「ここが……グローランス」

ルナが感極まる、という風に呟いた。

目の前に広がる大都市の威容は、確かに凄まじいものだった。

現代の建築技術では、到底再現できない規模の巨大な建物。精緻な意匠が施された神殿。ただの民家だったと思しき建物ですら、美しく、堅固だ。

そして、それが二千年の昔に建てられたものだというのだから恐れ入る。建物等の構造を維持する魔法は現代でも存在するが、二千年という時を経ても原型を留めることが出来るか、と問われると答えはノーだ。

「うわぁ……一年ぐらい居座って研究したいな」

「まったくね」

「こらこら、二人とも。それ、国際的な大問題だからね」

思わず願望を口走ってしまったリーザと、すぐさま同意したルナに、クリスは冷や汗をかきながら突っ込みを入れる。

この都市が封印都市と言われているのは伊達ではない。ここに来るまでに、関所が三つも存在し、各国の混成警備隊がガッチリそこを固めている。今回の異常に対する調査隊を派遣するにも、クリスは二十を越える書類にサインをし、散々根回しをしなくてはならなかった。それでも、確保できた期間は一週間だけなのだ。

とにかく、この都市は鬼門だ。理由は知れないが、ここが滅びてから今日まで、厳格な協定によりこの都市の立ち入りは禁じられている。

「ほんと、勘弁してよね。この都市にある知識は、並みの魔法使いが手に入れていいレベルのものじゃないんだ。最後にここの都市の知識を持ち出したのが、かの勇者ルーファスなんだけど……彼が習得した魔法、小さな島くらいなら地図上から消してしまえる、って言われてたんだよ?」

(あー、ちなみに、島じゃなくて大陸ね)

どうでもいいツッコミをシルフィが入れる。もっとも、聞こえるのはライルしかいなかったが。

「そ、それはすごいな」

「すごいわねぇ。やっぱり、そんくらい派手な魔法、覚えていきたいわねぇ」

「いや、マジでやめてください」

シルフィから本来の威力を聞かされたライルは、土下座線ばかりの勢いでルナを止めにかかった。いや、島だけでも充分やばいけど。

「とりあえず、キャンプを張ろう。もうすぐ日が落ちるし、調査は明日からってことで」

今回の冒険のリーダーであるガーランドが言う。

「だな。とりあえず、俺は近場で食えそうな動物でも捕ってくるわ。飯も作るだろ?」

「じゃ、じゃあ僕も。近くに川がありましたし、お魚を捕ってきます」

スルトとネルの二人が食料調達を買って出る。ちなみに、ネルは魚介類を溺愛しているのだが、それはもちろん(?)食べる方向にも働いている。

「じゃあ、久しぶりに私の調理の腕を披露しましょうか」

「お、ルナが作ってくれるのか。じゃあ任せようかな」

ルナの言葉に、ガーランドが嬉しそうに頷く。やはり、女性だけに料理が得意なのだろう、と思っているようだった。

『ちょっと待ったぁっっっ!!!』

「なによ。あんた達はテントでも張っておきなさい」

慌てて止めに入る三人を、ルナは煩わしげに払う。

「ま、待ってよルナ! こんな環境じゃあ、折角のルナの腕でも、味が落ちちゃうってっ! ここは、僕が……」

「ライル。弘法は筆を選ばず、っていう言葉を知らないの?」

弘法さんに実に失礼な事をのうのうと抜かして、ルナはガーランドが持ち運んでいた調理器具を受け取る。

「じゃあ、わたしも手伝うー」

ここで料理上手なところを見せてポイントアップよ、とばかりにリーザが割って入った。

「待てぇい!!!」

ルナと同じく調理器具に向かったリーザの背を捕まえたガーランドは、ひょい、とリーザを投げた。

ぐるぐると回転しながら、リーザはぽふ、と地面に着地する。うまいこと傷を負わないよう投げたらしいが、目はぐるぐる回っている。

「な、なにするのー!?」

「やかましい。お前は厨房に入るな、と何度も言ってるだろう。お前の料理ベタは天性のものだ。はっきり言って、食えたもんじゃない」

あまりにきっぱりと断言するガーランドに、ライルたちはおおー、と拍手を送る。

やっぱスゲェ、この人。俺ら、絶対んなこと言えねぇよ。

「が、ガーランドさん、でも、そのルナもですね、天性のですね……」

しかし、彼はルナの危険性を知らない。彼女が作った料理が引き起こした惨劇は、二度や三度ではないのだ。

最近では、普通に料理を作っているのに、なぜか鍋の中に地獄を再現してしまったというぶっ飛んだ実績を持つルナである。あまりの惨状に、ライルはその場で風邪を引いて(気合で)逃げたものだ。

