「ん?」

図書館でルナと言え言わないと争っていたシルフィは、ふと面を上げた。

「どうしたの? やっと、ロストマジックの正体を吐く気になった?」

「言わないつってんでしょ。それより、今キャンプにガーランドたちが帰ってきたみたいよ」

入れ違いになってはいけないと、シルフィが仕掛けた補足術式に反応があったらしい。

ライルは、アレンやクリスと頷き合うと、ルナの首を掴んで走り出した。

「ちょっ!? 待ちなさいっ! 私はまだこの図書館に用事があるのよーーーーー!!」

よー、よー、よー、と閉じられた空間にルナの声が木霊する。

あとで痛い目に合わされることは十二分に分かっているライルだが、ここでまたガーランドたちにキャンプから離れられては探すのに一苦労だ。

「マスター。慎重にねー。こっちになにも言わず出てったんだから、また逃げられるかも」

「わかってる!」

ライルは少し怒っていた。

一体、なにがどうなっているのか、ライルはわかっていない。シルフィの言う神がどうとかいうのも、本当にそうだかはわからない。

でも、今はガーランドたちと自分達は仲間だ。なにを置いてても相談してくれればよかったのに。もっと、自分達を信用して……

「ああ゛〜! ライルっ! 回れ右っ! さっき、私がずっと探してた本があったっ!」

……信用。

「ライルっ! どうでもいいが俺は腹が減った!」

「さんざん食っただろっ!」

………信用。

「って、いい加減離しなさいっ」

「ルナっ! 魔法はやめっ!」

ぶぽっ、とライルの頭が、ルナの指先から迸った衝撃波によりブレる。

……その、信用、とか。それっぽいなにかを抱いてくれたって、いいんじゃないかとライルは思ったりしたのだが、メンバーがこれじゃあちょっと無理かなぁあっはっは、と彼は心の中で涙を流しながら笑った。

ライルの複雑な心境を、なんとなくだが察したクリスは、倒れ伏しているライルの肩をぽんっと叩いてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いた」

物陰に隠れつつ、ライルたちはキャンプに戻ってきているガーランドとリーザを観察する。ちなみに、物陰とは言っても三十メートルは離れている。

完全に気配は殺したと思うのだが、ガーランドの技量であれば、このくらいの距離を取らないと安心できない。ルナはこの手の隠れるとかという技能に関しては素人同然であるし。

