「にしても、考えたわね。アランの学生証持ってくなんて」

「ま、冒険者になるからには、色々臨機応変に対応できるようにならないとね」

少し得意げな顔になったライルは、フフン、と笑ってみせた。

ユグドラシル学園に行った証として、そこの生徒の学生証を持っていく、というのは、アレンたちが取ったように、生徒を拉致するという手段よりよっぽどスマートで合理的だ。

「しかも、向こうは丸々一人分荷物が増えている。追いつくのは難しくなくなったよ。クリスなんか、そんなに体力ないしね」

来た時に通った魔物が沢山いる森を突っ切る。一度通ったことと、日が昇ったことで、この森を抜けるのもそう時間はかからない。

「うしっ! 勝機は我らにありってことねっ! さぁ、走りなさいライル! 馬車馬のように!」

ルナは、命じながら、横合いから襲い掛かってきた狼のモンスターを吹っ飛ばす。間近で炸裂する爆風と熱に身体を煽られながら、ライルは足に力を込めた。

「りょ、了解!」

いつ、その爆発の余波が自分を巻き込むのか分からないというデンジャラスな状況。

ユグドラシル学園で、少し休憩を取ったので、身体の方は結構元気だが、精神の方が先にへばってしまいそうになるライルであった。

 

第189話「二組の風景」

 

「……で、なーんで、俺が簀巻きにされてんのか、そろそろ説明してくれても良いんじゃないか?」

憮然とした表情で、アランが地面に座り込んでいた。当然のように、縄でぐるぐる巻きである。

「んっ、ガッ。そりゃあ。むぐむぐ……俺の、ぷっはぁ。卒業が……保存食のわりにうまいなこれ」

「全力で食ってんじゃねぇ!」

現在、一向は休憩中である。アレンとて、無尽蔵の体力を持っているわけではない。そも、燃費が非常に悪い彼は、飯を食わないとロクに動けやしないのだ。

先程のルナたちとの小競り合いで、自分達がけっこう先行していることがわかり、こうして余裕を持つこともできたのである。

「ああ、ご飯食べてるときのアレンは、人の話なんて聞かないよ」

「……じゃあ、お前の口から説明してもらおうか? つーか、縄外せ。もう逃げやしないから」

というか、逃げたところで、アランはここからユグドラシル学園まで、無事に帰ることのできる自信がない。担がれて運ばれたせいで、ここがどこなのかすらわからないし、一銭もない身では食料調達だけでも一苦労だ。野垂れ死ぬ可能性は決して低くない。

「いや、ま。そのほうが雰囲気出るし、そのままでいいんじゃない?」

「なんの雰囲気だよっ!?」

「いや、ほら……拉致誘拐気分?」

「ふっざけんなぁ!」

冗談も通じないのかい? と、クリスは呆れたようにため息をつくが、この状況で冗談を聞き入れるほどの心の余裕を持つ方が無理というものである。さっさとしろ、と視線で圧力をかけると、なんとかクリスは動き始めた。

「ったく」

渋々ながらも縄を解いてもらい、やっとアランは一息つくことが出来た。ぐっ、と背を伸ばし、不自然な体勢で凝り固まった身体をほぐす。

「んで? 俺が連れてこられた理由は? 言っとくけど、あまりに馬鹿げた理由なら、俺は暴れるぞ」

「君程度が暴れても、とっとと取り押さえて終わりだと思うけど」

「ぐっ……」

火系の魔法は得意ではあるのだが、実戦慣れしていないせいで発動までに時間がかかる。そして、身体能力は自他共に認める貧弱くん。それも当たり前である。

まぁ、それ以前に、彼がヘタレだというのがなによりの理由ではあるが。

「まぁ、理由をぶっちゃけちゃうとね。アレンの卒業のためだよ?」

「は?」

「いや、ヴァルハラ学園で卒業試験なるものがあってね。アレン、不合格になっちゃったんだよねぇ。で、学園長が卒業の条件として、ユグドラシル学園まで行って、卒業式までに帰ってくるって言う試験を課したんだよ」

「……どーゆー試験だ」

「さあ? 学園長、時々脊髄反射で変なこと言い出すからね。……あー、時々、じゃないか」

今まで押し付けられた難問奇問を思い返し、クリスはずーん、と暗い顔になる。死にそうになったことも、二度や三度ではない。まあ、命の危険があったのは学園長の意図とは微妙に違っていたが。

