「が・く・え・ん・ちょぉおおおおおお!? 帰ってきてやったわよ! さあ、とっとと私に卒業証書を寄越しなさいっ!」

卒業式の厳粛な空気を木っ端微塵に打ち砕きながら、ルナが体育館にのしのしと入っていく。

ライルは、呆れながらも付いていった。

『……あー』

今まさに壇上でありがたい祝辞をのたまわっていた来賓の方は、そんな女生徒に何も言う事が出来ず、ぽかんとしている。

当たり前だろう。素人ではこのような展開についていくことは到底出来ない。ただ、玄人であっても、まったくスゴイとは思えないが。

『えー……と、君。とりあえず、自分のクラスの席に座りなさい』

「ん? あんた、なに?」

卒業式に集っている学生達に緊張が走る。

『私か?』

こほん、と咳払いして、初老の紳士はルナを見据えていった。

『私は、ローラント王国国王。オーギュストという。さて、名乗ったぞ? 着席してくれないかね』

一応ヴァルハラ学園は国立の教育機関であるし、国の長が卒業式に顔を見せても変ではない。

しかし、国王……つまり、国で一番偉い人にルナは思いっきり『あんた、なに?』とか言ってしまった。時代が時代なら、不敬罪でしょっぴかれても文句は言えない。いや、今現在も、王がその気になれば女生徒の一人や二人、手打ちにしてしまえる。

だが、この国王は割と寛大らしく、ルナに座れと言った後、普通に話に戻っていった。

「……ルナ、座ろうか」

もしやこのまま国の警備隊とドンパチやらかすことになるのでは、と戦々恐々としていたライルは、ほっと肩の力を抜いてルナを促した。

「でも、先着したほうの勝ちでしょ。あとでアレンたちが来て、先に学園長のトコ行ったらどうすんのよ」

「大丈夫だよ。あそこに学園長いるじゃん。アレンたちが来たら、その時は走っていけばいい」

学園長は、学園の長であるからして、当然のように卒業式には参列している。前のほうの席に座って、ニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべていた。

「わかったわよ」

不承不承ルナは従い、自分達のクラスがどこにいるのか探すのだった。

 

第192話「卒業?」

 

「お疲れ様でした」

感動の卒業式。高らかに歌われる校歌によって、フィナーレを迎えた式典の後、他の女生徒のように涙を流すようなおセンチさなど持ち合わせていないルナは、速攻で学園長室に飛び込んだ。

「お疲れ様でした、じゃないでしょ。私の卒業、認めてくれるんでしょうね」

「ええ、もちろん。まあ、本当にユグドラシル学園まで往復したのなら、という話になりますが」

「ふんっ、そんなのちゃんと行ってきたに決まってるじゃない。私達がどんだけ苦労したと思ってるのよ。ねえ?」

同意を求められても、ライルは困る。

そもそも、ユグドラシル学園まで走ったのはライルであり、ルナはそのライルの後ろにのっかかっているだけだった。どの口が苦労した、なんて言うんだろうと思わないでもなかったが、ライルは一つため息をつくだけでツッコミは入れなかった。

「ねえ、って。お前、ただライルの背中に乗ってただけだろ」

と、ライル本人は思ったのだが、それに対してツッコミを入れる人物がいつの間にか現れていた。

「アレン、やっと起きたの?」

アレンにしては随分遅い。もう、パンチを当ててから一時間はかかっている。

「お前な。俺の服焼いといてそりゃねぇだろう。いくら俺でも、マッパで歩き回る勇気はないぞ」

「……あ、着替えてきてたんだ」

確かに、アレンの服装が変わっている。そう言えば、真っ黒に焦げていたから気付かなかったが、あの惨状では当然のように服は焼け落ちていたのだろう。

「あら、アレンくん。お帰りなさい。残念だけど、ルナさんの方が先着よ?」

「わかってるよ。友達の卒業を見送りに来ただけ」

「まあ、まだ決着が付いたわけじゃないけれどね? 私、まだルナさんが本当にユグドラシル学園まで行ったのか、証拠を見せてもらっていないもの。そちらは、その後ろの子がいるけど」

