「ぬぉおおおおおおおおお!!? ネルぅ! 走れ走れ走れ走れ!」

いくら進んでも一向に先行きが見えず、うろついている間に、自分達が入ってきた入り口に辿り着いてしまったスルトとネルは、崩れ落ちる塔内を必死で走っていた。

「うわあああああああああ!! し、死ぬのは嫌だぁ!」

出口までの距離、実に百メートル。

崩落に巻き込まれる前に駆け込めるかどうかは、微妙な線だった。

「な、なんでいきなり崩れ落ちてんだ!?」

「知らないですよォ!!」

まさか原因が自分達の仲間だとは思いもしない二人は、ここにいない誰か――とりあえず、厄介ごとを押し付けてきた神様辺り――に心の中で八つ当たりをしながら走る走る走る。

「グベッ!?」

落下してきた天井の建材が、スルトの脳天にナイスアタック。

くわん、くわんと脳が揺れ、スルトはふらついた。

「邪魔ですっ!」

自分の前を塞ぐスルトを、かわすでもなく、弾き飛ばす薄情なネル。

自身の命がかかっている、仕方がない、と自己弁護しつつ、わざとらしい涙をスルトに手向け、一人走った。

「ね、ネル! てめぇ!?」

その仕打ちにキレたスルトは、万分の一秒も躊躇を見せず、銃を取り出し発砲発砲発砲。

「ぎゃあ!? こ、殺す気ですかっ!?」

「大丈夫! ただの威嚇射撃だっ!」

きっぱり言うスルトに、薄ら寒いものを感じつつ、ネルは若干スピードを落として追いかけてくるスルトと並走した。

「……スルトさん。あなたとは、一度徹底的に話し合う必要があるような気がします」

「奇遇だな。丁度、俺もそう思っていたところだ」

ふふふふ、へへへへ、と怪しげな笑いを交し合う二人は、その勢いのままダイブして、出口の扉をこじ開ける。

ざざ、と地面と擦れる音。

直後、

「うわぁ、危機一髪」

塔は、無残な音を立てて、崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

塔の外に転送された瞬間、ライルはすぐ側で崩れ落ちる塔に駆け寄った。

「ルナ!」

もはや、生存は絶望的。

しかし、それでも、相棒の死を信じたくなくて、ライルは必死で瓦礫をどける。

それを見て、恐る恐るベルが忠告をした。

「ライルさん。先ほども言いましたが、この状況下で生き残れる人間は……」

「いるっ!」

そうだ。あの殺しても死なない……むしろあっさり生き返ってしまいそうなルナが、この程度のピンチで死ぬわけがない。

それは、信頼とは少し違うが、しかし揺るぎない確信だった。大体、この程度でどうにかなるなら、僕はもっと楽ができているはずだ。

「くっ!」

トン以上はありそうな大きな瓦礫を、ライルは普段では考えられない膂力を発揮して撤去する。

その様子にベルは目を丸くする。

「ライルさん……」

その必死な様子に、ベルはなにも言えなくなる。

彼女には、その非論理的な行動は理解できない。ただ、止めてはならないと思った。

「くそっ! 埒があかない」

そう感じたライルは、魔法を遣うことにする。

いくら古代文明が立てた塔とは言え、崩れ落ちてしまった今なら建材を保護する魔法の類の効果も切れているはずだ。

そして、金属と言えば、基本的に地に属するもの。

地精霊魔法には、その手の物質を風化させるものも存在する。

「シルフィっ! サポー……」

ト、と言おうとして、傍らにもう一人の相棒がいないことに気がついた。

「あの精霊ならまだ地下だと思いますよ? あの脱出用の魔法は、あくまで『人間』しか運びませんから」

「え!?」

『本当よ〜、ついでに運んでくれたっていいのにさぁ』

と、のんびりした声が、ライルの脳裏に響いた。

『……シルフィ?』

『はぁい、マスター。ルナたちなら、無事よぉ』

「はい!?」

「どうしましたか?」