そうなると、学園長が悪いのかそれとも自分達の運が悪いのか、微妙に判断がつかない。しかし、後者であるのなら、もしや卒業後も色々なハプニングに巻き込まれるということだろうか。

「……やめよう。この考えは鬱になる」

「なに絶望しているのかは知らんが、それでどうして俺が拉致られなきゃならんのだ」

「あ、それは簡単。ユグドラシル学園に行ったっていう証明が必要だろう?」

と、クリスはアランを指差した。意味の分からない様子のアランだったが、徐々に理解していき、

「お、俺が証明!?」

「あー、うん。できれば、もうちょっとコンパクトで運びやすくてうるさくないのがよかったんだけど」

「か、勝手な事を……大体、探せばもっと適当なのがあったろ。なんでわざわざ俺なんだ」

「いや、単に時間が惜しかっただけ」

がく、とアランは膝をついた。

「た、頼むから、大した理由もなく、俺をお前らのオモシロ学園生活に巻き込まんでくれ」

「大丈夫。これがうまくいけば卒業だから、学園生活には巻き込まないよ」

「“には”ってとこが引っかかるんだが」

「深読みしすぎさ」

ははは、とクリスは胡散臭い笑いを浮かべる。誤魔化すつもり満々らしい。

別にクリスにそのつもりはないのだが、冒険者になる約二名はシンフォニア王国に行く機会もあるだろう。そうなった場合、その土地の知り合いが彼らの起こす騒動に巻き込まれるのは必然を通り越して……そう『お約束』である。

「そういえば、アランは卒業したらどうするの?」

「ん? 宮廷精霊術師だ」

「ああ、シンフォニアはそう呼ぶんだっけ」

宮廷魔術士なんて、大抵の国にある制度だが、精霊信仰の活発なシンフォニア王国では、他国より精霊魔法の腕前が求められる。そのため、少し名前が違っているのだろう。

「ま、俺なんてフィオがいるからなんとか選考にひっかかっただけで、実力的には宮廷入りなんてできないんだけどな」

「いいんじゃない? まだまだ伸びる余地はあるだろうし。それに、それを言うならアレンなんていきなり王室入りだよ? そっちに比べばマシさ」

「……待て。あいつ、そんなに出世すんのか?」

量の少ない保存食とは言え、既に十人前をぺろりと平らげたアレンを、アランがバケモノでも見るような目で見た。

「うちのフィレア姉さんと婚約してることは知ってるだろ? アルヴィニアにも色々あってね。時期王様候補だよ、アレンは」

「……もういい。お前らの変にスケールのデカイ世界に関わってると、頭がおかしくなりそうだ」

ふらふらとアランは首を振る。

「しかし、卒業できないような頭の悪い奴で大丈夫なのか?」

「頭が悪いとは失礼だな」

「やっと食い終わったか」

「ああ、ぜんぜん足りないけどな」

十五人前は食った口でそんなことを言われても、アランは反応に困る。

「あれ? でも、なんでライルたちと争ってたんだよ」

「ルナも俺と同じように不合格だったんだよ。で、ライルが手伝わされてな。しかも、先着一名しか卒業できねぇから、こうして対立してる」

「学園長も、そんな意地悪しなくてもいいのに」

はぁ、と重いため息をつく二人。

「で、俺は盾にされた、と」

「悪かったよ。……さて、そろそろ行くぞ」

「アレン、大丈夫? あんなに食べた後に」

食った直後に走ると、横っ腹が痛くなる。しかし、こと食に関して、アレンに心配なぞいらない。

「ん? なにがだ?」

「いや、一応聞いてみただけだけどね」

「変なヤツ」

変なのは貴様の胃袋だ、と突っ込みたいのを我慢して、クリスは走る用意をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「アレンとクリスはあそこ、と」

と、明け方の空を飛ぶ影が、上空からアレンたちを観察していた。

「……んで、マスターとルナはあっち、か」

その影――バレバレだがシルフィ――は、今度は地平線の辺りに見えるでっかい森を見る。

「割と離されてるわねぇ。迷子にでもなったのかしら」

別に、シルフィはルナを助けに来たわけではない。

ルナが卒業できまいと、一年彼女が冒険者になるのが遅れるだけだ。その間、別にライルとシルフィだけで冒険者稼業をやるのは難しくないだろう。一撃の威力には欠けるものの、基本的にライルはスタンドアロンで大抵の事態に対応できるタイプだし。

