夜。ライルの部屋で、男三人が顔をつき合わせて話し合いをしていた。
「やっぱり……だよね」
「うむ。俺も昨日……だし」
「でも、あの**がそんなの……」
「いやいける! あいつはああ見えて、こういうの好きだから!」
それは、ライルの『我ながらアホなことを思いついたもんだ』というお話。
第165話「アイデアの敗北」
「ルナー」
次の日。
昼休みに、ライルは後ろ手にあるものを隠して、ルナに話しかけた。後ろでは、昨晩話し合っていたアレンとクリスが、ハラハラしながら見守っている。
「なに? ってか、なに隠してんのよ」
「いや、さ」
もごもごとライルが口ごもる。
「その、ルナがいつもする、えーとツッコミ? なんだけど」
ツッコミ、と自分で言っておきながら、とても白々しい響きだ。ルナのツッコミ……あれは既にツッコミの域ではなく、破壊活動と呼ぶのが相応しい。いや、だからこそ『これ』を持ってきたのだが。
「ツッコミ? なんのこと?」
「いや、ほら。いつも魔法ぶっ放してるじゃん」
ルナ的には、あれはツッコミではないらしい。ならば、なんなのだろう、と聞きかけて、やめた。どうせ、ロクな答えが帰ってくるはずがない。
「ああ。それで、いつも私がしてるお仕置きが、どうかした?」
「お仕置き……いや、いい。とにかくね、そのお仕置きだかなんだかなんだけど、ほら、ちょっと被害大きいじゃない?」
本当はちょっとどころじゃないのだが、一応そうやってオブラートに包んでおく。
人的被害は大したことはない。ルナの精密な魔力コントロールのせいか、それともただの運か、はてまた他の人間の避難の素早さ故か、なぜか狙った人間以外に危害は加えられないのだから。
ただ、物に対する被害が大きい。この教室の窓ガラスも、一体何回換えたのだろうか。学園の予算運営に、ルナ予算という項目が生まれたところから察して欲しい。
「う……ま、まぁそういう一面がないとはいいきれないかもしれないけど」
往生際が悪い。しかし、微妙に視線を逸らしている辺り、やはりそれなりの罪悪感は覚えているようだ。鉄拳制裁という手段もあるのだが、どっちかというとルナは魔法が反射的に出る。大体、アレはアレで痛い。
「うん。そこで提案なんだけど」
そして、ライルは『それ』をルナに差し出した。
「魔法の代わりにこれを使えば万事解決だと思うんだ!」
ピシリ、とこそこそ様子を伺っていたクラスメイトたちが固まる。
「……なに、これ」
怒るわけでもなく、ルナは本気でわけがわからず、きょとんとなった。
「なにって……ハリセン。アレン作」
学校の購買で買った厚紙とガムテープで作成した、至高の一品である。そこらの素人が作った物とは明らかに作りが違う。何度叩いても壊れたりはしなさそうだ。……どうでもいいが、なんでアレンはハリセンの作り方など知っていたのだろう?
「……で?」
「で? じゃないよ。これから、ツッコミ……じゃなくて、お仕置きをするときはこれを使って欲しい。とかく、ルナの魔法は被害が大きすぎる」
わけのわからぬまま押し付けられたハリセンを、ルナは仕方なしに受け取る。
「いや、あんた私をなんだと思ってんのよ」
「ツッコミ役?」
「アホか」
パシッ、と早速ルナがハリセンを振るう。衝撃がライルの脳天に走るが、当然痛いわけはない。
いけるっ! とライルはガッツポーズをとった。……何を元にいけるっ! と思ったかはさておいて。
「……ん、まぁ使うのはいいけどさ。こんなんで叩かれても、お仕置きになんないでしょ」
「いや、そもそも今までのお仕置きとやらが既に過剰すぎたんだよ。これくらいで、普通の人は充分反省するから」
「ふーん。まぁ、やるだけやってみようかしら」
………………………………………
………………………………
………………………
(それで、あれなにしているの?)
