「うっ、わああああ!?」

次から次へと襲い掛かってくるモンスターを、必死で斬り捨てながら、ライルは早くもこの中に飛び込んだ事を開始一分も経たないうちに後悔した。

正義感からの行動だったのだが、少々無茶だったなぁー、と涙が出そうになる。生き残るだけならなんとかなるとか、思い上がりだったことを思い知らされた気分だ。

さばききれなくなる直前、背後のルナの魔法が十匹ほど纏めて焼き尽くし、クリスの補助魔法が身体能力を強化してくれる。

体勢を立て直すために一旦後ろに下がり、代わりにルナたちの護衛をしていたアレンが切り込んでいく。

肩で息をしながら、ライルはこうなった経緯を漠然と思い返していた。

そう、あれはミッションで、冒険者パーティーにくっついて、依頼の森に行く途中の出来事だった。

 

第106話「冒険者の哲学 その2」

 

「ねえ、ライルくん。君もけっこういい筋肉してるね」

「め、メリッサさん?」

さっきまでアレンに絡んでいたメリッサが、ライルに寄ってきた。つつつ、とライルの腕に指を這わせ、うふふと艶っぽく笑う。……おい、聖職者。

「うわぁ、アレン君とはタイプが違うけど、同じくらいイイカンジよ」

「や、やめてください」

ドギマギしながら逃げようとするライルの腕をメリッサは掴んで離さない。

「おい、メリッサ。あまり純情な少年をからかうんじゃない」

「え〜、ベルさん、意地悪言わないでくださいよ」

仲間の魔法使いに咎められ、拗ねるメリッサの隙を突いて、ライルは逃げた。とりあえず、手近なところでルナの後ろに隠れる。

「アンタ……女の子の後ろに隠れて、恥ずかしくないの?」

「別に、全然」

「情けないわねぇ。あのくらいのセクハラ、ガツンと拒絶しなさい」

「いや、いくらなんでも女性に手を上げるわけには」

そんな事を言うライルを、ルナは不思議そうに見る。

「……なんで断るだけで手を上げるとか言う話になるわけ?」

「へ? いや、ルナがガツンとか言ったから、てっきりそういう意味かと思っ……」

途中で失言に気付いたが、もう遅い。ライルは、ガツンとルナに殴られた。

「おい。お前ら! じゃれてるとこ悪いが、またモンスターだ」

先頭を歩くカイナが、苛立ったようにそう言った。

 

 

 

 

今回の依頼の森へは、ゆっくりと歩いても半日とかからない距離にある。セントルイス近郊、といっても差し支えはない距離だ。

だが、そんな人里近い森への旅路で、ライルたちがモンスターに襲われたのはこれで三回目だった」。

「いくらなんでも冗談キッツイぞ。なんでこんな街の近くで、こんなにモンスターがいんだよ……」

大の男が両手で持つのがやっとの大剣を二本、片手でそれぞれ操りながら、カイナが度重なる襲撃に舌打ちする。今回は数が多い。既に二十を超える狼型のモンスターに囲まれ、逃げ場はない。

彼女を先頭に、魔法使いベルナルドと神官メリッサが後方を固める。ライルたちは、彼女らと背中合わせになって背後の敵に対応している。

その様子を、比較的余裕のあるメリッサは横目で見ながら、うむむ、と唸った。

(強い強いって聞いてたけど……この子達、このまま冒険者始めても、そのまま一流で通用しそうね……)

自分たちも、客観的に見れば一流の範疇に含まれるだろうが、今までの戦闘はその自分たちと比べてもなんら遜色がない。ただ、それだけにメリッサは一つ不満があった。

背後で前衛を勤めているライルとアレン。ライルは見た目ではわからないが、しなやかで柔軟な、アレンは見たまんまに力強く頑健な肉体を持っている。そんな、じゅるり、と思わず涎が出そうな筋肉を持つ二人は、傷一つ負うことなくモンスターたちを切り伏せていっている。

