「あ〜〜〜、かったるいわねぇ」

コタツに入って、テーブル部分に頬を乗せ、溶けそうになっているルナが呟いた。

「朝っぱらから人の部屋来てなにダレきった台詞吐いてんの」

呆れ顔のライルが、トレイにニ人分の朝食を持ってやってくる。

「あれよー。ここんとこ、ちょいとバイオレンスな戦いが続いてたでしょ? ちょっとダレちゃってねー」

「……年も明けたっていうのに、もうちょっと元気にいこうよ」

そう、ライルたちが帰ってきたのは大晦日。次の日には、もう新年を迎えたのだ。

今日は新年二日目。

「そしてぇ! 私の誕生日よー!」

どどーん、といきなりライルの目の前に現れたシルフィが胸を張って宣言する。

「シルフィ、お前精霊界に帰ってたんじゃないのか? 魔界の件の事後処理とかで」

「やー、みんなが気ぃ使ってくれてねー。『誕生日くらいゆっくりしたら?』って。さぁ、マスター! ケーキをもてい!」

別に、シルフィの誕生日を祝うこと自体はやぶさかではなかったが、これだけは言っておかねばなるまい、とライルは防御体制に入りながら厳かに告げた。

「その、シルフィ? お前、その歳になっても誕生日って嬉しいものなのか?」

死んで来い! と、シルフィの鉄拳がライルの顎に直撃した。

 

第176話「新年祭 前編」

 

「と、とりあえず、誕生日パーティーは夜にしよう」

顎に湿布を張ったライルがそう提案する。

「ったく。わかったわよー」

シルフィはまだ怒りが冷めない様子だったが、新年早々怒るのも嫌だったのか割と早めに矛を収めた。ほっと胸を撫で下ろしたライルに、ルナが声をかける。

「ねー、そっちのじゃれあいが終わったんなら、早く朝ごはん頂戴―」

「ああ、もう。わかったわかった」

「マスター、私の分もー」

コノヤロウ、と思わないでもないが、片方は怒らせたら怖いし、もう片方は一応今日が誕生日だ。

ライルはぐっと我慢して、給仕に甘んじる。いつものことではあるが。

「あ〜、いい感じねー。腹はいっぱいだし、コタツはあったかいし。このまま寝ちゃおうかなぁ」

と、ご飯を食べ終えたルナが後ろに倒れこんで目を閉じ、そんな台詞を吐いた。

ちなみに、まだ午前中である。心底、ダラダラしたいらしい。

「あんたねぇ。新年一発目からほんっとーにダレてるわね」

「それさっきも聞いたー。別にいいじゃん。誰に迷惑かけているわけでもなし」

「それはそうかもしれないけど」

ちなみに、ライルがす、と手を上げているのだが、二人は気付かない。いや、気付いていてあえて無視しているのかもしれない。どちらにせよひどいが。

「今、新年祭の真っ最中でしょ? 遊びに行ってくれば良いじゃない」

「やぁよ。今は気分じゃないもの」

ちなみに、新年祭とは、年明けの三日間、街の中心部で開かれている、連日連夜の大騒ぎのことである。出店も出るし、色々なイベントも執り行われている。信心深い人は教会で新年の祈りを捧げているが、少数派だ。

「去年なんか、実家にも帰らず騒ぎ倒したくせに……」

昨年始めの魔の宴を思い出して、ライルはげっそりする。一年の計は元旦にありと言うが、確かにあれは怒涛の去年を暗示していたやもしれぬ。

「疲れてんのよ。魔界で全開で戦闘した後、全速でセントルイスに帰還でしょ? 一日休んだくらいで元気になるかっつーの。アンタやアレンみたいに体力あるわけじゃないのよ?」

「いや、僕としては、大人しいルナも良いと思うけど」

ほら、僕が怪我したり、物が壊れたりしないじゃん? とは心の中で思うだけに留めておくライルであった。

「あっそう。アンタに褒められても嬉しくないわね。絶対、なんか裏がありそうで」

「気にしないで。さて、それじゃあ、ゆっくりお茶でも飲みながら、寝正月を……」

満喫しようか、というライルの声は、ドアが乱暴に開けられる音で遮られた。

「うぉ〜い! あけおめっ! ライルー、新年祭行こうぜー!!」

そして、ライルの部屋に突入してきたのは、やたらテンションが高いアレンだった。全身包帯まみれで、ミイラ男みたいな風情だが、血色だけはやたらとよく、程よくキマっていることが見て取れる。

