太陽がようやく本調子になり始めた頃――大体、午前十時くらい――ボコり合っていた四人も、ようやくある事実に気がついた。

「……って! 急がないと卒業式終わっちゃうよ!?」

と、いうかもう始まっているだろう。今頃は来賓のありがたくもない話を聞かされている頃か。予定ならば、十一時には卒業証書の授与が始まる。

初等部のように一人一人に手渡すわけではないし、ジュディ学園長が指定したのは『卒業式の日までに』だ。卒業式自体に出られなくとも問題はない。

ただ、さすがに学園生活最後の式典を逃すのは、少々惜しい。

「っしゃ! 学園に走りながらやりあうぞっ!」

「望むところよっ!」

突拍子もないことを言い出したアレンが、離れた所でぼけーっと成り行きを見守っていたアランをひょい、と掴み、ルナはライルの背中にドッキング。疾走体勢を整えた。

「待て、俺を巻き込む……なぁああああああああ!!?」

猛然と抗議しようとしたアランだが、殆ど盾同然にルナが放った魔法の前に立たされ、その抗議も空しく悲鳴へと成り代わっていくのだった。

 

第191話「ゴール」

 

「シルフィリア様……人間って、なんなんでしょうか」

アランに憑いている火の精霊、フィオは、アランに加護を送りながらも、心底呆れながら四人(+自分のマスター)の狂態を見守っていた。

「あの連中を、人間のサンプルに選ぶのは、人類に対する挑戦としか思えないけどね」

フィオの隣で、同じく我関せずとばかりに観戦しているシルフィは、そう返す。

実際、異様な光景であった。

とんでもないスピードで走りながら、時々拳を交差させ、攻性魔法をぶつけ合う。特にライルとルナは、まさに人馬一体……いや、人魔一体? みたいな感じで、実に隙のないコンビネーションを見せている。

時々、ライルの髪の毛が焦げたりするのはご愛嬌だろう。多分。

「でも、そろそろ学園に着くのよね。あのまま、街に入るのかしら」

「……洒落にならない騒ぎになるんじゃないですか?」

シルフィのあっけらかんとした予想に、フィオは冷や汗を流す。

「そぉね。下手しなくても、官憲が飛んでくるわよね」

「まずいじゃないですかっ!」

主が牢獄に入れられでもしたら、契約した者としてすごく情けない。

「大丈夫よぉ。学園の敷地に入っちゃえば、『あー、またあそこの学生かー』で済むから」

「どういう生活してきたんですか、シルフィリア様の契約主は……」

うーん、とシルフィは悩んでから、そろそろ吹っ切れた感のある調子はずれな笑いを浮かべながら、拳を振るうライルを指差した。

「あんな感じね」

「あんな感じ、ですか……」

顔を引き攣らせたフィオは深々とため息をついた。

自分のマスターも、その妹も、随分な変わり者だと思っていたが……世の中には、上には上がいるらしい。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとルナ!? 街に入っちゃったよ!?」

接近してきたアレンを蹴りで追い払いながら、ライルは背中のルナに叫んだ。

「わかってるわよ。回りに被害は出さないようにするから、安心しなさい」

安心できない。まったく安心できない。なにせ、ルナは、ルナであるが故。

簡単に言うと、ヒートアップすると、あっさり周りが見えなくなってしまうのだ。

「あ、アレン!? と、とりあえず学園の敷地内まで!」

門からヴァルハラ学園までは、割と近くだ。とりあえず、近隣住民に見咎められる前に、逃げ込まなくてはならない。

「ん? おうっ! 俺達の最終決戦に相応しい場所に移動だな!」

「いや、その言い回しは恥ずかしいから……あと、学園が相応しい最終決戦ってのもどうなんだろう」

ライルは、その微妙な言葉に頭を悩ませるが、実際学園が最終決戦に相応しいという部分には同意するしかない。

しかし、卒業式のその日にこんな盛大な喧嘩をするというのも、変な話である。一体どこで道を踏み外したのだろう。

「……ルナと再会したときかな」

「あによ?」

突然名前を呼ばれたルナは、不思議そうに尋ねた。

「なんでもない……」

そうすると、自分は随分と最初期から変な道に踏み込んでしまっていたようだ。今更と言えば今更すぎるが……。もし、ルナと会ってなかったらもうちょっと平穏な生活を遅れていたのだろうか。

(や〜、それは無理だったと思うけどねー)

(……シルフィ。勝手に人の頭の中に割り込んでくるな)

(いや〜、だってさぁ。仮にルナがこの学園にいなくても、マスターの運なら、辿った道は今と大して変わらなかったと思うわよ?)

