「最近、ここから北東の森で、モンスターが凶暴化しているらしいわね」
そんな、世間話デスヨー、と言わんばかりの口調で物騒なことを口走るのは、ヴァルハラ学園学園長の肩書きを持つジュディ・ロピカーナであった。
呼び出されたいつもの四人は途端に胡散臭げな顔になる。
「ハァ……それが、どうかしたんですか?」
代表して、ライルが尋ねた。出来れば聞きたくないなー、と顔に書いてあるが、ここでスルーするのもそれはそれで嫌だ。
「うん。なんでも、性格が獰猛になっただけじゃなくて、普通じゃ考えられないくらい強くもなっているらしいのよ。でも、人里からは離れているから、実害はないのね」
「だから、それが僕たちと何の関係が?」
顔を引きつらせながら、ライルは重ねて尋ねた。
「……そういえば、そろそろミッションの季節ねー」
いわゆる、ミッション授業は、冒険者となる者の多いヴァルハラ学園独特の授業で、四人組のパーティーに冒険者の仕事を疑似体験してもらおう、というものだ。そして、三年生は三学期にはミッションがないので、事実上、今回が最後となる。
無論、難易度も最高だ。
「もしもし? 学園長?」
「あ、これがその森までの地図。普通の人だと、歩きで三日ほどの行程かしら。それからこれは、辺境警備隊の調査書。脅威のランクはAだけど、解決優先度はD。まぁ、そんなに慌てなくてもいいわけね。あ、こっちは支度金」
ほいほいと渡される資料の数々。その資料の数だけ、ライルの肩も重くなる。
「これって、もしかしなくても、国の騎士団……もしくは、本職の冒険者向けの仕事じゃあ?」
「そうよー。冒険者ギルドに流れそうになった仕事を、私が掠め取ったんだもの。難度Aの仕事よー」
悪びれもせず、ジュディは言ってのけた。
「もちろん、今回は貴方たちだけでやってもらいますからね」
「ちょっと」
「前のミッションの時、カイナたちと仕事やったじゃない? あいつらなら、即一流としてやってける、って太鼓判押してたわよ。そこら辺を鑑みて、このくらいじゃないと課題にもならないかなぁ、と思って」
「だからって……」
こんなの、命の危険すらある。猛然と抗議するライル。しかし、ジュディの話術に加え、仲間もこのミッションに賛成2(ルナ、アレン)消極的反対1(クリス)反対1(ライル)という状況では、抗弁できるものではない。
あれよあれよという間に、この課題を受け入れることになってしまうのだった。
第166話「ミッションと疑惑と青春」
「だからさぁ。カイナさんたちも言っていたじゃない? 危険は、須らく避けるべきなんだって。ルナ、その辺わかってる?」
翌日。
早速出発しながらも、ライルはブチブチと文句を言い続けていた。
「あ〜、もー、うっさいわねぇ。前のミッションの時、ドラゴン三匹に突貫するって、言い出したのアンタでしょうが」
「う……それは、カイナさんたちが、危ないと思ったから」
あのときの事を持ち出されては、ライルも分が悪い。あの時のライルの選択は、まさしく無謀と呼ぶに相応しかったのだから。
「まー、いいんじゃないか? 調査書見る限り、凶暴化はしていても、普通の魔物しかいないみたいだし。ドラゴンみたいなのがいたら、逃げりゃいいさ」
「アレン……君、ほんっとーに、そういうのがいたら逃げる、って誓えるの?」
バトルマニアな傾向のある友人を、ライルはジト目で睨んだ。
「まあ、やれそうならやるさ」
「やれそう、じゃなくて、確実に勝てないようだったら逃げるよ」
「甘いな、ライル。戦いに確実なんてのはねーんだぜ?」
ああ言えばこう言う、とライルは頭を痛めた。万が一、ドラゴンが出てきてコンニチワみたいな素っ頓狂な事態に陥ったら、アレンを後ろから殴りつけてでも逃走を図る必要があるだろう。
「……クリス。君はどう思う?」
「僕? まぁ、アレンの言うとおりにすればいいんじゃないって思うけど。危なそうだったら逃げる」
ライルが予想するところによると、その時しんがりを務めるのは自分とアレンだろう。
「シルフィ〜」
(わ、私にまで振るの?)
