ミッション……冒険者を志望する生徒の多い、ヴァルハラ学園において、学期末に行われる擬似冒険者体験。小は街周辺での薬草集めから、大は洞窟での宝物捜索まで、その内容は学園長の気まぐれによって決まり、多岐に渡る。

そんなミッションの季節がまたやってきたわけなのだが……

「例によって例のごとく、僕らにはまた無茶なヤツが下されたんだよね……」

今更ながらにため息をつきながら、ライルは目の前の剣を象った看板のある年季の入った建物を見る。佇まいは酒場のよう――というより、酒も出す店なのだが――だが、実は違う。世の冒険者たちが集まり、依頼を受ける場所……所謂、冒険者ギルドと呼ばれる店だ。

中では食事や酒も出すし、少々割高だが旅や冒険に必要なアイテムも売っている。そして、このセントルイスにあるような大きなギルドでは宿泊施設も兼ねているという、なんでも屋のような存在だ。もちろん、冒険者以外の人には入りにくい雰囲気が漂っているわけなのだが。

そして、今期ジュディさんから言い渡されたミッションは、ここでとある冒険者パーティーと共に依頼をこなすこと。以前も本格的な依頼を引き受けたことはあったが、アレは冒険者としての依頼というより単なる雑事だ。現役の冒険者と共にする以上、そんな生半可なものをジュディさんが指定したとは思えない。

そんな想像をして憂鬱になるライルをよそに、ルナとアレンという武道派はヒートアップし、その一歩後ろでクリスはいつものように余裕のある笑みを浮かべるのだった。

 

第105話「冒険者の哲学 その1」

 

「あ、あの〜」

とりあえず、名目上リーダーであるライルが先頭となってギルドの中に入る。途端、店中の人間の視線が集中して、一瞬怯んでしまった。

おどおどしながらも店内を観察して見る。

意外に人が多い。店内にいるのは三十人前後といったところか。めいめい、3〜8人くらいのグループを作って、テーブルについている。

「へぇ、こういう風になってるんだ……」

店の一角を占める、なにやら怪しげなアイテムの陳列されたあたりを興味深そうに見ながら、ルナはおのぼりさん見たくキョロキョロとせわしなく辺りを見渡している。

アレンはこの近所に住んでいて、ここにはそれなりの頻度で出入りしているし、クリスはクリスでああいう性格だから露骨に視線を走らせることなく冷静にしている。

そんな奇妙な四人組を見て、店のカウンターの向こうにいるマスターが、一つの冒険者パーティーに目配せをした。そうすると、その中の一人の女性冒険者が立ち上がって、ライルたちに近付いてくる。

「や、こんにちは。君たちが、今日来るヴァルハラ学園の生徒ってヤツだよね?」

腰に無骨な剣。そして動きやすさを重視した、あまり面積の大きくない鎧を装備したそのきっぷのいい女性は、ニカッと笑いながら聞いてきた。

くすんだ色の金髪を逆立てているのでライオンのようなイメージがある。頬にある十字傷がまったく違和感なく溶け込んでいることといい、歴戦の女戦士と全身で主張しているような人だった。

「あ、はい。ライル・フェザードといいます。ええっと、こっちがルナで、こっちが……」

「いや、いいよ。とりあえず、全員の簡単なプロフィールはジュディさんから聞いてる。……なんでもキミ、あの『拳神』ローラの息子らしいじゃないか」

いきなり母親の名前を出されて、ライルは戸惑う。しかもなんだ、そのいかにも無敵っぽい二つ名は。

「……母の事を?」

「あったりまえさ。冒険者の間じゃ、もう伝説になってる名前だしね。父親の方も同じパーティーで……あー、それなりに有名だぜ?」

名前を出さない……というより思い出せないあたりに、父と母の力関係を思い知って、ライルは密かに涙した。……父さん、昔っから母さんに頭上がらなかったんだろうなあ。多分、天国でも尻に敷かれてんだろう。

「ま、こっちのテーブルにきな。仕事……あぁ、お前らはミッションだな。その話をしよう」

「はーい。……ライル、なに手を合わせてんのかは知らないけど、さっさと来なさいよね」

間違ったやり方で故人を偲ぶライルの足を蹴って、ルナはさっさとテーブルに向かった。

 

 

 

 

 

「今回の仕事は、モンスター退治だ」

そう切り出すのは、先程ライルたちを迎え入れた女冒険者にして、このパーティーのリーダー格であるカイナだった。

途端、飲んでいた紅茶をブッと噴き出すライル。

「おいおい、ライル。きたねぇな」

「ったく。気をつけてよね」

アレンは顔を顰め、クリスはハンカチを取り出してテーブルの上を拭く。ルナを含めたこの三人は何気なくスルーしているし、やっぱり僕が突っ込みを入れるしかないのか……と、ライルは顔を顰めながらカイナに尋ねる。