ちょこん、と首を傾げるベルにライルはなんでもない、と軽く答える。

『ど、どうして!?』

『微妙に天井が落ちてくるまでのタイムラグがあって助かったわ。塔の外の土までの横穴開けて、全員ぶち込んだ』

『……お、おま』

『疲れたわよ〜。地と風(わたし)って、一番相性悪いんだから。ここの壁、やけに硬いしさぁ』

『シルフィ、お前』

『ん? なに』

能天気に問い返すシルフィに、ライルは思い切りの感謝の念と共に、

『よく、やった』

『ったりまえよ。私は、マスターの従者なんだかね』

お互い、笑いあう。

「ベル、みんな、無事らしい」

「え?」

「シルフィが、助けてくれたみたいだ」

詳しい方法を話すと、ベルはなるほど、と頷いた。

「そんな手段が……。確かに、あの無限迷路を攻略するほどの魔法使いなら、そのような方法で逃げることは可能……。ラストダンプの設計を見直す必要がありますね」

「え? あの、ベル?」

「少し待ってください。脳内の情報を更新中です」

更新中、と称するベルは、こめかみのあたりをぐりぐり弄っている。

なんだ、あれ。癖?

「チーン。完了です」

「か、完了したんだ」

「ええ。まあ、儀式みたいなものです」

わけがわからない。

しかし、彼女に関して下手なツッコミを入れると、怒涛の説明がさながらマシンガンのごとく襲ってくることを学習したライルは、それを尋ねることはしなかった。

『どしたの、マスター?』

『なんでもない。それより、そこから出ることはできるのか?』

『時間はかかるけどね。ガイアと簡易契約してるクリスもいるし、地上何メートルかは知らないけど、掘り進めると思う』

わかった、とライルは返信して、ふむ、と考える。

「とりあえず、みんなが戻ってくるまで、しばらく待とうか」

「はあ。……それでしたら、待ち時間の暇つぶしにでも、先ほどわたしが構築したラストダンプの修正案でも」

「いや、いいから」

どうどう、とベルを抑える。ベルは不満げな顔になった。

と、そこへ、

「……ライル? なんだ、お前、なにしてんだ」

「スルトさん?」

塔の周りをぐるりと回っていたスルトとネルが現れた。

「スルトさん、スルトさん。僕たち、ライルくんたちから逃げてるんじゃあ?」

「いいさ。どうせあの状況じゃ、あの神様ご依頼の品も壊れてんだろ。任務完了って奴だ」

ははは、とライルは乾いた笑いを返すしかない。

「……で」

つつつ、とスルトとネルの視線が、その『依頼の品』に移動する。

「誰だ? その娘」

「可愛い子ですね」

なんと説明したものか、とライルは頭を抱えた。

実は彼女こそが神様の求めている人で、ホムンクルスで二千歳以上なんですよーあはは。あと説明魔。

「……自分で言ってて、果てしなく嘘臭いな」

ぼそっ、と感想が漏れる。

「ていうか、彼女上着の下は白衣一枚じゃねぇか。しかも濡れてる」

「うわっ」

純情、というか魚類にしか興味のないネルは慌てて視線を逸らす。恥ずかしいわけではなく、単にセクハラ扱いが嫌だったためだ。

逆に、スルトの方はしげしげと観察し、『あと五年後だな……』と根も葉もない感想を漏らした。

「どこから攫ってきた?」

「人聞きの悪いこと言わないでください」

「だって、なぁ?」

スルトがネルに同意を求める。ネルは、深く考えることもなくコクコク頷いていた。

「……ベル。ベルからも説明してあげ……」

途中でしまった、と思った。

「それでは、ライルさんから許可が出たので、わたしについて話をさせていただきます。わたしは人格型データベース『祝福の鐘』。呼ぶときは、ライルさんと同じくベルで構いません。人格型データベースがなにかというと、自ら知識を保全し必要ならばメンテナンスも行うというまったく新しいタイプの……」

