「さて……ガーランドたちは、と」
などとルナは言いつつ、図書館にある本を物色し始める。まったくもって人を探す態度ではないが、ライルもそれは心得たもので、軽く周囲を見渡す
「うん、ここじゃあないみたいだ。次に行こうか」
「!? は、はぁ? なんでそんなことわかるのよ。いるかもしれないじゃない」
「そんなこと言われても、まったく人の入った形跡が無いんだから、明らかじゃない」
何年も人の手が入っていないとは思えないほど綺麗ではあるが、それでもうっすらと降り積もった埃や空気の淀み具合が、ガーランドたちがここに立ち入っていないことを示している。色々と大雑把なルナには分からない(あるいはわかったとしてもあえてスルーしている)が、ライルからすれば一目瞭然だ。
「ちっ」
仕方ない、とばかりに、ルナは完全にスリの動きで、ライルの目を盗んで数冊の本を懐に収め、
「はい、NG。ルナ。流石に物証を持って帰っちゃあ、僕たちでも庇えないよ?」
「大体、適当に抜き取った本で役に立つのか?」
王子二人組に止められた。
しかも、アレンが何気に的確なツッコミを入れている。しばらく会っていなかったが、その間に随分偉そうになったじゃない、とルナは心の中で八つ当たりをした。
「シルフィは、この都市に来たことあるんだろ? 心当たりとかない?」
そのやり取りを半ば呆れながら観察していたシルフィに、ライルは話を振ってみた。
「さぁね。目的は知ってるけど、それがどこにあるのかまでは知らないわよ。隠してあるのかもしれないし、案外普通に大きな建物に入っているのかもしれない」
「それって、隠せるようなものなんだ」
「本か、石碑か、もしくは映像媒体か。どんな形で残しているかは知らないけどね」
キュピーン、とルナの目が鋭く光った。
「つまり……魔法ね? 神様とやらの目的っつーのは」
情報と言うだけで決め付けにかかるルナ。シルフィは、どう答えたもんかと腰に手を当てて考える。
「んー、魔法っちゃあ魔法に近いけど、ルナ。私はそれ以上の事を言うつもりは……」
「禁呪クラスなんてもんじゃないわよね。噂に聞く『隠滅された魔法(ロストマジック)』とか!? 死者蘇生とか世界を終わらせるやつとか、色々噂は聞いてるけどっ!」
「教えないっつってんでしょ!」
一人ヒートアップしていくルナに、男性陣は突っ込みをシルフィに任せ、少し離れたところでひそひそ話をした。
「クリスはどう見る?」
「シルフィが、どんなものなのかも教えてくれないところを見ると、ルナの言っているような線は薄いと思う。『それがなにかわかると困るもの』って条件でなにか……はいアレン」
「なんだその『はい、ネタ振ってあげたよ』みたいな言い方は」
まるでこれから芸でもするかのように振られ、アレンはうろたえた。
「えーと、待てよ。――あ、あれだ。神様の恥ずかしい秘密、とか」
『…………』
「んな眼で見るなっ! わかってるよ、俺だってバカなこと言ってると思ってんだっ!」
うわ、なにこいつキモッ、という顔の二人に、アレンは必死に反論した。
「ハッ、リーザのことを忘れてたっ! あのアマ、私より先にロストマジック見つけてんじゃないでしょうね!?」
「……おーい、ルナー。一応、年頃の女性として言葉遣いには気をつけたほうがいいよー」
突如シルフィとの言い争いを中断し、あらぬ虚空を睨みつけるルナに、そちらにリーザがいんのかなぁ、とライルは思った。
「ぷしゅんっ」
可愛らしいくしゃみをしたリーザに、ガーランドが心配そうに声をかけた。
「どした? 埃でむせたか?」
「んー、違う、多分誰かが噂してるんじゃないかな」
コツン、と足元に転がる金属片を蹴飛ばし、リーザが答えた。
「きっとルナよ。わたしだけいいトコ取りしようとして嫉妬してるんだよ、きっと」
「……お前らは仲が悪いのか、それとも仲が良いのかどっちなんだ。なんでそんな通じ合ってるんだよ」
呆れた口調で言いながら、ガーランドは手際よく傷の応急処置を進める。
特に怪我は負っていないリーザは、つまらなそうに足元のランスを持ち上げようとする。
「ん、重い」
「なにをやっとるんだ」
「いや、コレだけあるんだから、持って帰って売ればイイ値で売れるかなぁって」
巨塔『バベル』の一階。フロアらしき広い空間に、今は大小さまざまな金属片や武器が転がっていた。金属片をよく観察すると、それは人の部品(パーツ)のように、腕、足、頭、胴などがある。
「グローランスの物品は、持ち出し不可だ」
「あれだけぶっ壊したのはいいの?」
このバベルという塔にいたガーディアンゴーレムは、一体だけではなかった。始めの一体を倒してほっとしていたガーランドたちに『どうもこんにちは』と言わんばかりに三十体ばかりのゴーレムが現れたのだ。
長時間の稼動による貯蔵魔力の低下によってゴーレムの戦闘力が下がっていなければ、ここで全滅していたかもしれない。
「それはいつもどおりだ」
「バックれるんだね!」