「……アレン。君、腕が千切れかけて、治療したアクアリアスさんとガイアさんから、一ヶ月は絶対安静してやがれ、とか言われてなかったっけ」

ライルとしては、むしろ一ヶ月でいいのかよ、と思ったから、よく覚えている。一番大きな左肩の斬り傷だけでなく、全身に大小様々な傷を負っているのだ。

回復魔法は、割と身体に負担がかかるので、左肩以外は自然治癒に任せる方向で決まり、全身に包帯を巻きこんだ。

それでも、サイファール王国からセントルイスまでの帰還の道のりを、ライルたちとあまり変わらない速度で付いて来たのは驚嘆の一言だが……家に帰ったからには、ゆっくり静養すべきなのである。

「あ〜、それな。肩はまだちょいと動かせそうにないが、それ以外はたっぷり飯食って、ぐっすり寝たらなんか治った」

固定された左肩をぽんぽんと叩いて、アレンはカラカラと笑った。

「どういう体の構造をしてんのよ。私なんか、まだこめかみにもらった傷が痛むっつーのに」

呆れ顔のルナが突っ込む。

魔族につけられた傷は、自然治癒も随分と遅れるらしい。どうやら、アレンにはその設定は適用されていないらしいが。

「って、アレン。君、もしかして酒飲んでるだろ?」

「あぁん? なんか問題あるかぁ」

ライルが指摘すると、アレンは、ぷはぁ〜〜、と酒臭い息を吐き出す。思わず吸い込んだライルが気持ち悪くなるほどだ。

「ふ、負傷中にアルコールって、なに考えてんの」

「なんだ? 知らないのか? 酒は百薬の長なんだぜ」

「それは、健康な状態で、適量の場合! この匂い……どんだけ飲んだのさ」

尋ねると、アレンは指を折っていった。

一、ニ、三、片手では足りなくなったらしく、左手も使って、その数は八で止まった。

「八瓶も……」

「んにゃ、八樽」

「いい加減にしろ!」

もう相手をするのが面倒くさくなって、ライルはハイキックをアレンにぶちかました。

「おおっと?」

しかし、小憎らしいことに、アレンはあっさりと防いでしまった。完全無欠の酔っ払いの癖に、こういうことだけはそつがない。

「でさぁ、新年祭行こうぜ、新年祭。クリスはもう先行ってるってよ」

「僕は良いけど、ルナが……」

「私は行かないわよ。疲れてんだから」

「……だって」

「そーかそーか。んじゃ、とっとと行くかぁ」

ひょい、とアレンはルナを肩に担いで、えんやこらと運び始めた。

「ちょっ!? コラッ、いきなりなにすんのよ!」

「ん〜? 疲れてるらしいから、運んでやろうかと」

酔っ払いに理屈は通じない。

いつものように魔法で沈黙させようとしたルナだが、流石に重傷者(甚だ納得いかないが)にそのような真似は出来ない。

「わかったから! とっとと降ろせぇ!」

とりあえず、丁度いい位置にあった頭に肘を叩き込むだけで済ませておいてやった。

 

 

 

 

 

 

 

「結局、行くんだね……」

「仕方ないでしょ。行かなかったら、あの酔っ払いにまた担がれそうだったし」

コートを着込んだルナが、人ごみをすいすいすり抜けながら先導しているアレンを睨む。

強引に、というか殆ど拉致に近い状態でルナを連行しようとした命知らずは、そこらの露店を冷やかしつつ、何時の間にか手に入れたエールのジョッキを傾けていた。

祭りで、そこら中に酒が溢れているとは言え、これは少々呑みすぎではないだろうか。

「しっかし、今年も賑やかねぇ」

もうアレンのことは気にしないことにしたのか、ルナが露骨に視線を周囲に向けた。

「ああ、そうだね。まぁ、一年に一回のことだし」

無難に相槌を打つライルも、周囲を見渡す。

普段はなんてことのない商店街も、新年のこの時だけはきらびやかに着飾っている。飲食店は、ここぞとばかりに路上に出張店舗を展開し、普段よりちょっぴり割高な食べ物類を売り叩いていた。

