「ライルーーー!! お前、どっち行く気だぁ!?」

声を張り上げるスルトだが、もはやライルはそれが届かないほどの距離にいる。

相変わらずの速さに感心しつつも、チッ、とスルトは舌打ちした。

「あいつ、何時から方向音痴になったんだ? 『北東』は全然違う方向じゃねぇか」

え? とネルがぎくりと顔を引き攣らせる。

「ま、待ってください。レギンレイヴは『東』って言っていませんでしたか?」

「ああ? お前まで、なに言って……」

その瞬間、スルトはある可能性に思い至った。

レギンレイヴは、大気の振動を操って、この場に声を届けたのだ。つまり、この場にいるそれぞれに対して違う言葉を届ける、などという芸当も可能なのではないだろうか?

そして、ベルに対してのみ正しい場所を教え、他の人間には違う場所を教える。その上で、光と音でベルの行方を分からないようにすれば……

「ッッッセコッ!!! 神様のくせに、なんっつーセコい手ぇ使うんだ!?」

「でも、効果的は効果的ですよ!? ライルくん、行っちゃいましたし!」

「あ゛―――――!! 俺らじゃ、どう頑張っても追いつけねぇ! 俺らだけであの嬢ちゃん助けに行くぞっ」

「で、でもどこに!?」

少なくとも、北東、南東、東でないことは確かだ。わざわざ正しい位置を教えるとは思えない。

「……全部東っかわに偏ってるな。と、なると心理的に西、といきたいところだが」

「そんなに分かりやすい性格はしてないと思いますよ?」

「だよな」

いやしかし、自分達がそう考えていることを見越して、真西に陣取っているかもしれない。いや、そう見せかけて実は……

「がぁ! 考えてもわからんっ」

そもそも、ああ見えて、スルトの何十倍も生きているはずだ。相当な古狸だろう。どれだけ考えても、その上を行かれてしまいそうだ。

案外、棒を倒して、その方向に進んだ方がまだ芽がありそうだ。

「せめてあのベルって子の魔力でも追跡できりゃあいいんだが」

「……無理です、よね」

「ああ。彼女自身も、追わせる気はないらしい」

完全に痕跡がなくなっている。レギンレイヴの方は言わずもがなだ。

「ちっ、どうする? どっちにしろ、ここに留まってる暇は……」

ない、と続けようとしたところで、足元からなにかが『すり抜けて』きた。

「ぬぉ!?」

「な、なんですか!?」

咄嗟に飛びのきつつ、警戒態勢をとる二人。

その二人の目に飛び込んできたのは、体長三十センチにも満たない、人形のような少女……

「ああ、そうビビらなくていいわよ。私は、マスター……ライルと契約してる精霊。味方よ。味方」

「せ、精霊ぃ?」

なるほど、言われて見ると確かに、精霊魔法は少し齧った程度のスルトでもその力の強さが分かるほど高位の精霊だとわかった。

「……あいつ、精霊持ちだったのか」

「持ち、って言い方は辞めてくれる?」

「悪い。それより、お前のマスターを追ってくれ。レギンレイヴから偽の情報掴まされて、明後日の方向へ爆進中だ」

「了解」

聞くと、シルフィはふっ、と消えるようなスピードでライルの駆けた方向へ飛んでいく。

流石に、契約者の居場所くらいは分かるらしい。

「やれやれ……これであっちは大丈夫だが、俺らは次、どう行動すべき……」

スルトがネルと相談しようと話かけると、突如として足元の地面が赤熱し始めた。

「こ、今度はなんだぁっ!!?」

真面目に命の危険を感じて、スルトとネルはその場から飛びのく……というより、転がるように後ろに逃げた。

次の瞬間。地面は一秒にも満たない抵抗を見せた後、地下から放たれた火属性の魔力弾によって無残に貫かれた。

「いやっはぁー!! 外の空気はおいしいねぇ!」

「まったくよ。あー、服が土臭い」

のそっ、という言葉が似合う動作と共に、二人の少女がたった今開けられた穴から這い出てくる。

「う〜、死ぬかと思った」

「まあ、命があるだけめっけもんだろ」

続いて、巨漢の男が二人。

「……ていうか、か弱い僕を先に出してよね」

そして、最後に出てきたのは、女顔の男。

「お、おまっ、おまっ」

スルトは、そんな面子をまるで無視して、リーザに対して指を向けている。

「? ど〜したの、スルトさん。人に指向けて」

「こ、こここ、殺す気かぁ!!!!!!?」

一歩間違えれば、骨まで残さず焼け落ちていたこと請け合いである。

「あ、上にいたの? 気づかなかった。ごめんね」

「ごめんねってちょっとコラぁ!?」

「スルトさん」

激昂するスルトを、ガーランドは押さえにかかった。

「今は、そんなことで怒っている場合じゃないでしょう? とりあえず、状況の説明を」

「そんなことってなぁ……」

あー、とガシガシ頭をかいて気を落ち着ける。

スルトとて、これが不可抗力だということくらいわかっている。地下にいたリーザに、自分がその真上にいたなんて知れるはずがない。予想しようにもそんな確率は天文学的だ。

「……俺の運、そんなに悪かったっけかぁ?」

「スルトさん」

「わぁーってるよ」

なんでネルに聞かないんだよ、と思わないでもなかったが、こういう説明となるとネルよりもスルトの方が適任であることは全員が認めている。