納得のいかない評価に、ライルは頭の中で猛然と抗議した。

(待て待て待て。今までの騒動は、全部僕の不運のせいだったとでも言うつもりか?)

(別に『不』運とは言ってないわよ。なんていうか、そういう星の元? に生まれついたみたいな。そんな人種って時々いるのよね。特に、人とちょっと違う力持ってたりすると、余計に)

と、いうことは、とライルは頭をめぐらせる。

(お前のせいかーー!?)

(や、私のせいにされても困るけど)

ライルの持っている『人と違う力』などというと、シルフィくらいしか思いつかない。

(どっちかというと、私も『引っ掛けられた』側だと思うけど……。まあ、気にしないで。今のは単なる私の予想だから)

(……なんか気分が重くなってきた)

シルフィの予想が当たっているとすれば、この先もライルには平穏な生活というのはありえないということになってしまう。

「なにブツブツ話してるのよ?」

「なんでもない……」

(ていうか、シルフィ。お前の言う『そういう星の元』に生まれついたのって、ルナじゃないのか?)

(違うわよー。ルナは、騒動を拡大させる人種ではあっても、騒動を引き寄せる人種ではないしねー)

(ルナと三年も付き合っておいて、そんな台詞が吐けるなんて、お前も大物だな)

むしろ、ルナが騒動を引き寄せなかったことがあろうか、いやない。

(まー、どう思おうとマスターの勝手だけどね。実際、どっちがどっちでも、マスターの現状になんにも変化を与えないんだから)

(……いや、そうなんだけどね)

言われてみれば、確かに空しい想像であった。

「ライル、戦闘準備よっ」

ルナが叫ぶ。

そろそろ学園の門も近い。既に先行していたアレンとクリスは、学園の敷地内に入ってしまっている。

最後のぶつかり合いだ。仕方なく、ぎゅっ、と拳を握り締める。

考えてみれば、先着一名なのだから、そのままライルたちを無視して学園長の前に突貫すれば、それで勝負は決まるような気がするのだが、変なところで律儀なアレンはちゃんと待っていた。

「来いっ、ライル!」

アレンの拳がなんか光っている。渾身の気力を込めた一撃なのだろう。

あれで殴られたら下手したら死ぬなぁ、なんて頭のどこかで冷静な判断を下すも、突然止まることは出来ない。

「って、どうしたらいいんだお。絶対負けるよ、あれ」

気功術の腕で言えば、ライルはアレンに遠く及ばない。体術自体はライルが上でも、あんな拳圧だけでも吹っ飛ばされそうな暴風みたいな拳を避ける自信はない。

「ライル、そのまんまの勢いでパンチぶち当ててやりなさい」

「ええっ!?」

「私がフォローしてやるから」

どんな恐ろしいフォローをしてくれるのか、聞くのも怖かった。背中にルナがいることも避けられない理由の一つなのだが、かといって、ルナを降ろしてもその隙を付かれてしまうだろう。