「とは、言ってもね」

確かに、この勝負に負けたってルナの命が取られるわけではないし、ルナの手助けをしてやる義理もない。

ただ、負けた場合、マスターであるライルへ八つ当たりが行くのは必然であるし、あまり一方的に勝負が決まってしまうのも面白くない。鑑賞しているシルフィが。そして、シルフィは面白くないのが大嫌いであった。

「あの学園長も面白いこと考えるけど、勝負を面白くするためのフォローが足りないわね」

そんなフォローは、ライルが全力で辞退するだろうが、なに、シルフィはそこらへんバレないようにやる。さりげなく手を貸すふりをして、二組をぶつける。それはきっととても面白いだろう。

うん、と満面の笑み(なんか不気味)でシルフィは頷いた。

「とりあえず、合流しましょか」

と呟くと、シルフィは風の勢いでライルたちの元に走った。

 

 

 

 

 

 

 

「なに、虫? 私の邪魔でもしに来たの?」

助けてあげるわっ! と登場したシルフィを迎えたのは、そんなルナの冷たい言葉だった。

まあ、普段のこの二人の仲の悪さを考えれば、当然の帰結である。

やっぱ助けるのやめようかなぁ、とシルフィが考えていると、ライルが必死な声でルナを呼んだ。

「と、とりあえず喧嘩は後っ! ルナ、魔法魔法――!!」

ルナを背負っているせいで両手を使えないライルが、蹴りだけでトカゲのモンスターとやりあっている。ドラゴンの劣化種かなんかだろうか。ただのモンスターにしてはやけに強い。

「おっと忘れてた」

ルナがごめんごめんと謝りながら手を前にやる。

「マスター。ここは私にお任せ」

「あっ、コラ!」

しかし、ルナが魔法をぶっ放す前に、シルフィがすいっと腕を動かし、ミニドラゴンたちを細切れにした。真空刃かなんかだろうか。

文句を言おうとしたルナも、あまりの手際のよさになにも言えないようだった。

「アレンたちは大分先行してるわよ。私の助けなしじゃあ、追いつけないと思うけど?」

「シルフィ……」

ライルの声に、シルフィはうんうんと頷く。

やっとマスターも私がいるありがたさをわかったようね、という気分であった。

「お前、なに企んでいる?」

「え、ええ!?」

「お前が、なんの見返りもなくルナの助けをするとは思えない」

モロバレだった。

「な、なにを言うのかしら、マスターったら」

じとーっと、疑いの目で見てくるライルの視線から露骨に逃れるシルフィ。

さすがに長い付き合いをしているわけではない。シルフィのしていることは、ライルには筒抜けだったようだ。

しかし、それは逆も言える。シルフィとて、このような場合、どうやって切り抜ければ良いのか、長い付き合いでよくわかっている。

「ええいっ! つべこべ言わず私の助けを受けなさいマスター!」

「はっ? いや、待てお前」

つまり、問答無用、強引に進めればなんとかなるという、ライルの優柔不断さをついた作戦である。

ガチャガチャ、とやけに機械っぽい音を立てて、ライルの背後……ルナのちょっと後ろ辺りに小さな魔法陣が五つほど出来上がる。

「な、なんだこれ!?」

あまりの物々しさに、ライルが顔を引き攣らせて疑問の言葉を発した。

「なにって、スピードが必要なんでしょ? だから、風を噴射して推進力をアップさせる魔法陣よ。メインのウインドブースターが三つ。姿勢制御用のウインドスラスターが二つ」

「初めて見るんですけど!?」

「そりゃそうよ。こんなん、長距離移動にしか使えない上に身体に負担大きいからね」

「今さらりと聞き捨てならないこと言わなかったかお前!?」

抗議の声を、シルフィは耳を塞いで流すと、指を突きつけた。

「ああ、つべこべうるさいっ! とっとと行ってきなさい!」

ゴー! とシルフィが叫ぶと同時、ライルの背面の五つの魔法陣(ブースター)が唸りを上げ、どんでもない量の風を吐き出した。

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」

こけないように、足を必死で動かすライル。なるほど身体に負担が大きいってのはこういうことかぁ、と身をもって体感している。

「おー」

「おー、じゃないいいいいいいいいいいいいい」

すぐ横を飛んでいるシルフィが、『うわー、マジですごい勢いだよ』という顔になっていると、ライルから全力のツッコミが返ってきた。

「うわーっ! 早いわね!」

「早いのよ!」

「早すぎだああああああ!!!」

ルナの感嘆の声と、シルフィの自慢げな声と、ライルの絶叫。

三つの声を反響させながら、一向はすごい勢いでアレンたちを追い上げるのだった。

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