グローランスの調査は難航した。

なにせ、まるで異変らしきものが見当たらないのだ。かすかに残っている魔力流の残り香が、多少するくらい。だが、ごく微量なせいでどんな性質のものかも分からない。その手のことに滅法強いはずの魔法使いチーム、ルナとリーザは、

「ん〜、ほんと、日用品の類しかないわね。まあ民家っぽいから当然っちゃあ当然だけど」

「ルナ、ルナ。こっちのこの文字、なんて書いてるの?」

「ああ、それ? ただの料理のレシピよ。一応メモっといたけど」

家捜しに余念が無かった。

図書館や宮殿等、知識がきちんとした形で残されていそうな場所については立ち入りが禁止されていたので、そこらの民家から情報を集めようとしている。

もちろんのこと、二人はそんなの知ったこっちゃねえ、と言いながらそれらの施設に最初は突撃しようとしたのだが、そこはガーランドに首根っこを捕まえられ阻止された。

なぜかルナは大人しくガーランドの言う事を聞き、渋々ながらも立ち入りが許可されている民家などの調査をしているのだが成果は上がっていないらしい。ちなみに、お目付け役のライルとガーランド以外の面子は、すでに異変の調査を開始していた。

「ねえ、ガーランド。やっぱ、ちょっとくらい図書館とか入っちゃ駄目? バレやしないわよ」

「駄目だ。もしばれたらよくて終身刑、悪けりゃ死刑だぞ」

「そんなこと言わないでさぁ。今回の異変の調査だって、そういった重要施設のほうが手がかりがありそうじゃない?」

ねぇん、と下手な色仕掛けまでしてガーランドを落とそうとするルナ。しかしライルには、盆踊りかなんかにしか見えなかった。

「……ルナ、ガーランドさん、めっちゃ反応に困ってる」

「お、男はこういうのが好きなんじゃないの?」

「ド阿呆」

拳骨を一発ルナの脳天に落として、ガーランドは窓から都市を見渡した。

「あと一時間したら、スルトさんたちと合流する。調べたいことがあるならそれまでにしておけ」

『はぁーい』

ルナとリーザはいかにも不満げに返事をした。

次はあっちの家よ、とルナが突撃する。

「……しかし、ガーランドさん。本当にルナの手綱取りうまいですね」

それを見送りながら、ライルは隣のガーランドにぽつりと言った。

「なんだ、いきなり」

「ルナがあんなに他人の言う事聞くところ初めて見ましたよ?」

ライルがルナに忠告なぞしても、聞いてもらえる確率は三回に一回がいいところだ。しかも、あとでブチブチ文句を言う。

しかし、ルナは、ガーランドに対しては表面上は大人しく従っている。

なんだ、そんなことか、とガーランドは苦笑した。

「あの子は、多分根は素直でいい子だよ。ただ、ちょっと欲望に忠実なだけで」

「忠実すぎます」

「そうだな。でも、自分がやっていることがいいことか悪いことかくらい、ちゃんとわかってる。後はそれを諭してやるだけだ。……ま、ビビりながら意見を言っても、聞いちゃくれないだろうけど」

つまり、強気にいけということか、それは。

ライルにとって、それは雲を掴むような話だった。すでに遺伝子レベルで対ルナ恐怖症が刻まれているのだ。

そんな表情の変化を読み取ってか、ガーランドは元気付けるようにライルの肩に手を置いて、

「ま、俺は年上だからな」

「そうですね」

はは、と笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、収穫はなし?」

「うん」

クリスの問いにライルは頷いた。

「だからあんなに機嫌悪いのか」

微妙にルナから距離を取りながらアレンは納得する。

スルトたちと合流したライルたちは、地道に異変の痕跡を調べていた。

しかし、どうにもルナとリーザのやる気が薄い。どころか、ルナは見た目で分かるほどの不機嫌オーラを、リーザはがっくりオーラをそれぞれ放っている。オーラの違いは二人の性格の違いだろうか。

「ガーちゃん〜、あとでもうちょっとだけー」

「駄目だ。もともとスケジュール的に厳しい仕事なんだ。少しでも時間とってやっただけありがたく思え」

泣きついてくるリーザを、ガーランドは一蹴する。

「で、でも、本当、なにもありませんね」

ネルが不安を隠しきれない表情で言った。

「異常な魔力流、という話でしたけど、自然現象という可能性はないんですか?」

大地にある魔力の通り道……所謂、地脈のエネルギーが一箇所に吹き溜まり、時折噴出することがある。他にも、偶発的に魔力が異常な運動を起こす例はいくつもある。それをネルは指摘したのだが、今回の仕事の依頼主であるクリスは首を振った。

「可能性としては考えたんですが、短期間に二度、三度起こることではありません。それに、魔力の動きが、記録を見る限りどうにも“人間臭い”」

つまり、何者かの意志が介在している、ということだ。それが人間か、はたまた人間外なのかはわからないが。

「んじゃ、その何者か、Xが存在するとしてだ。目的はなんだ? この街の知識か?」

スルトが煙草をふかしながらクリスに尋ねた。

「それなんですよね。せっかく警備隊に気付かれないで侵入したのに、魔力を放って自分の存在をアピールするって意味不明ですよね」

「私以上の魔力の持ち主なんでしょ? もし人間なら、それだけでも随分絞れると思うんだけど」

ルナがある意味自信過剰とも取れる発言をする。だが、誰もそれを不遜だとは考えない。ルナが世界でもトップクラスの魔法使いであることは紛れもない事実だ。

「一応調べたんだけどね。それらしい人物はヒットしなかった。じゃあ、魔族……ってのも考えづらいんだよねぇ。魔族にしては、姿を隠したりして、妙にこそこそしてる」

基本的に、魔族は好戦的で人間を見下している。

人の目から隠れる、という行動を起こすとは考えにくい。

「とまあ、いろいろな可能性を検討した結果、さっぱり分からん、という結論に達したわけだ。それで現地での調査を依頼したんだよ」

アレンがそう纏めた。

「しかし、都市にまったく異変はないんだよね。年に一回くらい、定期調査に来るんだけど、前に来た時と何も変わっていない」

どんな魔法が施されているのか、皹一つ無い建物群。人の気配を含まない乾いた風。

かすかに肌にぴりぴり来る魔力が無ければ、異変があったことすらわからないだろう。

(それだけ、優秀ってことよね)

