あのあと。
イレーナさんの噴火っぷりは、それはもぉ言語に絶する凄まじさだった。そりゃそうだ。勘違いで振られたんだから。
……詳しく描写することはしない。思い出すのが怖いから。
ただ、セントルイス近郊の森で暮らすことにしたらしいから、ひとまず安心だ。グレイも、時々は顔を見せに行くらしい。これで、よりを戻して、ルナにちょっかいかけることが少なくなればいいなぁ、と密かに思っている。
望み薄だけど。
ちなみに、ルナとイレーナさんは、なんだかんだで、時々お茶を飲み合う友達となったらしい。相変わらず、ルナには冷たく当たるイレーナさんなのだが、シルフィから言わせると、
「あれが、いわゆるツンデレよ!」
らしい。
言葉の意味はわからない。精霊界の、特殊な単語だろうか?
要するに、イレーナさんはルナのような傍若無人な性格に憧れるところが(ほんと、やめて欲しいけど)あり、それを素直に表現できないだけ、だそうだ。
まぁ、それはいい。特に問題にはならないだろうし。
これにて、この一件は解決。夏休み、僕が旅に出てから起こってきた騒動もひと段落……と思っていたんだけど、
「……アレンとクリス、今ごろどうしているかなぁ」
友人二人とその相方は、実は未だこっちに帰ってきていない。
第144話「メイドの村で」
『おいでませ! メイドの村へ』
そんな阿呆なポップが踊りまくる看板を、アレンは三日間徹夜した画家のように重い足取りで村の入り口に設置していた。
看板の隅では、村唯一の宿の主人、バロックの描いたやたらキュートな三頭身キャラが、メイド服を着込んでウインクをしている。こんな無駄な絵心を、こんなところで発揮せんでも、とアレンは強く思う。総じて、この看板は無駄の塊だ。
なら、その無駄な看板を必死こいて立てかけている自分は一体なんなんだろう、とアレンは軽く鬱になった。
「……ふぅ」
額を流れる汗を拭う。
ついさっきまで畑を耕していたのだ。そこへ、いきなりフィレアがこの看板を持ってやって来て、とっとと立てて来いと送り出した。
村人たちも、行ってこい行ってこいと囃し立てるものだから、仕方なく引き受けた。
本来ならば、この時間は昼の休憩だったはずなのだが……
「腹、減ったぁ」
今まで、やたら動作が鈍かったのはこれが原因である。
昼ごはんは、村の女性陣が用意してくれているはずだが……今戻っても残っちゃいないだろう。炎天下、農作業をしてきた村の男衆は、空腹である。
アレンは、言うまでもなくよう食う。一般人より二回りくらいデカイその肉体を維持するためにはそれ相応の栄養が必要なのだ、などという言葉では括れないほどよく食う。
その食欲が、彼の馬力の根源であることは間違いないが……逆に、エネルギーが断たれると、けっこう脆い。
別に、一食二食抜いても死ぬわけではないが、アレンの場合精神的には死ぬ。
へたり込み、空腹を訴える腹を、せめて手で押さえて慰めていると、ふと彼の頭に影が差し込んだ。
「?」
顔を上げてみると、やたら装飾華美な衣装に身を包んだ、十三、四ほどの少女が立っていた。
逆光になって、顔は良く見えなかったが、その服ですぐわかった。看板にも描かれている、絵に描いたようなメイド服。
こんな服を着ているのは、村に二人しかいない。そして、もう片方なら、いい加減付き合いも長いので……すぐわかる。そうじゃないということは、
「プリムか」
「あ……は、はい。あの、お昼ご飯、持って来ました」
「マジか!」
アレンの瞳が、まるで獲物を狙う猛獣のごとく煌いたかと思うと、プリムが持っていた包みをその手ごと食わんばかりの勢いで剥ぎ取った。
半ば破るように包みを開くと、中には見事に正三角形に握られた握り飯が四つ。どれも、標準を大きく上回る大きさで、これ一つで普通の成人男子は腹いっぱいになるだろう。付け合せにと添えられたたくあんがいい飴色に輝いている。
とりあえず、アレンは握り飯の一つを口に放り込む。
どう考えても、口内の許容量をオーバーしているのだが、全く持って気にしてはいけない。
「ふぁ……」
作ったプリム自身、ちょっと大きすぎるかなぁ? などとアレンの健啖振りを忘れて懸念していたのだが、まさに杞憂だったようだ。