延々と、自分の正体について喋るベル。

内容については、カプセルに入った状態でならともかく、一見普通の少女であるベルしか見ていないスルトたちには到底信じられないものだった。・

「なぁ、ライル」

「なんですか」

「よくわからんのだが、彼女、頭おかしいのか? それとも、重度のファンタジー脳なのか?」

率直過ぎる感想にライルはため息を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……狭い、暗い、暑苦しいっ!」

「ルナ、文句ばっかり言ってないで、少しは手伝ってよ」

地精霊に干渉して、穴を掘り進めるシルフィだが、この都市は結界があるためか、精霊の数が極端に少ない。神以外には無反応とは言え、『なんとなく近付きたくなくなる』みたいな効果があるようだ。

「しかし、ライルが、こんな高位精霊と契約してたなんて……びっくり」

本気で驚いているのかどうかイマイチわからないリーザが感想を漏らす。

実際、地下五階に転送され、塔が振動し始めた時に羽の生えた人形っぽいシルフィが突然現れたのにはびっくりしたのだ。

『あんた達、こん中入りなさいっ!』と、相当硬いはずの壁をあっさりぶち壊し、そのまま外の土を掘り返して穴を空けたのにも驚いた。

主からの要請もなしに、これだけの力を発揮できる精霊というと、恐らく高位精霊の中でも特別……少なくとも、第二位以上の実力。もしかしたら、なにかしらの称号を保持している可能性もある。

「精霊魔法は門外だけど、ちょっと興味あるなぁ」

「……お願いだから、解剖とかしないでよ?」

目に危険な光を湛えるリーザに、身の危険を感じたシルフィが少し身を引いた。

「大丈夫。命の恩人にそんな真似はさせないよ」

「あ〜! ガーちゃん、させないってなに。わたしがそんなことすると思ってるの!?」

「お前とルナは、その手の話になったらなにをするか分かったモンじゃない」

すっぱり両断され、リーザはうう、と泣いた。

「……ところでだ。さっき話してたベルって子なんだけど」

黙々と作業をしていたクリスが、シルフィに話しかけた。

「なに?」

「色々疑問はあるんだけど……彼女が、レギンレイヴが探してたもの、なんだよね?」

「そうよ」

「それで、その子の父親は、そのレギンレイヴ、と」

「父親って言っても、その子を殺そうとしたんだ。もう親なんて名乗る資格はないさ」

依頼の詳細を話したガーランドが言うと、そこなんだよ、とクリスは唸った。

「なんで『今』なのさ。彼女の存在が邪魔なら、もっと早くすることもできたはずだよ。なんたって、作ったのはそのレギンレイヴなんだから」

「さぁね。本人に聞かないと、本当のところは分からないけど……まあ大体見当はつくわ」

「それって、どういうこと」

シルフィは、首を振った。

「別に、確証はないし、どうでもいい話よ。現実として、あいつは、ベルを殺そうとしていて、ついでに多分貴方達も殺そうとしてる。さて、どう行動する?」

「なんとか、そのベルって子を逃がしたいわね」

ルナが言った。

「うん」

リーザも即座に追従する。

「……あんたたち。言っとくけど、彼女の知識下手に掘り返すのは禁止よ?」

『ええ!?』

呆れた様子で突っ込むシルフィの言葉に、二人は同時に『なんでだごるぁ!』と振り向く。

「下手したら世界をひっくり返しかねない知識を山ほど持ってんのよ? それでなくても、人間界にいるとすぐ神にかぎつけられるだろうし……。本人が了承したらだけど、精霊界(うち)で保護した方がいいかもね」

シルフィは、言って、そこまでこぎつけるための政治的工作を考えて頭が痛くなった。

あの頭の固い神族連中を説き伏せるのは相当骨が折れる。それ以外にも、基本的に人間嫌いな精霊連中が人工生命とは言えあの子をすんなり受け入れるかどうか。いざとなったら、それこそ一つ異界でも誂えてやる必要があるかもしれない。

「ま、なんにせよ、この都市から無事抜け出してからね」

それもまた面倒そうだ。

レギンレイヴの監視の目は、今もこの街全部を覆っていることだろう。

まったく、本当に、まいった。

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