「……と、いうのが、わたしの正体となります。ご理解いただけましたか?」

たっぷり十分に及ぶ説明の後、ベルはスルトとネルにそう同意を求めた。

「わからん」

それを、スルトは一言で切って捨てる。

まあ、最初の十秒で既に聞く事を放棄していたので、当然といえば当然だろう。

ベルのほうも、それで落ち込むかと思いきや、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、

「なるほど。確かに、わたしの身の上は複雑ですからね。でしたら、もう一度説明いたしましょう。わたしは古代文明によって『開発』された人格型……」

ループかよ、とライルは嘆いた。

彼にとっては二度、三度と聞き飽きた内容である。げんなりするのも無理はない。

「あのね、ベル。いい加減、そこら辺で

『説明好きな性格は、変わっていないのだな「祝福の鐘」』

「――!?」

ライル、スルト、ネルの三人は、突然結実した像に咄嗟に戦闘体勢に入る。

「れ、レギン、レイヴ……博士?」

突然現れた金髪の美丈夫に、ベルは弱弱しい声を上げる。

そんなベルに、レギンレイヴは、優しげな微笑を浮かべた。

『ああ、そうだ。二千年も放っておいてすまなかった。わたしは、お前を迎えに来たのだ』

やけに遠くから響くような声だと思ったら、大気の振動で離れた場所から声を届けているのだとライルは気づいた。

拡声魔法の応用だろう。純粋な『空気の振動』であれば結界で防がれることもない、ということだろうか。

ということは、ここにいる彼は実体ではないのだろう。恐らく、光属性に類する魔法で持って、像だけをここに投影……

「はか、せ」

『私は今この街から出て南東の方角にいる。神となった私では、この都市に立ち入ることは出来ないのでね。出来れば、お前にこちらに来て欲しいのだが』

本当に優しそうな声に笑顔だ。

シルフィが、この人を目の仇にしていたのは、多分、なにかの間違い……

「ちょっと待てよ」

ずい、とそこまでレギンレイヴが口にしたところで、耐え切れないといった風にスルトが前に出た。

同じく、声こそ出さないものの、ネルも厳しい表情でレギンレイヴを睨みつけている。

「てめぇ、俺たちになんつったか、覚えてるか? 『バベルの地下にある魔法の記述を破壊しろ』っつったよな」

「え? 博士?」

不安そうになったベルは、レギンレイヴを見る。

しかし、彼は相変わらず微笑を浮かべるだけだ。まるで、全てを見透かしているように。

『なにを言っているのか、よくわからない。確かに君達には、この子――祝福の鐘の捜索を依頼したが、破壊しろと言った覚えはない。どうやら依頼内容に、認識不足があったらしい』

多分、彼が言うのだからそうなのだろう。

ライルは、自然にそう納得し、スルトたちを非難めいた目で見る。

「認識不足もクソもあるか。なんだったら、てめぇが依頼した内容、今ここで一字一句違わず言ってやろうか?」

「そ、それに、どうしてこの子を『破壊』だなんて、自然に言えるんですか? 彼女も生物です。殺す、という表現ならまだ分かりますが」

レギンレイヴは寂しそうな顔になる。

とても傷ついたんだろう。そうだ、彼がベルの製造者だと言っていた。子を心配しない親はいない。その気持ちを疑われては、それは傷つく。

「やめた方がいいですよ。スルトさん、ネルさん」

「ライル?」

半分くらい、勝手に口が動いた気がする。

しかし、今喋っていることは、本心でもあった。

「折角、ベルがレギンレイヴさんと再会できたんです。余計な茶々を入れないほうが……」

「……ふン!」

全部を言う事は出来なかった。

ツカツカツカと近付いてきたスルトの頭突きが、見事に炸裂したからである。

「ぢゃあぁ!?」

「ついでに食らっとけ!」

ぎゅんっ、と高い音を立てて、スルトの拳が光る。

何らかの魔力光。スルトの身体能力はそれほど高いほうではないが、法力――魔法使いで言うところの魔力――は並ではない。そんなものでぶっ叩かれては、相応のダメージを受ける。