二つ、三つ、と怒涛の勢いで食べていくアレンに、毎度の事ながら目を丸くしつつ、プリムは一緒に持ってきたお茶の用意をする。
「ん」
井戸でキンキンに冷やした麦茶をコップに注ぐと同時に、アレンが無造作に手を出してくる。もう片方の手は頬についたご飯粒を口に運ぶ作業で必死だ。
苦笑しながら、プリムが麦茶を渡すと、アレンは一息で飲み干したのだった。
二杯目、三杯目と麦茶を飲み下した辺りで、アレンはコップをずぎゃんとプリムに返した。
「っぷっはぁ! 一息ついた〜。ごっそさんー」
「お粗末さまです」
そういえば、いただきますを言ってなかったなぁ、とプリムは後になって気が付いたが、朝ちゃんと食ったくせに行き倒れになりかかっていたアレンの様子を思い出すと、それも仕方ないと思う。
第一、本当に嬉しそうに食べてくれることで、帳消しだ。
「アレンさん。タオルです。汗、拭いてください」
「サンキュ。……って、ちょっと待ってくれ」
アレンはおもむろにシャツを脱ぐ。
「ちょ、アレンさん!? あの、その……いきなりですか!?」
わたわたとプリムは慌てる。赤くなったり、赤くなったり、赤くなったり実に忙しい。しかも、いきなり――なんだというのだ。一体、どういう想像をしたのだろう。
ちなみに、目を逸らしているフリをしているが、しっかり素肌を観察している、彼女も年頃の好奇心旺盛な少女と言う事か……
いや、実際アレンの肉体はそこそこ鑑賞に耐え得るものだった。
幼少時からの厳しい鍛錬によって鍛え上げられた上半身は、まさに筋骨隆々と呼ぶに相応しい造詣を備えている。だが、過度な肉で鈍重な印象は全くない。徹底的に実戦向けに鍛えられたそれとすぐわかる、持久力と瞬発力を兼ね備えた見事な筋肉。夏の熱気に滴り落ちる汗は、完璧なまでのアクセサリーとなって、彼の肌を煌かせる。
これ以上描写すると暑苦しくて仕方ないので割愛するが、こう、少女の脳のぁゃしぃところにズキュンとクルものがあった。
「ほい、借りるぞ」
ほけー、と目を覆う格好をしたプリムから、タオルを掠め取り、アレンは自らの体を拭っていく。
だが、夏の熱気は流石にきつい。ここらは湿度も高い気候なので、拭いても拭いても汗が滲んでくる。
「駄目だな、コリャ。水浴びでもすっか。プリムも、どうだ?」
この季節。一番暑くなる日中は、基本的に仕事は休みだ。朝や夕方の涼しい時間帯に、全部やってしまう。今頃は、みんな思い思いに過ごしているだろう。
水浴び、というのもポピュラーな過ごし方で、村の外れにある水量の豊富な川で泳いだり涼んだりする人は数多い。
「わ、わたしは。その、例のお店の準備が、まだありますから!」
アレンの汗を拭いたタオルを受け取ったプリムは、やけに慌てながら手を振った。
「そうか? じゃ、フィレアに、ほどほどにしとけって言っといてくれ。お前らも、迷惑してるだろ?」
「いえ、そんなことは……。確かに、お父さんたちも悪乗りしてますし、ちょっとどうかな〜って思うことはありますけど、でもわたしたちの村のことを考えてくださってるわけですし……」
「いや、んな遠慮することないぞ。度が過ぎたら、ガツンと頭をはたいてやれ。スリッパかなんかで、こう」
アレンが手を振る真似をする。
それに苦笑で返すと、アレンは手を上げて去ってしまった。
……残されたのは、プリム一人。
「……はぁ」
どうにも、自分一人が空回っている感が否めない。
プリムは、ここ数日の行動を思い返して、そう結論付けた。
アレンと出会った辺りから、トンデモナイ事態の目白押し。一介の村娘が十回生まれ変わっても体験できないようなことばかり起こっている気がする。
いつの間にか、同衾を初体験していたり。それがもとで、いきなり結婚させられそうになったり。その相手が、実はすでに婚約者がいる身で、その婚約者が押しかけてきたり。それで、結婚の件は水に流れるかと思いきや、王族じゃ重婚は常識だよーとかっていうか王族デスカ? みたいな。
お世辞抜きに、全く持って普通の少女であるプリムの許容量は既に軽くオーバーしている出来事の目白押しだった。
しかも、今、村興しと称してやろうとしていることが……いや、よそう。今は、アレンの昼食の差し入れと言う事で、見逃してもらっている自由時間。あのことはしばらく考えない方向で。
