聖剣ホーリィグランスが、どうやらこの建物の鍵になっているらしい、という事実に一番驚いたのは、何を隠そう、所有者のライル本人であった。

「……えーと」

口をあけた入り口を前に、ぽりぽりと頬をかきながら立ち尽くす。

「どうしよう?」

でっかい汗を一筋たらしながら、後ろにいる三人の意見を求める。

「さっきも言ったでしょ。入る以外の選択肢なんかないわよ」

実際、そのとおりなのだった。

 

第48話「帰還」

 

初め、真っ暗でなにも見えなかった。しかし、ライルの手にある剣が一瞬点滅したかと思うと、壁がほのかな光を放ち始め、中を照らし出した。

まったく、親切な設計である。

見渡してみると、中は小さなホールのようになっていた。

通路やドアなどは見当たらない。どうも、この建物はこの部屋だけらしい。さっきみたいに、いきなり入り口が現れなければ、の話であるが。

さて、そのホールであるが、中央になにやら球状の石がある。直径一メートルほどであろうか。なぜ浮いているのかは、まあ置いておくとして、

「あからさまに怪しいわね」

つかつかと、警戒心の欠片もない歩調で、ルナはそれに近づいていった。

「ちょ、危ないですよ?」

小走りでアリスがルナにくっついていく。

男二人も、やれやれと後を追いかけていった。

「ふーん」

その球の前には、台座のようなものがあった。それの上に書かれている不可思議な模様をルナはしげしげと眺めている。珍しく真剣な様子だ。ライルの知る限り、ルナがこのような顔をするのは、魔法に関係することと決まっている。

「どうも、ここ。古代王国の遺跡のひとつらしいわね」

うんっ、と頷くと、ルナは宣言した。

「遺跡? ……にしちゃ、ずいぶん新しいみたいだが」

「アホね、アラン。建物の劣化を防ぐ魔法くらい、現代でもけっこう使われているでしょうが。ぼろぼろの遺跡が多いのは、ただ単にそれを維持する魔力が切れたってだけよ」

講釈をたれながら、ルナはもう一度台座の模様に目を落した。

「これ。この魔法陣の脇に書いてある文字がどうも、古代に使われていた魔法言語に似てんの。ただ、余程高度なやつなのか、読めやしないけど」

「遺跡ねえ……」

こと、そういった方面に関してはルナの右に出るものなどそうそういない。信頼してよかった。

ただ、そういった方面“のみ”でしか信頼できないのが悩みの種だったが。

「じゃあ、この建物のせいで森から出られないんですか?」

「うーん……違うと思うけど」

ルナは顎に手を当てて、考えるそぶりをする。

「見た感じ、多分この魔法陣は制御系で、本体はそっちの球体だと思う。その二つがセットになって……まあ、なんかの装置になってんでしょ。どんなのかはわかんないけど」

「じゃあ、やっぱりこいつが森の結界を作ってんじゃないのか?」

「でも、これ動作してないよ」

球の周囲をぐるりと回っていたライルが口を挟んだ。

「そうなのよ」

と、ルナは肩をすくめる。

「まず間違いなくこいつは魔法装置の一種なんだけど、それじゃあ、肝心の魔力が流れてないと、動くわけないでしょ?」

「なんで、そんなのがわかるんだ? 森ん中じゃ、魔力とかは感じることができなかったじゃないか」

「つくづくアホね。あんた。この中だと魔法使えるみたいよ」

ぽっ、とルナは火球を生み出した。

「さてと、アホは置いておいて、話を続けるわね」

アランを画面(?)の外に追いやって、ルナは何事もなかったかのように続けた。

「この魔法陣。実は完成されてないのよ。こんな複雑な法印見たのは初めてだから、断定できないんだけど、ほら、ここ」

ルナは魔法陣の中心あたりを指差す。周囲の模様と溶け込んでわかりづらいがそこには、穴が開いていた。

「ここが埋まってないせいで、起動しないのね。多分。なにか、鍵みたいなのがあると思うんだけど」

鍵、という単語に、ライルに視線が集まった。正確にはライルの持つ剣に、だが。

「な、なんだよ、みんな」

「そういえば、ここに入るとき、その剣が鍵になりましたよね」

「確かに。この遺跡になんか関係あるのは間違いないな」

「この穴の大きさも、その刀身にちょうどよさげだし、試してみれば?」

ライルとしては、自分の愛剣を変なことに使いたくはなかった。だが、この森からの脱出に必要っぽいとなれば是非もない。やるしかなかった。

はあ、と重いため息を一つつくと、その穴にホーリィグランスを挿し込む。

キュン! と高い音が一瞬響いた。

「……ビンゴね」

ヴヴヴヴヴ、と機械的な音が鳴り響き、中心の球体が回転を始めた。立体映像のモニターが、台座の上に出現し、その表示が目まぐるしく変化していく。

「起動完了、って出たわよ」

古代語で、一つのメッセージが出現したかと思うと、音がやんだ。動作が安定したらしく、球体の回転はゆっくりになり、立体映像のモニターもなにか幾何学的な模様を表示した状態で止まる。