「ええい、もうどうにでもなれーーー!」

拳を振り上げると、ぎゅるぎゅると炎の帯がライルの拳を包む。

ファイア・エンチャント。武具などに魔力を付与することで、劇的に攻撃力を上げる魔法だ。

地味ながらも、割と汎用性が高く、実用的な魔法だが、直接攻撃魔法を偏愛しているルナはこの手の補助魔法は殆ど身に着けていなかった。

しかも、エンチャント系は、自分にかけるより他人にかける方がはるかに難度は高い。それなりに、修行したのだろう。

ああ、ルナ……君も、少しはチームワークというものを覚えたんだね? とライルは感動した。

「ちょっ!? お前ら、それズルっ……」

簡単に言えば、現在のライルの拳は、そのままルナの魔法の威力がプラスされている。さしものアレンのオーラパンチ(適当)とは言え、分が悪い。

しかし、振り上げた拳を収めて逃げるという選択肢はアレンにはない。

「く、くらえぇえええ!?」

負けると分かっていても、渾身の力で拳を振り抜き、

「っっっはぁっ!」

ライルの拳と激突。盛大な爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

「……けほっ」

巻きあがった砂埃が口に入り、ライルは軽くせきをする。

「えーっと」

ライルは自分のパンチが起こした惨状に、目をパチクリさせた。

ライルの立っている場所から、放射線状に地面が焼け焦げている。まだブスブスと煙が上がっており、暑苦しいことこの上ない。

その焦げた地面に、アレンがうつぶせに倒れていた。

「えっと、大丈夫?」

「ぐ、だい、丈夫に、見えるか?」

「ああ、はいはい。動かない動かない」

後ろで傍観していたクリスが、アレンの様態を見にかかる。

「うーん、全治三十分だね」

「……微妙に重傷だね」

「微妙にね」

アレンにとっては充分すぎるほどの重傷であった。

「で、どうすんの? クリス。あんたも私たちを止める?」

アレンを倒したルナは、次なる敵とクリスを認識した。

しかし、クリスのほうは肩をすくめて、

「まさか。一人で君達二人に刃向かおうなんて考えないよ。さっきのユニゾン・フレイム・パンチ(超適当)を食らったら、僕じゃあ全治三十分じゃ済まない。ま、アレンにはフィレア姉さんに怒られてもらうとするさ」

「あっそ。じゃあライル、学園長の所に行きましょうか」

今頃、みんなは体育館で卒業式の真っ最中であろう。がやがやと体育館が煩いのは、今の戦いの音が聞こえたせいだろうか。

「ああ、うん。やっと終わったんだね。なんか凄く疲れたよ」

「なに言ってるの。卒業生は、この後ダンスパーティよ? ちゃんと参加すんだから」

「ええっ!? ほとんど寝てないのに!?」

「式が終わった後、寝りゃ良いじゃない。始まるのは夜からだし」

「あー、はいはい。わかったよ」

ライルとて、別に参加するに吝かではない。今日で、もう二度と会わない同級生も少なくないだろうし。

「ていうか、そろそろ降りてよ」

はた、と気付いてライルは背中のルナを離す。いい加減、走る必要もないので、背負う必要もまたない。

「なによ、楽だったのに」

「その楽の分、僕が苦労してるんだからね……」

さっきのアレンとのぶつかり合いで、痛んだ身体に鞭打って歩く。競り勝ちはしたものの、なんだかんだでダメージは大きい。

「ところでルナ」

「ん?」

「さっきの魔法、すごいじゃないか。やっと、補助にも手を出す気になったんだね。これなら、僕も安心だよ」

「ああ」

うん、とルナは頷いた。

「あんた達へのツッコミ用に覚えたんだけど、意外なところで役に立ったわね」

「……へ?」

「私の世界を狙えるコークスクリューを、世界を狙える炎のコークスクリューにしようと思って覚えたんだけど……って、どうしたのよ」

「いや、ちょっとでも感心した僕が馬鹿だった……」

うなだれるライル。

そんなライルを、頭上からシルフィは呆れたように見ていた。

(別に自分が使う用なら、あそこまで錬度高める必要はないんだけどね〜)

そうは思っても、シルフィはライルにそれを教えることはない。

ルナみたいな女の子と付き合っていく以上、それくらいは自然に察することが出来ないといけないが、それを教えるのはシルフィとしては癪だ。

しかし、とりあえずアドバイスくらいはしておこう。そう思い、シルフィは話しかける。

(マスター)

(なんだよ)

(男は度胸と甲斐性よ?)

(……わけわからん)

まぁ、あまり実のあるアドバイスではなかったが。

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