三学期を丸々潰した留学を終え、ライルたちはヴァルハラ学園に戻ってきた。

懐かしい校舎。馴染んだ寮。ほっとするのもつかの間、帰ってきた次の日は卒業式。三年生を見送り、教室に帰ったライルは、ずっと疑問に思っていた事をたずねてみた。

「……で、アレン。その、妙になついている女の子は一体どこのどちらさま?」

アレンは、苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべるしかなかった。

 

第49話「帰還2」

 

「えーと……幼女を囲う趣味があったの? アレン?」

情け容赦のないルナのツッコミ。アレンの服の裾を握っていた少女は憮然とした様子で、ルナに向かって抗議を始めた。

「私は子供じゃないですよ。あなたたちより、年上です」

「えっ、マジ?」

「……うん。一応」

なぜか、答えたのはバツの悪そうな顔をしていたクリスであった。

「ちなみに、僕の姉さん。ライルたちと交代で、こっちに留学してきたんだけど……なんてゆーか、見てのとおり、アレンに懐いちゃって、帰ろうとしないんだ」

なんで、と思わずライルは聞き返す。

すると、こんな答えが返ってきた。

彼女―フィレア・アルヴィニアの趣味は格闘技。外見とまったく一致していないのは、この際無視するとして、技の実験台として、なかなか壊れず、すぐ回復するアレンがたいそう気に入られたとの事。

初めは、純粋に、練習相手としてだったのだが、いつの間にやら、拳と拳で語る友情とでも言おうか、仲良くなってしまったらしい。……かなり一方的に。

「で、帰ってくれ、って言っても聞きゃしないんだよ」

疲れたように、クリスはそう締めくくった。その顔には疲労の色が色濃く出ている。かなり参っているようだ。

「へえ。よかったわね。玉の輿じゃない」

「……そんないいもんじゃねえ」

からかうルナを払うアレンも、元気がない。

「アレンちゃーん。かもーん」

うれしそうに、フィレアがアレンを呼ぶ。こっちゃ来い、と手を振りながら。新しい技でも思いついたらしい。

逃げ出したいアレンだったが、逃げたら逃げたで、どうせ追いつかれるので、最近では諦めている。

がたがた、とクラスメイトたちが慣れたように机を片す。ルナが別の学園に行って、やっと平和になる、と思っていた彼らだったが、小さな悪魔フィレアの出現によって、その思いは粉々に砕かれていた。まあ、周りに被害を出さないだけ、ルナよりはマシだ、とも思っていたが。

「いくよ!」

すぅ、と滑るような歩法でフィレアがアレンに近付く。

……そこから先の展開がわかったのは、当の二人と、ライルだけだった。

まず、アレンの側頭部を狙った蹴り。アレンは掌で受け止めるが、どういう身のこなしか、もう片方の足の膝が顎めがけて襲い掛かる。

それを一歩引いて避けたアレンを追いかけるように、フィレアの体が回転し、

(あ、入る)

そうライルが思ったのと、フィレアの回転裏拳がアレンの後頭部にヒットするのはほぼ同時だった。

あの小さな体だ。一撃の重さなんて、大したことないだろうが、後頭部にもろだ。普通なら、気絶くらいしてしかるべきなのだが、アレンは膝すら付かずに、その場に踏みとどまった。

「よしっ!」

フィレアはガッツポーズ。その仕草は可愛いのだが、後頭部を押さえてうなっているアレンがすぐそばに入る状況ではシュールと言うしかない。

「だ、大丈夫?」

「へ、平気だ」

慌てて駆け寄るライルだが、思ったよりかは平気な様子にほっとする。

「でも、いくらアレンでも……あんなの続けていたら、死ぬよ。あの子、全部急所狙いだったじゃないか」

「ん……まあ、俺の修行も兼ねているからな。最初のころよりは、だいぶ防げるようになったし、一応、気功で肉体強化もしている。ま、大丈夫だろ」

「大丈夫に見えないから言ってんだけど……」

汗をかきながら、ライルは突っ込む。

「ふっ、慣れたから、心配するな」

「慣れたってのもどうかと思うけど……」

シンフォニアでは、かなり色々あったが、アレンはアレンで、苦労していたらしい。

まあ、いつものことか、と微妙に失礼な結論に達したライルは、それ以上追及することもなく、野次馬の群れに加わった。

 

 

 

 

さて、そんな騒ぎも一段落して、放課後。

久々の再会だったこともあって、ライルたちは、喫茶店に向かった。向こうでの土産話でも、聞かせろ、との事だ。

なぜか、四人に混じってフィレアも付いてきているが、まあ、それは問題ない。……と、思っていたのだ。

事の発端は、ライルとルナがフィレアに自己紹介をしたとき。

ライルの名前を聞いて、フィレアは、ぴくり、と反応した。

「あの〜。もしかして、ライルさんは、ローラ様のご親類ですか?」

「えっ? 確かに、ローラってのは僕の母さんですけど」

不用意に答えたのがいけなかったのだろうか。そう答えた瞬間、フィレアは、その小さな体をぐぐいっと乗り出した。

「え、〜っと。な、なんで母さんの名前知ってんですか?」

「武道を志すものなら、拳聖ローラ・フェザードを知らない人なんていませんよ! 女性拳士として初めて、サイファール王国の天聖大会優勝。そのた無数の武勇伝を誇る、伝説の人なんですから!」

