短かった春休みも終わり、桜咲く季節。
下ろし立ての制服に身を包み、新入生たちが続々と第一体育館に入っていく。
「そういや、僕って入学式出なかったんだよなあ」
ライルがふと呟く。
まあ、どうでもいいことである。
第五十話「二年生!」
これは……まあ、ある意味予想通りといえなくもないけど、しかし、ちょっとしゃれにならない事態じゃないだろうか。
「おーねーえーさーまー」
ごろにゃん、とばかりにルナにじゃれ付いている女の子を見て、ライルは頭を抱えて苦悩した。
見ると、ルナやアレンやクリスも似たようなことをしている。特に、アレンの苦渋の顔ときたらなかった。まあ、彼は一番、彼女の被害を受けていたから当然と言えば当然である。
ミリル・フォルレティ。15歳。ライルとルナの故郷、ポトス村に住む……住んでいた女の子である。
「あ、あんた、なんでこんなところにいるのよ?」
「はい! ここに入学したんですよ」
まあ、入学式に出席している時点でわかっていることである。
「そうじゃなくて。どうして、入学したのか聞いてるの!」
ついつい言葉が荒くなってしまうルナ。正直、彼女が来ると、非常にうっとおしいのだ。
「お姉さまを追っかけて来たに決まってるじゃないですかあ」
なに言ってんですか、もう! とミリルはルナの背中を叩く。
「お前も、よくやるな」
「あ、クリスさんに、確か……ライルさんでしたよね? お久しぶりです。これからよろしくお願いしますね」
「あ、うん」
「よろしく」
アレンは軽やかに無視である。いっそすがすがしくさえあった。
「おい、こら」
「あ、新入生はそろそろ教室にいかなくちゃいけないみたいなので、ここらへんで失礼します」
くるり、とミリルは回れ右をして、歩きだ……す前に、アレンに首根っこを引っつかまれた。
「うきゃ」
「無視すんなって」
ミリルは、いやいやながらも首だけ振り返り、これでもかというほど冷たい声で、
「なんだ。いたんですか。えーと、アランさん」
「違う! 俺はアレンだ! そっちは、ユグドラシル学園のやつだよ!」
ぎゃーぎゃーと言い合う。見苦しいことこの上ない。
「……なんで、アレンがアランのことを知ってるんだろう?」
「さあ?」
「……あ、チャイム鳴った」
最後のクリスの呟きによって、二人を置いてライルたちは歩き始めた。
「……これはどういうことなんだろう?」
二年生になり、新しいクラスになって、心機一転、と思いきや、ライルの新しいクラス、2年A組は、知り合いばっかりだった。
いちいち上げてみるならば、
ルナ、クリス、アレン(まだミリルと喧嘩を続けているらしく、不在)の三人は言うまでもなく、リム、グレイの忘れ去られている二人も一緒であり、さらには、担任はキースである。
他にも、名前しか出てきていないような人たちも結構いる。
仕組まれたとしか思えないクラス編成だ。問題児を一箇所に集めて管理しようとする学園側の意図が見え見えである。
「静かに」
キース先生が泣きそうな顔で告げる。
「学園長直々のお達しで君たちの担任をすることになったキースだ。知っている顔も多いと思う。あー、なんというのか、三年にあがるときはクラス替えはないので、君たちと二年間、付き合うことになる。そこで、だ。一つだけ、担任として君たちにお願いがある」
重い、重いため息を一つついて、キースは今度こそ本当に半泣きになりながら、
「……頼むから。ほんっとう〜〜に頼むから。面倒ごとを起こさないでくれ。特に!」
キッ、と教室のある一点を睨みつける。
「ルナ・エルファラン! お前だ!」
「せ、先生。なんで私だけ名指しなのよ!? 私、そんな悪いことしてないって!」
「そうですよ先生。どうしてルナさんにそのようなことを言うのですか? 事としだいによっては、このグレイ・ハルフォード、黙っていませんよ」
ルナが猛然と突っかかり、グレイがそれを援護射撃する。