「それって……もしかしなくても、学生がミッションで参加するような依頼じゃないですよね?」

そんな弱気なライルの発言に、カラカラと笑うのは皮製の鎧を着た魔法使いの男性だ。

「そう心配するなって。俺たちはそれなりに場数は踏んでいる方だし、それにお前らもずいぶんとやるみたいじゃないか。ジュディさんから色々聞いてっぞ」

「はぁ……」

しかし、ジュディさんの名前が頻繁に出てくるが、一体あの人は冒険者の中にどれほどの影響力を持ってんだ? と思いつつ、ライルは曖昧な返事をする。

「そうよ。もし死にそうになっても、ちゃんとわたしが回復してあげるし。……むしろ、存分に怪我して頂戴。ウフフ……血、いっぱい流してね。若い男の子の血……じゅるり」

さらにフォローというか危険な発言をして、アブない笑みを浮かべているシスター。それぞれ、ベルナルドとメリッサという。

カイナを加えたこの三人が、ライルたちが参加するパーティーのメンバーだった。戦士、魔法使い、僧侶と絵に書いたような定番のパーティーだったが、たった三人だけで活躍していることから彼女らの実力のほどが伺える。

「い、いえ。なるべく怪我しないように気をつけますので……」

「ちぇっ。つれないなぁ」

なにやら怪しい光を放ってライルを見つめているメリッサの視線から逃れながら、ライルは改めてカイナの方を見る。

「ん? ああ。アタシもベルと同じ意見だ。少なくとも、ジュディさんから聞いた様子だと足手纏いにはならんだろ。そっちのアレンってのは、アルヴィニアでは英雄扱いされてっし」

「知ってるんスか?」

「当然。この世界は情報が命だからな」

さて、と話を区切って、カイナはテーブルに地図を広げる。セントルイス周辺の地図だ。

「詳しい事を説明するぞ。アタシらが今回行くのは、この森だ」

すっ、とカイナが地図上の一つの地点を指差す。今度は、クリスが噴き出した。

「……オイオイ。お前らの学校では、茶を零すのが流行ってるのか?」

「そーゆーわけじゃないんですけど。……クリス、どうしたのよ」

「いや、ルナ。もう忘れちゃったの? ここって、アレだよアレ。僕が……」

しばらく前、クリスがとある魔族に攫われて、危うく生贄にされそうになった事件があったが、その時に監禁されたのがカイナが指差した森にある洞窟だった。

「……いや、失礼しました。話を続けてください」

トラウマに近い体験ゆえ、思わず動揺してしまったが、なんとか平静に戻ったクリスはそう言って先を促した。

「もういいのか? ……で、ここ最近、この森でモンスターが大量発生しているらしい。種類はバラバラ。オーガみたいな大型のモンスターもいれば、害獣レベルの程度の低いヤツまで一貫性がない。どうも、先々月あたりからあの森に瘴気が発生して、近隣のモンスターを集めている、ってのが調査したやつの見解だ」

先々月、といえばクリスが丁度攫われて救出された時期と一致する。

そう言えばあの時、もう寿命が間近だったとは言え、魔王があそこに降臨したのだ。そりゃあ瘴気の一つや二つ、発生していてもおかしくない。モンスターは魔の気配の濃いところに好んで住み着く傾向があるのだ。こうやって集まっても、不思議ではない。

(……てか、お前は浄化してなかったのか)

ライルは小声で後ろで「あっちゃぁ〜」と頭をかいているシルフィを睨みつけながら言った。

(だって、あん時は色々ゴタゴタしてたし……てっきりフレイかガイアあたりがやってるものだと)

(……で、結局僕らやカイナさんたちが尻拭いをするハメになった、と)

(ごめんなさい)

ショボンとするシルフィに、ライルはヤレヤレと視線をはずす。中空を睨んでいるライルをカイナたちが不審な目で見始めたからだ。

「つーわけで、説明終わり。細かい作戦とかは、現地の様子を見てから決めっから。さっさと準備するぞ」

とは言っても、そんなに遠くはない。セントルイスから二十キロ程度しか離れていないのだ。余計な体力を消耗しないよう、歩きで行ったとしても、半日もかからない。

それでも非常用の食料や薬類、そして戦闘用のアイテムの類は仕入れなければいけなかった。

「これとこれとこれ。そいからこれは持ってけ」

ポイポイポイとカイナが選んだアイテムを言われるままに購入する。準備金として学園からお金はいくらかもらっているから、問題はない。ちなみに、領収書をちゃんと貰わないとお仕置きされる、ジュディさんに。

カイナが選んだアイテムは、体力、魔力をそれぞれ補給する魔法薬に、敵の攻撃をいくらか軽減してくれる護符など、実用性の高いものだ。

こういったものがあれば、アルヴィニアのときももう少し楽ができたろうなぁ、とライルは自分の無知を後悔する。まあ、どれもけっこう割高で、一般生活では使いようのないものだから知らなくても無理はない。

「お前ら、武器は自前で持ってんのか……しかも、いい業物じゃん。学生の癖に生意気だな」

特にライルの剣に目を付けたらしいカイナは、よこせと迫るが、一応これは父の形見でもあるからして、ライルは困りながらもその要求をはねつける。

カイナも別に本気ではなかったようで、すぐに気を取り直すと、

「じゃ、行くかー!」

と、呆気に取られるライルを尻目に、さっさと店から出て行った。

ライルたちが店を訪れてから、まだ一時間と経っていない。すごい早さだ。もう少し話し合うこととかあるだろうに。

苦笑しながら追いかけるベルナルドやメリッサを見ると、カイナはいつもこんな感じらしい。並んでついていっているルナに振り回されるライルたちと似たような関係といえるかもしれない。

それが全然違う見解だったと、ライルは思い知ることになるのだが、それはもう少し後の話になったりする。

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