……ふと、先ほどまでの光景がフラッシュバックする。
「逞しかったな……」
なんて、頬を赤らめながらプリムは呟く。
ふと、手元のタオルに目を落とした。
……アレンさんの、汗を拭いた、タオル。
夢遊病者のごとく、ふらふらした手つきで、それを顔に持っていく。後で彼女は思い返すのだが、自分が何をしているのか、断言するがさっぱりわかっていなかった。
ただ、自分と言う存在の奥……そう、本能が叫んでいたのだ。どーゆー本能だ、という突っ込みは却下。
そして、あわやそのタオルに顔をうずめようとしたその時、
「み〜〜〜た〜〜〜ぞ〜〜〜」
「うひゃぅ!?」
比喩ではなく、口から心臓が飛び出すかと思った。
「アレンちゃんの汗を吸い取った布の匂いを嗅ごうとしているプリムちゃんの姿を、わたしは見た!」
「わざわざ説明しないでください!」
顔をトマトのように真っ赤にしながら反論する。
振り返ってみると――予想通りに――立っていたのは、小柄なプリムよりもう一回り小さいサイズの女の子。
なんか、どっか有名な国の王女様であり、アレンの婚約者であるフィレアだった。そのくせ、プリムとサイズ違いのメイド服を、見事に着こなしているが。
「にゅっふっふー。いけないんだ〜、プリムちゃん。なぁに〜してるのっかなぁ」
「さ、さっき自分で言ったじゃないですか」
「んふー。プリムちゃんだけにイイ思いはさせないよ!」
全く会話する気がないのか、まるで猫がじゃれつくかのようなダイブを敢行するフィレア。
「キャアアアアアア!」
飛び掛られたプリムは、思わず倒れる。……が、何気に、プリムが怪我しないように頭とかを庇っている辺り、フィレアもさすがというかなんというか。
地面をごろごろ転がりまわる二人の少女。
不毛な争いは、やがてフィレアが飽きて終わった。
「もう、なにするんですか」
「いや〜、ちょっとプリムちゃんが遅いから、すわアレンちゃんが狼になっちゃったか〜って駆けつけたんだけどね。そこで、プリムちゃんが変態行為に走ろうとしていたから思わず」
「へんっ!? ……ちょっと、魔が差しただけです!」
「いやいや〜。別に、隠さなくてもいいよ〜。わたしも、アレンちゃんのあの体は反則だと思うなー。プリムちゃんが、釘付けになるのも、仕方ないよ」
そこまで見ていたんですかっ!? と叫びそうになったプリムは、慌てて口を押さえた。
わざわざ、この話を広げることはない。
あれは、魔が差しただけ。ちょっとした、気の迷い。だからこそ、話題の転換を試みなければ。
「……で、お店のほうは?」
「うん。もう、殆ど完成したよ! まぁ、空き家を改造しただけだし、そう手間でもなかったんだけど……これで、この村の村興しの目玉、次世代のティールーム。“メイド喫茶”の完成だよ!」
次世代どころか、未来永劫実現しないで欲しかった。
「そうですか……」
「も〜、嬉しくないの? もっと喜んでよ」
ここで、嬉しそうに出来るようなハイクオリティな演技は習得していないプリムだった。
「あ、お客さんのことなら大丈夫だよ! アレンちゃんを走らせて、近くの大きな街まで、宣伝に行ったから」
「昨日、アレンさんがいないと思ってたら、そんなことを……」
「うん。明日開店って伝えたから、覚悟しといてねー」
覚悟なんて必要ない。こんな辺境の村まで、誰が好き好んでメイドなんぞ見に来るのか。
「目標は、一ヶ月でお客様五千人突破! 人口が早く増えたら、フィレアちゃんも自由になるしね。そしたら、わたしとアレンちゃんとプリムちゃんの三人で結婚式上げよう!」
そういえば、始まりはそんな話だったっけ、と思い出すプリムだが、どうせ村興しなんて無理だろう、と高を括っていた。別にアレンが嫌いなわけではないが、そういうのはもっとこう、色んな過程を経て築き上げる関係のはずだ。
うん、と頷く。
とりあえず、しばらくはこの小さいお姉さんの言うとおりやってみますか……
余談になるが、プリムの予想に反し、メイド喫茶は空前絶後の集客率を発揮。わずか半年で、彼女の村の人口は五十倍に膨れ上がり、農村としてはローラント王国でも有数の規模に成長するのだった。
この世は腐っている……と、アレンは後に漏らしたと言う。