その様子を、クラスのほかの連中はしら〜っとした顔で見ていた。ルナの一年生のときの行状は誰もが知っている。具体的に言うなら、校舎を半壊させたり、運動場を穴だらけにしたり、学園中のガラスを全部吹き飛ばしたり……と、その破壊行為には枚挙に暇がない。この事実を無視して、あんなことを言うということは、まだまだ自覚が足りないようだ。
「まあ、それは置いておいて、パーティーを変えなきゃならんのだが……」
「はい! 先生。私、グレイ・ハルフォードはルナさんと同じパーティーを希望します!」
元気よく手を上げて宣言するグレイだが、
「あー。うん。すまん。お前じゃルナの相手は無理だ。ライル。クリス。アレン……は欠席か。お前ら、慣れてると思うから、ルナの手綱とりを頼む」
「無理です」
「右に同じ」
即答するライル&クリスだが、彼らを責めることはできないだろう。誰も、ルナの相手などしたくはないのだ。そこまで言われるのも、ある意味すごい。
「あ、あんたたち。そこまで言う?」
呆然とするルナ。どうにも、いわれのない不当な扱いにご立腹の様子だ。しかし、当のライルたちにしてみれば、いわれはありまくることは言うまでもない。
「先生! 私は……」
「グレイ。すまんが、学園長命令なんだ。あの四人は、面白そうだから、とか言ってな」
そこで、教室の扉がガタンッ! と勢いよく開けられた。
「っぷぁっ! セーフ!?」
「アウトだ。バカモノ」
見事なまでに遅刻してきたのはアレンだ。ついさっきまでミリルと罵り合いをしていたのだが、回りに誰もいないことに気付いて慌てて走ってきた。全力で。
どちらにしても、遅刻は遅刻だが。
「新学期早々お前は……いや、もういい。さっさと座れ」
「へーい。って、あれ? なんだ。お前らも同じクラスだったのか」
ようっ、と手を上げながらライルたちに近づいていく。クラス掲示は横目でちらりと自分だけを確認していたので、他のクラスメイトなどぜんぜん知らなかったのだ。
「そうだけど」
「ついでに、僕たち、また一緒らしいよ。二年から三年には、クラス変更もパーティー変更もないから、三年間ずっと付き合うことになるわけだね」
「ふーん。……って、じゃあまたルナと一緒かよ!? やっと爆発やら電撃やらとの縁のない、平穏な学園生活が送れると思ったのによお」
バカッ、というライルとクリスの心のツッコミも届くはずもない。周りのクラスメイトたちはすでに避難を始めていた。キース先生も、顔に縦線を浮かべながら、教室から退場している。
……しーん。
『あれ?』
爆発がない。誰もが等しい疑問を持ってルナのほうに視線をやる。
そこには、顔をぴくぴくさせ、手は魔法を放つ体勢になりながらも、ぎりぎりのところで踏みとどまっているルナの姿があった。
「い、いやぁーね。みんなして、逃げたりして。わ、私は、なにもしやしないわよ?」
説得力皆無。
「そ、そーゆーわけで。キース先生。ホームルームを続けてくださいますかしらね?」
いつもは溜まる前に発散しているストレスのせいか、口調が変になっている。触れば壊れるほどの危うい均衡で、なんとか耐えたらしい。
「なんだ。ルナ。その似非お嬢様口調は? 似合わないことはやめとけって」
そして、アレンの不用意すぎる発言により、あっさり決壊。
「……『ファイヤーボール』」
これからの二年間を暗示するホームルームは、机と椅子を全焼させて終了した。
所変わって、保健室。
重度の火傷を負ったアレンは、ライルと共にここに来ていた。ルナとクリスはすでに帰宅している。
「ててて……もっと優しくしてくれよ、ライル」
「つってもね。毎度毎度やらされていたら、いい加減治療も適当になって然るべきだと思うんだ」
ぎゅっ、と包帯を縛る。『いてっ』というアレンの声を無視して、ぽんぽん、と火傷を負った腕を叩いた。魔法で治せば早いのだろうが、なるべくなら自然治癒のほうが身体にかかる負担が少なくていいのだ。
「はい。終わり。でも、そろそろ懲りたらどう? いつもルナの逆鱗に触れまくるんだから」
「そんなこと言われてもな。俺、なにか悪いこと言ったか?」
