「お姉さま〜」

と、ルナに懐きまくるミリルと言う図も、このクラスの名物と化して来た。

「……ねえ、ミリルちゃん」

「なんですか、ライルさん?」

「一つ聞きたいんだけどさ……なんで、ルナを姉って呼んでるの?」

ずっと思っていた疑問である。ルナには兄弟はいないはず。年上の人に対する敬称という意味でもなさそうだ。

「そりゃ、お前。アレじゃないのか? 所謂、レ……」

「そんな穢れた目で見ないでください!」

なにを言おうとしたのか、それは不明であるが、うかつな事(いや、不明なんだけどね?)を言おうとしたアレンを、ミリルがはっ倒す。

これも、まあ一日十回は起こる事なので、誰も気に止めない。

「いいでしょう。話して上げます」

床に倒れこみ、ぴくぴく痙攣しているアレンのことはきっぱりと無視して、彼女は語りだした。

 

第53話「出会い」

 

私は、その村に連れて来られた。

けっこうな資産家だった父が少し前に死んだ。母はすでにいなかったこともあった。私は父の残した財産のほとんどを搾り取られたあげく、親戚中たらい回しにあい、遠縁に当たるというこの村の村長に引き取られることになった。

……と言っても、この時点で人間不信気味になっていた私は一人暮らしを強硬に主張し、現在は空き家になっていると言う家を貰いうけた。

……そんなときだ。あの人が押しかけてきたのは。

 

「こんちは〜〜」

お昼時。この村の人はみんな仕事中のはず。……にもかかわらず、読書中の私の家に、これでもかというほどやかましい人が押し入ってきた。

「え?」

あっけにとられた私は、目をパチクリさせるばかり。

これがたかが十年しか人生経験をつんでいない私の限界と言うことか……。

「あ〜。あんたがそうか。村のみんな、心配してるわよ。あんな子供一人でやってけんのかって」

「……余計なお世話です」

第一印象やかましい人から第二印象歯に衣着せない人にチェンジ。……だからどうということでもないが。

だが、これでも花嫁修業と称して、子供の頃(今も子供だが)から母の代わりに家事一切を担ってきた身だ。手元には、一応成人するまで食べていける程度のお金もある。他の人に迷惑をかけるつもりでもなし、放っておいて欲しいんだが。

「てゆーか、あんた暗っ。こんないい天気の日に引き篭もって読書なんて正気? 大体、窓くらい開けなさいよ。空気の悪い」

人の話を少しは聞いて欲しい。そして、遠慮も無くずかずかと上がらないで欲しいのだけれど。あまつさえ、勝手に窓と言う窓をどんどん開けていくのは礼儀に反するのではないだろうか。

「さあ、遊びに行くわよ」

……なんなんだろう。この脈絡のない人は。

「なんで私が」

「だって、この村って、同じくらいの子供っていないんだもん。今は私が手伝える事があるような時期でもないし、暇じゃん。ライルはどっか引っ越しちゃったし」

どこの誰だかは知らないが、そのライルさんとやら……なぜ引っ越した、畜生。

「ほらほら。行くわよ」

「あ……ちょっと! 手を引っ張らないでください」

「気にしない気にしない。あ〜、そうだ。私はルナって言うの。よろしくね〜〜〜」

こんなわけで、私は久しぶりに外に連れ出されることと相成った。

そのとき――苦笑ではあったが――久方ぶりに、私は笑っていたように思う。

 

 

 

 

 

 

 

……とまあ、経緯は経緯だが、たまにはこんな日も悪く無いだろう、と私はもう抵抗はしなかった。

どうせ、私と遊ぶなんてつまらないに決まっている。この人もすぐ飽きて、相手にしなくなるだろう。

そんな風に考えていた。

そして、途中、村の人とすれ違ったとき、その人は言った。

「おう。ルナか。で、そっちは引っ越してきた子か。まぁ、子供同士仲良くやれよ」

一人で生活しているのに、子供扱いされていることに少しムッときたが、実際、私は世間一般から見ると子供だから仕方ない。

そして、次の発言。

「たださあ。ルナ。お前、今度の子は実験台にするんじゃないぞ? 女の子だし。それに、ライル以外にお前のアレに付き合えるやつがいるとも思えん」

……実験台?

「やぁねえ。ヘンドリックおじさん。そんなことするつもりないわよ〜」

あの……実験台ってなんですか?

「前、ライルが死にかけた時も、そんなこと言ってなかったか?」

「うっ……あんときはあんときよ。大体、男のくせにあれくらいで昏倒するあいつが悪い!」

し、死にかけた?

