「ルナさ〜ん。もらってきましたけど……」

「お〜、サンキュ」

フィオナが持ってきた食料を嬉々として受け取り、ルナは中身を取り出した。

「ほい、豪雷号。ちょっと分けてあげる」

チーズを少し千切って、愛馬に渡す。

既に、そこらの草を存分に食べて腹は膨れていた豪雷号だが、主人の好意を踏みにじるのもなんだと思い、そっと食べた。

「よーしよし」

それに気を良くしたルナが、豪雷号を撫で回す。ブルル、と豪雷号は気持ちよさそうに鳴いた。

「……本当に懐いてますね」

フィオナが感心したように言うと、ルナはチッチッチと指を振って見せた。

「これは懐いてるんじゃないわ。忠誠を誓っているのよ」

「は、はぁ」

一体、この二人の間にいかなる出会いがあったのか。ミニ棺桶の中で眠っていたフィオナにはわからないが、一つだけ言える事がある。

……思えば、遠くに来ちゃったなぁ、ということだ。

 

第132話「鬼ごっこ ―先住者たち―」

 

さて、その頃ライルとクリスは、食料の確保に奔走していた。

しかし、

「……あんまり集まらないねぇ」

手分けして探したのだが、木の実の類がロクに見つからなかった。動物も少ないようなので、下手に仕留めるわけにもいかなかった。一応、小川が流れていたので、そこで数匹の魚を獲ったが、あまり腹の足しになりそうにない。

「なんでだろ。そこそこでかい森なのに」

ライルが首をかしげると、クリスは一つの木を触って、ふむ、と唸る。

「どうも、木に元気がないせいらしいね。お陰で、動物とかも別ンとこ移ったんじゃない? 別に最近雨が少なかったわけでもないと思うんだけど」

「まぁ、とりあえず食べちゃおう。量はちょっと少ないけどね」

「あ、うん」

言って、二人は火を熾すための枝を集めにかかる。

ここでも不思議なことに、枯れ枝が異様に多く、二人は首をかしげた。集めるのが簡単だったのは良いが、どうも森自体が緩やかに枯れていっているようだ。

「変だなぁ」

食べながらも、クリスはどうにも腑に落ちないのか、土をすくって検分している。

「クリス。とりあえず、僕たちはそれどころじゃないってわかってる?」

「ああ、うん。それは大丈夫だって。まだ、ルナは動いていないみたいだしね」

これだけ近くにいれば、ルナほどの魔力の持ち主の居場所は手に取るようにわかる。ルナは、その力をまったく隠そうとしないし。

「でも、いつ動くかわかんないから、身体休めとこ」

「そうだね」

ごろりと転がる二人。

それでも、やはり森が枯れている原因が木になるのか、クリスは何気なく地面に意識を向けてみる。

「……って、あ。もしかしてこれって」

なにかに気が付いた様子のクリスが全部言う前に、ヒュン、と風を切る音が二人の間を横切った。二人が囲んでいた焚き火の跡の中心に、それは刺さる。

「んなっ!?」

即座に、警戒態勢へ。

飛んできたものは、矢だった。

まさか、ルナに弓矢技能まであったとは思いも寄らなかった二人は、顔を見合わせながらも第二射に備えて構える。

「……あれ?」

しかし、クリスはふと気が付いた。

矢の飛んできた方向は、ルナのいる場所とは正反対。しかも、ルナの位置からここまで、とても矢の届く距離ではない。

無意識的にルナのいる方向に構えてしまったが、もしかしてこれはひどく危険な状況なのでは? 敵(?)に背を向けてい……

そう考えるのが早いか、それとも二回目の風切り音に気付くが早いか、クリスは咄嗟に横っ飛び。先ほどまでクリスのいたところ――から少しだけそれたところに、二本目の矢が突き刺さった。

「ライル! 後ろ、後ろ!」

いっそ哀れなほどにルナを警戒しているライルに警告を飛ばす。

「へ?」

そして、第三射。今度はライルに向けて。

しかし、これも始めから当たる軌道ではない。

「誰だ!」

クリスが鋭く声を飛ばす。ライルはやっと振り向いたところだ。しかも、完全に及び腰。……いくらルナが恐ろしいとは言っても、少々情けない。

そして、クリスの声に従ったのか、それとも最初から威嚇だけのつもりだったのか、矢を放った犯人が姿を現した。

「人間が、この森になんの用だ?」

油断なく弓を構えながら現れたのは、年齢二十歳そこそこの女性。灰色の髪の毛と鷹のように鋭い瞳が特徴的な美女だった。

ただ、耳が変だ。なんかふさふさした毛が生えている。例えるならば、そう。犬のような耳だ。そして、下半身にも違和感。尻尾がある。こちらもふさふさの毛が生えている。

そして、その二つの異様なパーツは、現在ピーンと立っており、彼女の警戒度合いを表していた。

(……獣人?)

なんでこんなところに、とクリスは思った。

獣人。獣が人に近付いたのだとか、人が獣に近付いたのだとか、エルフの変種だとか、その起源については諸説諸々あるが、所謂亜人に区別される存在である。

しかし、エルフなどと違い、その肉体の強靭さは人間族を軽く凌駕する。

手足や耳、尻尾などの外見的特長により、いくつかの種族に分類され、各々その特徴に見合った能力を持っている。

そして、獣人に限ったことではないが、ほとんどの亜人に一つだけ共通して言える事がある。

人間嫌い、だということだ。

「あ、あの〜。すみません。貴方たちの一族のテリトリーだとは知らな……」

そんなデータをよく知っていたクリスは、なるべく低姿勢で和解しようと試みる。

ヒュンッ!