「人聞きの悪い事を言うんじゃない。事を内密にすることで誰も責任を取らなくて済むようにしているだけだ」
そういう行為をバックれると言うのだが、ガーランド的にはコレでオーケーらしい。
本来真面目なガーランドなのだが、仕方がないのだ。彼の預かるパーティーの家計簿は年がら年中真っ赤。当然のように、何か問題があったとき、お金で解決するような責任能力は無い。あと、この首を差し出して責任をとるという手段は、なるべくなら使いたくは無い。
「いいじゃないか。将来、調査とか入ることになったら、どうせ危険だからって排除するんだし」
むしろ、その将来の調査隊に報酬をもらいたいくらいだ、と超適当な事を言って、ガーランドは包帯の端をちょきんと切った。
「しっかし、スルトさんとネルはどこまで見に行ったんだ? 応急手当終わっちゃったぞ」
地下への階段に危険がないかどうか調べにいった二人が、帰ってこないのを心配する。
「遅いよね。もう二十分くらい経ってる」
「まあ、あの二人に限って、滅多なことはないと思うが。ネルの通信貝も生きてるし……」
ポケットに入れてあった貝を取り出し耳に当てると、かすかに服の擦れる音がする。
この貝もネルの召喚獣で、対となるもう一つの貝同士で音声をツ和え会うことができると言う非常に便利なアイテム――もとい、召喚獣である。
「スルトさん? 今どこですか」
『んあ? ああ、わりぃ。定期連絡忘れてた』
少し篭ったような声でスルトの返事がする。どうやら、命の危機とか、そういうのではないらしいのでほっとする。
「忘れないでください。それで、どうなんですか」
あー、と貝の向こうで逡巡するような声。
『あのだなぁ、地下一階に降りたのはよかったんだか、そこから下に行く道がどうにも見つからなくて。仕方ないって事で上に上る別の階段使って一階行って……あとは、上行ったり下行ったりで、現在十二階。とりあえず、途中に危険らしい危険は無かったのが救いだが』
外から見たこの塔は、せいぜい十階程度の高さだったはずなのだが。
『ネルが言うには空間が捻れてるってことらしい。亜空間魔法とかいうのらしいが』
「っっっ!? 本当!?」
「リーザ、お座り」
聞こえてきた単語に敏感に反応したリーザを、ガーランドが額を抑えて止める。う〜、と唸るリーザだが、渋々それに従って律儀に体育座りをした。
「亜空間魔法も、失伝しちゃってる魔法なんだよ〜。貴重だよ〜。復活させれば魔法学の革命だよー」
「悪いが、学会に興味は無い。……それで、スルトさん。そこまで道のりが長いなら、一旦こちらに戻って来ますか?」
『いや、中間でベース作ったほうがいいだろうな。戻るのも面倒だし。……ちっ、食料とか置いてきたのはマズったか』
しかし、それも仕方がない。レギンレイヴから受け取った地図は、目的のものがある地下五階のものしかないのだ。まさか、こんなに遠いとは、レギンレイヴも盲点だったに違いない。
「……じゃ、俺たちがキャンプに戻って食料とか取ってきます。スルトさんたちは、ベースに適した場所を確保しといてください」
『お〜。ここまでの道のりは、また後で伝えるわ』
「はい、それじゃあ」
通信貝の機能をオフにする。これも、ネルが召喚したものなので、現界させているだけで常時魔力を消費している。なるべく、休眠状態で魔力を節約しておくべきだ。
「ライルたちが残ってたら、なんとか誤魔化さないとな」
バベルから出て、ガーランドはポツリと呟いた。
「残ってないと思うよ。ライルくんたちなら、わたしたち探しに行ってるんじゃないかな」
「……だろうな」
そうであって欲しい。神族がらみのこんな厄介極まる仕事などに、他の人間を巻き込みたくは無かった。
そもそも、ライルたちには知らせるな、と言うのが依頼主と言う名の脅迫者の条件であるし。
そして、依頼物のある塔は、侵入者対策なのか、これでもかと言うほど複雑な構造……
「面倒くさいことになってきたな」
「いつものことじゃないー?」
そうなんだよなぁ、とガーランドはがっくりとうなだれた。
ガーランド、リーザ、スルト、ネル。この四人のパーティは、アルヴィニア王国でも屈指の実力を持つのだが、運が悪いのとお人好しなのと依頼主が大抵ろくでもない奴なせいで、毎回貧乏くじばっかり引いている。
貧乏神が憑いた連中と、冒険者ギルドの中でも有名なのだ。
そんな連中のリーダーだと言う境遇も、ライルと仲を深める要因だったりする。
「ま、だから、最後にはなんとかなるよ。なんとかなる、がウチの信条だしね」
「そんなのを信条にした覚えはない」
ただ、今の状況だと、そのくらいしか言えることはない。
ガーランドはため息をついて、キャンプの方向へと歩くのだった。
“そこ”の“それ”は自分の揺り籠に久方ぶりに客人が来た事を知った。
「…………」
だからと言って、どうという事もない。
揺り籠の防御は完璧だ。招かれざる客人ならば即排除される。
……そも。
“それ”は、誰が来たところでまったく気にはしない。そういうものだから。