(……ちぇっ、さっきから一回も血、流してないわねぇ)

普通の筋肉は好きだが、血で彩られた美しい筋肉はもっと大好き、というやや(意訳:かなり)倒錯した特殊な趣味を持つメリッサは、口を尖らせて足元の石を蹴った。

 

 

 

 

 

「ふぅ、片付いたか」

剣にこびりついた血糊を拭いながら、カイナは大きく深呼吸をする。一匹一匹はたいした強さではなかったが、数が数だ。連携してかかられては、それなりに苦戦する。

「そっちも、無事みたいだね。……てか、もう少し自然に優しく戦いな。さっきから、穴ぼこを空けまくりやがって」

カイナが振り向くと、ライルたちが相手をしていたモンスターがいたであろう場所には、ボコボコと大小合わせて十近くの穴が空いていた。無論、ルナの仕業だ。

「あのね、ルナ。それにプラスして、僕とアレンが前で戦ってるってこと、よく考えて魔法撃って欲しいんだけど。危うく、味方の攻撃で死ぬトコだったよ」

「あ〜、ゴメンゴメン。いや、私はあんたたちを信頼しているからこそ、ああやって遠慮なくぶっ放せたんだけどね」

言い訳じみたものを口にしながらも、ルナの声に反省の色は伺えない。いつものことといえばいつものことだが、理不尽すぎるとライルは落ち込んだ。

「とりあえず、さっさと先に進もう。今までのやつら例の森からあぶれたヤツらかもしれない。それにしても、この状況は変だが……」

ルナとは違い、的確かつ効果的に魔法を使っていたベルナルドがそう言う。口調には、あせりのようなものが混じっていた。

それも無理はない。明らかにおかしいのだ。セントルイスの近くは、モンスターはさほど多くはない。瘴気に引かれたモンスターが森から出てきたとしても、こうやって纏って行動するとは考えにくい。先程のは群れを成すモンスターだからまだわかるが、一回目、二回目の襲撃はどう考えても集団で行動するタイプではなかった。