「少し泳がせるよ。どこに行くのか見極めないと」

「ていうか、なにしてんの、あの二人?」

「……荷物を纏めてるみたいだけど」

移動するつもりか? と勘繰るが、それならば最初から荷物を持って行っているだろうし、なんらかの事情により急遽装備が必要になったと考えるのが妥当だろう。

「ていうか、あんた等よくあんなの見えるわね」

夜で暗い上に、この距離だ。ルナには、ただ人影がなにかしているようにしか見えない。

「でも、声が聞こえないからね……」

「そうだな。流石に聴覚は鍛えられん」

クリスの言葉にアレンが頷く。風系の魔法を使えば、遠くの音を拾うことなど訳は無いが、魔力の発動をリーザに気づかれてしまう。

「あ、シルフィがいたっけ」

「はいはい。りょーかい」

やっと気づいたか、とシルフィは自分のマスターを呆れた眼で見てから、さっと手を振った。魔力を介さず大気を操ることが出来る、風精霊の技だった。

途端、まるで糸電話で聞いているようなくぐもった声が四人の耳に届く。

『ねー、食べ物と、寝袋と、ロープと……あとなにがいるかなぁ?』

『寝袋はいらないだろ。食料があれば充分だ』

『えー、わたし固い床だと寝れないのにー』

『じゃあ、膝枕でもなんでもしてやるよ』

『えっ!? 本当?』

『だから、早く行くぞ。ライルたちが帰ってくると面倒だし……』

全員、思い切り渋い顔になる。

「なに? あいつら。いちゃいちゃしに帰ってきたわけ?」

「膝枕、か。難易度たけぇなぁ」

「い、いや。今はそれはどうでもいいって」

話が逸れている事を感じ、ライルはコホンと咳払いをする。

「で、やっぱりガーランドさんたちは僕らを避けているみたいだね」

「だな。よし、今すぐふん縛って……」

「即逃げられそうだから却下。心配しなくても、しばらく後をつければ……」

と、言おうとしたライルの耳に、ガーランドたちの声が再び聞こえてくる。

『……ん?』

『どしたの、ガーちゃん』

『誰かに見られている気配がする』

ビクッ、とライルたちは肩を震わせた。

『えー、あのレギンレイヴっていう神様とかじゃなくて?』

『そっちも、今見られてるけどな。でも、そっちは視線を隠していないからすぐわかる。でも、これは……』

はっ、とガーランドがライルたちの方を見た。

ちゃんと隠れているはずなのに、ガーランドはそれだけでライルたちの存在を確信し、転進した。

「あっ、コラ! 逃がすなぁ!」

ルナの号令を聞く前に、ライルたちは走り出していた。

一番足の速いライルは、三秒とかからずにガーランドたちまでの距離を潰す。

「捕まえ……」

接近戦に優れたガーランドでは捕まえられない可能性が高い。魔法使いであるリーザならば、と手を伸ばすが、ライルはすっかり忘れていた。

自分のパートナーもまた魔法使いであり、自分自身よりよっぽどタチが悪い事を。

「い、やぁ!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!?!?」

殆ど反射で放たれた熱線を、ライルは必死で首を傾けてかわした。

「悪い、ライルっ!」

体勢が崩れたところに、ガーランドの丸太のような足が叩き込まれる。

ダメージの少ないところを狙ってくれたようだが、それでも一瞬息が詰まった。

「リーザ、逃げるぞ!」

「うん、ガーちゃ、ってええええ!?」

ガーランドは隣のリーザを小脇に抱える。本当に荷物でも扱うような、杜撰な対応だった。

「ちょっ! ガーちゃん、せめてお姫様抱っことか!」

「やまかしいっ!」

続いて近付いてきたアレンを、体捌きだけでいなし、残った手で懐に隠してあったアイテムを取り出す。

「リーザ、眼ェつぶれ!」

「え?」

それは、ビー玉程度の大きさの球体。

「げっ!?」

唯一、それを見れたクリスは、そのアイテムの正体を看破し、慌てて捉えようとするが遅い。

ガーランドが思い切りその球体を地面に叩きつけると、まるで昼間のような強烈な光がライルたちの眼を焼いた。

失明するほどの光量ではないが、夜に慣れた瞳はどうしようもなく眩んでしまう。

「ど、どこ行った!?」

「ガーランドさんっ! ちょっと待ってくださいっ!」

眼が見えないので、声だけで留めようとするが、空しく足音が遠ざかって行った。

「『フローズンっ!』」

唯一、ガーランドの動作に気づき、目を瞑ることの出来たクリスは、遠ざかるガーランドの影を捉え魔法の詠唱に入った。

「『バインドっ!』」

氷の鎖が、ガーランドを絡め取ろうと地面を走る。

「『フレイムシュート!』」

しかし、ガーランドの小脇に抱えられたリーザの放った火の魔力弾が地面に突き刺さる。

今まさにガーランドの足に触れた氷は、それですべて蒸発。ちょっとした水蒸気爆発まで引き起こした。

「ど、どういう火力だっ!?」

殆ど溜めはなし、しかも魔力弾自体はごく小さな火球に過ぎなかった。それだけで、魔力の氷を溶かすどころか昇華させてしまうなんて、並の威力ではない。

「くっ、もう、いないか」

水蒸気が晴れると、もう既にガーランドとリーザの姿は無い。

ここから追っても、無駄だろう。

「やれやれ……ライル、アレン、大丈夫?」

目を焼かれた二人に近付く。

どうやら、そろそろ視力は回復してきているようで、目を擦りながらもクリスの姿を認めた。

「あ、ああ。まだ目がチカチカするけどな」

「発光弾か……油断してたな」

強い衝撃を与えることで、莫大な光量を生み出す、逃走、及び奇襲用のアイテムだ。ああいう小ネタが何気なく出てくる辺りが、ガーランドの強さの一つだった。

「さて、どうする? また探しに行く?」

「探しに行くのはいいけど、また無闇に探しても……って」

ライルが、ふと地面に落ちている一枚の紙に気づく。

「なに、これ。地図?」

塔らしきシルエットが描かれていた。その地下五階に矢印が書かれており、隣にはその地下五階の詳しい構造が書かれている。

「……この注釈、ガーランドさんの字だ」

ガーランドの字で書かれている『バベル(賢者の塔?)』という記述。

それは、レギンレイヴから見せられたバベルの見取り図をガーランドが写したものだが、そこまではライルにはわからない。だが、コレが重要なヒントらしいことは容易に知れた。

「この塔のシルエットって……あれ、だよね」

現在地から西の方角。グローランスの中心部に程近い場所にある塔。

ここからでもうっすらと塔のてっぺん辺りは見える。

「ま、あの状況で偽の地図落とすなんて器用な真似は流石にできないだろうし……」

「うん。目的地は、あの塔でよさげだね」

ライルとクリスは頷き合う。とりあえず、当てのない捜索を続ける必要はなくなったらしい。

「あんたたち、なに逃げられたんのよっ!」

そして、やっと追いついてきたルナは、そんな成果も知らず、怒っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、っぶなかったー」

「そうだな」

ライルたちを振り切ったガーランドとリーザは、バベルの前にまできて、ほっと一息ついていた。

「とりあえず、食料は持ってきたし、当初の予定はなんとかクリアだな」

「うん。早くスルトさんとネルに合流しよう」

二人が塔に足を踏み入れる。

「……………………」

「……………………」

そして、信じ難い光景が目に入ってきた。

「えー、と。ガーちゃん?」

「なんだ」

「ここって、大きなフロアだったよね?」

「そうだな」

「……なんか形が変わってない?」

「変わってるな。あとついでに、俺たちが潰したガーディアンの残骸も残っていない」

「た、建物、間違えちゃった、のかな」

恐る恐る、リーザは自分でもそうは思っていないのに口に出す。

「侵入者避けのトラップ、かな。入るたびに内部の構造が変わるって言う……一応、話には聞いたことがある。ただ、それは機械式で、こんな風にまるっきり違う所に飛ばされるってわけじゃなかったが」

「ど、どどど、どーするの!? 合流できないじゃないっ!」

リーザの慌てっぷりに、ガーランドはため息をついた。彼とて、相当混乱しているし、困っている。が、自分がここで情けない姿を晒すわけにはいかない。

「どう、するかな」

まあ、何の解決策も出せない時点で、相当情けなくはあるのだが。

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