ジュディさんは、学園長室の入り口のところで『あ〜、俺なにやってんだろ』ってな感じで突っ立っているアランに目を向ける。

「別の学園の生徒を誘拐してくるなんて、なかなか豪快ね」

「でしょう?」

クリスがニヤリと笑って見せた。

「いやいや、笑うところ違うから」

冗談だとわかっていても、律儀にツッコミを入れるのはライルである。

いつもながら、ボケが多すぎてツッコミを入れるのも億劫だった。

「ふっ、抜かりはないわ。ライル、出して上げなさい!」

「なんでそう、一々芝居がかった喋り方するのさ」

ライルはそう文句を言いながら、尻ポケットを探る。

(あ〜、僕も後で着替えてこないとな)

ルナに付き合ってアレンたちとドンパチやったせいで、服がそこら中焦げている。

「はい。これが僕たちが持ってきた証。そこのアランの学生証で……」

すべて言い切ることは出来なかった。

ライルの差し出したのは『なんか黒いもの』。

元々学生証は茶褐色だったのだが……

「は? 俺の学生証?」

一人、離れてたそがれていたアランが、自分の名前が出たことで興味を引かれたのか、ライルの差し出す『それ』をひょいと覗き込む。

「………おい、まさかと思うが」

アランが口を出そうとした瞬間、元学生証だった炭クズは、自重に耐え切れずあえなく灰となって地面に散った。

沈黙が落ちる。

「いや、ごめん、アラン」

「ぬぉあああああああああああ!? な、なんてことすんだぁぁぁぁぁ!!?」

「なによ、ケツの穴の小さい男ねぇ。なによ、学生証くらい」

恐らく――というか、確実に、アランの学生証を灰とした張本人は、あっけらかんと言ってのけた。

「……ルナ、一応、女の子なんだから。ケツの穴って言葉遣いは……」

「なによ。ここに、私に幻想持っている人間なんていないでしょ」

「そういう問題じゃないと思う……」

「お前ら、あっさり流すなコラ」

灰を掻き集めていたアランが半泣きになりながら見上げる。

「再発行してもらうの大変なんだぞ。しかも、もうすぐ卒業だし、事務局にどんな文句言われるか……」

灰を集めたところでどうしようもないということに気が付いたアランは、悪態をつきながら灰を撒き散らす。

「あ、そこ。ちゃんと掃除しておいてくださいね」

「なんで俺!?」

「だって、あなたの持ち物なんでしょう?」

「いや、それを勝手に持ってきて、灰にして、床に落としたのは全部あんたんトコの生徒なんだが」

「あ、そろそろこの部屋も汚れが溜まってきてるから、ついでに他も掃除してもらおうかしら。ほら、窓拭きもついでに外から。ああ、ついでに私の自宅の部屋も……」

「待て。どこまでついでが続くんだ。ていうか、俺にそんな義理はねぇ」

ふぅ、とジュディさんはため息をついた。

「不法入国」

「……は?」

「あなた、ちゃんと関所通ってきてないでしょう?」

「そりゃ、あんたんトコの生徒に着の身着のまま拉致られてきたからな……」

「みんなはもう戻ってきてるから良いけれど、あなたがシンフォニアに帰るとき、どうやって帰るつもり? 不法入国がばれたら重罪よ。まぁ、私にも責任の一端がないとはいえないから助けてあげるのは良いけれど……見返りに、掃除しなさい。」