コクリ、と頷きを返すカイナ。

と、そこで前方、これからライルたちが向かう方向から異変が近付いてきていた。何事か、と視線を前にやったカイナが、

「うげぇ!?」

などと、女性にあるまじき叫び声を上げる。しかし、それも無理もなかった。ドドドド、と砂煙を上げながら、こちらにモンスターの大群がやってきているのだ。

少なくとも、200は下らないだろう。アルヴィニアでライルとルナが相手にした軍隊より遥かに数は少ないが、こちらの方が一匹一匹の強さはずっと上である。

「な、なんだアレ!? 今日はモンスターのパレードの日かなんかか?」

「カイナ、なにそれ?」

錯乱するカイナをメリッサが呆れたように見る。意外と冷静なお姉さんだ。

「なぁ、あれって、もしかしてセントルイスの方に向かってねぇか?」

ふと、アレンが今気が付いたかのように呟く。

「僕たちはそっちから来たんだから、その僕らに向かってるってことはそうなんだろうね」

クリスが律儀に答えてやる。当たり前といえば当たり前の話だ。

「おい! 逃げるぞ、お前ら」

「ええ!? このまま放っておくんですか!? あれが街に入ったら……」

カイナの撤退宣言にライルが食って掛かる。確かにあの規模のモンスターが街中に入ったら、かなりの被害が出るだろう。死者の数も十や二十では聞かない。

「アホ! だからって、自分の命の方が大事だろうが! あたしらがここでぶつかるより、転進して街に知らせた方が確実だ! んのあとはバックレる!」

「でも……」

ライルは自分の持つ剣と、モンスターたちとを見比べる。

ここで迎え撃って、少しでも数を減らせばそれだけ街の被害は小さくなるはずだ。生き残るくらいの力はあるつもりだし、街に知らせに行くのなら一人二人で十分だ。

「じゃあ、カイナさんたちはセントルイスの方に知らせに行ってください。僕たちはあれを少しでも止めますから」

なんて、ライルはあっさりとそんな事を言った。

それを聞いて唖然としているカイナたちに気が付かず、アレンとクリスは諦めたように、

「その、僕たちってのには、当然俺も入ってるんだよな?」

「僕もね」

「まぁ、いいわ。全部纏めてぶっ飛ばすから」

最期に、ルナが力強く宣言して、四人は走り始めた。その後姿を止めようとしても、止める暇もなく四人の影は小さくなっていく。

「あんのガキども。引率の言う事は聞けっつーの。無茶しやがる」

カイナが忌々しげに呟く。が、逆にメリッサは楽しそうだ。

「若いっていいわね。ねぇ、ベルさん?」

「そうだな」

「ってか、依頼始めたばっかでこんなことになるなんて、ちょっち騙されたんじゃないかって思うんだが。これ、絶対おかしいぞ」

冒険者の依頼に、額面とは違う内容が盛り込まれていたり、そもそも依頼自体ブラフっていうことは、それなりにある。今回のこれも、なんらかの裏があるんじゃないか、とカイナは勘ぐったところで、そんな暇ではないとばかりに頭を振る。

「ちっ、お前ら。仕方ないから、あのじゃじゃ馬どもの助けに行くか」

二本の大剣を鞘から抜きつつ、気だるげに二人を見る。

「ああ。わかった」

「今度こそあの二人、ちゃんと怪我してるんでしょうね」

そして、セントルイスでは一、二を争う腕前の冒険者パーティーが出撃した。

 

 

 

 

ふと、ライルは負担が軽くなったことに気が付いた。

思い立って右を見ると、別の角度からカイナたちが切り込んでいるのが見える。驚くが、今はそれどころではない。モンスターとの戦闘が忙しすぎる。

……大体、いくらなんでもこれだけの数の進軍をそうそう止められるはずもない。しかも、この連中の目的は別段ライルたちを食うことでもないのだ。必然的に、セントルイスに向けて走りながらの戦いとなる。できれば、そこに辿りつくまでに全て倒したいが……どうだろうか。

「『カオティック・ボムズ!』」

ルナの魔法が、あたり一面を蹂躙する。

ルナは、足が遅いので、アレンがその背中に乗せて走っていた。遠距離の敵をルナのその圧倒的な火力で沈め、近付いてきた敵はアレンがぶった切る。即席の戦車としては、桁外れの性能なのだが、

「あ、こら! 服が斬れたわよ!? 危ないわね!」

「そーゆーお前も、俺の髪が焦げてんだが!?」

なにぶん、そんな状態で戦った経験などあるはずもない二人。こういったニアミスが多発している。多分、片付いたらアレンはルナに黒焦げにされるだろう。

クリスはというと、器用に立ち回りながら、スピードを上げていた。カイナたちがこっちに来てしまったので、一番戦闘向きではない彼がセントルイスに知らせに行くのだろう。

そして、ライルはというと、いつになく真剣な表情で、一匹一撃で仕留めて回っている。

モンスターらがバラバラに走り出したせいで、最初の時ほどモンスターの密度が高くないので、楽になった反面、よほど範囲の広いものでないと魔法で纏めて始末するのが難しくなっている。

こういう時、ライルの速さがモノを言う。ルナ以上のスピードで、モンスターの数を減らしていた。

カイナたちも、確実に数を減らしていっていた。

「……つーか、あいつら。派手だなぁ」

一対一で戦えば負けるつもりはないが、ああいう華のある戦い方は、カイナたちには出来ない。羨ましい、とは思わないが、こういう大規模な戦いであまり役に立たないのは事実だ。

「ま、それはともかく」

カイナは思い切り両腕を振り回し、呟く。

「終ったら説教だ、あいつらめ」

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