(僕に聞くな)
放課後。ルナは、野球部と一緒にハリセンの素振りをしていた。
ライルの肩に座っているシルフィが、呆れた顔で嘆息した。
(ルナはなんだかんだで努力家だし、そこはいいところだと思うけど……全力で間違ってない?)
(いいじゃないか。その分、エネルギーが分散されるなら)
ルナは、プライベートの時間の大部分を魔法研究に費やしている。ああいう風に青春の汗を流すことは、きっと彼女にもプラスになる……はずだ、うん。
詭弁という感は否めないが。その分こっちに被害が来なくて済む、という気持ちがないと言うと嘘になるが。
当惑している野球部の皆さんには非常に申し訳ないが、たまには一般人にも僕の苦労も察して欲しい、などと自分勝手な論理を勝手に展開して、ライルは意気揚々と夕飯の材料の買出しに向かった。
「たまには運動もいいわね〜。ご飯もおいしくなるし」
と、ライルの部屋にやってきた自他共に認める魔法使いのルナは元気よくシチューのおかわりを要求した。
「で、ハリセンの使い心地はどう?」
苦笑しながらシチューを盛り、ルナに渡す。ライル、この歳にしておさんどんっぷりが板についている少年であった。
「ん〜? 感触は悪くないわよ。あとは実戦ね〜」
「実戦……」
実『践』ではなく実『戦』である。そこはかとなく物騒に思えるのは気のせいではあるまい。
「いや、でもハリセンだしな……」
「ん? あによ?」
「なんでもない。そのときは、反射的に魔法をぶっ放さないように」
「それは大丈夫よ。意識してれば、多分」
「……不安だなぁ」
まぁ、考えても仕方ない。ルナの言う事を信じるしかなかった。
「それはそうと……シルフィの姿が見えないけど? いつも、部屋じゃ姿見せてるってのに」
「ああ、シルフィなら今いない」
「……また? 最近、いつもじゃない? んなに仕事忙しいの、あいつ?」
いつも、と言い切れるほどルナがライルの家に夕飯をたかりにきていることは言うまでもない。
「うん。なんか、厄介事が起きてるらしいよ。なんでも、精霊王全員でことに当たってるとか……よくわかんないけど」
「ふーん。いつも暇を持て余しているように見えて、意外に大変っぽいわね」
「少なくとも、学生よりはね。でも、まぁたいしたことじゃないでしょ。所詮、シルフィが出来ることなんだから」
と、少し茶化す気ライルだが、割と認識が甘いことを知るのはもう少し先の話だ。
「まぁ、ライル」
「ん?」
「おかわり」
ずいっ、と皿を突き出すルナ。早い。ライルはまだ一杯目だというのに。
「……太るよ」
「やかましい」
スパーンッ、とまたしても活躍するハリセンだった。
鼻っ面にまともに食らって、涙を出しつつライルは『ああ、僕の考えは間違ってはいなかった』と一人納得する。
「今日は徹夜で魔法練習する気なんだから、栄養とっとかなきゃいけないのよ」
「はぁ……何の魔法?」
「秘密」
答えて、ガツガツとルナは栄養を蓄える。
「魔法ねぇ」
別に珍しいことでもない。魔法を『覚える』だけなら、余程難易度が高くない限りルナにとっては難しいことではない。しかし『使いこなす』となればそれなりの練習が必要となる。魔法は使ってこそナンボ、という主義のルナだから、毎日のように練習はしている。徹夜は、確かに珍しいが。
だから、ライルは、この会話をすぐに忘れた……と思ったら、すぐに思い出すことになった。
翌朝。
登校してきたライルは、いきなり顔を引きつらせた。
「やぁ、おはようございます、ルナさん。いやぁ、今日も美しい!」
「っさいわね……あんまり朝っぱらから歯を光らせないでよ」
グレイが、ルナに言い寄っている。
ライルの経験上、こうなった場合、教室が一部(場合によっては全部)損壊する確率は五分五分……より少し上だ。すでに、賢明なクラスメイト諸兄は、二人から微妙に距離をとって、腰を浮かせ逃げる体勢に入っている。
