地雷(マジカルマイン)の敷設された一帯を突破したライルたちを待ち構えていたのは、百に迫る数のガーゴイルの群であった。
「群であった、じゃないぃぃぃぃー−!!!」
慌てて剣を抜いたライルは、意外に機敏なガーゴイルの一撃をかわし、一撃を見舞った。
「って、硬っ!?」
半ばまで食い込んだ刃から伝わってくる反動で、手が痺れる。そこへ、別なガーゴイルが三体まとめて襲い掛かってきた。
「『エクス、プッロージョン!』」
実に楽しそうなルナの魔法が飛んでくるが、ガーゴイルらは弾き飛ばされただけで、その石の身体は殆ど破壊されていない。
「なにっ!? こいつら」
「どーも、特殊な金属らしいね。硬いし、魔法が効き辛い」
なにやら嬉しそうな悲鳴を上げるルナに、博識なクリスが解説を入れる。
「あっそぉ。じゃあ」
キュウウゥゥゥ、と高い音を発して、ルナの両椀にすんげぇ魔力が集まっていく。
「!?!!?? ふ、二人とも、退避だ退避――って既にいない!?」
そのあまりの凄まじさにびびるライルが、アレンとクリスに警告を飛ばすが、二人は既に避難を完了した後であった。
「どんだけ頑丈か、試してあげるわっ」
「それ、絶対お試し版じゃないだろっっ!」
そして、ヴァルハラ学園の校庭は、光に包まれた。
第185話「学校侵入! 後編」
「……すでにこそ泥って領域じゃない。強盗――いや、これじゃ略奪だよ」
しゅうしゅうと煙を上げる地面。粉々になって散乱しているガーゴイルの破片。もはや、隠密などという言葉は地平線の彼方に投げ捨て、ルナは堂々と真正面から学園に向かう。
いや、しかし。略奪される側も負けてはいない。一体どこにこんな予算があるんだ、と聞きたくなるほど高性能な防衛機能を有している。さっきのガーゴイルだって、一体だけでもかなりの金額のはずだ。
「……バレたら、試験問題盗んでも意味ないと思うんだけど」
「なぁに、バレやしないって」
一体、この状況のどこをどう見ればそのような結論に達することが出来るのか。ライルは、真剣にアレンの頭の中を解剖する事を検討した。
「でも、実際騒ぎにはなってないよね」
「……いやいや、クリス。これは、単にこの周辺に住んでる人たちが慣れているだけだから」
この三年間で、とみに爆発音には慣れきってしまったヴァルハラ学園及びその周辺の住人。たかがいつもとちょっと違う時間帯に音がした程度で、気になどするはずがない。
「バレなきゃいいのさ。これも、ルナの功績かな」
「待った。功績、って言い方には断固として異議を唱えたい」
唱えたいのだが、事実としてヴァルハラ学園の防衛設備以外、まったく妨害がない。宿直の先生くらいいてもよさそうなものだが、案外その先生も『ああ、またあの女子生徒か』などと無視っているのかもしれない。
「……いや、これだけの厳戒態勢なら、宿直なんていらないか」
校舎内に足を踏み入れる直前、思いとどまったライルは、足元の小石を玄関に投げ入れる。
石が床に落ちると同時、天井からでっかい檻が降ってきて、その石を閉じ込めた。
「ライル……。あんた、目敏いわね」
「あのね。トラップの設置法、解除法。どっちも授業で習ったよ? 冒険者なるんだったら、ここら辺の知識も……」
「物理的なトラップはあんたに任せた。私は、マジカルトラップ専門だから……っと、そこ、設置系の魔法陣隠蔽してある」
ルナが、アレンが踏もうとした床を指し示すが、コンマ一秒遅かった。『え?』と間抜けな声を上げながら足を降ろしてしまったアレンの身体に、電流が流れる。
「なんだ? 身体が痒いな」
しかし、魔法が使えないくせに、魔法耐性だけは滅法高いアレンには殆ど効果がない。本来ならば人が昏倒するほどのものだったのだが、ぽりぽりと身体をかくだけで終わってしまった。
「……警告する必要はなかったみたいね」
「いやいや。アレンは特別だから。僕やクリスがひっかかったらタダじゃ済まないから」
「本当に?」
尋ねられて、ライルはうっ、と詰まる。
確かに、こんな一般人向けのマジカルトラップなど、数々の激戦+魔法の嵐を受けてきたライルにとって、大した障害ではない。だがしかし、そこで『こんなのへっちゃらさ』なんて言うのも、それはそれでなにか人として大切なものを捨ててしまった感が否めない。
「はっはっは。ライル、気にすることはないぜ。こんくらいなら、俺が全部潰してやる」
調子に乗ったアレンが、先頭を切ってどんどん歩いていく。廊下に敷設された物理的、魔法的問わずすべてのトラップを、アレンは真正面から弾き返していった。
「おーおー、いいわねー。この分ならすぐにでも職員室に着いちゃうわ」
実際、校舎の一階にある職員室は、既に見えてしまっている。距離にしてあと十数メートルも廊下を歩けばたどり着いてしまうだろう。
地雷やらガーゴイルやらトラップやらには面食らったが、このまんまだと無事テスト問題を奪取して帰ることが出来そうだ。
と、
「のぅわっ!?」
突如、先頭を調子よく歩いていたアレンが吹っ飛ばされる。
真後ろにいたライルを巻き込んで、廊下を転がっていった。
「な、なに? どうしたの?」
「い、いや。いきなり、トラップの威力が上がって……」
と、アレンが全てを言い切る前に、そこら中の部屋の扉が次々に開き、中から先程交戦したのと同型のガーゴイルが姿を現した。違う点と言えば、それぞれがキラキラの装備で武装しており、なんか強そうだという事。
「な、なにこれ」
