「ん〜、アレンちゃんがその滾る欲望をプリムちゃんにぶちまけていないなら、別にアレンちゃんが責任取る必要もないんだけど……」

「お前は、一体なにが言いたいんだ」

よくわからないフィレアの言い回しに、アレンは顔を顰めつつ突っ込んだ。

「でも、約束しちゃったしなぁ」

「約束?」

「ほら、側室でいいなら、プリムちゃんをうちの家に入れてあげる、って」

「って、それマジだったのか」

「も〜、アレンちゃんってば。わたしは、いつだって本気だよ」

タチ悪いなおい。

「えとえと。つまり、それはどういうことなのでしょうか?」

「ん、つまりね。プリムちゃんさえ良ければ、アレンちゃんと結婚しちゃいなよ。うん、わたしが許しちゃう! わたしも、プリムちゃんのこと好きだしね〜」

ぎゅっ、とフィレアはプリムに抱きついた。自分と同じか、むしろ低い身長の娘に抱きつかれ、プリムは哀れなほどうろたえた。

「え、ええええええええ!?」

「ん〜、アレンちゃんが嫌なら、わたしの侍女になる〜? 大丈夫、待遇はとってもよくしたげるから」

なにやらトンデモナイ未来図を展開している様子のフィレアに、ライルたちは突っ込みを入れることも忘れてただ呆然と見守るだけだった。

 

第130話「鬼ごっこ ―王女、提案す―」

 

「あの、どういうことかな?」

プリムの父親であるバロックが、心底困ったように頬をかく。

「僕らに聞かないでください」

そんなバロックに、ライルが助け舟を出せるはずもない。救いを求めるようにクリスの方に視線を向けるが、彼とて姉の行動パターンなどついぞ読めたことはないのだ。頼りになるはずもない。

「フィレア姉さんが、彼女のこと気に入ったらしいです。……ど〜も、連れて行く勢いですが」

「それは困る!」

バロックが悲鳴を上げる。

そりゃそうだろう。父親としては、いきなり一人娘が自分のところからいなくなってしまうのはすごく困るに違いない。

「そんなことになったら、この村の癒しであるメイドがいなくなってしまうではないか!」

「そこかよ」

「さらにさらにさらにぃっ! そんなプリムを使って、たま〜に訪れる旅人を骨抜きにしぃ! 我が村の一員に加える計画がぁ! あ、頓挫してしまうではないくぁっ!」

なにやら劇画調にそんなクソ戯けたことを言うバロックを、ライルはなにも言えず呆然と見つめた。

「駄目だ……駄目オヤジがここにいる……」

「……うちのと、良い勝負だね」

まさに、その計画の生贄とさせられそうになっていたアレンは、抱き合っているプリムとフィレアを困ったように見て、

「あ〜、フィレア。お前、結局どうしたいんだ?」

「アレンちゃん〜。わたし、この娘欲しいんだけど」

「欲しっ!?」

いきなりモノ扱いされたプリムは絶句する。

「侍女にしちゃってもいいんだけど、それだと対等な関係にならないし……アレンちゃん、貰ってあげて」

「あ、あの! もら、もらってって!」

まるで道の外敵に襲われそうになっている小動物のごとく、プリムは首を振りつつ慌てまくる。

「あ、でも、そっか〜。お試し期間ってゆー話だったね」

「そ、そそそーです! お試し期間なんです!」

パッ、と、まるで無人島に置き去りにされた漂流者が近くを通る船を見つけたときのような希望に満ちた目で、プリムは復唱した。

「あの、だだだから、もらってとかもらわれてとか、そーゆー話はあとで! せめて、あと一週間くらい後で!」

「ん〜でも、むやみに決断延ばしても意味ないよ〜。人生なんて、なるようになるもんなんだし。さぁ、アレンちゃんをわたしと一緒に調教しようよ〜」

「ちょ、調教!?」

「お前らちょっと多角的に待て」

さすがに不穏な発言に慌てたのか、アレンが会話に割って入った。

「なに? アレンちゃん」

「さっきの質問に戻すぞ。つまり、フィレア。お前は、プリムと一緒にいたい、ってことでオーケーなんだよな?」

「そうだよ〜。だから、アレンちゃんがプリムちゃんと結婚してあげたら、万々歳」

「……それ、別に俺が間に入る必要、なくないか?」

単に友人同士の関係でいいだろう、と暗にアレンは問うている。

「アレンちゃんにしては鋭いね」

「にしては、は余計だ!」

「え〜? でも、普段のアレンちゃんは、ニブチンだし〜」

「あの、二人とも。そこは本題ではないのでは……」

恐る恐るプリムが口を挟むが、二人の言い争いは全力で脇にずれていく。なぜそこまで、と聞きたくなるほどの脱線っぷりだ。

「え〜でも〜。アレンちゃん、いっつもいっつも、わたしのラブコールを無視しちゃうじゃない」

「ラブコールってなんだラブコールって」

「ほら〜。そんなのにも気付かないからニブチンだって言われるんだよ! 例えば、わたしがお風呂上りに髪かきあげたり、パジャマを着崩してみたりしても、顔を赤らめすらしないじゃに」

「??? それでなんで顔を赤くする必要があるんだ」

「も〜、だからわかってないって言うの!」

「……つまり、お前は俺にどういう反応をして欲しいんだ一体」

「!? そんなこと、女の子の口から言わせないの!」

フィレアの踵落とし(あの身長差でよくやる)を喰らって、アレンは倒される。そのまま頭を踏みつけてくるフィレアを力ずくでどけようとすると、不意に足の力を抜かれたお陰で力が空回り、更に転倒した。

