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きっちり三日後。
ライルたちは、セントルイスに帰ってきていた。豪雷号もさすがに疲れたようで、水を一心に飲んでいる。
「あ~、どうしよう、この子。連れて帰ってきたけど、寮じゃ飼えないわよねぇ」
「……飼う環境もないのに、拾ったんですか」
ルナのぼやきに、イレーナが冷たいツッコミを入れる。
今彼らがいる寮の庭で飼うわけにも行かない。厩舎があるわけでもないし、そもそも寮ではペット厳禁だ。
「ま、しばらくはバレないでしょ。後々、考えることにするわ。……ところで」
ルナの目が、へたり込んでいるもう一人に向く。
「なに? もう喋る気力もないって感じね。情けないったらありゃしないわ」
そこには、三日間走り詰めで、体力の全てを使い果たしたライルが、今にも死にそうな風体で荒い息をついているのだった。
第143話「その真相」
「で、イレーナ。どーすんの、あんた? 実家帰る?」
ひとまずライルの部屋に移動した一行は、お茶を飲みながら話をしていた。
ちなみに、ライルが家を出発する前、ルナ宛に置いておいたサンドイッチ(ルナは全部食べてはいなかった)は、既に腐りに腐っていて、ライルは疲弊しきった体に鞭打って処分に走らなくてはならなかった。
「……帰れるわけありません。『探さないでください』って、置手紙して、一年近く帰っていないんですから」
「探さないでください、ってまたベタな……」
「そんなことを貴方に言われる筋合いはありません」
ルナにぴしゃりと言い放つイレーナに、ライルはすごい違和感を感じた。
彼女は、このように自分の敵意をはっきりぶつけるタイプではなかったはずだ。ライルに対しても、気に入らない気持ちを、どこか遠まわしにぶつけていたはずである。
まぁしかし。こちらのほうがライルとしてもわかりやすい反応である。いつも、このような女性ばかり相手にしてきたのだ。
「でも、顔ぐらい見せに行ったほうがいいんじゃないかなぁ。ご両親とか、きっと心配していると思うよ」
「あの人たちが、私の心配なんてするはずありません」
断言する。実の両親に対して『あの人たち』呼ばわりだ。
随分、根が深いらしい。
両親を早くに亡くしているライルは、その態度に悲しいものを感じるが、所詮赤の他人がどうこう言える問題ではない。
「ふーん、じゃあグレイは?」
「あの人とは二度と会いたくありません」
ルナが冗談めかして言うと、即座に却下した。元婚約者だと言うのに冷たいことである。
「……でもさぁ。多分、アイツ私が帰ってきたこと知ったら……」
「ルナさんっ! お帰りになったんですね!」
バタンッ! とライルの部屋のドアが開け放たれ、向こうから薔薇の花束を握り締めたグレイが登場した。
「グレイ、久しぶりだね」
「……なんだ貴様も一緒だったのか」
「ここ、僕の部屋なんだけど」
「いやぁ、ルナさん。相変わらずお美しい! 突然、旅行に出かけてしまったと聞いた時は、このグレイ・ハルフォード、まるで世界が滅んでしまったかと思うような絶望に囚われましたが、こうして再会できた今はあの時自害しなくて心底良かったと思っています!」
「聞けよ。そして、ルナに会えないくらいで自殺なんて企てるなよ」
心底『久しぶり』(決して他意はない)のグレイに、ライルはジト目で突っ込みを入れる。
「いやはや、ルナさんと会えなかったこの二週間あまりは、この私にとって十ヶ月ほどの長き別離に思われましたよ」
「なによ、その妙に具体的な数字は……てかね、こっちこっち」
ちょい、ちょいとルナが隣に座っているイレーナを指差す。
突然の登場に、目を白黒させていたイレーナは、そこでようやく焦点を取り戻し、グレイを困惑の目で見る。
「おや?」
イレーナに視線が固定され、グレイは思い悩む。
コンコン、と指でこめかみの辺りを叩き、なにやら思い出そうとしている。
(ねぇ、もしかしてコイツ、アンタのこと忘れてるんじゃないの?)