「さて、と」

手をわきわきと動かしながら、ルナはモニターの前に立った。

「とりあえず、適当に動かしてみましょうか」

その顔は、知的好奇心にとらわれている。やばい、と全員が思った。

「ちょ、ルナ!? それ、明らかにやばいよ? もうちょっと調べてから……」

「止めないで、ライル。これは超貴重なやつに違いないわ。私の研究心が抑えきれない」

「抑えてくれよ、頼むから!」

「うるさい!」

と、ルナの魔法が炸裂。ライルは壁まで吹っ飛ばされた。

そのオチが読めて、遠くから眺めるだけだったレイザード兄妹は、手を合わせてライルの冥福を祈る。

「では〜いってみようか〜」

ルナの手が伸びていき、

「そこでスト〜〜〜〜ップ!!!」

どこからか飛んできたキックに弾き飛ばされた。

「あ、シルフィ……さん?」

いきなり登場したシルフィに、アリスは呆然と話しかける。

「やっほ〜」

シルフィは、手をひらひらと振ってアピール。

「ったく。もしかしたら、と思って来てみたら、案の定ね。しかも、森に入ってから二時間と経ってないって言うのに、もう」

腰に手を当て、ルナに向かう。いつになく、怒っている様子だ。

「知らないとは言え、こいつを使ったとしたら、まず間違いなく殺されるわよ。ったく、無理矢理ここに侵入してきて正解……どしたの、ルナ?」

蹴り飛ばされた格好で固まっていたルナが猛然と立ち上がった。

「〜〜〜っなにすんのよ、この羽虫!」

「失礼ね。大体、あんたが考えなしなのがいけないんでしょ」

「考えなしとはなによ!?」

「だって、こんなあからさまに怪しげな装置を、無遠慮に操作しようとしたでしょうが」

「それがどうかした!?」

開き直り。とゆーより、ルナはなんも悪いとは思っていない。

「はあ、もういいわ。とりあえず、ここから出ましょ」

シルフィは諦めたように肩をすくめると、台座に挿入されていたライルの剣を引っこ抜く。とたんに、装置は沈黙し、元の状態に戻った。

「あ、私の研究材料!?」

「なにがあんたのなのよ……」

ぽいっ、とライルに剣を放りながら、力のないツッコミを入れるシルフィだった。

 

 

 

 

シルフィの案内により、あっさりと帰らずの森とまで言われた場所からの脱出を果たしたライルたち。

本来ならば生還を喜ぶところなのだろうが、自らの知的好奇心を満足させる行為を邪魔されたルナに、それを求めるのは酷と言うものだった。

「……で、なんでよ」

「なにが」

「なんで、あれに触っちゃいけないのよ」

「だって、下手したら国の一つや二つ、簡単に滅ぼせる代物だし」

なっ、とルナを除く三人は固まった。

「へえ。どういうやつなの?」

ルナにとっては、具体的な効果のほうが重要なようだ。

「地脈ってわかるでしょ? 星に流れる、魔力や気の通り道」

「当たり前よ」

「土地の属性とかに密接に関係しているんだけど……さっきの装置は、簡単に言うとそれを操るためのものなの」

すでに、興味を失ったライルたち三人はここからどうやって帰ろうか、という切実な問題について議論していた。

「……で、国の一つや二つ、滅ぼせるってのは?」

「当たり前でしょ。地脈を操って、その国の作物を育たなくしたりすれば、楽勝でやれるわ。もっと単純に、モンスターの大群を仕向ける、ってことも可能よ。地脈のエネルギーは下位精霊たちの栄養源みたいなもんだから、精霊の活動も操れるわね」

「ふーん。で、あの森で魔法が使えなかったのとか、無限ループしていたのとか、あんたとかが入れなかった原因は?」

この機会に、全部の疑問を解消するつもりである。

「調子に乗って色々聞くわね。全部、神の連中が自分たちに管理しやすいように張った結界のせいよ。さっき説明したように、やばい装置だからね。でも、精霊に対する切り札ともなり得るから、破壊しない。そういうわけ」

「最後に。なんで、ライルの剣が鍵になってたの?」

「古代王国が総出で作ったやつだからね。当時の最高の法の守護者、ナイツ・オブ・ラウンドの剣が鍵になってたって不思議じゃないでしょ」

これでおしまい、とばかりにシルフィはライルたちのほうに振り返り、

「だから、そこら辺の馬車に便乗させてもらえばいいんじゃないのか」

「いや、お金ないし」

「歩いて……」

「お兄ちゃん、ここから何時間かかると思ってんですか?」

やれやれ、と肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、最後の最後にちょっとした(?)トラブルはあったものの、その一週間後なんとか無事に留学を終えたライルたち。

「じゃあ、そーゆーことで」

「おう、元気でやれよ、ライル」

がっし、とアランと握手を交わす。

本当に色々な艱難辛苦を共にしてきた二人である。同じ部屋で暮らしていた、と言うことも会って、短い期間ながら深い友情を育んだようだ。

「では、また戦うこともあるでしょうね」

「そん時は容赦しないわよ」

お互いがライバルだったと、温泉旅行にて気付いた二人も、どこかズレている友情関係を作ったらしい。強敵と書いてとも、と呼ぶ関係だろうか。

「「じゃあ!」」

とライルとルナは馬車をローラント王国首都セントルイスへと走らせ始めた。

 

 

 

ユグドラシル学園編 〜完〜

 

 

「結局、私の出番が少なかったような気がするんですけど、お兄ちゃん」

「……気のせいだろ」

「気のせいですか?」

「気のせいだ」

「本当に?」

「本当だ」

「でもぉ……」

「しつこい!」

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