「しかし、本当、ガーランドさんたちどうしたんだろう?」
「さあ……。でもこのタイミングでいなくなるっていうことは、臭いね。色々と」
ライルの疑問に、クリスがもっともな指摘をする。隣を飛んでいるシルフィも、したり顔で頷いた。
「レギンレイヴはこの都市には入れないはずだけど、まったく干渉ができないってわけじゃないだろうしね。殺されてはないと思うけど、どう動いているのか不気味ね」
「……ほら、シルフィ。なんか、その神様にはこの都市を破壊するのが目的なんだろ? ガーランドさんたちに代わりにやらせようとしているとか」
「まあ、それが一番分かりやすいんだけど……ああ、もう。関わっちゃったかぁ」
めんどくさ、とシルフィはダレている。どうにもやる気というものが感じられない。
「聞きたいんだけど、それって邪魔しなくちゃいけないことなのか?」
別に、ライルとしてはその目的が自分に関わらないならば、別に放っておけば良いと思う。
「まあ、連中がしようとしてること自体は、私は別に構わないわよ? くだらないなぁ、って思うくらいで」
でもね、と思い切り嫌そうな顔になって、シルフィはため息をついた。
「この件に関しては、マジで連中容赦ないの。少しでも『秘密』を知った人間をそのまま置いておくわけは無いと思う。だから話せないんだけどね」
「それって、ガーランドさんたちヤバいんじゃあ……」
「激ヤバ。とっとと連れ戻さないとね」
やれやれ、とばかりにシルフィは首を振った。
「はっ、その神様が襲ってでも来るの? 上等よ」
先頭を歩くルナが、気勢を上げながら言った。
「上等じゃないって……。あと、ルナ」
「なに?」
さっき疑問に思っていた事を、ライルはぶつけてみた。
「さっきから僕たちを先導してるけど……ガーランドさんたちがどこに向かっているのか分かるの?」
「分かるわけ無いじゃない」
「にしては、やけに迷いのない足取りで……って、まさか」
昼間歩き回って作った脳内の地図を呼び起こす。キャンプを張った位置。曲がった回数と方向。そして距離。それら諸々を含めて弾き出される目的地は……
「図書館っぽかったとこ!? ルナ、まさか君、ガーランドさんがいないのをいいことに遺跡漁りしようとしてるだろっ!」
「人聞きの悪い事を言わないで頂戴」
心外だ、とばかりにルナは言った。
「その神様がなにを壊したいのかは知らないけど、それなりに重要そうなところに置いてあるんじゃない? で、そういう施設を中心に探した方がいいと思ったわけよ」
「あ、なるほど」
ルナにしては論理的な説明であった。一瞬納得しかけたライルだが、ちょっと待て、と手を上げる。
「なんで真っ先に図書館なの?」
もうちょっと近くで、それでいて重要そうな施設はいくつかあったはずだが。
「……確かに図書館を最初にする理由は無いけど、逆に最初にしちゃいけない理由も無いじゃない?」
「なんだよその沈黙っ! あと、微妙に視線が泳いでるよっ! やっぱりルナ、君この非常時にまでっ……」
「待ちなさい」
ルナが指を一本立てて、ライルの非難を制止する。
「いい? 魔法使いって言う人種はね、目の前に知識欲を満たすものがあれば、なにを捨ててでもそれに没頭するものなの」
「……人として大切なものまで捨ててるよ」
「しかるに、リーザが、この状況でなにも調べてないってことはありえない。あんた、私がリーザに負けていいって言うの!?」
「逆ギレしないでよ! あと、別に僕は君達の勝敗なんか興味ないよっ!」
「ほう?」
ギラリ、とルナは目を光らせた。引き攣った笑みと背後に背負った炎がなんというのか、非常にというか滅茶苦茶怖い。
「じゃあ、なに? あんたは卑しくもこの私のパートナーの癖して、私が他の奴に負けるのを容認すると?」
「だ、だって、どうでもいいじゃないか、そんなの……」
