卒業試験は終了した。

学園長の宣言通り、内容自体はそう難しいものではなかった。三年間、普通に授業を受けていれば、難なく解ける問題ばかりだ。

テスト問題を作成した先生方も、大方の予想通り、殆ど赤点を取ったものがいなかったことに安堵する。先生達は、三年間頑張ってきた生徒達を、なるべくなら卒業させてやりたい、と思っていた。

しかし、あくまで赤点を回避した者はほとんど――である。

幾人か、成績不良の者達は、やはり赤点をとった。

それでも、学園長の提示した赤点三つ以上で留年、という条件をクリアしてしまったものは、赤点を取ったものの中でもほとんどいない。

そう、ほとんど、である。

具体的に言うと、特定技能に特化しているものの、勉強に関してはてんで駄目駄目な約二名が脱落していた。

 

第186話「チキチキ卒業をかけた仁義無用の爆走レェスところでチキチキってなんだろね」

 

どよ〜ん、と黒い背景を背負う二人に、ライルとクリスはどう声をかければいいのかわからなかった。

ルナは、魔法学以外のすべての教科で赤点。アレンは、ある意味潔いというか、全部の教科で赤点という、いつもの成績で終わった。当然のことながら、テストの最下位は、この二人でワンツーフィニッシュである。

あるのかどうかすら分からないが、二人の名誉を守るために説明すると、マトモにやれば二人とも合格とは言わないまでももう少しマシな成績を残せるはずだった。しかし、前日までに必死こいてテスト問題(と信じきっていた模擬試験)を暗記していたので、それ以外の問題が出て混乱してしまったのだ。

……むしろ、名誉を毀損している気がしなくもない。

ちなみに、余談であるが、不名誉じゃない方のトップツーを飾ったのはライルとクリスである。二人の結果を知る前は、『やっとクリスに勝てたよ』『基本のところは、ライルきっちり覚えているもんねぇ』なんて優等生な会話を繰り広げていた。

「こ、この私がりゅ、留年? ありえないわ……」

「もう一年学校通い、なんつったらフィレアに殺される……」

そして、そんな光の世界とはとんと縁のない、というかこれから一生留年組として生きていくこととなった二人は、弱弱しい声を上げていた。

「おーい、そこの四人。これから学園長が、なんか面白いイベントを発表するから、体育館に集まれー、だってさー」

「あ゛ぁん」

「ひィ!?」

親切にも教えてくれたクラスメイトに全力でメンチを切るルナ。そろそろ、色んなところから苦情が来そうである。

「ルナ……とりあえず行こう?」

「あんたらだけで行ってくれば良いでしょ。なに? 今度四年生になる私たちに、卒業生の皆さんのイベントに参加しろって言うの?」

「やぐされてないで……もしかしたら、学園長が『うっそぴょ〜ん』とか言って、留年とか撤回するかもしれないし」

「む……」

確かに、ありえないとは言えない。悪ふざけが好きなあの学園長のことだ。単なる暇つぶしにあんな事を言った可能性もある。

「わかったわよ」

渋々ながらも、ルナは頷いた。

 

 

 

 

 

 

「皆さん、試験の方、お疲れ様でした。先生方から聞いたところ、ごく一部の生徒以外は無事卒業できるようで、安心しました」

と、ジュディさんは無事卒業できない若干二名に意味ありげな視線を送った。

そのまま、学園長相手に勝負を挑みたくなる衝動を押さえ、ルナはとっとと『前の話は冗談よー』と言え、なんて思念を送った。

「さて、いよいよ卒業は明後日です。当日は、式後、ダンスパーティーを企画しているので、よろしければ参加してください。三ツ星レストランのシェフの手によるおいしい料理も用意してありますよ」

うぉぉー、と生徒達が沸きあがる。

ダンスパーティーなど、貴族でもなければそうそう縁のないイベントだ。そういう、優雅なパーティーに憧れる女生徒は少なからずいるし、しかも美味い料理までついてくるというのなら男子とて言う事はない。

学園長も、粋な計らいをする、と今まで学園長の悪戯に頭を悩ませてきた生徒達は、少し(あくまで少し)学園長を見直した。

「そして、不幸にも、赤点を三つ以上……というレベルではありませんが」

なにやら、成績表らしき二枚の紙を持った学園長は、露骨にため息をつく。その態度に、我を忘れて飛び出してしまいそうなルナを、ライルが必死で留める。

「とにかく、我が校を卒業するに見合わない二名の学生については、最初の宣言どおり留年……」

「ちょっ!?」

ルナを羽交い絞めにしていたライルが、思わず叫ぶ。ルナの台風の如き魔力の渦は、今にもライルを弾き飛ばそうとしている。このままライルがルナを開放しては、楽しいはずの卒業前の空気が一気に霧散してしまう。

「してもらうはずだったのですが、先生たちの強硬な反対にあいました。曰く、三年間頑張ってきた生徒を、なるべくなら卒業させてあげたい、だそうです」

もちろん、本音は違う、

あのような問題児を、あと一年も抱え込みたくない、という切実かつ涙を誘う理由からであった。先生達は、学園長の前で直談判した。ヴァルハラ学園に通うすべての教師が学園長室に集まり、土下座して『どうか、卒業させてあげてください』と涙ながらに懇願する様子は、師弟愛からであれば麗しかったのだが。

