「ぬぉおおおおおおおおおおお!」

夜を徹して走ってきたアレンは、深夜三時ごろシンフォニア王国はユグドラシル学園に辿り着いた。

アレンの背で眠っているクリスが目を覚ます。

「ふぁれ?」

「着いたああああああああああああ!!」

肩で息をしつつ、アレンがガッツポーズをする。

深夜だというのに、非常に近所迷惑である。

「着いた……の?」

「ああ! でも、のんびりしてる暇はないぞ。ここに来た、って証をもって、すぐ帰らなきゃなっ!」

と、そこではたと気がついた。

学園長が指定した条件は『シンフォニア王国のユグドラシル学園に行った証拠を持って来い』だ。

……一体、何が証拠になる?

「か、考えてなかった!」

ガーンッ! とアレンは打ちひしがれた。

そもそも、ただの学園であるここに、そうそう都合の良い証などあるはずがない。まさか、学園の名前が書かれた石版とか、この学園の象徴っぽい時計塔の鐘なんかを持って行くわけにもいくまい。

「ど、どうするんだよオイ!?」

「落ち着きなよ、アレン。ほら、びっくりして人が出てきちゃったじゃ……」

学園の敷地内にある寮の一室の窓から顔を出す人物に、アレンたちは心当たりがありまくった。

「うるせえ! 今何時だと思って……」

その人物は、あっけに取られた顔で、アレンたちを見つめるのだった。

 

第188話「炎の盾(笑)」

 

「いやぁ、アランが出てきてくれて助かったな」

「ほんとにね」

アレンとクリスは、ところどころ火傷を負いながらも、爽やかな笑顔を向け合った。

アレンの逞しい腕の中には、簀巻きにされて猿轡を付けられたユグドラシル学園生、アランがいた。アレンとクリス、二人がかりで襲われ、反撃するも、力及ばず囚われの身となってしまったのだ。

現在、すごい勢いでもごもごと文句を言いまくっている。まぁ当然の反応だろう。

アレンたちが選んだ選択肢はいたってシンプルだ。

持って帰るのに適当な”物“がないのならば”者“を持って帰ろう。

簡単に言うと、誘拐である。トンデモネェ連中だった。やっていることが、まるっきり山賊と変わらない。最初は説得をしようとしたが、最初っから最後まで嫌だと言い張ったアランに業を煮やし、手っ取り早い手段に出たのだった。

「ユグドラシル学園の卒業式は、なんでも一週間後だそうじゃないか。大人しく、僕達とローラント王国への卒業旅行に出かけないかい?」

「飯くらい奢ってやるぞー」

クリスとアレンの魅惑の説得にも、アランは断固とした態度(簀巻きのため、表に出すことは出来ないが)で首を振った。

当たり前の反応である。

しかし、その当たり前なんぞ、彼ら理不尽の権化の前にはまったく意味を為さない。一度、彼らと知り合ったのが運の尽きであった。

「さ、とっとと行くか。ルナたちと鉢合わせても面倒だしな」

「うん。この様子だと、ライルとルナはまだ来ていないみたいだし、先行してるよ。このまま卒業の権利を頂いていこう」

こくり、と二人は頷き合うと、転進してヴァルハラ学園に向けて走り始めた。

行きに比べ、丸々一人分の荷物が増えたので、のんびりしている暇はない。流石のアレンも、二人を抱えて走れるほどの体力は残っていなかった。

「つーわけで、クリス。帰りは自分で走ってくれ」

「ま、仕方ないね」

女装姿のクリスは、アランの反撃によって所々焼け焦げているドレスを脱ぎ捨てた。ぬぉっ!? と、アレンは反射的に目を逸らしてしまう。

しかし、その下から出てきた姿は、クリスの普段着。この上からドレスなんぞ着たら、着膨れするとか以前に下の服のラインが思いっきりでてしまいそうなのだが、そこはそれ、着こなしというやつらしい。

「さあ、行こうか……って、なに明後日の方向見てんの? そっちは、ローラントからまるで反対側なんだけど」

「な、なんでもないっ」

アレンは思いっきり否定して、迷いを振り切るように走り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、アレンたちが無事折り返し地点をクリアした頃、ライルとルナはやっとこさ例の森を抜けたところだった。

「ぬ、ぬかったわ。まさか森の中で迷うなんて……」

「いや、まあ当然のように予想できたことだったけどね……」

夜の森というのは真っ暗である。自分がどの方向に進んでいるのかどうかはおろか、目印となるものすらない。しかも、ひっきりなしに夜行性の魔物が襲い掛かってくるとなれば、迷子になるのは自明の理だった。