「ん? ライル、気にするな。それでもリーザよりは全然マシなはずさ。コイツ、最近、料理で悪魔を創造しかけたからな」

どっちもどっちだった。

「さあ、とっととテント張りなさいあんた達! 働かない奴に食わせる飯は無いわよっ!」

飯(笑)みたいなものは御免被る三人だったが、こうなったときのルナに逆らえるものではない。動かない三人をバチバチ火花を散らす手で脅してくるルナに、抵抗を諦めてテントを張るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、逃げようか」

地面に敷かれたシーツの上に並べられた料理の数々を前にして、ライルは現実逃避するように目を閉じて仲間にそう告げた。

「どこへ? 都市の中に逃げ込むのはさすがに危険だし、来た道を引き返してもまた関所通るの面倒だよ」

「どこでもいい。とりあえず、シャゲー、とか言う料理がいないところがいい」

「シャゲー、はねぇよなぁ。ホゲー、ならともかく」

その二つのどこに差異があるのかはわからないが、アレン的にホゲーなら許せるらしい。そもそも、叫び声を上げる料理など、料理ではない。料理という名のモンスターかなんかだ。

(諦めたら?)

シルフィがなんか変な事を言ってくるが、徹底して無視。こんな宇宙生命体を体内に入れでもしたら、腹が食い破られること受け合いである。どこのホラー小説だ。

「ガーちゃん。“これ”、こっち見た」

意外に冷静だなリーザ。と、脳が痙攣しかけているガーランドが感心する。

「んー、面白い趣向だけど、スパイスの利かせ方が甘いなぁ」

「っさいわね。携行食料にスパイスの類がそんなあるわけないでしょうが。むしろ、この少ない食材の中、見事料理を作り上げた私を褒めなさい」

異次元料理家どもが、わけのわからない料理談義に花を咲かせている。

「な、なあ。コレはもしかしてとっておきの一発ギャグかなんかなのか? 俺はツッコミを入れればいいのか?」

いつもクールを心情としているスルトも、流石に顔を引き攣らせてスプーンを構えている。皿に乗ったカレー(新モンスター)は、はよ食えと言わんばかりにそのスプーンをつんつんしていた。こう、スライムっぽく。

「ぼ、僕の捕ってきた魚が、なんか別の生物にクラスチェンジした」

「クラスチェンジってレベルじゃねぇよ。おい、ルナちゃんよ。これ、なんだ?」

純粋な疑問を発するスルトに、ルナはあっさりと答えた。

「カレー」

『カレーだったのかっ!?』

「ハヤシライスじゃないの?」

男衆が全員ハモるなか、リーザだけが首を傾げてルナを問い質した。

「どこがハヤシよ。どこからどうみても、完璧なカレーじゃない」

「ああ、そう言われるとそうかも……」

この二人の目には、なにか特殊なフィルタかなんかがかかっているらしい。

「い、いやしかし。案外、こんな見た目だけど味はいいのかも」

「スルトさん。それ、死亡フラグ」

「ふっ、ライル、止めるな。俺はこれでも、初等部に通ってた頃、スルト君は好き嫌いがありませんね、って褒められたんだぞ。以来、料理を残したことはねぇ」

どうでもいいことを、笑いながら告げて、スルトはカレーだとルナが主張する物体にスプーンを突き入れる。

ギャアアアア、と断末魔の悲鳴がそのカレー生物から響くが、それを聞こえないこととして一気に口に運ぶ。

「す、スルトさん?」

まだカレーかハヤシかの論議を続けているルナとリーザを置いて、男の注目が勇者スルトに集まる。

スルトは、無言でスプーンを置いた。

「ふっ」

笑った。意外だ。実はそんなに味は悪くないのだろうか?

