使ってますよ?」

「揚げ足を取るな! えーい、お前は魔法禁止! お前が使うとロクなことにならんから! とにかく禁止!」

「センセー、それって差別だと思いまーす」

いや、ルナ。キース先生、この上なく正しいこと言ってるから。

じくじくと痛みながら治っていく両手を見つめる。……魔力で傷つけられた傷は治りにくい。魔力で受けたダメージは、霊体にも傷を与えるからだとか何とか。魔族ってのは、もとから強大な魔力が形をとったようなものだから、連中から受けた傷が治りにくいってのもここら辺から来ているらしい、とか益体もない事を考えて痛みから気を逸らす。

「ら、ライルくん大丈夫?」

「平気。ルナだって、大丈夫だってわかってるから、僕で実験したんだし」

クレアさんが心配してくれるが、この程度はじゃれあいみたいなものに過ぎない。気も失ってはいないし。

そのくらいは、一年、二年と同じクラスのクレアさんにだってわかっているだろう。苦笑しながら鞄から包帯と軟膏を取り出し、僕の手に軟膏を塗りたくって包帯を巻いていく……?

「……なんで鞄の中にそんなものがあるの?」

「今日の補習、ルナちゃんも一緒だって聞いてたから。こんなこともあろうかと」

ルナと一緒ってだけで、ここまで予想されるってのもどうなんだろう。見ると、ルナとキース先生の舌戦はもはや止めることの出来ない領域に突入し、アレンはここぞとばかりに鞄の中にある菓子を食い始める。あっ、包帯を巻き終わったクレアさんがアレンに菓子を貰いに行った!

「えっと……補習?」

呆然とした呟きは、喧騒の中に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

そして、救いの手は唐突に舞い降りた。

突然、教室の扉がガラッと開き、そこから絶世の、と言っても差し支えない美少女が姿を現す。

「やぁやぁ。僕と勉強会を毎週やっていたにも関わらず、性懲りもなく赤点を大量にGetしたファッキンボーイ&ガールを救うべく、噂の熱血教師・栗栖先生がやって来たよ!」

「……ねぇ、クリス」

「クリスではない、栗栖だよ、ライル」

「そんな字面でしかわからないネタはいいから……なにしに来たの? もしかして、さらに場を混沌に陥れに来たのかな? そろそろ、温厚な僕もキレそうなんだけど。なんてゆーか、青少年風に」

「はいはい。少年犯罪反対。ちょっと落ち着いて」

とか僕をなだめながら、女装した栗栖は教壇に立った。

「とゆーわけで、ルナとアレン! 君たちの物覚えの悪さにはほとほと愛想が尽きた――と言っても、このままだと僕の教育能力に疑問を抱かれそうだから、これから特別授業を行う!」

なぜか、あのルナとアレンが素直に居住まいを正した。僕とキース先生は呆然とするばかり。

そういえば……前に勉強会を催したとき、クリスが異様に怖かったなぁ、と過去を思い出す(29話参照)。……あれを毎週?

ルナたちが素直な理由がわかった気がした。

「ライル助手! このテキストを二人に!」

「……僕、いつの間に助手に?」

「口答えをしない!」

いつの間にかクリスの手に出現していた竹刀を向けられ、しぶしぶと従う。

渡されたテキストはクリスの自作のようで、一学期に習った範囲の要点が、わかりやすくまとめられている。

僕もちょっと欲しいかも。

そんな市販してもいいくらいのテキストを、二人はダルそうに開ける。

「かぁっっっつ! 二人とも、やる気を出せ!」

ばしばしと黒板を親の敵とばかりに叩きまくるクリス。いやさ栗栖先生。……キャラ違う。あれか。女装癖があることからして、クリスって意外と変身願望が強いのかもしれない。栗栖先生という役になりきっているのか?

僕は脱力しながら、そんな予想を立てる。……だからどうした。

なるべくその様子を視界に入れないようにして、僕は自分の席に帰った。

「ライルくんも大変だね」

一人、安全圏に避難していたクレアさんが、しみじみと感想を漏らす。それに、僕はうなだれたように頷くしか方法はなかったのだった。

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