(なにが)

(なんでもないー)

シルフィが意味深な事を呟く。ライルが追求するものの、あっさりとかわされた。

「あれ? なにかしら」

ルナが一つの建物に気が付いた。

その建物だけは、千年の時に耐えかねたのか、崩れ落ちている。

「ああ、その建物だけは昔からそうなんだよ。建築魔法の失敗だってのが定説だけど」

ふぅん、とルナが呟きながらその建物に近付く。

「……十字架? 教会だったみたいね」

辛うじて原形をとどめている教会の象徴(シンボル)を見て、ルナはそう言った。

「でも変ね。こういう宗教施設って、念入りに強化していそうなものだけど」

「それにこれ。崩れてはいるけど、建材自体は老朽化していないよね」

ライルは教会の壁の破片を手に取り、撫で付けた。

「建てた後で、外部から破壊された? でもなんで」

奇妙な話ではある。教会の隣の建物は、ちゃんと建っている。なぜ教会だけがこんな有様なのだろうか。

「うーん、封印都市については、歴史的な研究も殆ど禁止されているから、なんとも言えないけど」

この都市について、恐らく一番詳しいクリスも首を捻る。

「まあ、なんかあったんじゃない? 何しろ二千年前の都市だからね。その間、事故や事件がまったくなかったわけじゃないだろうし」

「ま、宗教なんざ信じてない連中にゃ、ことさら受けがわりぃからな。古代王国とやらも、その辺の確執がなかったわけじゃない、ってだけの話じゃねぇか? 神さまが嫌いな連中なんざ、山ほどいらぁな」

元神父のスルトが、本当に神父だったのかどうか怪しい発言をする。

「い、いいんですか、そんなこと言って」

「あ? なに言ってんだライル。俺様は、教えを捨てた“元”神父だぞ? 神なんざ糞くらえだ。明日の飯のほうがよっぽど大事だよ、俺は」

大体、親が神職だったから継がされただけなんだよ、とつまらなそうにスルトは吐き捨てた。

「はあ、そんなもんですか……」

あまり立ち入ってはならない話のような気がして、ライルはそこで引いた。

そして、改めて都市を見渡す。

古代文明の封印都市。今はただ空虚な建築物が立ち並ぶだけの、ゴーストタウン。

「どうしてここまでの大文明が滅びたんだろうね」

「わからないさ。それこそ、神さまでもない限り」

ライルの疑問に、クリスは肩をすくめて答えた。

歴史の浪漫には、男の子としてそれなりに興味のあるライルは、神さまではないが神さまっぽい身近な知り合いに尋ねてみる。

(で、理由は? シルフィなら知ってるだろ)

(私生まれてないって言ったでしょ)

(知らないのか)

(……知ってるけど、教えない。マスターも命は惜しいでしょ?)

もちろん命が惜しいライルは、ならいい、と早々に諦めた。

こういうのは想像の翼を広げるだけでも楽しいものだ。事実を知って、落胆したり危険な目に合うよりも、その方が良い。ルナなどは、リスクを冒してでも真実を知りたいと思うだろうが。

「ん〜、特に面白そうな物はないわね……って、ん?」

ピクリ、とルナが反応する。

なんだ、とみんながルナの方を見るが、すぐにその理由は知れた。

「な、んだぁ!?」

都市全体が振動している。

地震の類ではない。その証拠に、ライルたちが立っている地面は小揺るぎもしない。

ただ、静かにグローランスの建物全てが共鳴するように振動しているのだ。そして、

「すっごい魔力……これが、異変?」

「いや……なんか変だ。記録と全然違うっ!」

「なにが起こるかわからん。みんな、固まれっ!」

ガーランドの号令に従い、全員が円陣を組むように集った。

「あ、ガーちゃん、あれっ!」

リーザが、なにかに気付き東の空を指差す。

ずっと遠い。今の位置からだと、豆粒程度の大きさにしか見えない。

しかし、それは確かに人型のシルエットをしていて……強力な攻性魔法を、グローランスに向けて放っていた。

「あれ、結界……?」

しかし、その魔法はグローランスを破壊するには至っていない。

都市を覆う不可視のバリアが、その魔力を防いでいるからだ。

「あれが、異変の正体、ってわけか?」

「……だろうね。遠いから確信は持てないけど、今この都市を覆ってる魔力と同質だよ、あっちの方は」

クリスが、その人物の放つ魔力を見て、そう結論付けた。

「はっ、わっかりやすい犯人がいてよかったな。とっとととっ捕まえるぞ!」

駆け出そうとするアレンをクリスが止めた。

「駄目だよ。一人じゃあの魔力の持ち主相手じゃ無謀だ。時間はかかるけど、みんなで行こう」

「……わかったよ」

クリスの提案に、ガーランドも異論は無いらしく、全員で移動を開始した。

しかし、犯人と思しき人物が、それを悠長に待ってくれるはずも無く、現場に到着した頃にはすでに誰もいない。

グローランスの建物が起こした異変も、何時の間にか納まっていた。

「……で、なんだったのかしら」

呆けたように呟いたルナの言葉が、全員の心情を代弁していた。

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