例えて言うなれば、それはロケットエンジンを人体に括りつけるが如き蛮行であった。この世界にロケットなんぞないが。

「ぃぃぃああああぁぁぁぁぁーー!!?」

身一つでドップラー効果を生み出すという、ドップラーさんも仰天の変態技を繰り出しているのは、最近とみに若ハゲを真剣に心配し始めているライルであった。

「ほらほら、マスターっ! もっと風と一体になりなさい! 風だー、お前は風になるのどぅわー」

「おっ、まっ、えっ、は! いいよな実体ないんだからっ!」

ライルの頭に捕まって、さながら馬を操る騎手のように髪の毛を右左に操っているシルフィに、ライルは律儀にツッコミをした。足が昔の漫画っぽく、ぐるぐるの渦巻きみたいになっている時でも、ツッコミの精神を忘れないのがライルクオリティである。

「ほら、がんばんなさいライル。あと、落としたらコロス」

やる気のない応援の声を入れるのはライルの背にいるルナであった。

彼女は、ライルが防風壁になっているお陰で、あまり身体に負荷はかかっていない。背後にジョイントされているウインドブースターの効果(背後への噴射風による速度爆アップ)は、施術者にしか効かないので、ルナが感じるのは頬を撫でる風のみだ。

ただし、ライルがルナを支える手を離せば、どうなるかは想像に難くない。

地面に叩きつけられ、慣性の法則に従い地面を滑った挙句、ウインドブースターの噴射風に巻き込まれメタメタにされるだろう。命があるかどうかも怪しい。というか、ない。

ここで、論理的矛盾が存在する。ルナは、落としたら殺すといいながら、落とされたらその当のルナの命がないのだ。まあ、彼女であれば、自分が死んでも幽霊になって祟り殺しそうな気もするが。

閑話休題。

「さぁー! アレン達が見えて来たわよー!!」

とりあえず、追いついたっぽい。

 

第190話「決戦開始」

 

「おー、さすがに早いわねー。もう追いついたわ」

ライルに魔法をかけ、現在の限界突破なスピードを強要している張本人であるシルフィは、まるで他人事のようにカラカラと笑った。

「さあ、マスターっ! そのまま追い抜いてしまいなさい!」

言われなくても、自分の意志で止まれないライルは、そのまま追い抜いてしまうことであろう。

風圧でかすんだ眼にも、しっかりと見慣れた二人の背中と、もう一人、拉致られた犠牲者の姿が見える。

どんどん近付いていく三人は、ズギャーン! と後ろから響いてくる怪音に何事かと振り向いて、顔を引き攣らせた。

「ら、ライルッ!?」

ライルに聞こえるわけではないが、そう叫んだようだ。若干、恐怖の色が混じっている。今にも死にそうな形相で、追いすがっていくその姿を恐れたのだろう。

「どっ、どいてええええええええ!!?」

ウインドスラスターは、あくまで姿勢制御であって、進行方向を調整するようなことは出来ない。この魔法は、あくまで目的地に向けて一直線に爆進ためのものなのだ。ちょっと曲がろうとした瞬間、背中にかかる圧力のせいでこけることからそれが窺える。

そして、進路上になにかものがあれば、それが木だろうが建物だろうが人だろうが、そのままぶち抜いていく、

だからこそ、ライルは警告のため叫んだのだが、悲しいかな、その声が届く頃にはもう手遅れである、

「ぶげらっ!?」

慌てて散開しようとしたアレンとクリスだが、あまりのスピードに回避運動が間に合わない。アレンは左半身を轢かれ、きりもみ回転しながら吹っ飛んでいく。彼に担がれているアランも同様だ。

クリスはクリスで、なんとか避けることは出来たものの、ライルの通り抜けた後の突風にあおられて、服がバタバタ言っている。というか、なんで咄嗟にスカートを抑える仕草をしているのだろう、この男は。なんか、慣れているとしか思えない動作だったが。

