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ライルの放ったライトニング・ジャッジメントがハルファスの胸を貫く。
ジュッ、という肉の焼ける音。魔族の肉が焦げるすえた匂いが、周囲に充満する。
「ン、だぁ、これ」
細い体の中心部に、掌大の穴を空けて、ハルファスはよろめいた。
ただの傷ならば、すぐに再生させることが可能だったろうが、ライルの放った雷は、魔族を滅ぼすためだけに作り上げられた魔法だ。再生など、許すはずもない。
「当たったみたいね」
人間界の方で、魔法の補助に専念していたシルフィが、ひょいと顔を出す。
ライルは、こくりと頷くだけで、精一杯だった。ただでさえ彼の力量をはるかに超えた魔法をあんな風に発動させて、精神的にも魔力的のも疲労困憊なのである。
「お疲れ、マスター」
よく出来た生徒を褒める教師のように、シルフィはにこりと笑った。
第175話「ファイナル」
「終わりだな、ハルファス」
もはや瀕死のハルファスの前に、フルカスが立つ。見下すようにハルファスを冷たい目で見据えると、剣を振り上げる。
「せめて、苦しまないよう送ってやろう」
「ハッ、余計な……」
ハルファスが身を起こす。
「お世話だァ!」
どこにそんな力が残っていたのか、フルカスを弾き飛ばし、ハルファスは獣のように飛び退く。
「カッ! 確かに、俺ァそろそろ死ぬなぁ。だが」
ハルファスの体内の魔力が急速に膨れ上がっていく。
「ちょ、あれマズッ」
ルナが、その意図を察して、慌てて警告を飛ばす。
ハルファスは、自身の魔力を暴走させ、自爆するつもりだ。『魔法』という形にしていない分、威力は大幅に制限されるだろうが、制御を外れた膨大な魔力はそれだけでも十分すぎるほどの兵器となり得る。
ハルファスほどの高位魔族ならば、瀕死の今でもルナたちを消し飛ばして周囲を完全に消滅させるくらいは楽勝だろう。
しかも、逃げたり、防いだりしようにも、ルナの魔力はほとんどすっからかん。クリスも似たような状態だし、ハルファスをかっ飛ばす大金星を上げたアレンに至っては文字通り死力を尽くしたせいで意識を失っている。フルカスも、ずっと戦いっぱなしだったお陰で、そんなに力が残っているとは思えない。
「大丈夫よー」
後ろからお気楽な声が聞こえる。確かめるまでもない。ルナたちに、あのバケモノの足止めという難事を押し付けたシルフィだ。
「アンタねぇ! あれのどこが大丈夫……」
突っ込みかけたルナの勢いが急速に萎みこむ。
後ろにいたのはシルフィだけではなかった。魔界に来ていなかったはずの精霊王たちが、ずらりと勢ぞろいしていたのだ。
「いやぁ、こっちの危機を伝えさえすれば、すぐ来れるからね。ほら、言ったじゃない。魔界から出るのはムズイけど、魔界に入るのは簡単だって」
シルフィは、説明しながら、テキパキと他の精霊王たちと共にハルファスを囲む。
「さて、っと。一世一代の自爆ショーをしようとしているとこ悪いが」
ガイアが、ニヤニヤ笑いながら、結界を展開する。他の精霊王たちも、それに倣った。
「く、クッソ」
「そんなことさせるわけにもいかないんでね。お疲れさん」
もはや、自身の魔力の暴走を止める手段を持たないハルファスは、無念そうな表情だけを残して、精霊王たちの結界の中で果てた。
急速に膨れ上がるハルファスの魔力の光が、精霊王たちの張った壁によって押しとどめられる。
「……結構、強いな」
結界を支えるカオスが呟く。強い、と言いながらも、その壁はいささかも揺るがない。
「ですね。最下級の魔王くらいの力はありそうです」
「ああ~、そんくらいだったな。もう、大変だったんだぞ」
アクアリアスが的確な分析を下すと、フレイが身振り手振りで大変さをアピールする。
「……そろそろ、かな」
シルフィが呟くとほぼ同時に、光が収まる。その後、ハルファスの姿はもうどこにもなかった。
「……つまり、僕は囮だったと。そういうわけか?」
憮然とした表情でライルがシルフィをジト目でにらみつけた。
「いやぁ、でも本当に当たるとは思わなかったわー」
悪びれもせず、シルフィは笑い飛ばす。
……シルフィの説明するところによると、ライルが使う『ライトニング・ジャッジメント』はあくまでブラフで、次元の穴を開けたのはシルフィが他の精霊王たちに助けを求めるのが本命だったらしい。
彼らが駆けつけるまでの時間稼ぎに、ハルファスに『面白そうなこと』を見せておく必要があったというが……
「……ああまでしてくれたアレンの立場はどうなるんだ」
今回、一番の功労者であり、一番の重傷を負っているアレンは、アクアリアスとガイアの治療を受けている。水と地は、それぞれ回復に長けた属性であるので、アレンの左腕もなんとかくっつくだろうとのことだった。
「いやあ、でもアレンが踏ん張ってくれなかったら、一人くらい死んでたかもだから」
「さらりと恐ろしいこと言うな、お前」
「事実よ。いやいや、マスターたちの強運も大したもんね」
内心、泣きそうなほど安堵しているのを隠して、シルフィがカラカラと笑う。
「シルフィ。そろそろ、人間も通れるぞー」
人間界への門を広げていたフレイがシルフィを呼ぶ。
見ると、確かに人間がちょっとかがめば潜り抜けられるほどに、門は広がっていた。
「はいはーい。……ん、じゃあ帰りましょうか、マスター」
「ん、ああ」