「……………………」

返答は矢の一閃だった。先ほどと変わらず当てる気はないようだが、彼女の敵意を明確に表していた。

「わかった。知らなかったのなら仕方がない。今すぐに出て行けば、見逃そう」

仕方ないと言いながらも、この仕打ち。人間族との確執は根深いなぁ、とクリスは冷や汗をたらしながら思った。

「く、クリス……?」

「わかってる」

ライルの助けを求めるような声に、クリスは頷いた。

ここで彼女の勧告に従ってノコノコと出て行けば、即座にルナの餌食にされること請け合いだ。打開策を見つけるまでは、時間を稼がなくてはならない。

「そ、その。僕たちにものっぴきならない事情がありまして。せめて数日だけでも滞在させてもらえると嬉しいかなぁなんて……だ、駄目ですよねやっぱり。ハハハ」

獣人の女性が次の矢を番えたあたりで、クリスは言葉を止め、次の説得の台詞を捜した。

「あ、そうだ」

 

 

 

 

 

 

腹の膨れたルナは、豪雷号を背もたれにしてぐでー、としていた。

「……あ〜、もう面倒くさくなってきた」

同じくぽけーっとしていたフィオナは、その台詞に激しく反応する。

「ちょ、ルナさん! お願いですから、森を消滅させるようなことはしないでください! この森には沢山の命がー、命がー!!」

微妙に錯乱気味である。

それを見て、ルナは嫌そうに手を振る。

「わーってるわよ。っさいわねぇ」

「ほほほ、本当ですか? ちゃんと、大人しくしといてくださいね?」

「私は猛獣かなにかなわけ?」

いえ、猛獣よりよっぽどタチが悪いです。

「んじゃ、偵察」

「……え?」

「まるごと吹っ飛ばすのが駄目なら、ちゃんとそれなりの手を打たなきゃいけないでしょ。アンタ、ちょっとライルたちの様子見てきなさい」

「は、はい! 行ってきます!」

ぴゅー、とフィオナは飛んでいく。

「ライルたちに逆に捕まるんじゃないわよー」

やる気のないルナの応援に応えつつ、フィオナは森に入った。

 

 

 

 

 

……で。

(つ、捕まってるーーーー!?)

なんか、ライルとクリスは、変な耳と尻尾の集団に囲まれていた。なにやら、槍とかを突きつけられて、歩かされている。

(どどどどど、どうしたら!? はっ、そうだ、ルナさんに……)

伝えたら『チャンスね!』とか言って、さらに場を混乱させに来そうだ。

「〜〜〜〜!」

「…………」

(あれ?)

なにやら、先頭を歩いている女性とクリスが、何かを話しているようだ。

二人を助け出すヒントになるかもしれない、と思ったフィレアは近付くことにする。

(不可視モード!)

むん、と気合を入れて、気を抜く。

わけわからん、とお思いになるだろうが、これは決して間違いではない。

存在密度を下げることで、かなり霊感が強い人でないと見えなくする技なのである。コツとしては、なるべく意識して力を抜くことなのだが……あまりやりすぎると、霊体が完全に霧散して、あえなく成仏してしまう諸刃の剣である。

そんなリスクをとってまでやる技かどうかはさておき、これはフィオナが使える七つの技の一つなのであった。

そして、その不可視モードで、フィオナはゆっくり近付いてゆく。

この状態なら、そんじょそこらの人には見えないのだから、別にゆっくりである必要はないのだが、まぁ気分だ。

「それで、本当に本当なのだな? この森を生き返らせてくれるというのは」

「そんなに何度も確認しなくても、嘘は言ってないよ。ちょっと心当たりがあるんだ」

やけに自身ありげにクリスは宣言する。

あのあと、クリスはこう提案したのだ。そちらも、この森が枯れていることには困っているだろうから、それを解決したらしばらくここに滞在させて欲しい、と。

実は、すでに死活問題の段階に来ていたらしく、半信半疑ながらも獣人の女性――ナクタァという名前らしい――は、獣人の村に案内してくれた。

そのあと、実は隠れて監視していたらしい獣人の男たちがぞろぞろと出てきたのには驚いたが……

よくわかっていないライルは、困った顔ながらも大人しく付いて行っている。

「……クリス、大丈夫なのかい?」

「まぁ、任せといて。森の中心まで行けば、なんとかなるから。あ、ライルにも手伝ってもらうからね」

そのときのクリスの顔は今思い返すととてもとても邪悪な笑顔でした、と後にライルは語った。

そんな将来の話はともかく、フィオナにはさっぱり状況がつかめない。

どうも、あの変な耳の人たちとクリスが何らかの取引をしたらしい、程度のことはわかるのだが……それ以上となると、さっぱりだ。

「あまり期待はしていないが、うまくいったらなにか礼をしよう」

「楽しみにしておきますよ」

クリスは肩をすくめ、悪戯っぽく笑って見せた。

「しかし、先ほどはなぜわたしと逆の方向に構えたのだ? 矢の飛んできた方向から、わたしの位置はすぐにわかったはずだが」

それを聞いて、クリスの笑顔は苦笑になり、ライルは思い出させないでくれといわんばかりに顔を顰めた。

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