とりあえず、ライルたちの少し前でその食べ物をまるで鯨のごとく丸ごと攫っていく男のことは気にしない方向で。

「……と、とにかく、食べ物屋以外にも色々あるね。あっちは手品、あっちは歌……やっぱ、芸人さんとかは稼ぎ時なんだね」

一瞬目に入ったアレンの姿(もはや食べ物の塊が歩いているようにしか見えない)を強制的に視界から除外して、ライルはそこら中で執り行われている出し物の類に目を向けた。

個人が行っている小規模なものから、本格的な芸人の一座まで、それはもう様々だ。

「まぁ、祭りが盛り上がっていいんじゃないの?」

ボールを十個くらい同時にジャグリングする奇術師に視線を向けるものの、ルナはあまり興味はなさそうだ。

「そ、そう? あ、なんか広場についたみたいだね」

いつもよりずっと人が多いので気付かなかったが、いつの間にか商店街を抜け、一向は中央広場に来ていた。

広場では、真ん中に大きなステージが用意されており、今はどこかの歌手が一曲披露しているようだった。

「おお〜、間に合った間に合った」

「? アレン、なにが間に合ったの?」

「いやな。クリスがぁ、この後にあるコンテストに参加するっつーから。……あ、オッチャン、エール大盛りくれ」

露店の酒売りに酒を注文するアレンはもう黙殺するとして、一体なんのコンテストが気になったライルは、ステージに目を向ける。

ステージを使う順番が記載された進行表が見えた。今は、多分ライブだから、次のイベントは……

「…………アレン、ねぇ。食ってないで、ちょっと」

「んあ? ほーひは?」

器用に動かない片手で器を支え、焼きそばをかっ食らうアレンに、ライルは真剣に尋ねた。

「あれ、次の予定、僕にはどうもミスコンに見えるんだけど」

所謂、女性の美しさを競う、ある意味最も熱いコンテストである。

「おお、そうだよ。なんか、賞品の……なんだったかな、アクセサリかなんかだったと思うけど、それが欲しいんだと」

「……その次の『マジック・コンテスト〜セントルイス最強の魔法使いは誰だ?〜』じゃなくて?」

「違うよ。女装すりゃバレないっつってたし。実際可愛いしなぁ」

否定したいが否定できない。

つか、あれが男だってのは反則だろう、とライルは納得してしまった自分を悔しがる。

「でも、男がミスコンってのはさすがに……。ねぇ、ルナもそう思うでしょう?」

さっきからずっとダルそうにしているルナに水を向けてみる。

ルナは変わらず、眠たそうな目でステージを見て……いない。なんか、目の中で炎が燃え盛っている。燃えすぎな感すらあった。

「る、ルナ、さん?」

「なに? この私を差し置いて、『最強の魔法使い』ですって?」

なにやら、『最強』と『魔法使い』の辺りで、ルナの闘志に火が点いてしまったらしい。

「る、ルナ? これは、あくまで祭りの余興みたいなもんで、んなベタな煽り文句にそんなムキにならなくても……」

「これは、私へ喧嘩を売っていると見たわ」

「売らない売らない! そんな命知らず、この街にはいない!」

実際、天才学生魔法使いルナの(悪)名は街中に轟いている。嘘か真か、母親が子供を叱りつける時に『悪いことばっかりしていると、“あの”ルナちゃんが来ますよ』と脅しているとかなんとかいう、胡散臭くもまことしやかな噂が流れている、らしい。

ちなみに、ライルは噂の真偽は確かめていない。怖いから。

『さぁて! お次は男性のみなさんお待ちかねのミスコンです! セントルイス中の美しい女性が集まっておりますよぉ〜。その次は、参加者の魔法の腕を競う『マジック・コンテスト』! 我こそは、と思う人はまだまだ参加者は受け付けておりますので、是非どうぞ!』

いつのまにか、歌は終わり、ステージの上で司会役が口上を垂れていた。

「へぇ、まだ参加者は受け付けているのかぁ」

司会、後で殺すーーー! とライルが脳内で司会者を縛り上げる。

「る、ルナ! 早まっちゃ駄目だ。君がこういうのに出ると、もう既にオチは決まってるようなもんだから……!」

必死なライルの制止も聞かず、ルナはずんずんと受付に向かっていく。

「アレン! 君も一緒に止め……」

酔っ払いでも、少しは助けになるだろうと、ライルはアレンに目を向け、

「あ〜! アレンちゃん! こんなとこにいたーーーーー!」

「うげぇっ! フィレア!?」

「うげぇ、ってなに、うげぇ、って!? も〜、プリムちゃんが折角村から来てくれたって言うのに、なにぶらぶらしているの〜。ミッションに行ったと思ったら大怪我して帰ってくるし……最近、アレンちゃんはアレかな? 調子に乗ってるのかな?」

「いや、待て。その理屈はおかしい。なんで怪我して帰ってくると、調子乗ってることになるん……」

「うるさーい! アレンちゃんの身体は髪の毛一本、血の一滴に至るまでわたしのものなんだから、勝手に傷付けちゃだめでしょー!」

「言い切りやがった!? ……って、お前も酒飲んでるな!? なんだその手に持ったグラスはぁ!?」

光速で目を逸らした。

あの二人が揃った場合、危険度はある意味でルナを超える。

「結局、僕が行くしかないのか……って、いない!?」

少し目を逸らした間に、ルナは消えていた。

ライルは、自身に内蔵されているルナレーダーを駆使して検索をかける。

「やー、受け付け終わったわよー。割と簡単だったわ」

遅かった。

「あ、あはは……」

ルナはすっごいイイ笑顔。

これは、ライルがどんなに止めても絶対聞いてくれそうにない。

ステージの周りには、何百人という人々。

誘導すべき避難経路を頭の中で展開しつつ、ライルは乾いた笑いを浮かべるのだった。

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