しかし、頭がなにやらぼーっとしているライルには、躱すと言う事は出来なかった。

「『メンタルリカバー!』」

ライルの記憶が確かならば、それは混乱、幻覚、睡眠等、精神系の攻撃を受けたものに対する回復白魔法だった。

思いっきり殴られ、思わずたたらを踏む。

なにやら口に気持ち悪い感触があると思ったら、口の中を切ってしまったらしい。口内にある血を、ぺっと吐き出す。

『……どうやら、あちらは取り込んでいるようだ。祝福の鐘。とりあえず、お前だけでもこちらに来てはくれまいか?』

「はい、博士」

そうこうしているうちに、ベルが駆け出していた。

慌てて、スルトは止めに入ろうとする。

「待てっ! 嬢ちゃんっ。行っちゃだめ……」

『やれやれ……君達はうるさいな?』

全てを言い切ることは出来なかった。

ゆらり、と陽炎のように揺らいだレギンレイヴは、突如スルトの目の前に現れ。

「――――――!!!!?」

突如、大音響と閃光がライルたちを襲ってきた。

耳を押さえ、思わず三人ともうずくまる。

「がぁっ!?」

これは、単純極まりない撹乱だ。音や光しか届けられないレギンレイヴの、唯一の攻撃といったところだろう。

ライルは、混乱する頭で認識する。

――いや、唯一ではなかった。

素早く口の中で呪文を唱えながら、そう考える。

「はっ」

短く印を切ると同時、それまで彼らを襲っていた音と光は、途端に減衰した。

大気の振動と密度を操ることで、音をシャットアウトし、光を屈折させる結界だ。

「――っ、ライル! 正気に戻ったか」

「はい! 一体、なんだったんですかあれは!?」

ライルは、先ほどまでの自分の感覚を思い出して、背筋が震える。

レギンレイヴに対してはシルフィの警告や状況的なものもあり、決して友好的な感情を抱いていなかったはずだ。

ベルの前に出てきて優しい言葉をかけたとしても、普段の自分ならそれを鵜呑みにして無警戒になるはずがない。いや、それどころか、親子の再会の邪魔をするスルトたちを身体を張って止めるべきか、とまで考えていたのだ。

「魅了(チャーム)の一種だろ」

「はぁ!? 魅了(チャーム)って……グローランスの結界内ですよ!?」

「お前、もう少し座学も勉強しとけ。神ってぇのはな、その容姿だけで、人間に対する魅了(チャーム)が働くんだ。魔力もなんも使わないから、結界も反応しないんだろ」

そうだったのか、とライルは苦い思いで納得する。

ライルとて、モンスター、魔族の類に関してなら、そこらの冒険者以上の知識を持っていると思っている。

しかし、そもそも敵に回るとは思っていなかった神族に対する知識はさほどでもない。

「とりあえず、精神しっかり持っとけ! あんな天然の魅了(チャーム)、わかってりゃ効かないから」

「はいっ! とりあえず、ベル、追いかけるんですよね?」

「ったりまえだっ! 彼女、本当に本人の言ってた通りの存在なんだな!?」

「はいっ」

「ちっ、ガーランドたちを待ってる余裕はねぇ! ライル、お前が行って彼女をとっ捕まえろ!」

この三人の中では、ライルの足は抜群に速い。ベルがグローランスの結界内から出ないようにするだけならば、ライルだけの方が良かった。

「はいっ!」

大気の結界を飛び出す。

すでにレギンレイヴによる攻撃はなりを潜めていた。

あんな不意打ち、そう長い時間効く筈もないので、当然の判断だ。

「待って、ベル!」

目を離していたのは、ほんの数十秒のはずだったが、すでにベルの姿はない。

「南東!」

ざっと、星の位置を確認して、方角を定める。

レギンレイヴは南東に来い、と言っていた。方角さえわかっていれば、追いつくのは難しくはない。ベルがいくら卓越した知識を持っていても、足が速いわけではないはずだ。

ライルは思い切り足に力を入れ、ダッシュをかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「……なによ、さっきの音」

