ドカーン! と、ライルのすぐ隣の地面が爆発する。
「うわああああああ!?」
爆風に身体を煽られながらも、ライルは全力疾走を敢行した。矢の様な光弾が身体を掠めるが、直撃するものだけ選んで避け、いささかもスピードを落とさない。
「コラ! 逃げるなライルーー!!」
「嫌だ!」
止まったらその瞬間に殺されそうだ。
手から湯水のように破壊魔法の嵐を飛ばしているルナの様子に、ライルは心底恐怖していた。
「なん、で! 僕、まで! 追いかけられてんだ!?」
「アンタも同罪よ! 逃亡の手引きをしたでしょ!?」
隣で悲鳴を上げているのはクリス。
二人は、まるでどこぞの映画のように、後ろに無数の爆発を背負いながら、明日に向かって走り続けているのだった。
第131話「鬼ごっこ ―やっとそれっぽく―」
災害は、油断した頃に訪れる。
ライルにとっての災害指定であるルナも、その例に漏れなかった。
フィレアが嬉々として村興しのプランを立てているのを、遠まわしに見ていると、突然宿の扉が弾け飛んだのだ。
その犯人をライルとクリスが視認して、窓から逃げ出すのと、扉のところで仁王立ちになっているルナが放った魔法がアレンを直撃するのがほぼ同時。
アレンの悲鳴をバックに、二人は村から逃げ出すべく、走った。
「ゆ、油断してた! まだあと一日くらいはあると思ってたのに!」
「さっき、宿の外に馬があった! あれ使ったんだよきっと!」
ちなみに、二人は知らないことだが、ルナがここに来るまでに使った馬の名は『スヴァンシルド』。とある貴族の下で生まれ育った馬だが、類稀なるスピードとスタミナを誇るが、その気性の荒さから乗りこなせるものがおらず、やがて自力で馬屋を壊して逃げ出したという猛者だった。
そんな彼とルナが出会ったのは、三時間前。街道で草を食べているスヴァンシルドをルナが発見した。
二人(?)は一目あった瞬間から『こいつ只者じゃねぇ』と認め合い、決闘(?)を経て、今、スヴァンシルドはルナに従属している。
そんなわけのわからん経緯など知ったこっちゃないライルとクリスは、その馬に華麗に乗り込んだルナを見て、目を剥いた。
「な、なんだあの馬!? は、早っ!」
みるみるうちに大きくなってくるルナの陰に、ライルは思わず叫んだ。
そこらの馬なら、普通に引き離せるライルだが、スヴァンシルドは生憎とそこらの馬ではない。父は戦場で『漆黒の雷』の異名を誇る最強の馬だったし、母は早駆けならば誰にも負けない『疾風』と呼ばれた駿馬なのだ。その二人の血筋を脈々と受けづいているスヴァンシルドは、走るという行為に関しては他の追随を許さない。
「さあ、行け! 豪雷号! ライルを踏み潰せ!」
まぁ、唯一不満があるとしたら、新しい主人の名付けたこの名前だが。
スヴァンシルド改め豪雷号は、そんな不平不満を飲み込んで更にスピードを上げた。
そして、話は冒頭に戻る。
風の魔法を発動させ、なんとか互角になったライルとクリスだが、ルナの放つ魔法によって足を取られ、じりじりと距離は縮まっていた。
本来なら、馬に乗っているルナのほうも、自らが作ったクレーターに脚を取られるはずなのだが、ルナの愛馬豪雷号は、全く意に介す様子もない。
それは、彼の卓越した能力のみならず、ルナが彼の走りに影響のないように魔法を放っているためだ。
「人馬一体……」
そのことに気が付いたライルは、驚愕しながら言葉を漏らす。
「どうしよう、ライル。これじゃ、遠からず追いつかれちゃうよ」
「いや、諦めちゃ駄目だ。……そうだ、空飛んで逃げるのは? いくらあの馬でも、空は飛べないだろ」
「無理。空じゃ、どうしても機動力が落ちる。ルナに狙い撃ちにされるよ」
「森に逃げ込む?」
すでに村から出て十分。街道を外れて、荒野を走っているが、すぐ近くに大きめの森がある。あそこに逃げ込めば、小回りの利く自分たちの方が有利だ。
「……森が焼滅しないだろうね?」
「さ、さすがにそこまではしない、と思う」
ほら、この小説は自然に優しい小説だし? と、わけのわからないことを付け加えるライル。
「そ、そうだね。ルナも、まさかそこまでは……」
クリスは、今ひとつ自分の言葉に確信がもてない様子で、そんなに自然に優しかったっけ? と、またもやわけのわからないことを付け足す。
とにかく、意見は一致したので、二人は森に突入した。
それを見ていたルナは、森の入り口まで豪雷号を進め、ふん、とため息をつく。
「逃げたか……まぁ、いいわ。豪雷号も、そろそろ休ませなきゃいけないし」
すでに、遠見の魔法で、彼らの姿は捉えている。こちらが追ってこないかどうか、確認しているようだ。
わざわざ、向こうに有利なフィールドで戦う必要はない。焦れて、森から出てきた時が勝負だ。探査用の結界を森全体に張り、二人が出たらすぐにわかるようにする。
「……フィオナ」
「は、はい〜」
ルナが懐から棺桶を出すと、半ば透けて見える少女が出現する。
「食べ物、適当に持ってきなさい」
「え、え?」
