「第三十二回セントルイスミス・コンテスト! 優勝は出身経歴その他一切不明! 謎の美少女、クリスさんです」

「ありがとうございまーす♪」

愛想よく手を振るクリスに騙された観客の男性諸君が異様な盛り上がりを見せる。

ク・リ・ス! ク・リ・ス! と、壇上でにっこり笑っているその笑顔が男のものとも知らないで、いっそ哀れなまでにヒートアップしていた。

「……世の中間違っている」

予想通りというか、普通に優勝をゲットしてしまったクリスに、ライルは軽く眩暈を覚える。

確かに、他の参加者を軽く十馬身は引き離した容姿に加え、めちゃめちゃな愛想のよさ、男故の照れのなさ(照れろよ、と思うが)がうまい具合に入り混じり、ライルも正体を知らなければ軽く惚れていたかもしれない。

「ああ〜、暴露したい」

クリスをチヤホヤしている男連中に、彼奴は男だとぶちまけてしまいたい。

しかし、そんな現実を見せると、クリスへのブーイングより前にライル怒りの矛先が向きそうだ。

流石にリンチはゴメン被るライルは、尊い沈黙を保つ。どーせ、損をする人間はいない。男たちは、中身男外見女のクリスに憧れ、クリスは悠々と賞品をゲットする。どっちも万々歳。せいぜいライルが不条理を感じるのと、ほかの参加者が哀れなくらいだ。

「さて、と」

大体、ライルにはそんな些末な事に関わっている暇など微塵もない。

「さぁ、お次はいっつぁ『マジック・コンテスト』! さぁ、セントルイス最強の魔法使いは誰でしょうか!?」

とりあえず、ルナが登場する前に逃げなくてはいけなかった。

 

第177話「新年祭 中編」

 

「あ、ルナちゃんも参加するの?」

「え? ええ」

アレンをボコにし終えたフィレアが話しかけてきた。

今まさに逃亡を図ろうとしていたライルは出鼻を挫かれる。

「……あの、アレンは大丈夫なのでしょうか?」

「なにが?」

「なにが、って……」

恐る恐るフィレアの後ろを覗き見る。

そこには、フィレアの蹴りを食らって悶絶しているアレンの姿があった。普段から暴力の嵐に巻き込まれている彼がたった一発の蹴りで動けなくなるなどありえないことなのだが、どこを蹴られたのかは彼の名誉のために伏せておく。

とりあえず、思わずライルが身を震わせた、とだけ言っておこう。

「……いえ、なんでもありません」

「そお? で、ルナちゃん、参加するの?」

「え、ええ」

まるで導火線に火が点いた爆弾が目の前にあるような気がして、ライルは及び腰になる。

普段のフィレアもアレンによくお仕置きをしているが、あんなところを蹴ることなどまずない。ほんのり上気した顔といい、吐く息の酒臭さといい、ずいぶん酔っている。

下手に逆らったら、ライルもアレンと同じ運命を辿ることになりかねなかった。

「へ〜、ルナちゃん、魔法が得意だから、優勝しちゃうかもね」

「……そもそも、コンテストが成り立つかどうかが心配です」

下手をしなくても、この会場が完膚なきまでに破壊されかねない。観客に避難を呼びかけようにも、まさか『うちのルナが会場を壊すんで、逃げてください』なんて言っても、そんなこと信じはすまい。

ルナの(悪)名は確かに街中に轟いてはいるが、同時に街の人にとってルナの脅威は必ずしもリアリティのあるものではないのだ。簡単に言えば、単なるネタとして聞いているのである。

……噂がほぼ百パーセント真実であり、時には噂以上のことをやってのけるルナの実態を知っているのは、ヴァルハラ学園の関係者くらいのものだろう。

「ん〜、大丈夫だと思うけどなぁ」

「そ、そんな悠長なこと!? 早く逃げないと、フィレア先輩も巻き込まれますよ!?」

「平気だってー」

駄目だ。この人は酔いで危機意識が欠落してしまっている。いや、普段からなさそうだけど!