「ええっと……。僕の記憶によれば、最初は弱い障害で侵入者を油断させて、ある程度奥まで来たら今まで通ってきた箇所も含めて一気に難易度を上げて脱出不可能にするっていう、食虫植物みたいなダンジョンがあるとか」
「なにそれ!? なんで、学校にそんなんが……」
「学園長の趣味だ」
クリスの説明に絶叫するライルに答える声。
「…………えーと」
全員、周りの状況も忘れて、突然現れた人物に視線を注いだ。
「……キース先生、なにやってるんですか。そんな変なカッコして」
「やかましい。そもそも、お前らが侵入してこなかったら俺の出番もなかったんだ、この不良生徒どもが」
ライルたちの担任であるところのキース先生は、なにやら黒のタキシードに黒のマント、そしてやけに大仰な不気味な意匠の杖という、まるでベタベタな悪の魔法使いみたいな出で立ちで恥ずかしげに立っていた。
「いや、質問に答えて欲しいんですけど」
「……察しはつくだろうが、我が叔母にしてこの学園の悪の大魔王からの命令だ。なんでも、俺はこのヴァルハラ学園のラスボスだとかいう設定らしい。見事この俺を打ち倒したものには、こいつをくれてやるように、と言われている」
と、キース先生は紙の束を掲げて見せた。
「そ、それはテストの問題!?」
どうやら、学園長にはしっかりと行動を読まれていたらしい。
「さあ、どうする? このまま家に帰って大人しく勉強するというのならば、教師として見逃さんわけにはいかないが。というか、大人しく帰れ」
ルナは、フフフ、と不敵な笑みを浮かべると、掌に魔力を溜めた。
「上等よ。生徒が教師を越える瞬間ってぇのを、卒業前に見届けると良いわ」
「……なんでそんな喧嘩腰なのかなぁ」
ライルは呆れつつも、ルナの前衛に立つ。なんだかんだで、きっちり役割分担が身に染み付いているのだ。
「ま、こっちは僕らがテキトーにやっとくから、ライルとルナはそのラスボスをよろしく」
クリスとアレンが、ガーゴイルに向かう。
「……先生。あなたはいい教師だったけど、あなたの叔母がいけなかったのよ」
「いや、まったくもってお前の言う通りなんだが、なんだその芝居がかった台詞は」
顔を引き攣らせながら、杖を構えるキース先生。どことなく緊張している様子だ。
「……さて、お前らと二対一でやりあって勝てるとも思っていないが、これも一応、なぜか仕事ということになっていてな。もしここで逃げたりなんぞしたら、ただでさえ少ない給料を半分カットされてしまうんだ」
「苦労されているんですね。なんとなく親近感を覚えます」
「すまないが、ライル。ルナの相棒になったお前ほどじゃあない」
ライルは凹んだ。
「ちょっとライル。凹んでる場合じゃないわよ。キース先生……いやさ、魔王キースから一刻も早くテスト問題を奪取して、早く覚えなきゃ明日のテストに間に合いやしないんだから」
「はいはい、わかってますよ、もう」
「ていうか、誰が魔王だ」
もはや諦めて大人しく従うライルと、仕方無しにそれを迎え撃とうとするキース先生。
ここに、教師と教え子の、血も涙もない最後の戦いが始まろうとしていた。
んで、終わった。
戦いは、辛うじてライル&ルナチームの勝利、基本魔法使い型のキース先生では、ライルという前衛との相性が悪すぎた。
それでも、経験と周りのガーゴイルを使った見事な立ち回りで粘ったのだが、結局はあえなく敗退。
そして、テスト問題を焼き尽くす、などという凡ミスもせず、無事目的の品を手に入れたルナは、アレンと共に必死でそれを暗記していった。
で、
「なぁんでよぉおおおおおおおーーーーー!!?」
テストが始まった途端、ルナは絶叫し椅子を蹴倒して立ち上がった。
「こら、静かにテストしろ、ルナ」
「ちょ、ちょっとキース先生!? これ、昨日頂いた問題とぜんっぜん違いますけど!?」
猛然と、盗んだ問題用紙が使われていないぞコノヤロウと抗議するルナ。なにかが果てしなく間違っている気がしないでもない。
昨日の争いの傷も生々しいキース先生は、呆れ口調で、
「あのなぁ、ルナ。俺、一言でもアレがテスト問題だって言ったか?」
言っていない。
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、あれはあくまで予想問題集。本番とは別だ。まぁ、あれが自力で解けるくらいの学力があれば、今日の試験は楽勝だろうが」
当然のことながら、奪い取った試験の答えを丸暗記することしか考えていなかったルナとアレンに、解けるわけがない。大体、アレンはその暗記した内容すらあやふやだ
「それ、わかったらさっさと席に戻れ。これ以上テストに関係ない話をするなら、0点にするぞ」
「うぐっ」
すごすごと引き下がるルナ。
席に戻り、テスト問題という名の魔物と向かい合う。
「……無理よ、絶対無理だわ」
+とか−はまだ分かるが、√ってなんだ。
ルナがこれまで読み解いてきたどのような古代言語にもこのような記号は見当たらなかった。ええい、現代数学というものは、最高峰の魔導書以上に難解だとでも言うのだろうか。
「……ま、バチが当たったんだろうね」
結局、昨日取った問題に目を通さず、自力で試験を受けているライルは、ルナにそっと手を合わせた。
これでルナが留年したら、コンビで冒険者をするのは来年に持ち越しになるのだろうか。
それはそれで、一年間平和な時が訪れるなぁ、とニヤニヤが止まらないライルであった。