「と、いうわけで敗者復活戦を企画しました」

誰が敗者だ〜、とどこからか声が聞こえてきたが、ジュディさんはキッパリと無視する。

「今から言う課題をクリアすれば、キチンと卒業証書を渡してあげましょう、ルナさん、アレンくん」

全生徒の視線が、その二人に集中する。

「ば、バラされた」

「うぉぉ〜〜、みんな、そんな眼で俺を見るなぁ!」

単に話題に上ったから視線がいっただけなのだが、自分が赤点取りまくった事をバラされた二人はその視線から逃れるように身を捩る。

別に、みんなは馬鹿にしているわけではなく、そもそもそのくらい『当たり前』くらいに捉えているのだが、二人はいかに自分達が『勉強できないキャラ』として確立しているかを知らず、羞恥に顔を赤くする。

「それでは、発表します」

もったいをつけて、学園長は言った。

「シンフォニア王国の、ユグドラシル学園……ルナさんは、前留学に行ったから覚えていますね? あそこに行って、確かにそこに行ったという証明になる物を持って、卒業式の日までに帰ってくること。どんな方法を用いても構いません。お金にあかせて馬車を使っても、はたまた友人に支援を求めても、それは自由です。それでも難しい課題だとは思いますが」

たった二日で隣の国まで往復というのも無茶だが、その後に続くジュディさんの言葉は、さらに無茶だった。

「そうすれば、晴れて卒業です。……先着一名のみ、ですが」

思わず、ルナとアレンはお互いを見た。

「では、たった今からスタートです。はいっ」

何処からともなく、運動会で使うような鉄砲を持ち出して、空砲を打ち鳴らす。

パァンッ、という小気味良い音とともに、ルナはアレン向けて火の球を打ち出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、一体何の真似だ!?」

「学園長は、どんな手を使ってもいい、って言ったわよね? つまり、あんたを倒してから取りに行ったほうが、邪魔も入らず楽ってことよ」

およそ、悪魔の発想であった。しかし、壇上の学園長が、うんうんと頷いているところを見ると、ルール的にはアリらしい。

「じょ、冗談じゃない。今度ばっかりは俺も本気だぜ。いつもと同じように吹っ飛ばされると思うなよ」

アレンがマジの眼になって、剣を抜き放つ。

険悪な雰囲気が二人を包んだ。

一触即発の空気に、体育館に集まった生徒達は身を固くする。

「こらー、二人とも。別に妨害しあうのは一向に構いませんが」

と、そこへ呑気に学園長が注意を飛ばした。というか、構わないのか、オイ、という全生徒の心のツッコミが入る。

「ここでやると迷惑です。一つルールを追加。『学園を出るまでは、大人しくすること』」

睨みあっていた二人の空気が和らぐ。

「ちぇっ。まあ、不意打ちがうまく行かなかった時点で、諦めてたけどさ」

戦闘態勢を解いたルナが、ライルの首根っこを引っつかんで体育館の出口に向かう。

「あ、あの〜、ルナ? なんで僕を連れて行くのかな?」

「私じゃあ、飛んだってシンフォニアまで往復はギリギリよ。気張って運んでよね。相棒が留年するのはマズイでしょ」

「ま、前飼ってた馬は!?」

「豪雷号なら、もう野に離したわよ」

と、完全に乗り物扱いでライルを連れて行く。

「と、いうわけでクリス。一緒に来てくれ」

「要請の言葉を言いながら、何で無理矢理引き摺っていくのかな?」

「俺一人だと、ちゃんと辿り着けるかどうか分からん。帰ってくるのは、帰巣本能でなんとかなるんだが」

「帰巣本能って……」

面倒なことになりそうだな、とクリスはため息をついた。なにより、ルナを敵に回すなんて、考えるだけでも震えが走る。それは、夏休みの鬼ごっこ時点でとっくに懲りている。

しかし、立場上、放っておくわけにもいかない。何で助けてあげないのー、とフィレアにボコられるのは勘弁であった。

「……僕じゃ、本気で走るアレンには付いていけないんだけど」

「まぁ、そこら辺は任せろ。お前一人くらい、軽いもんだ」

「それは、一応僕の男としての沽券に関わってくるんだけど……」

「んじゃ、女装すれば?」

そういう問題ではないはずなのだが、なぜかクリスは『なるほど』と頷いていた。

「って、早く部屋行って荷造りして来い! 街の入り口ンとこに集合だっ」

「あ、うん!」

すでにライルたちは部屋に戻っている。ここで遅れを取るわけにはいかないと、アレンは走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンフォニアまで? またいきなりねぇ」

ふよふよ浮かびながらクッキーを齧りつつ、必要もないのにファッション雑誌に目を通していたシルフィが、突然帰ってきたマスターの言葉に驚きの声を上げた。

「ま、いきなりはいつものことだけど」

「そりゃそうか」

「ただ、今回はアレンとクリスが敵に回ったからなぁ。いつもより、厳しいかもしれない」

考えてみれば、この学園に入学して以来、本気で利害がぶつかり合うというのは初めてだった。

「ふっ、マスター。本当の親友ってのはね、本気でぶつかりあえるような仲なのよ……」

「じゃあ、ルナは大の親友だな。一方的だけど」

「いや、あーゆーのは本気でぶつかりあっているとは言わないから」

ともあれ、最後の最後まで面倒くさそうなことになる予感に、ライルは大きく肩を落とすのだった。

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