「流星は森の熊さんを貫いていきましたっ!」

「な、なんのことですっ!? スルトさん、スルトさーーーーーーんっっ!!」

突如わけのわからないことを叫びながら、スルトは口から黒っぽいなにかを吐き出しながら倒れる。

びくびくっ、と痙攣し顔色は青を通り越し土気色を通り越し、なにやら色鮮やかなレインボー。

「す、スルトさん? なんか別の生物に進化していませんかっ!?」

人類にはありえない皮膚の色を見せたスルトに、慌ててガーランドは駆け寄った。頭の中で、ルナに料理を任せた過去の自分を念入りにボコりながら。

「ふふふ……大丈夫だよ、ガーランド。俺、きっとさ、大切なものを見つけたんだよ、だから……」

「しっかりしてください。そっちに俺はいません!」

てんやわんやの事態。

「どうしたの? うるさいけど」

「やかましいっ!」

まだリーザとこの料理に付いて論議していたたルナが、何事かと聞いてくるが、心肺蘇生に余念のないガーランドはそれを一言で切り捨てた。

「な、なによ……」

その剣幕になにも言えなくなったルナは、すごすごと引き下がる。

「や、やっぱりガーランドさんって……」

すげぇ、とライルは思わず呟いた。

あのルナにやかましいって、やかましいって。いくら年上でルナが遠慮しているとは言え、驚異的な命知らずである。しかも、命を拾っている辺りがすごい。

……ちなみに、約二十分にわたる蘇生処置の末、スルトはなんとか持ち直し、そしてルナの作ったカレーは廃棄処分と相成ったそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしいわね〜」

皆が寝静まり、ライルが火の番をしていると、突如そんな声が後ろから聞こえた。

「……シルフィか」

「そ、この姿になるのは久しぶりかしら?」

くるりを回って、自分の身体を見下ろすシルフィ。

普段の人形サイズではなく、十四歳程度の少女の姿。

「で、懐かしいって、ここが?」

「そ。五百年ぶりかしら」

さらりと桁の違う年数を口にする。さんざんからかっておいてなんだが、ライルはこの子供っぽい外見と精神の奴が千年の時を生きている精霊王などとは、これっぽっちも信じられなかった。

「んでも、マスター。引き返した方が良いと思うわよ?」

「……わざわざそれを言うために実体化してきたのか」

「真面目っぷりをわかってもらいたくて」

そんなことを言っている時点で、真面目には聞こえないが、シルフィは多分本気で心配している。長年の付き合いだ。それくらいはわかった。

「今回の異変、お前には見当ついてるのか?」

「まぁね。ここに来るまで知らなかったけど……こんな嫌な臭い漂わせてりゃあ、すぐにわかるわ。ああ、臭い」

臭い、とは言っても本当に嗅覚になにか感じ入ったわけではないだろう。その手の感覚は、普段実体のないシルフィよりライルの方が優れている。

この地で観測されたという魔力流。その残り香といったところか。たしかに、先ほどから肌がぴりぴりする力を感じる。

「魔族かなにかか?」

「当たらずとも遠からず、よ。向こうから積極的に攻めてくることは無いと思うけど、あんまりしつこく嗅ぎ回ったらその限りじゃないわよ?」

「つってもなぁ」

アレンやクリスになら、なんとかシルフィからの忠告として伝えることが出来るが、ガーランドたちにはそれはできない。第一、シルフィからの忠告程度でルナやリーザ辺りの魔法使いチームがここの探索を諦めるとも思えなかった。

「まあ、そうでしょうね。だからマスター。なんとなく、危険から遠ざけるように動くこと。一週間でしょ? まあ、その間くらいならなんとかなるわよ」

「で、その心当たりの正体ってのはなんだ」

「それは秘密。あんまり私の口から公にしちゃアレだし。まあでも、いつもみたいに魔族が出てくると思っときゃ大丈夫よ」

いつもみたいと括れてしまうほど魔族との戦闘経験の豊富な人間というのもなかなかいないが、望むと望まぬとに関わらず、ライルはその手の経験は豊富だった。ルナと冒険を始めたこの一年だけでも、五体ほど滅ぼしている。

「わかった。忠告ありがとう」

「別にー。私はマスターの僕で、保護者だからね」

「その二つの立場って両立するものなんだ。つか、お前って僕の保護者だったのか。初めて知った」

「ったりまえじゃない。ローラが死んだ後誰がマスターを育てたと思っているの?」

母の名前を出されて、ライルは鼻白む。

確かに母が死んでからヴァルハラ学園に行くまで、シルフィの存在に助けられていた。

ただ、それはあくまで精神的な支えであって、炊事洗濯その他一切合財は自力でやっていて、三食にデザートまでシルフィに供給していた覚えがあるのだが、これって保護者としてどうなんだろう。

「……ま、いいか。そういうことにしといてやるよ。面倒だし」

適当にいなすようなライルの言葉に、シルフィは気勢を上げるが、ライルはこれまた適当に無視をした。

なにせ、またもや面倒な事態に陥りそうな予感がでんこもりなのである。ドラゴンやそこら辺の魔族程度ならば鼻で笑って済ませてしまうシルフィが警告までしてくるとなると、これは尋常な冒険では済みそうに無い。

もう、条件反射の息に達したため息をつくと、ライルは夜空を見上げた。

星が綺麗だった。多分、あれは自分達にエールを送っているのだろう。僕は頑張るよ、星さん、と心で呟きながら、ライルは火に薪をくべるのだった。

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