その様子を、ずずず、とお茶を飲みながら見物していたライル、クリス、バロックの三人は、はぁぁぁあ、と重いため息をつく。

「ってか、やっぱり手出してなかったんだアレン。婚約者で、一緒に住んでるのに」

「そもそも、その意味もわかってなさそうだよ」

「いやしかし。あのような子供に手を出すなど、ロリコンじゃあるまいし。……いや、ロリコンなのか?」

そして、最後に、ライルが感慨深げに呟いた。

「どっちにしろ……さっさと話つけてほしいなぁ。ルナに追いつかれる前に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ。つまり、お前は二十四時間、一緒にいたいからプリムと俺との結婚を推奨する、と」

「そうだよ。それに、プリムちゃんはこの村の人だから、そうでもしないとうちに連れて帰れないしね」

フィレアのその言葉に、バロックは聞き捨てならんと声を上げる。

「ちょぉっと待ったぁ! それでは意味がない! そうすると、この村の人口はむしろ減ってしまうではないか!」

「切羽詰ってるんですね……」

ライルの言葉に、当たり前だとバロックは頷く。

「うむ。この村の子供といえるのはプリム以下十三歳と十歳と八歳の女の子が一人ずつ! それ以上の年齢となると、二十代の夫婦が一組いるだけで、他は全て四十代以上だ!」

「ほんっとうに、ギリギリですね……」

「うむ。若い男は、是非とも欲しい。最近、村の者たちも、年のせいか疲れやすくてなぁ……」

その話を聞いていたフィレアが、ふむふむと頷く。そしてしばらく考え込んだ後、きゅぴーん、と彼女の頭に豆電球が点灯した。

またなにか妙な事を考えたな、とアレンが疲れた顔になる。

「じゃあ、村興しだね!」

「へ?」

「村を元気にしよう、を合言葉に、廃れかけた村をメイクアップ! ん〜ん〜、燃えてきた!」

やたら張り切っている様子のフィレアを見て、バロックはライルたちに問いかけた。

「えーと、彼女はなにを言っているんでしょう?」

「多分『村興し→人口増える→プリムちゃんがこの村にいる必要なくなる→一緒に暮らせる→わーい』みたいな感じじゃないですか」

「そんな馬鹿な」

仕方ない、バカなのだから。

「そうと決まれば、まずは会議だね! バロックさん、この村の村長と主だった人たちを集めてくれる?」

「あ、あの〜」

「急げ〜」

フィレアがバロックの尻を軽く蹴りつつ追い立てる。わけもわからないバロックは、言われたとおり村の人間を集める羽目になった。

怒涛の展開。ぬぼーっと見ている一同が正気に返る頃、すでに店の中には十人前後の人たちが集まってきていた。

「……で、どうしたことかね、これは?」

その中でも一番年配の、やたら威厳のある一人が代表してフィレアに問いかける。

多分、この人が村長なのだろう。

「えっとね、村興しをしよう、って話」

「ほう、村興し」

感心したように呟いた村長は、立派に蓄えたあごひげを撫でつつ、フィレアに言い聞かせるように、

「しかし、お嬢さん。その前に、一つ言っておきたい事がある」

「なぁに?」

コクリ、と首を傾げるフィレア。

その言葉を聴いて、ライルはフィレアが怒られるものだと思った。小娘が思いつきだけでそんなことを言って、馬鹿にしていると取られてもおかしくはない。そうでなくとも、村の問題をよそ者が口出しするのは気分が悪いはずだ。

しかし、村長の言葉は、そんなライルの想像からそれこそ百八十度違ったものだった。

「なぜ……君は、メイド服を着ていないのかね?」

一瞬、ライルは自分の耳が壊れたのかと思った。

「ほへ?」

「プリム君もだ! バロック君、君は、店のポリシーを忘れたのかね!?」

「い、いえ、すみません! うっかりしておりました! なにぶん、色々ショッキングな出来事があったもので!」

慌てて敬礼したバロックは、懐からメイド服を二着取り出す。……一体どこに隠し持ってたんだ。

「さぁっ、着ろ、プリム! そして、そこの少女よ!」

そーだそーだ、と囃し立てる声。

どうも、この店の中では年頃の少女はメイド服がデフォらしい。しかも、集まっている村の有力者全員が頷いているところを見ると、随分と好かれているっぽい。

病んでいる……ライルは、真面目にそう思った。

そして、それでなんの疑いもなく着る二人は、真面目に間違っていると思う。

プリムは、どこか諦めた様子で。フィレアはというと「わー、けっこう可愛いねー。アレンちゃん、どう、どう?」などと、嬉しがっている。

「あ〜、その、なんだ」

返答に困っているアレンを、フィレアは嬉しげに見ながら笑った。

「いやぁ。プリムとそうサイズが変わらなくて良かったよ。寸法直さなくてすんだしね。少しぶかぶかなのは……まぁそれはそれで」

「ん〜、でも、ちょっと腰の辺りが緩いかも。あと、胸きつい〜」

「ぅあん!?」

打ちひしがれたように、プリムが悲鳴を上げる。

「落ち込む必要はないと思うけどね。フィレア姉さん、あれでプリムちゃんより五歳年上だから」

「も〜、クリスちゃん! 聞こえてるよ〜」

ぷりぷりと怒るフィレア。そして、なぜか殴られているのはアレンだった。

「うむ、そんなところもまた良し!」

そして、鷹揚に頷く村長と、それに追従する村の人たち。

真剣に、この人たちのことなんて気にしないでいいんじゃないかなぁ、とライルは思った。

---

前の話へ 戻る 次の話へ