「あのなあ。いくらなんでも、余波で家を丸ごと吹っ飛ばすような代物は無茶だと思うぞ?」

ちょっと破天荒だとは思っていたがこの年にして家を吹き飛ばすような怪物だったとは意外だったなああっはっはっ。

……ちょっと待て。どうやって?

もしや、このルナという人の細腕にそんな事を成し遂げるほどのぱわぁ〜が……ありそうにもない。

「あの……ルナさんって、何者ですか?」

聞いてみた。

「ん? そうだな……ポトス村の生ける大災害ってところかな?」

「災害ってなによ」

「だってなあ。お前の破壊する家やらなにやらの修繕費が、村の予算の無視できないところまで食い込んでいるんだが。頼むから村の中で実験しないでくれって村長が泣いてたぞ」

「そ、それは出世払いで返すわ」

実験。てゆーことはこの人はなんちゃって科学者とかそーゆーのだろうか? 怪しげな薬品を調合して、失敗してどかーん……

いかん、リアルに想像できてしまった。

「嬢ちゃんも気をつけなよ。こいつの魔法は、本当にとんでもないから」

……なんだ、魔法か。なるほど。それなら納得……できないけど、理解はできないこともなかったり。

明後日の方向に向かってしまった思考が少々恥ずかしい。

「魔法が得意なんですか?」

「うん。まぁね。こんな感じ」

ルナ……さんは、掌を広場に向け、まるでなんでもないことのように唱えた。

「『エクスプロージョン』」

どっかーんっ! と広場の真ん中で爆発。

私はと言うと、

「(ぽかーん)」

こんな感じだ。

いや、この年齢でエクスプロージョンを使えるとか、その威力が並じゃないとか、それもアレだが。なにが驚いたかって、まるで息をするのと同じような感覚で、公共の場に魔法をぶち込んだ事だ。この人、さっき村の人の忠告聞いてなかったのか?

「ルナ……お前」

「あっ、しまった」

いまさら気付いても、遅い。

広場の中心は抉られ、回りの地面はこんがりと焼け、置いてあったベンチは粉々になって吹き飛ばされ、植えられていた木はなぎ倒されていた。

これだけの威力。本職の魔術師にも匹敵するんじゃないだろうか?

とか、そんな考察はさて置いて、

「はぁ……まあ、いつものことだが……」

いつものこと!?

「とりあえず、片せるだけ片しておけよ。こっちの仕事終わったら手伝ってやるから」

そんじゃな、とヘンドリックさん(だっけ?)は手を上げて去って行った。なんてゆーか、こんなあっさり片付けられるのもすごいと思う。

破天荒だ。そんな言葉じゃ表現しきれないが。少なくとも、私の周りにはいなかったタイプだ。

元気で、傍若無人で、それでいてみんなから好かれて(?)いる。なにより、その攻撃力!

「あちゃ〜。ま、仕方ないか。ごめんね、え〜と……」

「ミリルです。ミリル・フォルレティ。よろしくお願いしますね。お姉さま」

そう、私はこの人みたいになりたいと思った。

 

 

 

 

 

「「「思うなよ!!」」」

ミリルの回想が終わると、ライル、クリス、アレンが同時にツッコんだ。

……当然と言えば当然である。

「な、なんでですか。私、本当に感動したんですよ?」

「あの話のどこに感動する要素があったんだ……」

「憧れです」

「しかも憧れなのか……」

頭を抱えて、苦悩するライル。なんてゆーか、彼が村を去ったあとも、ルナは着々と伝説を積み上げていたらしい。無論、あんまりいい伝説ではない。

「でも、なんてゆーか、わかる気がするね。今のミリルちゃんの性格がどっからきたか……」

「だな。そういや、似てるかもな。暴力的なとことかあぎゃぁ!?」

クリスの台詞に相槌をうつアレンは、すぐさまルナの電撃を流し込まれる。まあ、これも一日十回くらいはあるので誰も気に止めない。

「アレンも懲りないね」

ライルには言われたくはないだろうが、アレンには返事をする気力も無かった。

「そう、あれから私の目標が決定したんです」

「目標にされたこっちは迷惑だわ。……てか、なんでそんな風に呼ぶのよ。正直、むず痒いんだけど」

「だって、尊敬する年上の女性には『お姉さま』っていう呼び方がしっくりきませんか?」

「どこの話よ、それは」

などと、口では嫌がっていても、お姉さまも満更ではないのだった。

「三人称の語りにいきなり割り込んでんじゃないわよ!」

素直じゃないなぁ、まったく。

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