「……わかってなかったのか」
はあ、とため息をつく。アレンはまだルナの性格を把握しきってなかったらしい。
「いくら、ルナが手加減しているって言ってもね、下手するとそろそろ死ぬよ」
「いやあ、それはないだろう」
アレンは自信満々に宣言した。
「なんでさ」
「あの手の攻撃で人が死んだら、ギャグの入る漫画や小説なんか成り立たなくなるだろう?」
「また問題発言を……」
どうでもいいといえばどうでもいい会話をしていると、なにやら保健室の外が騒がしくなってきた。
なにやら鼻歌も聞こえてくる。
「ねえ、アレン。あの声……」
見ると、アレンは顔を蒼白にさせて、『なんでだ……』とつぶやいている。あんまり長い付き合いでなかったライルには自信がなかったのだが、どうやら間違いないらしい。
「やっほー」
やたら陽気な声と共に、女の子が一人、保健室に入場してきた。
「ふぃ、フィレア。な、なぜここに?」
前回、ライルと決闘まがいのことをしでかしたユグドラシル学園からの留学生にして、クリスの姉、フィレア・アルヴィニアがそこに立っていた。
「えーと。エイミ姉さんも卒業したし、こっちに転校手続き取っちゃった」
あっけらかんと言ってのける。この前別れたくせに、やけに早い登場だ。
「……アレン」
ぽんっ、と今度は優しく肩を叩く。
「な、なんだよ」
「モテモテダネ。ウラヤマシイナア」
「……殴るぞ」
「だって、そうじゃないか。明らかに彼女、アレンを追って来たよ」
「そのとおりです!」
びしっ、とフィレアは構えを取る。明らかに子供な外見に反して、その構えは隙らしい隙がほとんどない。
「さて、それじゃあ、アレンちゃん。ちょっとごめんね。いろいろ技考えてきたから」
「ごめんとか言いながら、突っ込んでくるなぁ!!」
怪我をしているくせに、やけに機敏な動きでアレンが立ち上がるが、もう遅い。数秒後にはボコボコにされてしまった。
「あれ? なんで倒れてるの〜?」
床に倒れ伏したアレンを、フィレアがゆさゆさと揺さぶる。
「お……お前には、この包帯が見えんのか」
「あっ」
「あっ、じゃない! あっ、じゃ!! お前が来る前に、俺はもうグロッキー状態だったんだよ。HP表示が赤くなってるくらい!」
「元気だね、やっぱり」
「うがぁ!」
吼えるアレンだが、嬉々として纏わりつくフィレアに、だんだん勢いが削がれていく。アレンは、元々、女子供には甘いのだ。苦笑しながら、頭をなでてやる。
「……(にや〜)」
「な、なんだよライル。そんな目で俺を見るな」
「いや、別に」
「だからそんな目で俺を見るなぁ!」
ガラッ! シュッ! バキッ! ぐはぁ!?
「さっきからうるさいです!」
「……いや、もう何から突っ込んだらいいか。……まあいいや、アレンだし」
状況を説明しよう。最初のガラッ! は、保健室の扉が開く音。次のシュッ! は入ってきた人物が手に持った鞄を投げる音。バキッ! はアレンにその鞄が当たる音。最後のはアレンの叫びである。ダメージが蓄積していた上、いいところに当たったらしく、起き上がらない。
「えーと……ミリルちゃん」
「はい、ライルさん。どうも」
「新入生は、もう帰ったと思ったんだけど……」
「いえ、ちょっと部活の見学に。帰ろうと思って、ここの前通ったんですが、あのうるさいのがいたんで」
なるほど、とライルが頷くと、アレンの傍にいたフィレアがととと、と駆け寄ってきた。
「なんで、ミリルちゃんがここにいるの?」
「あれ? フィレアこそ、なんで……?」
「二人とも、知り合いだったの?」
「はあ。私とフィレアは、同じ師匠に武術を習った同門です。て言っても、私はポトス村に引っ越す直前に、師匠は引退しましたが」
また、妙な偶然である。
ライルは、そういえば彼女も素手でアレンを叩きのめしていたよなあ、と妙な共通点を発見する。
そして、再会に会話を弾ませている二人に背を向け、気絶しているアレンに近づいていく。
「アレン……主人公は僕だったと思うんだけど、違ったっけ?」
そんな、話。