(……多分、そうです。婚約者とは言っても、実際にあったのはそれが決まってからの数度ですし、それだって二年以上前の話ですから)
(うわ、最悪。元婚約者を忘れる? フツー。てか、アンタもそれでよく婚約なんてしたわね)
こそこそと話し合う二人に、グレイは訝しげな態度になり、
「ところで、なぜこんなところにイレーナさんが?」
そう、尋ねた。
「あ、あれ? 覚えてんの、イレーナのこと?」
「もちろんです。むしろ、なぜルナさんが彼女と知り合いなのか、という方が不思議ですが……」
「あ、あはは。ひょんなとこから知り合ってねー」
適当に笑って誤魔化す。
なんだ、意外と最悪でもないんじゃないか、とルナは一人ちょっとだけ感心していた。
「そうですか。彼女は、私の元婚約者でしてね。……あ、勘違いはしないでください。今は、ルナさん一筋です。婚約は、すでに私から破棄していますから」
「……って、あんたねぇ。そんなあっさり……」
政略結婚とは言え、一度決まった婚約をそんなに簡単に覆すのは、ルナの価値観からすると絶対に許せないことだった。思わず、怒りが沸いてくる。
「さぁ、それよりも、今から海のほうまで行きませんか? ハルフォード家のプライベートビーチがあるんです。水着も、こうして用意していますよ」
「……なによ、その露出過多な水着は」
「そうだよ。んなもん着たルナなんて、見たくな」
ライルが素直な感想を漏らすと、ルナの拳が顎にヒットした。くわんくわんと脳が揺さぶられ、倒れこむ。
そんなライルには一切頓着せず、ルナはグレイに詰め寄った。
「今はそんなことより、この娘のことよ」
「ちょっと、ルナさん。止めてください。もう、終わったことです」
「でもねぇ! アンタ、このまま引き下がって悔しくないの? 裏切られたのよ、あんたは」
「そ、そうですけどでも……」
口論する二人に、グレイは要領を得ないといった顔で、
「……あの、ルナさん? なにか、問題でも?」
「問題だらけよ!」
次に、昏倒するのはグレイの番だった。
「やっぱり暴力的ですね、貴女は」
床に倒れこんでいる男二人を見やって、イレーナは冷たく言い放った。
「なによ。アンタの気持ちを代弁してやったのに」
「っっっ! ……余計なお世話です。第一、貴女に私の気持ちがわかるとは思えません」
「そお? ムカつかない? こーゆーの」
気絶しているグレイを軽く蹴る。
そっと、イレーナはため息をついて、
「野蛮です」
「あっそ。いい子ちゃんねー。あ、それとも、グレイを殴って怒ってる?」
「なぜ私が。もう、私とその人には何の関係もないんです。暴力はいけないと思いますが、それだけです」
ぷいっ、とあからさまに視線を逸らすイレーナ。
何が面白いのか、ルナは含み笑いを漏らしながら、お茶の続きを飲んだ。
「でもさぁ。こういう馬鹿男は、こうやって殴ってやらないと、自分がどんだけ悪いことしてるか、わからないと思うわよ?」
「……それは、否定しません、が」
視線を泳がせるイレーナ。何故だかは知らないが、随分と困惑している様子だ。
「否定しないんだね……」
むっくりと起き上がったライルが、冷や汗をかいている。
「あら、今日は早いじゃない」
「そりゃ、いつもよりずっと軽かったし。ほら、グレイももう起き上がるよ」
言ったとおり、グレイが頭を振りながら立ち上がる。
脳を揺さぶられたせいか、まだ真っ直ぐ立てもしないようだ。ただ、ふらふらながらも、白い歯をきらりんと輝かせながら、
「いやぁ、相変わらず、ルナさんの愛はとても激しいですね」
などと言ってのけるあたり、実は大人物なのかもしれない。
「ところで、イレーナさんも久しぶりだ。家から出奔したと聞いていましたが……」
「ちょっと、グレイ。その前に、イレーナに謝ることがあんじゃないの?」
「謝る? 私が?」
はて? と本気でわからないように、グレイが悩んでいる。
「あのねぇ。婚約、破棄したんでしょ?」
「そうです」
「~~! 女を自分勝手に振っといて、なによ、その態度は」
「ちょっと、ルナさん! 貴女がでしゃばることではないはずです!!」
慌てて止めに入るイレーナだが、最後まで言わせている辺り、実は彼女もそのようなことをずっと言いたかったのかもしれない。
対して、ルナの訴えを聞いたグレイは、得心がいったように頷いていた。
「なるほど。ルナさんがそう勘違いしているのも、仕方のないことかもしれません。恐らく、婚約を解消したという話しか聞いていないのでしょう?」
「それ以上、何か言う事でもあるっての?」
「はい。もしかしたら、イレーナさんは恥ずかしがって明かしていなかったのかもしれません。実は彼女には、私とは別に、思い人がいたそうなのです」
………………………
………………………………
………………………………………
「はぁ?」
ルナは思わず声を上げて、イレーナの方を見る。
彼女は、ぶんぶんぶんぶんと首が引っこ抜けるんじゃないかと思うくらい顔を左右に振りまくっていた。
「あれは……そう、私がヴァルハラ学園に入学する、前日のことでしたか。彼女と会って、世間話に花を咲かせていると、彼女が『私、好きな人ができたみたいなんです』と言ったのです」
ちなみに、それは当のグレイのことだった。つーか、その時のイレーナは、顔を赤らめグレイの事を意味ありげに見つめていたのだが、コイツは全然気付いていなかったらしい。
「その後、私もルナさんと運命の出会いをしたことですし、イレーナさんも好きな人と添い遂げるほうが幸せになれるだろう、と婚約は解消したのです。わかっていただけましたか?」
わかったどころか、かなりルナは混乱していた。
イレーナから、それなりに事情は聞いている。それによると、自分が現れたから、グレイはイレーナを振ったという話だったが……
なんか、かなり違くない?
イレーナは、なにやらプルプル震えている。
「その後、イレーナさんは家を出ました。恐らく、身分違いの恋に駆け落ちでもしたのだろう、と思っていたのですが、帰省しにきたのですね。どうですか、彼とのその後は? イレーナさんほどの女性が、自ら選んだ男です。幸せに違いないとお見受けしますが」
爽やかに尋ねてくるグレイに邪気は感じられない。
どうやら、この男は完全に勘違いしていたようだ。ライルは、あちゃー、と額に手を添え、ルナはルナでこの男どう料理してくれようとポキポキ指を鳴らしている。
当のイレーナは、顔を伏せ、その表情は見えない。
だが、固く固く握り締めた拳が、彼女の心情を如実に表していた。
「私ですか? 私も、幸せですよ。こうして、運命の女性と一緒にいるんですから」
聞かれてもいないのにグレイは勝手に答えて、ルナの肩を抱き寄せる。
誰が運命の女性だ! とルナが拳を振り上げる、その直前、
「馬鹿ぁぁぁぁあーーーーーー!!!」
イレーナの見事な右ストレートが、グレイの頬にめり込んでいた。