「そうだねー。僕も大丈夫だと思うけどなー」

「……何時の間に来たんだよ、この詐欺師め」

フィレアと同じくルナのフォローをする声が上がったから、誰かと思ったら、つい先ほどまでミスコンに参加していたクリスだった。

騒がれるのが嫌なのか、既に女装は解いて平服に着替えている。手には、賞品らしい大粒のルビーのペンダントがあった。……こんな、新年祭の一イベントに過ぎないコンテストで、どっからこんな賞品を出すような費用を捻出したのだろう?

「ご挨拶だなぁ。可愛かったでしょ?」

「……不覚にもそう思ってしまったから不機嫌になっているんだよ」

「あはは……それは光栄だねぇ。女性にあんまり興味のないライルの関心を惹けたなら、僕の女装も大したもんだ」

興味がないわけじゃない。周囲の女の子にロクなのがいないだけだよ、とライルは思った。

言うまでもないことではあるが、ルナはもとより目の前のフィレアも含まれている。

「で、クリス、さっきなんて? 僕には、ルナがこのコンテストに参加しても大丈夫、なんていう世迷言が聞こえたんだけど」

「いや、そのまんまだけど……。ルナは、あれで結構気を使う方だよ? ライルたちならともかく、他の一般人が巻き込まれるような真似はしないって」

「……その言い方、さり気に自分を外しているよな」

「いやぁ、ほら。僕って要領いいからね」

てへへ、と笑うクリスに、ライルは軽く殺意を抱いた。

「しかし……そうか、そうだよね」

ほっ、とライルは息を吐く。

ルナも、昔の彼女ではないのだ。魔力そのものも上がっているが、その精度が段違いになっている。

具体的に言うと、周りを巻き込まず、シバきたいやつだけシバけるようになった。威力は、周りに拡散しない分、ずっと強力に。

「………………………………………」

(ライルたちにとっては)よりタチが悪くなった気がする。

「……やっぱ、僕逃げる」

「まぁまぁ。きっとルナも、ライルに応援されたいって思ってるからさ」

「そーだよー。あんまりルナちゃんを寂しがらせないの」

「大体、見てないってバレたら、あとで怖いよ」

ぐっ、と二人に両側から押さえつけられる。

「は、離せ!」

観客席が混沌に包まれている中、マジック・コンテストの幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルナは、自信満々にステージの上に立っていた。

他の参加者は、大体十六名。いずれも、予備選考を見事に通過してきた猛者たちである。

大は宮廷魔術士から、小は魔法を趣味にしている中年のおっさんまで、そうそうたる顔ぶれだった。

予選は、壇上で単純な魔力値の大きさと、ニ、三の魔法を見られただけ。ルナとしては、それだけの要素で優秀な魔法使いを選出できるのかどうか疑問だったが、通ったからまぁいいかと思っている。

ちなみに、ここまでの予選はごくごく普通に、何の面白みもなく終了した。

「さぁ、いよいよこれから本選へと移っていきます、マジック・コンテスト! 今年から毎年恒例になるといいなぁ、などと思いつつ、企画した私もワクワクしてきました」

観客席のライルが、『貴様かぁっ!』などと叫んでいたが、司会の耳には届くことなくスルーされた。

「さて、それでは早速、百人以上に及ぶ参加希望者から、予選を突破された猛者たちを紹介いたしましょう!」

そして、ノリノリで紹介を始める司会者。

このコンテストを企画したとだけあって、随分と魔法の知識はあるらしく、事前アンケートと短い予選を見て参加者の特徴をよく掴んだ紹介を進めていく。

「さぁっ、なんと“あの”ヴァルハラ学園の破壊神こと、ルナ・エルファランさんが参加を表明してくれました。予選を見せてもらいましたところ、魔力は参加者の中でも随一。得意な分野は攻撃系。属性は火だそうです。彼女の巻き起こす暴風が、この会場に吹き荒れることになるのでしょうか!?」