ルナが、焦燥も露に呟いた。

「地上まで、あと十メートル以上はあるはず。なのに聞こえたってことは、相当な大音量だな」

「レギンレイヴの攻撃ね」

結界内に立ち入れない彼ができる間接攻撃といえば、まあこの辺が妥当だろう。

音は大気の振動であり、風の属性の領分だ。まさか、ライルがその手の攻撃でやられるとは思っていないシルフィだが、しかしこの状況は非常にマズイ。

「あの馬鹿マスター。もしかして、もう喧嘩売ったんじゃないでしょうね!?」

ルナじゃあるまいし、あの冷静なライルがそんな真似をするとも思えなかったが、万が一と言う事もある。

「……シルフィ、先に行って。君なら、地上まですり抜けられるでしょ」

クリスの提案に、シルフィは少し考えてすぐに頷いた。

「悪いわね。地上まであと十二メートル。なんとか生き埋めにならないよう、頑張って頂戴」

「大丈夫だ。ライルを頼む」

ガーランドは頭を下げた。

「はいはいっと。言われなくても、あいつは私のマスターだかんね。手ェ出したら、神族だろうがなんだろうが――」

ぶっ潰す、と一声残してシルフィは飛び出していった。

「物騒ねえ」

お前が言うな、と全員が思ったがとてもそんな事を言う余裕はない。

「しかし、地上まで十二メートルか……ちんたらしてっと、全部終わっちまうぜ?」

剣をスコップ代わりに岩盤を切り裂いていたアレンだが、流石に剣で岩盤を掘り進む――もとい、斬り進むことは困難だ。

ルナたちの魔法でも、生き埋めを恐れて思い切った手を打てない。

「……仕方ないなぁ。わたしに任せて」

リーザが意気揚々と一歩前に出た。

「念のために聞くが、どうするつもりだ?」

「わたしのフレイムシュートで、全部撃ち抜くっ!」

確かに、威力、貫通力共に優れたリーザの魔法なら、地上まで一気に貫くことも出来るかもしれない。

しかし、先ほどまで掘り進んでいて分かったのだが、ここら辺の土はすぐに崩れる。そんな無茶をしては、すぐに生き埋めだった。

「馬鹿。そんなことができるわけないだろ」

「うう〜」

半分くらいわかっていたのか、リーザは不満ながらも引っ込んだ。

「いや、それでいきましょうか」

のだが、ルナがリーザの背中を押してもっかい前に出す。

「は? ルナ、お前」

「別に、やけになってるわけじゃないわよ。リーザが撃ち抜いたあとすぐ、私が結界で周りの土を抑えてやるわ」

実際、今も天井の土が落盤してこないのは、結界の効力によるものだ。

相当の質量なので、結界担当のクリスには相応の負担がかかっている。

「……相当シビアなタイミングが要求されるぞ?」

なにせ、リーザの魔法は結界なぞ吹き飛ばしてしまう。どうしても新しく張りなおさなくてはいけないのだが、そのために要求される精度はコンマレベルだろう。

「わかってるわよ」

しかし、ルナは事も無げに頷いてみせる。

「はぁ」

ガーランドはため息をついた。

あまり、この無鉄砲な二人に、自分の命を預けたくはないのだが……しかし、同時に、二人のコンビネーションはなかなかのものだ。そう分の悪い賭けでもない。

「……じゃあ。頼んだ、頼むから、慎重にな?」

渋々折れたガーランドに、ルナは任せときなさい、と鷹揚に頷いて見せるのだった。

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