なんと、まあ。

あの母親だ。伝説の一つや二つ作っていても、驚きゃしないが、そんなに有名だったのかぁ。

と、呑気に思ったライルだが、次のフィレアの発言に、ぴしり、と固まった。

「よければ、手合わせしてくれませんか?」

しばらく、思考の海に沈む。

さっきのアレンとのやり取りを見る限り、彼女の力量はかなりのものだ。あの身軽な体を生かした連続技は、防ぐ自信がない。

加えて……

アレンを見る。

よくよく観察してみると、ところどころに包帯が巻いてあったりする。彼女の仕業なのは明白だ。

結論:関わりたくない。

「いや、僕はあんまし得意じゃないんだ」

「あれ? 前、おばさんに格闘技習ってたじゃない。こっちに来てからもけっこう使ってるし」

即座に、ルナのツッコミ。

「る、ルナぁ……」

がくり、とうなだれる。

場の空気が読めないのは、前からわかってはいたが、勘弁して欲しい。

「じゃあ、今から早速!」

フィレアは、食べていたパフェの残りを、かつかつとかきこむと、立ち上がる。

「ちょっと待て、フィレア」

アレンは、今にも走り出そうとする彼女の腕をつかみ、ポケットからハンカチを取り出すと、口を拭ってやった。

「クリームつきっぱなしだったぞ。ったく」

「あ、ありがと〜」

「ん……?」

そこら辺で、アレンはじと〜と、自分を見つめる三対の視線に気付いた。

「な、なんだよ、お前ら……」

「いやいやいやいや」

「なんてゆーか、まあ、アレじゃない?」

「うちの姉さん、よろしくね」

「ちょっと待てこら! 勝手に話を飛躍させるんじゃない!!」

よくわかってないのか、フィレアは目をぱちくりさせるのみ。

フォローはどうにも望めそうにない。

アレンは、万感の思いを込めて、叫んだ。

「だから違うんだぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

さて、最後に小さな事件はあったものの、うやむやにできるはずもなく、ライルは勝負の場に立つことになったのだった。

「勝負の場って……学校の体育館じゃないか」

地の文に突っ込みを入れないように。

「なにぶつぶつ言ってんですかぁ。さっさとかかってきやがれ、です」

フィレアがせかす。

女の子に手を上げるなんて、とか、(見た目は)子供に殴りかかるなんて、とかいう葛藤もあったライルだが、どっちかというと、向こうのほうが格上なのだ。そんなこと考えているわけにもいかない。

とか、そんなこと考えている時点で、ダメである。

気が付くと、痺れを切らしたフィレアが、目の前まで迫っていた。

「のわっ!?」

なんとか首を下げ、切れ味鋭い回し蹴りをかわす。

「はぁ!」

続く手技もなんとか捌いていくが、スピードと手数が並じゃない。ついていくので精一杯で、反撃なんかできる状態じゃなかった。

一発のクリーンヒットもないことにいらついたらしく、フィレアは拳を腰溜めに構え、

「もぅ! これなら……」

まずい。

反射的に、そう判断したおかげか、次に繰り出された拳をなんとか避けることができた。

「おーい。ライル。フィレアは気功も使ってくるぞ?」

「遅い!」

さっきのが、まさにその一撃だった。もし受けていたら、ガードの上からでも、吹き飛ばされただろう。こと、気功術の使い手に限れば、体格は攻撃力の目安にはならない。

「そっちがその気なら……」

こうだ、とばかりに、ライルも気功を発動。身体能力を上昇させる。

 

 

ここで説明しておこう。

気功術、と言ってもさまざまな流派がある。鍛錬の違いから、同じ気功術といっても、効果は千差万別になったりする。

例えば、アレンの使うクロウシード流気功術では、剣と同時に使う事を前提としているので、『斬気』という特殊な操気法を入念に鍛錬する。ライルの場合、身体能力の向上に、その能力の大半を費やしているのだ。

 

 

説明が終わったところで。再開。

ライルは、まだ気功術にはあまり慣れていない。この手合わせが終わったら、筋肉痛になることうけあいだろう。

だが、代わりに、さっきまで負けていたスピードにおいて、優位に立つことができた。

「たぁっ!」

今度はこっちが攻める番、と、ライルがこれでもかとばかりに攻撃を加える。

どうやら、彼女の気功術は攻撃力の補填を重視しているらしく、身体能力の上昇率ではこちらが上だ。

一瞬の隙を付いて、足を払う。

体勢が崩れる……!

「もらっ……」

「『ファイヤーボール!』」

次の瞬間、ライルの意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、エイミ姉さん。なにしに来たの?」

さっきのファイヤーボールの主……エイミ・アルヴィニアは頬をぽりぽりかきながら、

「いや、フィレアが戻ってこないから、連れ戻しに着たんだけど……」

ちらり、と後ろに目をやる。

「お〜い。ライル。大丈夫か〜?」

そこには、黒焦げになって倒れているライルの姿と、付き添っているアレンの姿が。

完全に不意打ちだったため、今回、リカバーが遅い。

「ま、まあ、そのなんだ。可愛い妹が襲われていると思ってな。こう、反射的に」

「明らかに、やりすぎだと思うけど」

「気にするな」

「僕は気にしないけど、被害者のライルは気にすると思……いや、多分気にしないだろうけど」

彼にとってはいつものことだ。

「なら、問題ないじゃないか」

「いや、問題はあると思うけど……それを問題にしないような空気が、この学園には流れているし」

「うん。それならよし。そういうわけでフィレア。帰るぞ」

フィレアの首根っこをつかんで、エイミが歩いていく。

「わ、私はまだここにいるんですっ! アレンちゃん、た〜す〜け〜て〜!」

引きずられるフィレアは必死に叫ぶ。

「ねえ、アレン。あんたのお姫様がなにか言ってるけど」

「俺は何も聞こえないな」

「アレンちゃーん!」

結局、今日一番割りを食ったライルは、その日ずっと気絶しっぱなしだった。

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