暴風じゃない、爆風だよ……と、とある少年は思った。

「破壊神ってなによ……」

ルナ自身はその紹介に大いに不満を感じたようだが、イマイチ危機感が感じられない司会者はフォローをすることなく次の参加者の説明に移っていく。

そうして、全員の紹介が終わった後、司会は観客たちに振り向いた。

「さぁ、サクサク進めていきましょう! 本選はトーナメント式で進めてまいります! 各試合でそれぞれ違ったお題が選出されますので、参加者はそれに従って対戦してもらいます」

そして、トーナメント表が出される。

ルナは、初戦からだった。

「こいつぁ、幸先がいいわねぇ」

別に始めにやってもあとにやっても大した違いはないだろうに、ルナは嬉しそうに笑う。

対戦相手である男の子(ヴァルハラ学園一年生らしい)は哀れなまでに脅えきり、涙目でルナを見ている。彼も、きっとルナの恐ろしさを知っている一人なのだろう。

「さぁ、ボコボコにしてやるから覚悟しなさい!」

「う……あ、あの、司会さん? ぼ、ボク棄権しま……」

ルナの一方的な宣戦布告というか滅殺宣言に、男の子は棄権をしようと手を上げる。

「さて、まず第一戦のお題ですが!」

しかし、外道司会は完膚なきまでに無視して、くじの入った箱をごそごそと漁る。

「おおっと、これはしょっぱなから楽しそうなお題が出てまいりました!」

ピッ、と引き抜いた一枚の紙。

それを観客にも見えるよう掲げた司会が、宣言した。

「第一戦のお題は『ご家庭の魔法』! ルナ選手とナツ選手には、調理器具を一切用いず魔法だけで作る『魔法料理』で対決してもらいますっ」

なぬっ!? とルナの顔が引き攣り、

観客席から、ライルの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マジック・コンテストは進む。

料理が得意そうな一年生に危機感を抱いたルナは、自分の料理をその少年に食わせるという荒業で彼をノックダウン(文字通り)した。ちなみに、ルナの作り上げた料理(?)は『(?)』をつけなければ料理と呼称することすら憚られる、『なんか黒いの』とでも表現すべき劇物であった。

本来、料理を食して審査をすべき審査員たちも、そのあまりにあんまりなモノを口に入れる勇気はなく、なし崩し的にルナの勝利となる。

「……は、いいんだけど」

ギロリ、と二回戦の相手である中年男を睨みつける。

冷たい瞳に思わずぎょっとなるおっさん。しかし、ルナの態度は収まらない。

「な・ん・で、二回戦のお題が『牛乳配達』なわけ?」

これは、魔法を使った移動でセントルイスの街中に設置されたチェックポイントに牛乳を運び、より迅速に配達し終えた方の勝ちというクレイジーレースである。当然、牛乳瓶を割った場合、ペナルティが課せられるという、言うなればミッション『ガーディアンミルク☆レース』。

「せめて、相手の妨害ありにしてくれりゃいいのに……」

そうすると、既にレースではなく、ただの対決になってしまう。コンテストの運営者側としては、怪我とかされたら後始末やらなにやらが面倒くさいのでこんな変なお題にしたわけだが……ルナは大いに不満を感じていた。

これは、最強の魔法使いを決める、とかゆーお題目じゃなかったの? と、腹を立てる。

「さぁ、第二回戦第一試合『ミルク★デリバリー』! 略してミル☆デリ、レディ…」

それ、略す必要あんのか、というツッコミをする暇もなく、司会が運動会とかで使う空砲を天に掲げた。

ルナは、覚えている数少ない移動魔法を唱える。簡単な飛行だが、魔力にあかせればそれなりのスピードは出せるはずだ。

とりあえず、勝ち進まなければ不満をぶつけることすらできない。

「ゴーーーーーー!!」

もろもろのムカムカを押さえつけて、ルナは飛んだ。

 

……発進した時の衝撃で、対戦相手のおっさんはごろごろと転がり、頭をぶつけて気絶した。

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