まぁ、とりあえず、この三人は心配するだけ無駄だろう。

そう判断し、もういい、折角だからこのまま行っちゃえ、とそろそろ浮かんできた涙もそのままに、ライルが必死の足の前後運動を再開しようとしたそのとき

「止まれ!」

「はっ!? え、ええええええええええええ!?」

ぐいっ、とルナがライルの首を絞めた。

別に呼吸を止められたわけではないが、ルナの命令に反射的に従ってしまったライルは、自分の限界以上のスピードを落とすため、思いっきりブレーキをかける。当然、足にかかる負担は尋常ではない。思わずたたらを踏んでしまう。

運の悪いことに、ライルが勢いを止めるために踏み出した足の先には、でっぱりがあった。これは、地面に埋まった巨大な岩の一部であることを、ライルは知らないが、全身で理解する羽目になる。

つまり、

「うぉ」

躓いた。

「だああああああ!!?」

ウインドブースターは、あくまで背中を押すタイプの移動魔法であって、進行方向へのベクトルを保持するような機能は存在しない。姿勢制御のウインドスラスターも、あくまで微調整しか効かない。

結果。ライルは地面に押し付けられながらぎゃりぎゃりぎゃり、と削岩機っぽい音を立てつつ、転がることとなった。

こりゃヤベェ、と思ったシルフィが魔法を解除するまでコンマ数秒。

その頃には、ズタボロになったライルが転がっていた。それでも、背中のルナは掠り傷一つ負わないよう守っているのは、類稀なるフェミニスト魂からだろうか、それとも染み付いた下僕根性からだろうか。

「後者ね」

地の文に返答を返すという、すでにメインキャラのデフォルトスキルになりつつある技を披露したルナは、服に付いた埃をぽんぽんと払いながら立ち上がる。

「ぜ、前者だよ……」

と、前回り受身を取ったお陰で無傷であるライルも、すでにメインキャラの(以下略)。

「ま、マスターごめーん」

さすがに、こんな結果を招くとは思っていなかったのか、魔法をかけたシルフィは気まずそうに退散した。

「な、なんだなんだ。おい、お前ら大丈夫か?」

さすがに心配したアレンが、慌ててコチラに駆け寄ってくる。

すると、ルナの瞳が鷹のように鋭くなり、カウンターっぽく無数のファイヤーボールを放った。

「アランバリアー!」

しかし、それは予測していたらしいアレンは、慌てず騒がず名前が自分に似ている人を盾にする。

「おいおい、折角心配してやったのに、なんだこの対応は」

「ふっ、戦場で敵の心配とは、愚かの極みね」

いつからここは戦場になったんだ、オイ。というライルの至極もっともなツッコミは、当然のようにスルーされる。そろそろライルも、常識からの意見というものは基本的に無視されると言う事に気がついたのか、ハブされても気にしない。

「と、いうのは冗談でね。実際、敵同士でしょ、私達は。あと、さっきそっちのヘタレには私の渾身の魔法防がれて、プライドブレイクされちゃったしねぇ」

俺ですかっ!? と、いわれのない敵意を受けて、アランが泣きそうになる。いや、実際泣いて良いぞ、お前。

「というわけで、ここでサクサク決着つけちゃいましょうか。今頃、みんな卒業式しているころだし、完膚なきまでの勝利者として凱旋してやるわ」

そういえば、今日卒業式だったんだなぁ、とあまりにいつもどおりにドタバタで忘れていた事実を思い出すライル。

結局、学園生活でちっとも成長しなかったというか、まったくいらん方向へ成長してしまったというか……

「へっ、まあいいか。結局、機会がなくて、お前らとマジでやりあうことはなかったしな。ルナ、今回は俺もただ吹っ飛ばされるだけじゃねぇぞ」

「上等よ」

血の気の多い二人が勝手に盛り上がる中、血の気薄い組のライルとクリスは、諦めたようにため息を付き合っていた。

「ふぅ……(ここで盛り上がらないから、僕は地味なんだろうか)」

「ふぅ……(盛り上がったら盛り上がったで、なんか大切なものをなくしそうな気がするけどね)」

すでにため息だけで意思疎通が出来るようになった二人である。

「さぁ、いくわよライル! キル・ゼム・オール!」

「いやいやいや、物騒すぎだからねそれ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……なにやってんだコイツら)