こうなったら最後の砦だとばかりに、ライルはシルフィに縋った。ちなみに、現在シルフィは姿を消しているので、傍から見ると凄く変な構図になってしまっている。
(ん、あ〜。私からはなんとも言えないけど……正直、ゴメン)
「……は?」
シルフィが、謝罪した。いや、それはいいのだが、一体なにに対して?
沸々と、ライルお得意の嫌な予感が沸いて出てきた。なんか、ものすごく、きな臭い。
「待て、シルフィ。お前、なんか知っているのか?」
(だから、謝っているじゃないー)
「ちょっと、ライル。どうかしたの?」
シルフィの声は、他のみんなには聞こえないので、話が見えない。聞かれているライルの方も、さっぱり事情は読めていない。ただ、なんとなくロクデモナイ事が起こっていることだけはわかった。
「いや、なんかシルフィが……おい、シルフィ。なにに謝ってるのか、ちゃんと説明しろ」
(いやぁ〜! 絶対、いじめられるからやだ!)
首を振っていやいやとするシルフィ。
「なんだなんだ?」
「どしたの、ライル?」
様子がおかしいことに気が付いたアレンとクリスもこっちにやって来た。
「いや、なんか今回の件にシルフィが関わっている臭い……んだけど、吐こうとしないんだ」
ライルの脳裏に、今までシルフィの不手際で巻き込まれた騒動が走馬灯のように過ぎる。シルフィの起こすものは、彼女の精霊王という肩書きゆえか、やけに規模が大きいのが特徴だ。例えば何日も続く大雨を鎮めるために生贄にされそうになったり、瘴気の浄化忘れでドラゴンと戦う羽目になったり。
(と、とりあえず、話は後で! もしかしたら違うという可能性もなきにあらずだしっ)
「だ・か・ら! 主語を明確にしろ主語を!」
もりもりと脱力しながら、ライルは逃げようとするシルフィを追いかけるのだった。
モンスター退治、ということで体力の消耗を嫌った一行は、夏休みの時のような強行軍はせず、普通のペースで進行していた。
当然、三日の道のりを踏破することは叶わず、キャンプを張ることになる。
「それは、いいんだけど」
いい加減、逃げまくるシルフィの詰問にも疲れ果てたライルが、ジロリと今回渡された支度金で購入した最新器具を睨んだ。
「……ルナ的に、オッケーなんだろうか、あれ」
「さあ? アイツの考えることなんぞ、俺にはわからん」
なにかというと、テントである。
いつもは、火でもつけて寝袋もなしに寝ているのだが、もう十二月。押し寄せる寒波は如何ともしがたく、結界等で魔力を消耗するのも愚策だということで、今回購入に至ったのだ。実際は、保温よりも安眠できることによる回復効果の方が大きい。
ただ、
「男子と女子が狭苦しい空間で一緒に寝る……なんてシチュエーション、問題ありだと思わない?」
「そりゃあ、思うが」
健全な男子諸君が安眠できるかというと、ちと疑問である。
いくらルナとて、年頃の、一応顔立ちの整ったうら若き少女である。現在テントの中で着替えをしているということもあり、青少年の青少年たる所以は暴走寸前……にはならない。
もう、絶望的なまでにならない。
もしかして自分らホモですか、と思わずライルたちが自問するほど、ならない。
「こういう時、お話とかだと僕らはドキドキして悶々としなきゃいけないらしいんだけど。……アレン、どう?」
「あの逃げ場のない場所で魔法ぶっ放されたらどうしよう、という意味ではドキドキするが」
ライルは、ルナの幼馴染として、彼女を女という以前に友人と見る傾向が強い。ポトス村に住んでいた時期、一緒に昼寝など何度もしたこともあり、まったくもってそういう気分にはなれなかった。