面倒くさいが、スルトは今現在の状況や経緯を簡潔に纏めて話した。

「……で、ライルが追ってった、ってことね」

「そうだよ。でも、レギンレイヴの居場所が分からないと、俺たちも動きようがねぇってことだ」

「待機、かな、これは」

クリスが考えた末にそう呟く。

「そうだな……。探すだけならバラけて探すのが得策だけど、下手にバラバラになると、もし戦いになった場合、戦力的にキビしい」

「ライルなら、足も速いし単独で戦える。あの精霊がいれば、レギンレイヴを探すのにも可能だろうしな」

少々ライルの技能に頼りきりな面は否めないが、ほぼ街の中心部に位置するこの塔……もとい、元塔だった瓦礫の山付近だと、街のどの方向にレギンレイヴがいても早くに対処できる。

「ちょっ、私は納得できないわよ。早く、そのベルってやつに会いたいんだか……」

「はいはい、少し黙ってろお前は」

ガーランドに額を抑えられ、ルナの勢いが急速にしぼんでいく。

彼女がガーランドが苦手なのは、どうも確実らしい。

「さて……と。ライル。頼むぞ」

あまり後味の悪い仕事はしたくない。

ガーランドは、半ば祈るように、ライルに対して言葉を発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああー! マスター! 見つけたっ!」

「っ!? シルフィ!?」

街の端まできて、ようやくライルに追いついたシルフィは、そのままの勢いでライルの顔面にぶつかった。

「なっ!? なにすんだ」

「このボケマスター! レギンレイヴんとこいくなら、私を呼びなさいっ」

「いや、でもお前神様と事構えたらマズいんじゃ……」

言い訳をするライルに、シルフィのスクリューボンバーが炸裂した。身体を回転させながら突っ込むと言う、目が回るのを引き換えにした大技である。

「アホかぁ! 自分の命が危ないかもしれないってのに、気ぃ使ってんじゃないわよ」

「……悪い、のは僕なのか?」

「そうよっ」

言い切るシルフィに、まるで本当に自分が悪い事をした気になってくるライルだが、いやでも僕は悪いこと別にしてないよなぁ? と自問する。

「それより、ベル見なかったか? こっちに来たはずなんだけど、全然見つかんないんだ」

「あのね、それはレギンレイヴの陽動でね」

シルフィが、スルトの推測を話す。

「……セコい」

「それだけ、形振り構ってられないって事でしょ」

「じゃあ、どうやって探すんだよ」

いっその事、この街を一周してしまおうか、と考えるライルだが、流石にそれは時間がかかりすぎる。

「レギンレイヴは無理だけど、ベルのほうの場所なら分かるわよ」

「は?」

「あのね。あの子は人間じゃないけど、呼吸はしてるし歩くと音もするし大気に触れてもいる。私が探せないとでも?」

「んな便利な能力があったのか」

「面倒だし、やりたくはないんだけどね」

シルフィが目を閉じ、周囲の空気と同調する。

ライルの肌に触れる空気も、シルフィの知覚領域に入った事をライルは悟った。

一分ほど経ち、シルフィは目を開けた。

「見つけた」

「どこだっ!?」

「街の真西に向かってるみたいね。結界範囲から出るまで、あの速度なら十分ってとこ」

「っ! ギリギリだな!」

ライルが走り始める。

今から走っては、ベルがグローランスの結界から出るのと追いつくの、どちらが先になるのかまったく分からない。

「マスター。私はみんなに知らせるわよ。ついでにベルにも……無駄だろうけど話してみる」

「頼む!」

並走してくるシルフィは口を開き、喋り始めるが、ライルの耳には届かない。

恐らく、レギンレイヴがやったのと同じように、大気を操って声を届けているのだろう。

しばらく全力で走っていると、並走するシルフィが首を横に振った。

「駄目ね。ベルの方は、聞く耳持たないみたい」

「そっか」

先ほどの様子からわかってはいたが、どうやらベルにとってレギンレイヴは特別な存在らしい。

製造者、というよりは、やはり親として彼を慕っているのだろう。

「でも、本当にレギンレイヴって人はベルを傷つけるの? ちょっと話しただけだけど、悪い人……いや、神様には見えなかったけど」

魅了(チャーム)をかけられていたことを差し引いても、それほどの悪人には見えなかった。こちらを攻撃してきたとて、所詮目くらまし程度であった。

しかし、それを言うと、シルフィはわかってないわねぇ、と首を振った。

「そりゃ、悪い神じゃないわよ? むしろ、正しいのはあっちかもしれない。そして、自分が正しいってあの馬鹿は信じてると思う。だからマスターも騙されたんでしょ。でもね」

シルフィは、眉を顰め吐き捨てるように言った。

「私は、アイツの『正しさ』は認めないわよ」

「……そうか」

ライルにはよくわからないが、それで充分だった。

こういうシルフィの判断は信頼しても良い。そして、仮にシルフィの言っていることが間違いでも、単にライルが走り疲れるだけで済む。

「急いだ方がいいな」

「そうね」

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