それが、アランの率直な感想であった。

ヒートアップする四人についていけず、こそこそと退散したのだが……なんていうか、もうすごかった。

さすがに真剣は危ないので、ライルとアレンは素手で殴り合っているし、ルナもクリスも致死性の高い魔法は自重してはいるが……完全に、マジの戦いであった。最初は気が進まない様子だったライルやクリスも、始まってからはもうノリノリである。

「はっ!」

短い呼気と共に、ライルの正拳突きがアレンの胸元に叩き込まれる。一体、如何なる打ち方をしているのか、それであっさりアレンの巨体は吹っ飛ばされた。

「へっ、なかなかやるなっ!」

あっさり受身をとったアレンは、すぐさま反撃に移る。

アレンの巨体にものを言わせた豪拳をライルは確実に捌き、要所要所でカウンターを食らわせていく。傍目からはライルが圧倒しているように見えるが、しかしアレンの攻撃は受けるだけでも確実にダメージが蓄積される。条件はほぼ五分だった。

と、すると、二人それぞれの後ろから飛んでくる援護の魔法が鍵となる。

「『フローズン・バインド!』」

クリスから飛んできたのは、動きを止める、氷系の束縛魔法。

ライルの足を、氷が取り囲み、地面に縫い付ける。

「もらっ……!」

がくん、と体勢が崩れたライルを、アレンの拳が捕らえる。アレンの一撃は強力だ。マトモに食らえば、ひとたまりもない。

慌てて避けようとするライルだが、氷から抜け出せずただ防御を固めることしか出来ない。

「このっ、溶けろ!」

アレンの一撃が当たるか当たらないか、というタイミングで、ルナからの援護が来た。

ただ、炎を叩きつけるだけのなんの策もない魔法。しかし、それは確実にライルを縛っていた氷の枷を取り払い……

『ぅわっちぃぃぃぃ!!?』

ライルとアレンの服を燃やした。それはもう、景気よく。

二人してごろごろ地面を転がり、火を消す。ライルは危機は脱したが、代償として服が焼け焦げる羽目になった。

「なにすんだよっ!?」

「ごめーん! バインドの氷だけ溶かすつもりだったんだけどー!」

咄嗟に放ったため、細かいコントロールが効かなかったらしい。

気をつけてよ、もう。とブチブチライルは文句を言いながら、立ち上がったアレンに向き直る。

「さあ、第二ランドだぜ」

「……どこの土地だよ」

アレンの堂々たる間違いを、後ろのクリスが『ラウンド、ラウンド』とフォローする。

「ぐっ、どっちでもいいんだよんなことは!」

「逆ギレしないでよ!」

やけになったアレンとライルが、空中で交差する。こう、決闘っぽく。

そして、着地。

「うっ!?」

ライルが膝をつく。

「やった!」

その様子に、クリスが小さくガッツポーズ。

しかし、直後、アレンの巨体がずーん、と地面に倒れこんだ。

「アレン!?」

「や、やるじゃないか、ライル」

ぐぐぐ、と足に来ていることをアピールしつつ、アレンがなんとか立ち上がる。

「アレンこそ」

やはり足に来ているライルが、強がりの笑みを浮かべながら、アレンと相対した。

それを見ていたルナとクリスも、面白くなってきたぜと言わんばかりににやりと笑ってみせる。

「……あー」

完全に蚊帳の外に置かれたアランは、ぼりぼりと頭をかいた。

「なにやってんだ……コイツら」

二度口にするものの、疑問の回答は出てこない。きっと、本人達ですらわかっていないだろう。

アランに出来ることは、巻き添えにならないよう避難して、とっとと終わりやがれコノヤロウ、と心の中で罵倒することだけであった。

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