「食べ物。持久戦になるわよ。さっき、ライルたちがいた村までGO!」
「あ、あの〜」
黒焦げになった上、上半身が完全に床にめり込んだアレンを何気なく視界から外しつつ、村にやって来たフィオナは見知った顔であるフィレアに話しかけた。
「ん〜、なに?」
『千里の道も一歩から』と書かれた鉢巻を身に付けたフィレアが、のんびりと振り向く。
ちなみに、彼女と話し合っていた村の人たちは、フィオナの姿をみて、ズザザッ! と引いていた。一応、精神的には年頃の少女であるフィオナは、少し傷ついたが、自分が幽霊だと言う事は自覚しているので、そのことはあまり気にしないことにする。
「その……ルナさんが、食べ物もってこい、って」
「うん、わかった。プリムちゃん〜、なんか適当に包んであげてくれない?」
「え、えーっと。フィレアさん、そっちの人? は」
若干引きつった表情で、プリムが聞き返す。
「幽霊の、フィオナちゃん」
「ゆ、ゆうれい?」
「うん。珍しいよねー」
珍しいで片付けられても、プリムは困る。しかし、この人たちに常識を求めてはいけないと、短い付き合いながらも悟っていたので、大人しく食べ物を用意することにした。
パン、ハム、チーズといった、調理する必要のないものを適当に用意し、袋に入れた。
「こ、こんなところで……」
「ありがとう」
と、フィオナが受け取った時、下半身だけで存在していたアレンがピクッ、と動く。
足を前後に動かし、ボコッ、と手を出し、倒立の形で手を床につける。
「うりゃああっ!」
そして、そのまま手を伸ばして、身体を床から引っこ抜いた。
唖然とする周囲をよそに、ぽむぽむと埃を払う。
「アレンちゃん。今日は、復活遅かったね〜」
「ああ。ちぃときつかったな。……お、プリム、それちょっとくれ」
「あ……」
アレンは、プリムが用意したルナ用の食事をひっつかみ、中身をものすごい勢いで平らげる。
食べ終わる頃には、アレンの身体はすっかり回復していた。どういう構造か、焼け焦げた服も元に戻っている。……いくらなんでも、でたらめすぎだろう。ギャグだから、なにをやってもいいと思っているらしい。
「す、すみません。ご飯、用意していかないと、わたしとっても困るんですが」
「あ、ああ。ちょっと待っててください」
その奇怪な様を見なかったことにして、フィオナとプリムは何事もなかったかのように話を逸らす。
現役幽霊にまで見て見ぬ振りをされるとは、なかなか貴重な人材である。
「あ、アレンちゃん。目が覚めたんなら、アレンちゃんも、アイデア出してよ」
「アイデア?」
「ほら、村興しのために、どうすればいいのか」
「あ〜、わかったわかった」
頭をガシガシかきながら面倒そうにアレンは話し合いの席に着く。
ちょっとビビっている村の人たちの様子も気にせず、アレンはで、どうするんだ? と全く持って受動的な態度を取った。
フィオナは思った。
案外、この人が一番、うまくルナさんから逃げきったのではないだろうか、と。
「クリス、ルナの動きは?」
森の中を流れる沢から水を汲んできたライルは、木の上で物見をしているクリスに尋ねた。
「うん。どうやら、すぐに追いかけてくるつもりはないらしいよ。まぁ、森の中なら、隠れながら走れるこっちが有利だしね。僕らが、出てくるのを待ってるんでしょ」
すでに、結界も張られている。
森のどこにいるか、くらいは、ルナには筒抜けになっているだろう。慌てる必要はないと言う事か。
「先に動いたほうが負け、かな」
ルナが先に森に入ってきたら、逆方向に走れば逃げ切れる。しかし、先にこっちが動くと、間違いなく追いつかれる。
少し走っただけで、ライルはルナの馬――豪雷号の脚力をそう見切っていた。
「二手に分かれれば、片方は逃げられるだろうけど……」
その場合、真っ先に狙われるのはライルである。もともと、ライルにもう少し平穏にしてもらいたい、と思っていたクリスとしては、その選択肢は最後に取っておきたいところだ。
まぁ、今この状況を鑑みるに、すでに本末転倒している感は否めないが。
「僕は、それよりなにより、退屈したルナが森ごと爆破しないかどうかだけが不安だ」
「……だねぇ」
二日持てば御の字だ。あの堪え性のないルナが、そう何日も監視だけという生活に耐えられるとは思えない。
こちらは、サバイバルには必要以上に慣れているので、これだけ自然豊かな森なら、一週間や二週間は平気で食いつないでいけるが……
「それも本末転倒だよなぁ……」
本来の目的。いろいろなところを見て回って、自分を見つめなおすと言う目的がとても達成されそうにないことに、ライルはふか〜〜くため息をついた。
「そうです! この村の名物と言えば、このプリムのメイド! メイドの村として、売り込むのは……」
「それだあああああ!!」
「ちょっとまて、うちには若い娘がいないぞ!」
「いやいや、そこにもう一人いらっしゃるじゃないか!」
そんなライルたちの状況とどっこいどっこいな村の衆。
さすがのフィレアも、困ったように苦笑いを浮かべていた。