「……いや、でも大丈夫だ」
なにせ、ハリセンがある。
今後はアレを使う、とルナは言ったのだ。彼女は、約束を破るような人間ではない。……いや訂正。約束を破る時は、堂々と宣言してから反故にする。魔法使いにとって、契約は絶対だ。契約書を破る前に、それに反する行動は取れない。破る辺りが非常にアレだが。
「今日は、このようなプレゼントを持ってきたのですが」
と、グレイは一本の薔薇を取り出して、ルナに差し出す。
「そう、貴女はこの薔薇のような女性だ。美しく、しかし触れようとするものを傷つける棘がある」
クサッ
「……アンタ、イレーナとはどうなったの?」
夏休みに出会った、グレイの元婚約者の名前を挙げる。彼は、近郊の森に住まい始めた彼女の様子をちょくちょく見に行っているらしいので、復縁したのかとルナは思っていたのだが。
「え? 彼女とはよき友人ですよ」
「友人って……」
「いえ、ルナさん。貴女という人がいるのに、浮気などしませんよ。イレーナさんも、夫がいるのに不倫などできないでしょう」
「待った。もしかしてあんた、イレーナの事情ちっともわかってないわね?」
元々、許婚となったグレイに惚れたイレーナは、グレイに『好きな人が出来た』と遠まわしに思いを伝えたのだ。しかし、自分の他にそう言う人が出来たのだと見事に勘違いしたグレイは、婚約を破棄。彼曰く運命の女性であるルナに言い寄り始めた……という経緯は143話辺りを参照してもらうとして、その誤解は夏休み終了後に解けたんじゃないかと思っていたのだが。
「??? イレーナさんからは、彼に嫌気が差して郊外に逃げたと聞いていますが」
「そ、それしか聞いてないの?」
間違ってはいないが、微妙に説明不足だ。
「ええ。私がその彼と話しても良い、と言ったんですが、鏡に向かって存分に話してください、などと誤魔化されまして。未だ名前も聞いておりません」
イレーナは、遠まわしに言うのが好きらしいのだが、この男はどうしてそれで気付かないんだろう。
同じ女性として、ルナは割と怒った。
「ったく。私が口出すことでもないけど、一応友達だし、お仕置きしておかなくちゃね」
口は出さないけど、手は出すとでも言いたいのか。スラリ、と懐からハリセンを取り出すルナ。……いや、明らかに取り出すところがおかしい。普通に考えて、懐にハリセンはしまっておけないだろう。
しかし、いつもならここで教室に大穴でも開くところだが、やはりルナは約束を守ってくれた。
様子を見守っていたライルは、安心して息を吐く。グレイも、気絶したりする心配はないだろう。
「『フレイムクレイモア』」
そう、ルナがポツリとつぶやくと同時、ハリセンが炎を纏う。
「は?」
思わず、ライルは口を空けて間抜けな声を出してしまった。
「ちょっと、反省、してきなさぁいっ!」
大きく振りかぶって、グレイを『かっとばす』ルナ。野球部での素振りが随分役に立っているらしい、見事なハリセン使いだ。しかし、叩いた途端爆発して、しかも人が水平に飛ぶのはおかしいんじゃないかなぁ、と思っていたらライルの方へグレイが飛んできた。
「ちょ、ちょっと!?」
……時に、魔法剣というカテゴリの魔法がある。これには二種類あって、魔法で武器を作るものと、魔法を武器に纏わせ威力を高めるものだ。後者の場合、術者の技量が低いと過度の負担を武器にかけてしまい、あっさり壊れる。しかし、元々『在る』ものを強化するほうが、高い威力を得られる場合が多い。
いやぁ、しかしハリセンに魔法剣使うのは予想外デスヨ?
グレイという弾丸を全身に喰らい、一緒に吹き飛ばされながら、ライルは呟いた。
「ルナ……どうしても魔法使わないと、気が済まないんだね」
ライルのアイデアは、見事敗北を喫したというお話。