ライルの言葉は尻すぼみになる。どうでもいい、のくだりで、ルナの怒りが頂点に達したためだ。
「ほほう。私の魔法は、どうでもいい、と」
「る、ルナ? あの、どうかお怒りをお静めください」
土下座せんばかりの低姿勢になったライルに対し、ルナは首を掻っ切る仕草で答えた。
「駄目。アンタが馬鹿にした魔法の威力、その身で体験しなさい」
ルナが振り上げた手には、バリバリと魔力の雷が威力を今まさに発揮せんと纏わりついていた。
「ていうか、お前らな」
ある意味二人の世界を作っていたライルのルナの間にアレンが割って入ってきた。
「喧嘩は後にしろ、というか、ずっと『見られてる』ぞ。あまり、情けない姿を見せんなよ」
「見られるって、誰に……」
はっ、とライルは気づき、視線を遠く東の方角に向ける。
もちろん、人間の視力で見えるはずも無いが、確かに『いる』。人ではありえない威圧感が、これだけ離れていてもその存在を知らせていた。
「ありゃ、本当だ。じっと覗き見なんて、相変わらず趣味の悪い男ね」
素で見えているらしいシルフィは、中指をおったててメンチを切った。柄が悪すぎである。
「……なに思いっきり喧嘩売ってんだよ。話し合いだろ、話し合い」
「だってぇ、あいつ嫌いだし」
「子供か、お前は」
「私は十四だっつってんでしょ」
またもや見え見えの年齢詐称のシルフィをあしらっていると、何時の間にか気配は消えていた。
「……いなくなった。呆れられたかな」
まあ、それも仕方がないよなぁ、とクリスは自分の仲間達を改めて見渡して、そう思った。
一方、ガーランドたちは、レギンレイヴから指定された塔『バベル』に踏み入っていた。
「のは、いいんだが」
懐から黒光りする銃身を取り出しながら、スルトはくわえていた煙草を吐き捨てた。
「なぁんで、千年以上前のガーディアンが稼動してんだよっ!」
やけになって叫ぶ。
塔に立ち入ったガーランドたちを出迎えたのは、主がいなくなっても健気にこの施設を守っているガーディアン・ゴーレムだった。
金属製の、それも鉄やスズのようなありきたりな素材ではなく、まったく未知の金属で作られた三メートルほどの人形は、外見からだけでも内に秘めた力を感じさせる。
「あ、あれと、戦うんですか?」
内在する魔力を見切ったネルは、しょっぱなから及び腰だった。いつでも逃げられるよう、パーティの一番後方に陣取り、即座にUターンできるよう身構えている。
「やるしかない、な。ここで尻尾巻いて逃げ出したら、依頼主に殺される」
比喩とかじゃなく、殺される可能性が大なので、腹を決めるしかない。進むも地獄、退くも地獄であれば、進むしか選択肢が無い。
「まっかせて! ガーちゃん、私、頑張るから!」
「……いや、お前は張り切りすぎるな。クールにいけ」
もう癒えたはずの背中がズキズキと痛む。リーザの魔法はビックリするくらいノーコンで、背中を焼かれた、凍らされた、痺れさせられたことは無数にある。戦闘において、ガーランドが気を配るのは前方ではなくむしろ後方なのだ。
「あ、僕はいつも通り応援しているので」
「ああ、流れ弾とか気をつけろ」
召喚師であるネルは、自ら戦うことはできない。変わりに戦う幻獣を召喚した後は、後方で応援をしているのが常だった。
今回もその戦術に従い、後方で従者たる幻獣を召喚する。
「『我が同胞よ。海を支配する魔物。我が声に答え、我が敵を暴食すべし。出でよ』」
詠唱と共に床に描かれた八角の魔法陣が輝き始める。魔法陣のサイズからして、かなりの巨体を召喚するつもりらしい。
「『ミニクラーケン、ジェシカぁ!!』」
名を唱え上げると同時に、魔法陣から空間を越えてネルの僕が現れる。
ぬるっとした体表と九本足。イカとタコの中間の外見に、やたらクリクリした瞳がラブリィであるとネルは信じて疑いもしない。
クラーケン。成体になると、大きいものでは鯨すら丸呑みしてしまう海の魔物の王者。……の、ミニ版である。