アレンは一応とは言え婚約者のいる身である。だからといって他の女性に目移りしないわけではないと思うが、女性関係に関してはこれ以上ないほど鈍いので同じくまったく気にならない。
「クリスは?」
夕飯を作るため、即席のかまどを作っていたクリスは、弱弱しく首を振った。
全員が全員、今日はまったく健やかに熟睡できるだろうなぁと確信しているらしい。
「それはそれで、いいことではある……と思うんだけど」
「……なぁ?」
「そうだね。ちょっとある意味問題かもしれない」
安眠できるのなら、体力を回復できていいのだろうけれど、彼らはどうしてもそれに納得がいかない。さもありなん。彼らは、『年頃の男として、同年代の女子と一緒に寝てまったく何も感じないのはどうか』という意味で悩んでいるのだ。
阿呆みたいな話である。
「あんた等、それでも男?」
いつの間にかシルフィが実体化して情けない男たちを睥睨していた。
「あ、シルフィ。いい加減、今回のこと説明しろよ」
「シャラップ!」
シルフィは、強気に一喝した。
自分たちに自信をなくしていたヘタレどもは、それですくみ上がる。
「マスターっ! あなたも男なら『ルナをこの機会に落とす!』くらい言いなさいよ!」
「だから、落としたくないんだって」
そんなことを試みようものなら、地獄に落とされそうだった。
「アレンっ!?」
「いや、俺は一応フィレアが……」
「ああ!? アンタ、あのメイドに手ぇ出してたじゃない!」
「出してねぇ!」
そもそも、なぜシルフィはこんなにムキになってるのだろうか。もしかしたら、必死で自分の隠している事を追求されないようにしているのかもしれない。
「クリスはっ!?」
「う〜ん……」
クリスは腕を組んで首をかしげる。ぐぐぐ〜、と首が九十度くらい傾いた。
「ルナは、僕の趣味じゃないんだよねぇ」
ガンッ! と音がして、クリスの首は逆の方向に九十度傾いた。
「あんたたち、一体なんの話してんのよ」
テントから着替えを終えて出てきたルナが、何かを投げた体勢で怒りの声を上げた。
見ると、クリスの足元に水筒が転がっていた。どうやらこれを投げたらしい。
「いや、なんでもないよー」
誤魔化すように、ライルは手を振る。
「……ならいいけど。とりあえず、夕飯さっさと作りましょ」
ルナがエプロンを取り出すのを見て、男が全員飛び上がった。
「ちょっ! ルナ! き、君が料理することはないよ!」
「そ、そうだ。野外での料理は、男の領分だ。俺達に任せとけ!」
「大体、モンスターの退治、となるとルナの魔法が一番の戦力だからね! 一番体力ないんだし、休んでてよ!」
まるで、事前に入念な練習を積んだかのように、反対声明を連発する。ちなみに、クリスの首は九十度傾いたままだ。珍しく、彼が被害に遭っている。
「……そう?」
『うん!』
最後は、全員でハモった。
喋りながらも、手は止まっていない。のんびりと準備していたが、今や彼らは一流の料理人のようにきびきびと迅速に夕飯の支度にかかっている。竈の作成し、一息で火を熾し、その裏で材料を切り分けつつ下拵えに入る。
あれだ。人間、共通の敵(ルナの料理とか)があると、簡単に手を組むことが出来るという好例だろう。追い詰められると人間、普段以上の力を発揮できるという火事場の馬鹿力の好例でもいいかもしれない。
「うむうむ。矛先は、私から逸れたわね」
その様子を見て、シルフィは満足そうに頷くのだった。
「……にしても、ここまでくるとルナの方にも問題があるような気がしてきたわ」
なにをいまさら、と言う話であるが、そんなことを訳知り顔で寸評しているシルフィとて、ルナと扱いが変わらないのは言うまでもない。
追伸:やっぱり、全員安眠できたらしい。