「フルカスも。色々世話になったわね。また、私たちがこっちに来た時は色々話しましょう」
脇で、神妙に座っていたフルカスが頷いた。
「いや、こちらこそ。あの暴れん坊の討伐の協力、感謝する。次に貴方たちが来る時には、茶の一つも用意して置こう」
「そうね。その時に、できれば魔族と和解できればいいけど」
「長年の確執が、そう簡単に解消できるはずもないが、私もそう望む」
そうして、シルフィとフルカスが手を握る。
精霊界の最高指導者の一人と、魔族の重鎮(らしい)が握手するなど、一種歴史的な瞬間ではあるのだが、ライルは疲れて疲れてそんなことはどうでもよかった。
「あ、フルカスさん、僕からも、ありがとう」
「ああ。君も、人間にしてはなかなかだった。ハルファスを倒せたのも、君の功績によるところが大きい。また魔界に来ることがあれば言ってくれ。力になろう」
「いえ……もう二度と来たくないです」
「それもそうか」
笑うフルカスに、ライルは軽く頭を下げて、門をくぐった。
「遅いわよ」
先にくぐっていたルナが文句を言う。魔力が殆ど底をついているくせに、彼女の元気っぷりは相変わらずだった。
「フルカスさんに礼を言ってたんだよ」
「ああ、そう言えば挨拶忘れてたわね。……ま、また会うこともあるでしょうし、そんときに言えばいいか」
ルナは、また魔界に行く気満々らしい。
フルカスにはああ言ったが、ルナが『その気』である以上、きっとまた会うことになるんだろう。多分、そう遠くない未来に。
そっと自分の運命にため息をつきつつ、ライルは周囲を見渡した。
「……………あれ?」
目に付くのは、ボロボロになりながらもしっかり二本の足で立っているルナとクリス。気絶したまま、アクアリアスとガイアの回復魔法を受け続けているアレン。そして、不要になった人間界と魔界を繋ぐ門を塞ぎにかかっている残りの精霊王たち。
……そして、見渡す限りの森。遠くに見える、見覚えのない山。
「ここ……どこ?」
「サイファール王国某所。魔界のあの『六柱』から開ける門だと、ここにしか出れないのよねぇ」
のんびりと呟くシルフィに、ライルは頭の中で地図を展開する。
サイファール、といえばこの大陸でアルヴィニアに並んで古い、騎士の国だ。過去、かの勇者ルーファスが滞在していたとかなんとかゆーウンチクは置いておいて、問題はここからヴァルハラ学園まで、どんなに頑張っても一週間はかかると言う事。
しかも、それはセントルイスから国境までの距離だ。今いるところがサイファールのどの辺りに位置するかは分からないが、下手すれば帰るのに二週間くらいかかってしまう。
「シルフィ。こっちの大きな人の治療、終わりましたよ」
「すっぱり切られてたし、血止めはされてたから割と楽だったぞ。まぁ、完全にくっつくまで、ニ、三ヶ月ってとこか。それまで絶対に動かさないよう言っとけよ」
アクアリアスとガイアがアレンの治療完了を報告する。
ライルが見ると、アレンの左肩は包帯でぐるぐる巻きにされ、木の枝で固定されていた。未だ意識は戻ってないようだが、寝息は穏やかなので、平気そうだった。
「あっそぉ。じゃあ、帰りますか」
シルフィがそう宣言する。この場合の帰る、はどうも精霊界っぽかった。
「ちょ、ちょっと待った! 僕たちをこのままここに置いていく気か!?」
「ごめんねぇ、マスター。今回、ちょっと派手に動いちゃったから、色々事後処理があるのよー。神界に言い訳もしなきゃだし。まぁ、マスターたちなら一週間くらいで帰れるっしょ? とりあえず、南南東に行けばローラント王国だから。詳しい位置は、星を見ること」
「待て! そんなアバウトなアドバイスされたって困る!」
「じゃあ、シーユ~」
と、シルフィが消え、
「ま、お前らもそこそこ役に立ったな。そっちのデカブツにも言っとけ」
フレイが消え、
「それじゃあ、いろいろ面倒かけたな」
「また、お詫びしますからね」
ガイアとアクアリアスが帰還し、
「ではな」
何の愛想もなく、カオスが消えた。
残されたのは、満身創痍の人間が四人。
「クッ、なんて無責任な連中だ」
ガクリ、とライルが膝をつく。
「そーねー。とりあえずライルがアレン背負いなさいよ」
「ええっと……まずは、近くの人里に行くのが先決かな。ほら、ライル、元気出した」
「あ、ああ、そうだね」
クリスに励まされ、なんとかライルが立ち上がる。
「ん……あれ?」
その時、ふと周囲の草むらがカサカサと鳴った。
「あ、あれ? この気配ってもしかして……」
唸り声まで聞こえる。
「もしかしなくても、モンスター?」
「……らしいね。ライル、頑張って」
普段ならどうってことない相手だが、魔力がほとんどなくなっているルナやクリスはあまり戦力にならない。アレンは寝ている。
唯一戦えるのが自分だけだと言う事に気がついて、ライルは慌てた。
「ぼ、僕もスゲェ疲れているんですけどっ!?」
「ほとんど戦ってなかったじゃない。怪我もないんだし、頑張って働け」
ルナに蹴りだされる。
転がったライルの目の前に、狼の姿をしたモンスターが五匹ほどコンニチワした。
「ライルー。僕はルナとアレンの護衛しとくから、頑張ってねー」
「うわあああああああああああああああああっっっ!!!!?」
疲労で上がらない腕を必死に振り回して、ライルは戦闘に突入した。
余談であるが、疲労困憊のライルたちがヴァルハラ学園に帰ってきたのは、年も明けようとしていた大晦日の夜だったらしい。