簡単に言えば、ゴールデンハムスターに対するジャンガリアンハムスター。伊勢海老に対する甘エビ。正直、わけわからん例えだと思う。
「うう、相変わらず気持ち悪い……」
別に、イカもタコも美味しく食べられるリーザであるが、ミニクラーケンを始めとするネルの魚介軍団には何時まで経っても慣れない。大体、魚介類という奴は大なり小なりぬるぬるしすぎなのである。強いことは強いのだが……
「んじゃあ、行ってみますかねっ!」
律儀に待っていたのか、それとも退去する時間を与えてくれていたのか、コチラの準備が終わるとほぼ同時に動き出したゴーレムに、スルトが鉛玉を叩き込む。
神父にあるまじき武装を連続して撃ち続けると同時、短くガーランドに向け聖句を唱える。
「『汝に、神の祝福を! 敵を打ち倒す剣、脅威を払う楯、彼方を駆ける翼を与えん!』」
僧侶の白魔法、祝福(ブレス)は、各種能力を上げる効果がある。しかし、攻撃、防御、移動、と三種のブレスを同時にかけられる者はそうはいない。
「っっっっしゃあ!」
それを受けて、ガーランドが大砲のごとく突っ込んだ。それを援護するようにスルトの弾丸がひっきりなしに飛ぶ。
「ふっ!」
それでも振り下ろされた巨腕をかいくぐり、ガーランドはまるで野球のフォームのように大剣を振りかぶり、そのまま横一文字に切り裂いた。
いや、刃は半ばで止まっている。相当硬い素材。
しかしそれならそれでやりようはある。
「ネルっ!」
剣が食い込んだまま、腕力だけで強引にゴーレムを吹き飛ばす。ネルの召喚した、クラーケンのところへ。
「捕まえろ!」
「ええ〜!?」
自分も戦線に参加しようとうねうね移動していたクラーケンは突然飛び込んできたゴーレムにどうする? と召喚主に視線で問いかける。
嫌な予感のしたネルだが、リーダーの言う事に逆らうわけにはいかない。捕まえろ、と念話で指示を飛ばした。
「リーザっ! ぶちかませ!」
クラーケンの足がゴーレムを拘束するのを見て取るなり、ガーランドは叫んだ。
「おっけぇ! 準備はもう出来てるよ!」
外見とは裏腹に凶悪なまでの魔力が、リーザの杖の先端に集まっている。
……リーザの魔力は、生まれつき高い。魔力値の大きさだけなら、ルナをも凌いでいる。その分、普通の魔法使いより制御が極端に苦手であり、魔力の大きさに反してリーザが使える魔法は驚くほど少ない。
しかし、リーザにとってはそれで充分なのだ。色々と手を広げるのは、相性の良い魔法を使って、小さな威力でも大きな成果を得るため。元々豊富な魔力、出力を持っているリーザに、そのような小細工は必要ない。
「『ふ・れ・い・む』」
リーザの使える攻撃魔法は火・水・風・土の基本四属性を付与する魔力弾のみ。無論、他にも使えなくは無いが、どれも実戦に耐えられるレベルではない(そして使おうとするとえてして暴発する)。
しかし、その威力は折り紙付きである。着弾直前にリーザが無意識に威力を弱めていなければ、流れ弾に当たるガーランドは軽く千回は死んでいる。
「『シューーーーーーーーーーーーーーーーーート!!!』」
「って、ちょ待っ!? ジェシカぁ!?」
「ネル、送還!」
自分の幻獣もろとも焼き尽くそうとしたリーザに慌てるネルだが、ガーランドの指摘に咄嗟に送還の術式を組み上げる。
そして、着弾。
「鉄は、熱いうちに撃て! ってなっ!」
煙が晴れるその前に、スルトは銃弾を撃ち続ける。
「これでっ!」
若干煙が晴れ、見えたゴーレムの姿は無残だった。装甲は溶け落ち、柔らかくなったところに叩き込まれた弾丸のせいで、そこかしこに穴が開いている。
そして、これで終了だ。
「っっらぁ!」
ガーランドの剣が、ゴーレムを唐竹割りにする。
どんな金属でも、熱せば柔らかくなる。ガーランドの剣は、見事ゴーレムを縦割りにした。