もし、ルナが『最終手段よっ! 上から道見てくるっ!』と、周りの木々に頭をぶつけながらも真上に飛行して、方向を見なければまだ迷っていただろう。

なにはともあれ、無事森を抜けたライルたちは、休んでいる暇はないとシンフォニアに向かって走る(主にライルが)。

「……見えたっ! あれ、シンフォニアよねっ!?」

「そ、それよりルナ。ぼ、僕はもう眠くて仕方ないんだけど……」

「ん? なら、気付けに一発いっとく?」

バチッ! とルナの指先に雷が弾けたのを見て、ライルはぶるぶると首を振った。ライルは競走馬ではないのだ。そんな鞭で叩かれても逆に遅くなってしまう。

「そ、それより!」

と、ライルは前方を指差した。

「あれ、もしかしなくてもアレンたちじゃないの?」

「なんですって!?」

と、ルナがライルが指差している方向を見ると、確かにアレンとクリスがいた。なにやら、アレンのほうは大きな荷物(?)を背負っているのが気になるといえば気になるが……

「先手必勝ォ! 『ファイヤーボール』十連!!」

と、その言葉どおり、一抱えはありそうな火の弾が十個、とんでもない勢いですっ飛んでいく。

ルナが魔法を放つかどうか、くらいのタイミングでライルたちとの遭遇に気がついたアレンとクリスは、うげっ、と顔を引き攣らせた。

「くっ!」

アレンは腰の剣を抜いて弾こうとするが、背中に背負ったアランが邪魔で抜くことが出来ない。

そこでアレンは、なにを血迷ったかアランを盾として自分の前に置いた。

「ふぐぉ!?」

ファイヤーボールの直撃を受け、アランが叫ぶ。

「あ、アレン……さ、さすがにそれは」

「し、しまった、思わず……。だ、大丈夫か?」

恐る恐る、アランに尋ねるアレン。

猿轡が焼け落ちたアランは、ちょっと涙目になりながら猛烈に抗議した。

「大丈夫なわけないだろうがああああああああああ!!!」

「あ、なんだ。割と平気っぽいな」

実際、彼を縛っている縄は焼けていない。

「あれだね。彼、火属性精霊と契約してるからね。僕らには見えないけど、護ってるんじゃないかな」

「……なるほど。これは、ルナとやりあうのに、いい防具が手に入ったな」

「ちょ、ちょっと待てお前ら。俺が契約してるフィオは、ライルのみたく高位の精霊ってわけじゃあ……」

アランは、続く台詞を言う事は出来なかった。

ムキになったルナのファイヤーボールが続けて二十個以上飛んでくる。

「さあ、気張って行こうか! 強行突破だぁっ!!」

「ぃぃぃややあああああぁぁぁぁあ!!?」

アレンは、アランを前方に展開しつつ、全速力で走る。

一応、少しでもアランに行く火球を減らそうとルートを選んではいるが、強引に過ぎるやり方であった。

「る、ルナ!? なんか、突っ込んでくるよっ!?」

「くっ、あれって、確かアランだっけ? なんであんな耐性あんのよっ」

「ん〜、アランは火系に関しては天才だったからなぁ。フィオっていう火精霊も付いているし」

ヘタレだけど、とライルは心の中だけで繰り返す。

それにしても、久々の登場だというのに、なんというかご愁傷様というか、とことんいじめられるキャラらしい。

「くっ、このまま行かせてなるもんですかっ」

「いや、行かせてあげようよ。さすがに、かわいそう過ぎる」

「さあ、いくわよおおおお!」

なんとなく、宿命の対決っぽく、アレン(&アラン)とルナはぶつかり合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……この借りは、いつか返すわよ」

結局、ルナはアレンたちを見送る他なかった。

ここでガチバトルに突入しては、最悪二人とも卒業式に間に合わないし、なにより魔物が盛りだくさんの森を抜けてきて、ルナの魔力にもあまり余裕はなかった。あと、眠いし。

そろそろ日が昇るかどうか、という時間にユグドラシル学園に辿り着いたライルとルナは少しばかりの休憩を入れつつ、どうするべきかを協議していた。

「で、どうする? アレンたちがアラン連れてるの見て、なにやってんだろって思ったけど……」

「ええ、持って帰るのがないわね」

最初はシンフォニアのみやげ物でも持って帰ろうかと思っていたのだが、この時間に店はまず開いていない。かと言って、開く時間まで待っていては、アレンたちに後れを取ることは確実だ。

なるほど、この学園の生徒を拉致していくというのは、うまい手かどうかは別として一つの選択肢ではあった。

「でも、その手は使えないよ? 僕はルナ一人運ぶので精一杯だし。そもそも、んな誘拐じみた真似したくない」

「わかってるわよ。前留学に来たから、知り合いはいないでもないけど、アラン以外に拉致っていいやつなんか知らないし」

そもそも、アランも拉致したりするのはよくないとライルは思うのだが、突っ込んだらダメなのだろう。

「……あの〜。もしかして、ライルさんと、ルナさんですか?」

と、話し合っている二人に、割って入ってきたのは、アランの妹であるアリスであった。

「あ、ああ。アリスちゃん?」

「久しぶり……ですけど、なぜここに?」

「なんで、かぁ……。なんでなんだろうね? ときどき、どうして自分がこの世界にいるのか、わからなくなってくるよ」

アリスの当然の疑問に、色々疲れてしまっているライルは哲学的な答えを返す。わけがわからないアリスは、それを無視することにしたらしく、ルナのほうに向き直った。

「なんでここにいるのかはともかく……うちのお兄ちゃん知りませんかね? なんかやかましいと思って部屋に行ってみたら、もぬけの殻だったんですけど」

「ああ、アランならうちの学園の方に向かってるわよ。四、五日くらいで帰ってくると思うけど」

「ええええ!? な、なんで?」

「……そ、卒業旅行かしら」

さすがに、実の兄が誘拐されて、自分はその兄に思いっきり攻撃しましたー、などとはルナも言えなかったらしい。大体、おしとやかそうな外見に似合わず、アリスは稀代の怪力の持ち主である、下手に機嫌を損ねては、色々とマズイ。

「にしては、部屋に財布とか学生証とか残ってましたけど……。はぁ、忘れ物? 旅行行くならそれくらい持っていかないと……」

学生証……

「それだぁ!」

ライルはアリスの腕を掴むと、うんうんと頷いた。

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