一端どころか、少なくとも半分は自分の責任のくせに、いけしゃあしゃあと言ってのける。

ぐっ、と返答に詰まったアランは、ああーっ! と髪をぐしゃぐしゃすると、

「わかったよっ! 掃除用具はどこだっ!?」

「あら、扱いやすい子」

「今、なんつった!?」

「ホホホ、やぁね。なにも言ってないわよ」

本当にホホホって笑う人いるんだ、とどうでも良いことにライルが驚愕していると、ジュディさんはくるりとライル……正確にはルナの方を向く。

「でも、残念ねー。燃えちゃったなら、あの証拠は無効ってことで」

「ちょっとっ! でも、確かにあれは……」

「ん〜、私が確認できなきゃ意味がないしねぇ。それに比べて、アレンくんの方は、まぁ倫理的にどうかと思うけど、これ以上ないくらいの証拠だし」

「ぐっ……」

ルナがうなだれる。

「じゃあ、俺の勝ちか!?」

「んー、でも最初にゴールしたのはルナさんだし」

「証拠なかったらゴールじゃないんだろ!?」

「そうねー」

ジュディさんはうーん、と悩む。

「ちょっと、アレン。あんた、私たちとの戦いに思いっきり負けたくせに。男としてのプライドってのはないの?」

「これが、勝負に負けて試合に勝ったってやつだ。ふふん、どっちにしろ、勝ちは勝ち。プライドと実利を秤にかければ、実利が勝つってのが世の常よ」

「うわ、本当に男らしくない。しかも、アレンの癖に難しいこと言ってる」

「くせにとはなんだ、くせに、とは。いじめか、こら」

言葉では起こりながらも、巻き起こるニヤニヤは収まらないようで、アレンは笑いっぱなしだ。

「くっ、ふ、不覚だわ……」

「ふふふ……最後の最後でぬかったな、ルナ」

「あら、アレンくん、負けたの?」

ジュディさんは、不思議そうに尋ねる。

「え、いや。でも試合には勝った……」

「負けたんですか?」

「う……いや、はい。でも、ライルとルナの二人がかりだったし……」

「うーん、言い訳がましいわねぇ。こんな男らしくない子は、やっぱり卒業させちゃいけないかもしれないわねぇ」

「ちょっ!?」

ジュディさんの言葉に、アレンが悲鳴を上げかける。

「じゃあ、私が!?」

「ん〜、この際どっちももう一年この学園に通った方が良いと思わない? 最初は、そういう予定だったんだし」

ルナとアレンが声鳴き悲鳴を上げる。

あちゃあ、とライルとクリスは顔を見合わせた。

ちなみに、アランは一心不乱に掃除に集中している。最初は愚痴っていたくせに、この献身っぷり。根っからの下僕体質であった。

「ふふ……いや? なら、今度は南の国、オーシアンのラグナロク学園に……」

「こらこら。そろそろ約束の時間だよ、ジュディ」

ぱんぱん、と手を叩きながら話すその声に、ライルたちは振り向いた。

「……王様?」

「あ、国王のオッサンじゃない。まだ帰ってなかったの?」

相変わらず歯に衣着せぬ言い方をするルナに、ライルたちは冷や冷やする。

「君は……ああ、さっきの子か。察するに、君が例の『卒業できない』ルナちゃんかい?」

「卒業できない言うな!」

「冗談だよ」

優しげな笑みを浮かべるオーギュスト王。

「ジュディの言う事なら、気にしなくても大丈夫だよ。昔から、そうやって気に入った子には色んな試練を課すのが趣味なんだから」

「オーちゃん。人聞きの悪いこと言わないでくれる?」

『オーちゃん?』

親しげ、というか、適当な呼び名に、全員が訝しげに繰り返した。

「彼女とは古い馴染みでね。それよりジュディ。いい加減、意地悪は止めて上げなさい」

「ふん、これからもうちょっと楽しませてもらう予定だったのに」

面白くない、と言いながら、ジュディさんは割りとあっさりと四本の筒をライルたちに投げて寄越す。

「卒業、おめでとう。あなたたちは、私が持った生徒の中で、一番派手で、一番不良で、一番手がかかって、でも、とびっきり優秀……」

ジュディさんの目が泳ぐ。正確には、ルナとアレンから視線を逸らす。

「ごく一部に関しては、本当に優秀な生徒だったわよね?」

「いや、私に同意を求められても」

一国の国王が、困った顔になる。

「とにかく、卒業おめでとう」

「最後の最後まで、馬鹿にされている気がする……」

「まあ、いいじゃない。とりあえず、面倒ごとがなくなりそうで。オーギュスト王には感謝しないとね」

微妙な表情のライルに、クリスがフォローを入れる。

「クリス王子、ご卒業おめでとうございます」

「ええ」

クリスは、一応アルヴィニア王国からの外交官でもある。同じ王族でもあるし、国王と面識があるのだろう。

「あ、そうだ。あなたたち。ダンスパーティにはちゃんと参加しなさいよ? オーちゃんに無理言って、お城のパーティ会場押さえたんだから」

「本当に、君は昔から無理しか言わないな……。この時期、城の方でも色々とパーティーはあるんだが」

「気にしない気にしない。ライルくんたちは、この学園のムードメーカーなんだから、いないと場が盛り上がらないのよ? ちゃんと来てよね」

はーい、と精魂尽き果てた返事を返しながら、ライルたちは学園長室を後にするのだった。

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